忘却の歌姫2





秘密の場所を見つけた日から、は時間が空くとそこに行くようにしていた。
もちろん、部活もバイトもしているし、テレビの世界にも出入りしているため、
その場所に行く頻度はすごく低いけれど………。
その間に、とすっかり仲良くなっていた。
地味で、ウォークマンなんて呼ばれているけれど、話してみれば普通の女の子だった。
例えばは、甘いものが好きなんだそうな。
特にケーキは大好きで、いつか沖奈にある有名店のケーキバイキングに行きたいと話していた。
あと、好きな音楽は洋楽やクラシック、もちろんJポップも好きだと言っていた。
何回かのポータブルプレーヤーを聞かせてもらったことがある。
が好みの曲も、何曲か入っていた。

ってさ、いつも一人でいて寂しくないのか?」

木曜日の放課後、秘密の場所で話をしていた
会話が途切れたとき、ふとつぶやいた
彼女は困った顔をしてを見ていた。

「あ、いや………ごめん、急にこんなこと………」

「ううん。事実だから別にいいよ。
一人は………すごく気楽だからさ。誰にも合わせなくていいし、気にしなくてもいい。
寂しいとかは……あんまり思わないかも。音楽聴いてると、いつの間にか自分の世界だしね。」

は少しだけ笑った。
確かに一人は気楽だ。何をやっても文句を言われず、誰にも迷惑かけない。
けれど、今の仲間に囲まれたには分かる。
人とつながることが、どんなに自分を成長させるかということが………。
静かになった神社で、の携帯が鳴った。

「はい………え?今からか?いや、別に忙しいってわけじゃ……って!
おい、待て!そんな勝手に……おい!花村っ!」

陽介との会話を終えて、は小さくため息をついた。

「今の、花村君から?」

「ああ。なんかこれからジュネスのタイムセールするらしいんだけど、
人手がないからバイトとして入ってほしいって。
まぁ、ちょくちょく手伝ってるから、なんとなく仕事の内容は分かってるんだけど……」

「じゃあ今から行くんだ。」

「まぁ……な。一方的に電話切られたし。陽介の中じゃ、俺も頭数に入ってるらしい。
行くしかないだろ。」

ともう少しゆっくり話したいけど……と言いながら、は立ち上がった。
彼女の周りにいた動物たちが寂しそうな顔をした。
ここに来るたびに、にもすっかりなついてしまったらしい。

「そっか。行ってらっしゃい。」

小さくが手を振った。は笑って片手をあげる。
そのまま学校へと続く山道を歩いていく。
背中ごしに聞こえる、彼女の優しい歌声を聴きながら………。
その歌は、とてもきれいな歌だった。そして、小さい頃にどこかで聞いた歌。
なぜか思い出せない。に曲名を尋ねても、彼女は絶対教えてはくれなかった。

(俺は、どこであの歌を聴いたんだろうな………)

彼女の歌声が聞こえなくなる頃、は八十神高校へと戻っていた。




***



その日の夜、バイトを終えたは夜の8時ごろに帰宅した。
家にはめずらしく堂島も帰っている。
玄関で靴を脱いでると、の耳に懐かしい歌が聞こえてきた。
それは今日、が歌っていたあの曲。

「…………っ!?」

弾かれるように反応したは、その歌が終わらないうちに居間へと駆け込んだ。
居間では堂島と菜々子がテレビを見ていた。
あの歌は、そのテレビから流れていた。
字幕には『どこか懐かしい歌・忘れ去れた歌特集』と書いてある。

「おう、おかえり。どうした?いきなり居間に飛び込んできて……」

「堂島さん、この歌…………」

「ははっ、懐かしいか?ずいぶん昔に流行った歌だ。
10年前だから、がちょうど7つくらいのときだな。
当時はよくラジオとかテレビで流れてなぁ……。俺の妻もこの曲が好きだった。
確か、これを歌ってる女の子が、と同じ年ぐらいじゃなかったか?」

堂島の話を聞きながら、テレビを食い入るように見る
そこに、一人の女の子が笑顔で歌っている映像が流れた。

(あれ?この女の子……それにこの歌声………)

