「もしもロロがブリタニアを裏切ったとしても、私はロロの味方だからね。」

僕がまだ教団にいた頃、ガラスの水槽の中で少女が言った言葉。

彼女はという名を与えられていた。
は僕と同じギアスを持つ子供で、ギアス教団の中で育てられていた。

のギアス能力は、意識すれば人の心が読み取れるものだった。
ただ、その代わりに彼女はしゃべることができない。
耳は聞こえるのだが、声が出ないのだ。それが彼女の代償。
だからはいつも相手に直接思念を送り、言葉を伝えるのだ。
ちょうど、頭の中で声が響く感じ……。

そして、代償はもう一つ。それは体がとても弱いこと……。
ギアスの訓練をしない時は、何本ものチューブに繋がれ、こうしてガラスの水槽に入れられる。

ガラスに手をつけば、は僕の手に重ねるようにして己の手を伸ばした。
そのままニッコリ笑う
僕はそれ以来、彼女に会っていない……。








ミレイさんの言い付けで、僕はルーフトップガーデンの整備をしていた。
そばには兄さんが息を切らしながら土を掘り返し、スザクさんが笑ってそれを見ている。
穏やかで平和な時間。

「よーし!!それじゃ少し休憩しましょうか。
ロロ、悪いんだけど飲み物取ってきてくれない?生徒会室にあるから。」

「会長、僕も行きますよ。」

すかさずスザクさんが申し出る。

「大丈夫です」と答えようとしたけど、ミレイさんのほうが早く口を開く。

「そうね。一人じゃ大変だろうし、体力がないルルーシュを行かせても役に立たなさそうだしねぇ。」

「役に立たなくて悪かったですね。俺は頭脳派なんですよ。」

兄さんがむくれる。
苦笑しながらスザクさんが僕の背中を押した。

「それじゃ取ってきますね、会長。」

「うん、よろしくねっ!!」

二人して屋上を出て、生徒会室に向かう。
しばらく僕たちの間に言葉はなかったけど、スザクさんが言った。

「ルルーシュは本当にゼロじゃないんだな。」

「……この前から何度も言ってるじゃないですか。
ルルーシュはゼロじゃない。僕たち機情が信じられないんですか?」

僕がそう言うと、スザクさんは瞳を細めた。

「ギアス能力者を扱ってる機関だ。ろくな機関じゃない。」

エメラルドグリーンの瞳が一気に鋭くなる。
生徒会のみんなといる時には決して見せない表情。
そう、ナイトオブセブン・枢木卿の顔がそこにあった。

「スザクさんは、ギアスが相当嫌いなんですね。」

「あぁ、嫌いだ。憎んでさえいる。
ギアスはユフィを殺したけど、僕自身は殺さなかった……」

そこでスザクさんの言葉は途切れた。
彼の顔を盗み見ると、先ほどの鋭い瞳は消えていて、考えられないくらいの穏やかな表情があった。

(どうして……?)

何が彼にこんな顔をさせているのか。
僕はスザクさんが見ているほうへ瞳をうつした。
一人の少女が立っていた。

空色の髪と、静かな海色の瞳。優しい微笑み。
僕の心臓が止まってしまいそうだった。
そこにいたのはまぎれもなく彼女……

が……なんで……。」

立ち尽くす僕を置いて、スザクさんがに近づく。
優しい表情のまま、に話しかけた。

、部活終わったの?」

はその問いに対して、手話で答えた。
しゃべれないのは今も昔も一緒。でも昔のは体が弱かった。
ねぇ。ガラスの水槽に入ってなくてもいいの?
チューブに繋がれてなくてもいいの?
どうして君がここにいるの?
聞きたいことだらけで、頭の中が混乱する。

の海色の瞳が僕を見た。口が「誰?」と動く。
スザクさんが僕の名前を教えた。軽くが会釈をする。
まるで僕と初めて会ったような感じで、胸が張り裂けそうになる。
、君は僕のことを知ってるはずだよね?
ねえ、意識すれば僕の心を読むなんて簡単なことだよね?
僕の心の声は、君に伝わった……?

願うようにそう思えば、あの懐かしい声が頭の中に響く。

『あなたは……誰?どうして私を知ってるの?』

僕との瞳がぶつかった。
ただ呟けるのは、「どうして」という疑問の言葉だけ。
君は僕を忘れてしまったの……?






忘却が僕を苦しめる