その白くてまばゆい人は、雲の上に住むお方だった。
貧しい身分の私では、絶対に近づけないお人。
私はイレブン………。私はずっとその人のことを、街にあるテレビでそっと見つめるだけ。
そして私は思うの。

あぁ、何て綺麗なお人なんだろう………。









シンジュクゲットーで同胞が暴れ、
せっかく安心できるところになったこの場所は再び戦場と化した。
少女の秘密の隠れ家は潰されて、死なないように、死なないように逃げまどった。
彼女には、両親がいない。
昔の記憶が存在しない。
あるのは5歳ぐらいからの記憶。
その時から少女は、ずっと一人で生きてきた。
食べ物も、着るものも、寝るところだって一人で探した。
仲良くなった人はみんな、戦争で逝ってしまった。
ブリタニアに支配されるくらいならと、逝き急いだ人も知っている。
戦場で散った命は、やがて赤い花となる………。

ドーンと低い音と地響きがして、彼女……は身を震わせた。
ここももう、危ないかもしれないと思うと、直感では走り出していた。
しばらく行って振り返ると、大きな音を立てて、先ほどまでいた場所が崩れ落ちる。
危なかった。もう少しで死ぬところだった………。
次に隠れる場所を探そうと、は走り出そうとする。
その時だった。視界にブリタニア軍が飛び込んでくる。

「…………っ待てっ!!!お前もテロリストだなっ!!!」

つばを飛ばして荒く叫んだブリタニア軍。
はすぐに走り出した。

「っ!!!!」

逃げなきゃ…………!!!

殺される。

がむしゃらに足を動かした。
もっと早く動いてと願う。
けれども、先ほどから逃げまどっていた彼女の足はもうすでに限界を超えていて。
パンっ!!!という乾いた音とともに、腕を鈍い痛みが襲う。
急に地面がぐらりとゆれ、は背中を地面に向けて倒れる。
瞳に、赤い夕焼けが飛び込んできて、
これから自分は燃え盛る場所へ行くのかと、は一人苦笑した。
もしもいける場所が選べるのなら、あの人がいるような綺麗な場所がいい。
炎が燃え盛る地獄でなく………雲の上に行きたい。
力の入らない手を、一生懸命空に伸ばした。届かない。あの白い、雲の上。
そこで彼女の意識はプツリと途切れた。










「自分は特派所属、枢木スザク少佐であります。
その少女は民間人で、テロリストとは関係ありません。」

「どこにそんな証拠があるというのだ。
今は薬がきいて眠っているものの、起きればまた暴れるかもしれん。
今のうちに拘束しておいたほうが身のためだ。」

「でしたらその少女の身柄は自分が拘束します。」

「生意気をいうな!!!こいつを捕まえたのは俺だ。
なぜ今さらお前にコイツを譲らなきゃならんのだ。これは私の手柄だ。」

厳しい顔をした軍人が、地面に倒れる少女の長い髪を引っぱる。
意識を失ったままの彼女の頭は、重力に反発して少しだけ持ち上がった。
コイツは………彼女を人間として扱っていない。
スザクの腹の底から、ふつふつと怒りが湧いてくる。
彼はもう少しで目の前にいるブリタニア軍人を殴ってしまいそうだった。

「とにかく――――――――」

「すまないが、その少女を私に託してくれないかな?」

大きな口を開きかけ、スザクに抗議しようとした軍人の男は、
彼の背後から出てきた人物を見て、一瞬にして肝を冷やす。
シュナイゼル・エル・ブリタニア。この国の第二皇子だった。
彼はスザクの横でにっこり笑うと、男の足元にいる少女を指差す。
さっきの態度を180度変換させて男はシュナイゼルに頭をさげ、
「失礼いたしました。殿下のお好きになさってください!!!」とそれだけ言葉を残し、
足早に去っていった。

「おやおや………。」

クスクスとシュナイゼルは笑い、スザクがあっけにとられてる前でをすくう。
とても軽い体重にシュナイゼルは驚いた。
顔をじっと見ていると、時々小さく歪められる。
怖い夢でも見ているのだろうか?
の前髪に触れたあと、スザクを振り返って微笑みを浮かべた。

「スザク君、この子、私がもらってもいいかな?」

「え………?」

スザクは言葉を詰まらせる。

彼はずっと、のことを見ていた。
ひっそりとシンジュクゲットーに来るたびに、彼女のことを見かけていた。
スザクには、全力で生きている彼女の姿がとても美しく見えた。
だからさっきの男が彼女を捕らえた瞬間を見たスザクは、チャンスだと思った。
と知り合いになれて、ずっと手元に置いておけるかもしれないと、
淡い期待に胸を躍らせたのも事実。
だけど………どうしてシュナイゼルが………?
シュナイゼルと彼女は何も接点がないはずなのに。
だいたいシュナイゼルは、エリア11に来たのだって1年ぶりじゃないか。

ぎりっとスザクが彼をにらみつけると、シュナイゼルは朗らかに笑って言った。

「キミにはもっと、ふさわしい華が見つかるよ。
たとえば………ユフィとかね。それじゃあ私は、この姫君を連れて帰ることにしよう。」

スザクの言葉も待たず、シュナイゼルはマントを翻した。







一目見た瞬間から、彼女が欲しいとシュナイゼルは思った。
待機しているG1ベースのモニターに、必死に逃げる彼女の姿が映った瞬間、
彼は強くその少女を欲する。
香ってくるわけではないのに、どこからか香る日本のユリの香りが鼻をくすぐった。
欲しい。欲しくてたまらない。彼女が。
だからその少女が捕まったと聞いた瞬間、シュナイゼルはいてもたってもいられなくなった。

シュナイゼルが少女の汚れた顔を濡らしたタオルで拭くと、
真っ白な雪のような肌が現れる。それは黒く長い髪を映えさせた。
長いまつげがつく瞼は閉じられたまま。
その瞳を開いたら、君はどんな綺麗な色の瞳を持っているんだろうかと、
シュナイゼルはドキドキする。

かつてこんな高揚感はあっただろうか。
貴族の女性と付き合ってきたけれど、何度も落としてきたけれど、
自分にこんな高揚感を与えてくれるのは目の前の少女だけかもしれない。

「早くその瞳を開いておくれ。」

優しい声でそう囁けば、少女がうっすらと目を開いた。
彼女はシュナイゼルの姿をみて、赤く染まった唇を小さく開き、嬉しそうに呟いた。

「あぁ、綺麗なお人。ずっとずっと会いたかった。」

少女はそう呟いて、再び深い眠りに落ちる。
先ほどの少女の言葉にシュナイゼルは驚くが、幸せそうに微笑んだ。

「ずっと会いたかった?これは運命の糸なのかもしれないね………。」







キミが目覚めたら、きっとびっくりするだろうね。
ずっと会いたかった人物が目の前にいて、
そしてキミはその人物に「愛している」と告げられる。
キミは私のものとなっていくのだ。
見れば見るほどキミに惹かれてしまう私がいる。
まさかこの私が………一目ぼれをするなんて………。

シュナイゼルは一人苦笑した。










一目キミを見てしまったら……。