Summoner chronicle


別件ファイル01 水仙






茶色い封筒の口を乱暴に切り開いた鳴海は、無言で中に入っていた手紙を読む。
差出人は帝都に住んでいる少女。桜蘭女学院に通っているらしい。
彼女の素性は詳しくかかれてはいなかったものの、依頼内容についてはしっかり明記されていた。
鳴海は手紙を読むと、軽くため息をついてコーヒーを飲んだ。
カップをソーサの上においてから、静かに彼の名前を口にした。

「ライドウ。」

部屋の隅に立ち、俯き加減だった少年が鳴海に顔を向ける。
鳴海は少年に手紙を渡すと、深くイスに腰かけた。
少年………の目が、手紙の文章を追っていく。

『鳴海探偵社様。

私は桜蘭女学院に通う女学生です。調査していただきたいことがあって、手紙を書きました。
実は私の通学路に、少し変わった女の子がいるんです。
いつも、誰かを待ってるみたいにずっと立っていて、すこし気味が悪いんです。
何度か話しかけたりしたんですけど、返事もないし……。
しかも雰囲気が人間じゃないみたいな感じがして、もう本当に怖くて怖くて!!!
探偵さんなら何とかしてもらえると思ってます!!!お願いしますっ、なんとかしてくださいっ!!!
依頼料なら先払いしますのでっ!!!』

手紙はそう終わっていた。
が手紙を読み終えたと分かった鳴海は、ぶっきらぼうに言った。

「まったく、うちは変わったのが専門って言ってるのに。
こんなのどう見たって警察の担当でしょ?
俺たちは忙しいんだから、この事件は警察の風間警部にでも話して………」

「鳴海さん、依頼料はどうしたんですか?
風間警部に頼むのなら、依頼料は依頼人に返さな………」

「いいんだよそんなの。子供は細かいこと気にしなくていいんだ。」

キコキコとイスを揺らしながらそう言った鳴海を、ゴウトが軽蔑したような目で見た。
同じように、黙っても鳴海を見ている。
無言の視線を受けた鳴海は、「なんだよ………」と少し口ごもった。
そこに、コーヒーのおかわりをお盆にのせたが来る。

「鳴海さん、依頼されたものはキチンと受けるというのが、この探偵社の売り文句じゃなかったんですか?
依頼料を先払いされたのですから、そこはちゃんと依頼を受けましょう?
私たちも今なら手があいてるし、手伝いますよ?」

カップに新しくコーヒーを注いだがそう言うと、鳴海はため息をつきながら答えた。

「………わかったわかった。それじゃライドウにちゃん、早速だけど捜査お願いね。」

「はい。分かりました。」

にっこりとが笑う。鳴海の答えに、小さくゴウトが息を吐き出した。
「綾里キキョウは鳴海の扱いがうまいな……」という彼の呟きは、にしか聞こえなかった。








手紙に指定された場所へと行き、は足を止めた。彼の横に並ぶようにして、も立ち止まる。
志乃田にほど近い場所。数件の民家が立ち並ぶ道端で、淡い桃色の小袖を着た少女が立っている。
長い髪を二つに結った彼女は、たちが来た反対の道をじっと見つめていた。
はたから見れば人間の少女に見えるが、手紙の少女が書いたとおり、雰囲気が人間ではない。
普通の人間にはそんなこと、分からないだろうが………。

「あの子……ですよね。依頼にあった、なんとかしてほしいって子。」

「うまく人間に化けてるようだが、我らの目はごまかせん。」

の肩に乗ったソウマが、赤い瞳で道に立つ彼女を見つめる。
はゆっくり少女に歩み寄って目の前に立った。
彼の気配に気付いた少女は、道のほうから視線を戻し、じっくりとを見つめる。
そのあと小さくため息をつくと、と黒猫のゴウト、カラスのソウマにも視線を向けた。
ぷっくりとした少女の唇が、かすかに動く。

「姿を偽っても、あなた方はごまかせないようですね……。」

「お主、何者だ?悪魔……にしては気配が弱い。」

ゴウトの声に少女は笑ってみせ、自分の足元にある植物を指差した。
少女の指先を辿ると、小さな水仙がけなげに咲いているのが目に入った。
続いて彼女の声が聞こえてくる。「私は水仙です。」と。

