真田は病室のドアを開けた。
個室に差し込む陽の光は、春の色をしていた。
窓際のベッドで、少女が一人、窓の外を見ていた。
そのまま真田のほうを見ると、にっこり笑った。
振り返った瞬間、黒髪がさらりと流れる。

「そろそろ来るかなと思いました。ここから外を歩く真田先輩が見えたから……。」

窓際に真田は立つ。確かにこの部屋の窓は、病院の大部分が見える位置だ。
キラキラと笑顔を浮かべる彼女に、あの少年のことを言うのは辛かった。
どうせ彼女はこの先長くはない。
もし逝くのなら、悲しい思いをさせたままではいやだ。
だから……嘘をついてほしい。
それが少年の最後の言葉。彼と寄り添っていたアイギスが聞き取った、彼の遺言。

は元気ですか……?」

「……ああ、元気だ。でも、先日引っ越したよ。
、お前にももう、会わないそうだ。この先にあるお前の死を、受け入れられないらしい。
けど、お前のことは愛してる……。それがの残した言葉だ。」

嘘をついた瞬間、真田の心にずきりと痛みが走った。
真実ではないことくらい、分かっている。
彼女を悲しませるくらいなら、この胸の痛みくらい、我慢する。
唇を噛み締め、顔を伏せた時、目の前のが笑った。
「くすり」と小さな声をもらしたあと、真田の名前を呼ぶ。

「真田先輩、嘘が下手ですね……。」

「っ……!!う、嘘では………」

「無理しなくていいんですよ、先輩。私には分かるんですから。は……死んだんでしょ?
どうして逝っちゃったかは分からないけど、多分あの空から落ちてきた月と関係してる。
違いますか?」

っ……どうしてそれを知っている!?
あの出来事はみんな忘れているはずなのに……!!」

真田は焦りの声をあげる。は外の景色を見ながら言った。

「ペルソナ……ってご存知ですよね?私にはペルソナがいるんです。
そしてそれは、や真田先輩たちにも……。同じにおいがするんです。」

彼女の言葉に、何も返せなかった。にもペルソナがいる。
もしかしたら、これだけ重い病を患っているのにここまで生きることができたのは、
ペルソナのおかげなのかもしれない。

「私がここまで生きてこられたのは、ペルソナのおかげなのかもしれませんね。
でももう……そろそろ限界です。はそれを知っていた。
だからそんな嘘をつくよう、皆さんに頼んだんですね。私を悲しませないために……。」

嘘なんて、つかなくてもよかったのに。
私だって、すぐにあとを追うんだから。

顔を伏せて、は呟いた。
その時の表情は、真田にも見えなかった。






***





桜が青葉に変わるころ、は彼の元へ逝った。
あの時彼女にあってから、本当にすぐ……。
大学生になった真田は彼女の墓前に座り、ぼうっと考えていた。
結局は、嘘なんて必要なかったな……と。
生きてるうちは、彼らが二人っきりの幸せな時間を持つことは少なかった。
これからは、愛し合うもの同士、幸せに……。






あの嘘をついたのは






きっと彼なりの優しさだったのだろう。