まどろみの中での香りがした。 温かい雰囲気に誘われて、ルルーシュは日の差すほうへと足を向ける。 これは夢………? それとも現実? 気付くと彼はアリエスの離宮に立っていた。幼い頃の姿で。 そのまま歩くと、草の上に誰か倒れているのを見つける。 ゆっくり歩み寄るが倒れた人は起きる気配もない。 誰だろう? 悪い人かもしれない。 そんな考えがなかったといえば嘘になるが、このときの彼には好奇心のほうが勝っていた。 そうっと覗くと、草の上に倒れていたのは薄汚れた少女だった。 服はボロボロで、髪もボサボサ。肌は泥で汚れていた。 「死んじゃってるの………?」 男の子の声でルルーシュは呟いた。 おそるおそる手を伸ばして少女の頬に触れる。 ピクリと彼女は動き、「ん。」と苦しそうな声を上げた。よく見ればとても呼吸が荒い。 ルルーシュは慌てて近くにいるであろう母に助けを求めた。 「母さん!!!女の子が倒れてる!!!とっても苦しそうだよ!!!」 すがりつくように母のドレスを握ると、 ルルーシュの母であるマリアンヌは急いで少女を抱き起こしにかかった。 額にたくさん汗をかいていて、ひゅうひゅうという音を立てて呼吸している。 汗で濡れた部分だけ、肌の泥がおちている。 白い綺麗な肌だった。 マリアンヌはルルーシュに急いで医者を呼ぶように命じ、抱きかかえた少女をベッドまで運んだ。 駆けつけた医者は少女を診て、「肺炎ですな。」と言い、処置を施しマリアンヌに薬を渡して帰っていった。 ゆっくりとルルーシュはベッドに眠る少女を覗き込む。 泥が綺麗に落とされ、整った眉が苦しそうに歪められる。 その時彼は、不謹慎にもこう思ってしまった。 (すごく綺麗………。ナナリーの持ってるお人形さんみたい。) それからルルーシュは、ずっとずっと彼女を覗き込むようになった。 マリアンヌとルルーシュの看病もあってか、その少女は3日後に目をあけた。 その頃にはずっと続いていた高熱もおさまり、呼吸も静かなものへとなっていた。 少女の瞳の色を最初に見たのはルルーシュ。 不思議な色の瞳をしていた。深くてキラキラ光るような緑色の瞳。 まるで鉱石のような瞳で…………。 彼が見とれていると、紅く染まった唇で、少女がつぶやいた。 「ここは………どこでしょう?」 「ブリタニアのお屋敷だよ。アリエスの離宮。みんなそう呼んでる。 君は誰?どうしてあんなところで倒れていたの?」 「倒れてた………?それにブリタニアのお屋敷?…………こ、皇帝様の?」 最後の部分は震えた声だったので、ルルーシュはうまく聞き取れなかった。 肯定するように一回だけ頷くと、少女は震え上がってベッドを飛び降りようとする。 慌てて彼は少女の体をベッドに押さえつけた。 「だ、ダメだよ!!!君は病気で倒れていたんだから!!!まだ寝てなくちゃ。」 「だって……皇帝様のお屋敷でしょう?私は貧しい人間だから、こんなところにいちゃだめなの!!!」 イヤイヤをしながら少女はルルーシュを押しのけようとするが、男の子のルルーシュには敵わなかった。 どうこうしているうちに騒ぎに気付いたマリアンヌが部屋に入ってきて、少女をぎゅっと抱きしめた。 暴れていた少女は面くらったようにおとなしくなった。 「元気になってよかった。心配したのよ?あなたは誰?どうしてあそこで倒れていたの?」 優しい声のマリアンヌに、少女はぽつりと答えた。 「私………。食べるものがなくて、体もだるくて、お水が欲しかったの。 お水を探してたら綺麗なお庭に出たわ。 お父さんとお母さんのいる天国に来れたと思って嬉しくて安心したら眠くなっちゃって………。 あそこは天国じゃなかったのね。」 ぎゅっとがマリアンヌのドレスを掴んだ。 「お母さん。」と、悲しそうな声を上げながら。マリアンヌは目を細めて言った。 「今日から私があなたのお母さんよ。」と。 ルルーシュは小さく嗚咽を上げながら泣くを、じっと見つめていた。 は目覚めた日からマリアンヌの子供となった。