「水仙………。なるほどな。何か強い思い入れがあって、姿が具現化したのか。
我は業斗童子。ゴウトでかまわん。隣にいるのは葛葉ライドウだ。名前くらい、聞いたことがあるだろう。
そしてもう一人は綾里キキョウ、肩に乗っているのはソウマだ。」

ゴウトが少女に次々紹介していく。は帽子を軽く上げ、はぺこりとお辞儀した。
カラスであるソウマは一声小さく鳴いた。
ゴウトのあとに続いて、今度はソウマが彼女に尋ねる。

「水仙よ、はっきり言うぞ。この辺を通る娘がお前をみて気味悪がっている。
その娘になんとかしてほしいと頼まれて私らはここに来た。
お前は何をそんなに強く思っているのだ?ずっと何を待ち続けているのだ?
話せるならば私らに話せ。理由もなくお前を消し去るのは、後味が悪い。」

ソウマがそう言うと、水仙である少女は目を伏せた。
しばらく沈黙が続いたが、下を向いたままポツリポツリと水仙は話し始めた。

とある暑い日、長く日照りが続いたため、水仙は水不足で枯れようとしていた。
花を咲かせることもなく、自分の命が消えようとしているのを実感していた水仙は、
静かにこの世と分かれようとしていた。
その時、通りかかった少年が、自分の持っていた水を水仙にかけていったのだ。

『綺麗な花を咲かせてくれよ。』

少年はにっこり笑ってそう声をかけて去っていった。
おかげで水仙は生きる力を取り戻し、今では立派な花を咲かせることができたという。
その水仙にも、終わりが近づいていた。

「この世を去る前に、私を助けてくれた人の子にお礼が言いたくて。
そう思っていたら、私は人間の姿になっていました。
けれどもここを離れてしまったら、私はすぐに力尽きてしまう。
せめてあの人がここを通らないかと、ずっと待っていました。お礼が言いたい一心で。」

水仙の言葉に、みんな黙っている。
最初に口を開いたのは、葛葉ライドウであるだった。

「………その人物に、何か特徴はないのか?」

………?」

ゴウトが驚いた目で彼を見つめている。
の意図が分かったのか、も水仙に尋ねていた。

「何でもいいんです。人物が特定できれば……。
例えば、顔に傷があったとか、誰かに似ていたとか、何でもいい。
心あたりがあれば話してください。」

必死なの瞳を見つめて、水仙が考えるように空を見上げた。
すぐに「あ……」と声を上げたあと、懐から布にくるまれたものを出す。
それを開いて水仙はに渡した。
ところどころに絵の具がついた筆だった。よく使い込んでいたのか、相当ボロボロの品である。
「これは?」というの目が筆に向いたのと同時に、水仙が言う。

「それは人の子が落としていったものです。
何か字が書かれているのですが、私には人の子の字が読めないのです。
それは何か手がかりになりませんか?」

は水仙に返事をする前に、じっくりと筆を見つめる。
横からも覗き込んできた。すぐに「あっ」と小さな声を上げる。
そのまま彼女は少し背の高いを見上げ、筆の一部を指差した。

『帝都芸術学校 佐渡良平』

消えかかった文字だったが、まだはっきりと読み取れる。
と水仙に向かってにっこりと微笑んだ。
も普段緩めることのない口元を少し緩ませて、水仙を見た。

「なんとかなりそうだ。」

彼の言葉に水仙は明るい表情を見せた。
そのすぐそばで、ゴウトとソウマはやれやれという顔をしている。
この事件はすぐに解決しそうだと、2人は思っていた。
それが悲しい結末になろうとは、かなりの強さを持った指南役の2人でも分からなかった。








「留学………?いつからですか?一体どこに?」

港東区、晴海町。海沿いにある帝都芸術学校の校舎内で、深刻な顔をしたの声が響いた。
彼女の後ろに控えるも、いつになく真剣な顔つきだった。
の目の前にいる髪の短い少年は少し焦りつつ、そのまま言葉を続ける。

「あ、いや……ちょうど三ヶ月前だったかな、良平が旅立ったのは。
行き先は芸術の都・パリだよ。ヨーロッパのね。
良平は芸術の才能があったから、留学して当然だって俺は思ってる。
………どうしたの?そんなしかめっ面な顔して。後ろのお兄さんも、表情が怖いよ?
良平に何か大事な用でもあったの?」

