スザクと和解した次の日、彼には許婚がいることを教えられた。 名前はというらしい。 あの時のスザクは、笑って言っていた。とっても可愛い子なんだと。 あいつがそんなふうに素直に表現するなんて、当時では珍しかった。 けれどスザクが言うのだから、きっと可愛いんだろう………。 俺はあいつの言うことを信じた。 そして、という人物に会える日をわくわくしながら待った。 その次の日、スザクは見知らぬ女の子を連れてきた。 ナナリーみたいに色が白くて、髪は漆黒。 でも、瞳は日本人離れした明るいブルー。まるで青空のような色。 こんなのをスカイブルーっていうのだろうと、俺は思った。 彼女はスザクの背中に隠れつつも、愛らしい声で名前を言った。 「…………です。」 「、もっと大きい声で言わないと聞こえないぞ?」 スザクは背中に隠れている彼女を引っ張り出した。 顔を真っ赤にして、イヤイヤとスザクの服を握る彼女。 スカイブルーの瞳に、たくさん涙が溜まっていた。 スザクはしばらくと格闘しつつも、は隙をついてまた背中に隠れる。 ちょこっと顔覗かせて、俺とナナリーを見ていた。 「ルルーシュ、ごめんな。こいつ人見知りが激しくて………。 俺と初めてあったときもこんなんだったんだ。あんまり気にすんな?」 苦笑を浮かべたまま、スザクが俺に言った。 ちょこっと見えている顔を覗き込むと、彼女は完全にスザクの背中に隠れてしまった。 スザクの服をぎゅっと握る彼女の手が、いまだに忘れられない。 見えない相手に、俺は自己紹介した。 「僕はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。こっちは妹のナナリー。 ナナリーは目が見えなくて、歩けないんだ。もしよければ、仲良くしてほしい。」 そういうと、の影が小さくうなずいた。 どうやら嫌われているようではないらしい。 スザクの言うとおり、本当に人見知りが激しいんだなと俺は思った。 一日目は全くと言っていいほどは話さなかったし、ずっとスザクにくっついていた。 時折こちらを伺うように見ては、すぐに目をそらす。 そんなふうなことを繰り返して、日は暮れていった。 その日の夜、スザクはあの屋根裏部屋でのことを話してくれた。 髪の色は日本人そのものだが、顔立ちや瞳の色が日本人離れしている彼女。 スザクが言うには、はハーフらしい。 の母親は良家の娘で、ブリタニアへと嫁いだが、が小さい時両親は事故死した。 日本に引き取られた彼女は、顔立ちや瞳の色の違いからイジメを受けた。 人見知りが激しいのはそのせいだと、スザクは語った。 は本当に信頼する人にしか心を開かない。 だから俺たちに心を開くのはだいぶ先かもしれないと、辛そうに語るスザクを覚えている。 俺はと仲良くなるんだったら、何年かかってもいいとスザクに言った。 あいつは嬉しそうな顔をして、「ありがとう」と述べた。 その次の日から、おかしな話で、がじっと俺を見るようになった。 初日は目もあわせてくれなかったのに………だ。 けれどもまだ怖いのか、スザクの服を握り締めていた。 次の日、彼女はスザクの服を握らなくなった。じっと俺の瞳を見つめている。 一週間たったころ、スザクがナナリーと散歩に出かけた日、はそろそろと俺に近づいてきた。 そしてか細い声で小さく尋ねる。 「あなたの瞳、もっとよく見てもいい?」 俺が頷くと、は顔を近づけてきた。 スカイブルーの瞳に俺の姿が映るくらい。 近くにの顔があって、俺の心臓は大きく高鳴った。 はしばらく俺の瞳を見たあと、顔を引っ込める。 「綺麗な色だね。私もそんな色の瞳がよかった。」 はこのとき、初めて俺の前で笑った。 マシュマロみたいな柔らかい微笑で、もっともっとの笑顔が見たいと思ったのは事実。 そう思った頃にはもう、俺はしか見えなくなっていた。 彼女が…………好きになった。 「スザク、もしもを僕のお嫁さんにしたいって言ったら、どうする?」 藤堂さんからの稽古を終えたあと、汗だくで縁側に寝転がるスザクに俺は尋ねた。 最初スザクは「は?」と疑問の声を上げたが、すぐに起き上がる。 「ルルーシュ、今なんて言った?」 「だから………を僕のお嫁さんにしたいって言ったら、どうする?って聞いたんだよ。 はスザクの許婚なんだよね。だから、スザクは本当にと結婚するのかなって………」 俺がそう言うと、スザクはみるみるうちに真っ赤になった。 このときのスザクはがさつで、こういった話をすると顔を真っ赤にさせていた。 免疫がないといえばなかったのだろう。 彼は乱暴に答える。 「けっ………けっこんなんてっ、大人が勝手に決めたんだっ!!!俺は別に………」 「じゃあ僕がをもらってもいいの?」 「ダメに決まってるだろっ!!!」 