年齢はルルーシュと同じ10歳。 彼はの兄になり、ナナリーはの妹となった。 ナナリーは急にできたお姉さんを慕い、毎日「姉さん」と柔らかな声で呼ぶようになる。 は最初、綺麗なドレスに戸惑っていた。 こんなの着たことがないといい、困った顔でルルーシュにはにかんでみせる。 彼はそんなが大好きだった。新しくできた妹に対する大好きではなく、異性に対しての大好き。 彼女は成長するにしたがって、それはそれは美しくなっていった。 マリアンヌがナナリーを可愛がるように、にも同じように愛を注いだおかげもあり、 はマリアンヌに似て、優しく頭の良い姫君に育った。 その頃にはもう、彼女を嫁に迎えたいという貴族が多くなっていた。 ある日の午後、庭園で散歩をしているを、ルルーシュが呼び止める。 「、ちょっと話があるんだけど。」 「何でしょうか、ルルーシュ様。」 明るく笑ってはルルーシュを振り返った。 命を助けられたこともあり、はルルーシュのことを『ルルーシュ様』と呼ぶ。 彼が何度も呼び捨てで呼べといっても、のこれはなおることがなかった。 そのうちルルーシュも慣れてきてしまい、のこの呼び方は定着してしまった。 「あのさ…………は俺のことが好きか?」 「はい。ルルーシュ様のことは誰よりも一番好きですよ。」 は即答した。 ルルーシュは笑って言葉を続けた。 「じゃあ、こんなことをしてもお前は許してくれるか?」 「?」 怪しくルルーシュが笑い、きょとんとするを草の上に押し倒した。 低い木の陰になり、周りからは二人の姿が見えない。 ルルーシュは激しくの唇を奪った。 は名前を呼ぼうとするも、彼がそれすら許さない。 長いキスが続いた後、ルルーシュはを押し倒したまま唇を離した。 「ル、ルシュ様…………。」 「もう、我慢の限界なんだ。、愛してる。出会ったときからずっと、ずっと。 その瞳に俺は心を奪われた。何百回もお前の肌に触れたいと願った。 が俺のものであったなら………そう願ったさ。」 自分の唇についたお互いの唾液をルルーシュはぬぐい、の唇についたものも、指でこすりとる。 ふわりと微笑んで、ルルーシュは彼女の額に唇を落とした。 「愛してるんだ、…………」 最初は瞳をゆらしていたが、その言葉を聞くとは恥ずかしそうにはにかんだ。 あの、生まれて初めてドレスを着たときに見せたように。 彼女は自分の顔の近くにあるルルーシュの頬に触れ、小さく囁く。 「私は、ルルーシュ様のものですよ?ずっと、ずっと。」 その言葉が嬉しくて、ルルーシュはもう一度、に深いキスを落とした。 舌を絡めあい、お互いの愛を確かめる。 に唾液を送ると、彼女はそれを受け入れた。 嬉しい。嬉しい。嬉しい…………。 「、ずっと愛すからな、お前を。大切にする。お前はもう、俺の妹じゃない。恋人だ。」 その声で、ルルーシュはハッと目を醒ました。 周りを見回すと、彼のお気に入りの木陰で………。 上にタオルケットがかけられていた。優しい香りのしみこんだ………。 の香り。 夢を見ていた。彼女と出会い、結ばれた時の。 彼女と恋人の関係になってから2年。長いようで短かった。 今ではは彼の妻。アリエスの離宮は夕方になっても柔らかい風が吹いている。 本を手にして戻ろうとしたその時。 「あら、お目覚めですか?」 微笑んだが立っていた。 腕の中に、ルルーシュそっくりの子供が抱かれている。 彼は立ち上がり、その子供を自身の腕の中に収めた。 泣くこともなく、じっとルルーシュの瞳を見つめている。 「その子はパパのことが大好きね。」 クスクスと笑ってが言った。 ルルーシュは柔らかいほっぺたをつつきながらに言う。 「この子だけじゃないさ。俺もが大好きだよ。」 そのままルルーシュは、の耳に唇をよせ、囁いた。 「、もう一人、子供を生んでもいいんじゃないか?」 「もう!!!ルルーシュったら!!!」 怒った顔でルルーシュから子供を取り上げた。 彼はその言葉にゆるりと頬を緩める。 は、ルルーシュのことを呼び捨てにしたから……………。 |