なんとなく、にそっくりだ。

そう思ったときだった。テロップで『忘れ去られた歌姫・』と流れる。
その名前を見て、は心臓が止まりそうになった。
テレビに映る彼女と、あの場所で歌う彼女が……同一人物?
テレビの前で固まっていただったが、震えた携帯で我を取り戻す。
サブディスプレイを見れば、陽介からの電話だった。

『お、おい………!お前今テレビ見てるか!?』

………のことか?」

『そうっ!そうっ!それだよっ!って……うちのクラスのかっ!?
映像見る限り、面影あるし同一人物ってことだよな?声もそっくりだしよ。
まさかあのが……歌姫だったとはな!』

陽介は電話口で興奮していた。はそれを黙って聞いている。
なんとなく、いやな気分になった。あの歌声は今までだけのものだったのに、
思わぬところで別の人間たちに知られるなんて……。

『すげぇーよ!忘れ去られたとはいえ、歌手がクラスメイトだなんてよ!』

「そうだな………。なあ花村、俺今から風呂入るしそろそろ………」

自分でも、驚くほど低い声が出た。
『ああそっか!じゃあまた明日な!』と陽介が言ったのを聞いてから、は電話を切った。
気づけばの歌の特集は終わっていた。
次に流れるのは、が好きだと言っていたJポップの曲。

、メシは弁当を買ってあるぞ。」

「先に着替えてくるんで、またあとで食べます……」

堂島に断りをいれ、は自室へと階段を上がる。
部屋に入った彼は携帯を開いた。メール画面を表示させ、アドレス帳を出す。
にメールを書き、送信しようとしたが、は送信ボタンから手を離した。
そのまま作成したばかりのメールを消去してしまう。
彼は携帯を握ったまま机の椅子に座った。

同じ頃は、昔の自分の姿が映ったテレビ番組の前で固まっていた。
手から滑り落ちた紅茶のペットボトルが、床に転がっている。
一緒に中身の紅茶も、床に広がっていた。

(どう、して今頃…………。もう、思い出したくもない過去なのに……!)

は誰もいないキッチンでしゃがみこんだ。
リビングのテレビから流れる、昔の自分の映像。
テレビの中の小さい自分は、とても楽しそうに歌を歌っていた。
それはまだ、あの悪夢のような日々を知らなかった頃の自分。

「もうやめてよっ!!!!」

耳をふさぎ、叫んだ
歌うことは嫌いじゃない。あの歌も嫌いじゃない。
ただただ、誰にも何も言われなかったなら、あの日々は輝いていたと思えるのかもしれない。

あの頃歌姫として名をはせた自分に襲い掛かったのは、嫉妬という悪魔だった。
同じ年代のアイドル歌手からのイジメ。
少し上のお姉様がたからのあからさまな嫌味。
言い返せば生意気だと言われ、大人たちに相談すれば、
そんなのはどこの業界でも日常茶飯事だから我慢しろといわれた。
「そんなことでくじけるな、強くなれ」とも………。
そして、一番傷ついたのが当時両想いだった同じ業界の男の子に言われたこと。
今でも忘れない。その子は歌とダンスが上手で、そしてかっこよかった。

ちゃんは、本当は性格ブスなんだってね。そんな女の子と、僕付き合っていけないよ。』

そう言われて、一方的にフラれた。
彼のそばで自分を笑う同年代のアイドル歌手の女の子。
すぐに分かった。その女の子が、あることないこと吹き込んだのだと………。
その日からは、ショックでステージに立てなくなった。
歌えなくなったのだ。そして彼女は泣いて言った。「もう、やめたい……」と。
歌姫じゃなくてもいい。ただ、普通に歌えればそれでよかった。
そのままという歌姫は、忘れ去られた。
それなのに、なぜ今また………?

『いやぁー、懐かしいですね。
10年前、7歳の歌姫・ちゃんの曲、『Heaven's Rain』。
当時僕もこの曲を聴いて、何度涙したことか。今の僕はそんなことまで忘れちゃってましたけど。
デビューしてすぐに引退という衝撃的な歌姫のちゃんでしたが、今どうしてるんでしょうね。
ゲストの藤原さん、どうですかちゃんの曲は。』

『いや、もったいないですよねぇ。
こんなに綺麗な歌声の持ち主だし、ぜひ復帰してほしいですよ。』

番組ではゲストのトークが続いている。
そのトークの声は、の耳には届いていなかった。
ただあのときの恐怖と悲しみが、の胸の中には広がっていた………。