怒ったようにスザクがすぐに叫んだ。 そのあとすぐに小さく、「は俺のものなんだ。」とふてくされたように言う。 そのままそっぽを向いてしまった。 は俺のもの。 そういわれただけで、無性に腹が立ってくる。 「じゃあ………」と俺はそこで言葉を切る。スザクの視線が返ってきた。 俺はあいつを見て、きっぱりと宣言した。 「僕、君からのこと、奪うから。覚悟しといてよね、スザク。」 「なっ……………!!!」 それを聞いたスザクは、顔を赤くさせたり青くさせたりする。 俺はすくっと立ち上がってスザクに背を向けた。 トントンと廊下を歩くと、後ろからスザクの叫び声がした。 「おっ………お前にはやらねーからなっ、ルルーシュ!!!」 「じゃあライバルだね、スザク。」 俺は振り返ってスザクに言った。あいつはいつもよりも真剣な表情をしていた。 きっとスザクは、のことが大好きだったに違いない。 でも、その気持ちは俺も負けなかった。スザクよりもずっと、が好き。 そうして、俺たちの関係は微妙に変化した。 をめぐって、俺たちはライバルとなったのだ。それはずっと続いた。 戦争が激しくなって、俺とナナリーがアッシュフォードにかくまわれるまで、ずっと。 「ねえルルーシュ、いやだよ。目を開けてよ?」 閉じかけた目を、俺はゆっくりと開く。 、どうしてお前がここにいるんだ? 俺は魔王・ルルーシュとして、至上最悪な皇帝で人生を終わろうとしているのに。 どうしてお前は、俺を腕の中に抱いてるんだ? その答えが分からなかった。 はスカイブルーの瞳を揺らしながら、俺を見ている。 「…………」 「ルルーシュ………しんじゃやだ。」 ポタポタと彼女の涙が頬に落ちてくる。 遠くで民衆のゼロを連呼する力強い声が聞こえた。 スザク………あいつはちゃんとゼロを演じてくれているんだ。 そう思っただけで、口元が緩んだ。 「なんで笑うのよルルーシュ。しっかりしてよ!!!どうして私達を置いて逝こうとしてるの? ナナリーだって、ルルーシュが必要なの!!!私にだって、スザクにだって!!! みんなルルーシュを必要としてるの!!!たとえルルーシュが至上最悪な皇帝でもいいの!!! 本当のルルーシュは違うから。どうして自分を犠牲にしたの!? 私、こんな平和なんて望んでなかった!!!」 また、ぽとぽとと彼女の涙が俺の頬を濡らす。 「………すまない。」 「すまないじゃないよ!!! 嫌な予感がしてここに来たら、ゼロの格好したスザクがルルーシュを刺してて………。 これがあなたの書いていたシナリオだったって、すぐに分かった。」 俺は嗚咽を必死に堪えながら話すの頬に手を当てる。 自分の血で、の頬が赤く汚れた。 はそんなこと気にせずに、手を俺の上に重ねる。 「お願いだから死なないでよ………」と呟く声も、やっと俺の耳に届く。 もう、終わりが近いんだなと自分で感じた。 「、俺はもう………最後に一つだけ、一つだけ………」 涙をたくさん溜めた瞳を見上げ、俺は最後の力を振り絞った。 泣きじゃくるの唇に、触れるだけのキスをする。 はスカイブルーの瞳で、じっと俺を見つめた。驚いている。 本当はもっと、激しいキスをお前に贈りたかった。 ずっと好きだった。ずっと一緒にいたかった。でも、俺はもう、これで十分だ。 わずかな時間だったけど、お前と再会できて、一緒にいられた。 学園で。そして俺が皇帝になってから、今日という日まで………。 だんだん瞼が重くなってくる。 「いや…………」 彼女の震える声が小さく響いた。 「いや………逝かないでルルーシュ。 これが最後のキスなんて、そんな寂しいことしないでよ………。 私、ルルーシュが好きだったのに!!!」 その言葉は、はっきりと俺に届いた。 それが聞けてよかった。 俺は顔をほころばせ手を伸ばし、小さく囁くようにに伝える。 「………俺も好きだったよ。ずっと。 でも、もういいんだ。お前はスザクの許婚。だから今度は、スザクを支えてやって、ほしい。」 最後は言葉にならなかった。 力が入らない。うまく伝わっただろうか? 伝わっているといい。ああ、すごく眠たい…………。 ことんと、に伸ばされた腕が地面に落ちる。 「うそ……………」 は直感で分かった。ルルーシュが逝った。 優しい笑みを浮かべて。今まで見た表情の中で、一番の優しい微笑み。 最後に彼は言った。今度はスザクを支えてあげてほしいと。 はまだぬくもりがあるルルーシュの手を取って、自分の頬をすりつける。 そのまま彼だけに聞こえるように言った。 「ルルーシュ………わかった。私はあなたの願いどおり、スザクを支えるよ。 ありがとう、大好きだった人。そして、さようなら、大好きだった人。」 はその場に泣き崩れた。 遠くで響くゼロを呼ぶ声は、いつまでも続いていた―――――――。 |