彼の問いかけに、2人は何も答えなかった。
の足元にいたゴウトが静かに呟いた。

「まさかこういう事態になるとはな………。
残念だが、水仙の礼が言いたいという願いは、叶いそうにない。悲しいことだが……。」

「水仙も分かってくれるだろう。相手は人だ。その場にとどまっている植物とは違う。
自分のため、人のために大地を歩き、また己を磨くため、遠い場所へと赴く。
私らにできることは、良平とやらのことを包み隠さず水仙に話すことだな。」

ゴウトのあとに続けてソウマも言う。
少年にお礼を言って、は外套を翻した。も頭を下げてお礼を言う。
去ろうとする彼女の肩に手が伸びてきて、少年がを引きとめた。

「あのさ……一体良平に何の用だったか知らないけど、ここで終わっちゃ駄目な気がするんだ。
だからこれ。ヨーロッパに行った良平の住所。
もし大事な用があるんなら、手紙でも書いてみたらいいと思う。じゃあ、僕はこれで。」

少年はに紙切れを握らせると颯爽と去っていった。
ポカンとするに声がかかる。が彼女のほうを向いていた。
彼女は紙を握りしめ、彼のほうへと走って行った。

彼らはその足で、水仙のいる場所へと向かう。
そこで目にしたのは、地面に落ちた花びらと、弱弱しく座り込んでいる少女の姿。
彼女はたちに気付くとニコリと微笑んだ。
が言いにくそうにしながらも真実を話すと、水仙は「そうですか。」とだけ呟いた。
それと同時に「ありがとう。」という言葉も。
少女の姿が透明になっていく。は消えかかる彼女に向かって叫んだ。

「待って!!!何か彼に渡したいものはないっ!?」

がそう聞くと、水仙は手を差し出した。
慌ててが手を水仙へとむけると、彼女はの手のひらに何かを渡す。
微笑んだ水仙が、「叶うなら………」と言うと、透明な姿は完全に消えてしまった。
風に揺られて最後の花びら一枚が、地面へと落ちていく。
はゆっくり手のひらを開いた。そこには、水仙の種が数個乗っていた。









数週間後、鳴海探偵社に再び手紙が届いた。あの女子学生からの手紙だった。
便箋には彼女からの依頼のお礼が書かれていて、鳴海は「ふーっ」と息を吐く。
手紙を机の上に置いてから、コーヒーを淹れるに言葉をかけた。

「無事、解決したみたいだな。
これで鳴海探偵社の知名度も上がったと思うし、ちゃんもライドウもご苦労さん。」

「いえ………。」

事件は解決したというのに、ライドウの声はどこか暗い。
そんな彼に気付かずに、鳴海は再び机の上に視線を落とした。
所長である彼の机の上にはいくつもの手紙が広がっている。
その中に見慣れない街並みのハガキが混ざっていて、鳴海は首をかしげた。
宛名は鳴海ではなくの名前。差出人は聞いたこともない男の名前。

「あれー?ちゃんにハガキが来てるみたいだよー?佐渡良平……って人から。」

「佐渡良平だと?」

ゴウトがすぐに声を上げた。ただ鳴海にはその声がネコの鳴き声にしか聞こえない。
何を驚いてるのゴウトちゃん……などと言いながら、のんびりコーヒーを飲んだ。
もじっとの顔を見ている。はハガキを読んだあと、それをに渡してさっさと台所へ引っ込んだ。
彼がハガキに視線を落とした時、自分にも見せろというように、ゴウトがのズボンの裾を軽く引っかく。
はしゃがみこんで、ゴウトにも見えるようにハガキを見せた。
そこには達筆な字で水仙の種のことが書かれていた。
植木鉢にまいた水仙の種が、今ぐんぐん成長していることや、もうすぐ花を咲かせようとしていることなども。
ハガキを読んで、クスっとが小さく笑ったことをゴウトは見逃さなかった。
ゴウト自身も、どこか残ったままっだった心のわだかまりが、その時取れたように感じた。

その頃から、鳴海探偵社が入っているビルのすぐそばで、水仙が花を咲かせるようになっていた。
普通の水仙とは少し違った、綺麗な花の水仙が。
枯れることなく咲き続ける水仙は、今日も建物の一角で、ひっそりと咲くのだった。









(我はあのように綺麗に咲く水仙を見たことがない。)

ゴウトは報告書の最後にそう付け加えて少し微笑んだ。