忘却の歌姫3





その日はちょうど、曇っていた。ははやる気持ちを押さえ登校する。
昨日の特集番組。あの番組にが取り上げられたから。
そのせいで教室につくまでに大変な思いをした。
違うクラスの生徒や、先輩・後輩たちがわんさか2年2組に押しかけていたからだ。
やっとの思いで教室の中に入った。
最初に見たのは、彼女がいつも座っている窓際の席。
いつもいるはずのが、今日はいない……。
いつもあそこに座るは、登校してきた自分を見て小さくはにかむ。
今日はそれがない寂しさ。いつもの日常が崩れた。あの番組のせいで……。

「よ、!おはようさん。みんなを見ようと、なんか教室すげーことになってんな。」

あとから登校してきた陽介が、の肩をたたく。
クラスメイトたちが、「さんまだ来てないのー?」などと叫んでいた。
彼らの目は、に対する興味でランランと輝いている。
はあまり人付き合いが得意ではない。
それなのにあんな人間に囲まれたりしたら、どうなってしまうことか……。

「守って……やらないと。」

「あん?、今なんか言ったか?」

「いや、別に……。」

はざわめく教室の中、無言で席についた。。彼女は今一体どこに……?
そう思っていると、ポケットに入れていた携帯が震えた。
宛名を見て、の目が大きく開く。
からのメールだったから。

『あの場所にいます……。』

ただそれだけ。でもには、それがどの場所なのか分かった。
今日は1日、彼女に付き添ってあげたかった。
は鞄をひっつかむと、陽介の声にも振り返らず人混みをかき分け教室を出た。
は学校にいる。誰にも見つからない、あの秘密の場所で、自分を待ってくれている。
全速力で山道を駆け抜けた。
神社が見えてくる。はそこで、膝を抱えて下を向いていた。
いつもと違う様子の彼女に、動物たちも戸惑っている様子だ。

……。」

の声に、がゆっくり顔をあげた。
信じられないくらい目が真っ赤。

君……。」

「昨日のテレビ番組……」

がぎこちなく笑った。そんな顔、見たくない。無理に笑うなよ……。
は顔を歪める。

君も見たんだね。私も、見たよ。そっとしておいて欲しかった。
やっと、あのときのことを忘れかけてたのに……。」

の横に座った。
忘れかけていた……?一体、何を……?彼はゆっくりに手を伸ばす。
は一瞬だけ目を閉じると、の手が頬に触れる前に立ち上がった。
そのままの脇を通り抜ける。去り際に彼女は静かに言った。

君、仲良くしてくれてありがとう。さようなら………。」

は目を大きく開いた。
振り返るとの背中が遠ざかっていくのが見える。
追いかけなければ……!そう思ったが、足が動かなかった。
まるで足の裏がボンドで地面にくっついているよう。
の背中は山道に消えていった。
空を見上げると、太陽が黒い雲に隠れ始めている。
の頬にポタリ、ポタリと大きな雨粒が落ちてきた。
やがてそれは土砂降りの雨となっていく。動物たちは足早に山奥へと去っていった。
だけがその場に取り残される。

「さよなら………なんて………」



俺はそんなのいやだ…………!勝手に決めるなっ!



彼は力いっぱい叫んだ。





* * *




その日の夜だった。マヨナカテレビが映ったのは。
真っ白い世界で、彼女が歌っていた。
甘く優しい歌声で。いつかのときのような声で。

っ………!?」

は驚いたあと、ギリリと唇を噛んだ。
テレビの中で彼女は歌い続ける。今日、さよならと告げたその唇で。
しばらくして映像は消え、テレビは電源のついていないただの家電製品へと戻る。
マヨナカテレビにの姿が映ったということは、はすでにあの中へ入っているということ。
今までの事件の犯人が、をテレビの中へ放りこんだ。
そして、こちらで雨が続き、霧が出る日、は………。

、絶対助けてやるから。
テレビの世界からも、そしてお前が抱えてる苦しみからも。
俺が………お前を助ける。もう、あんな顔はさせないから………」

は静かに拳を握るのだった。





* * *




「おい、霧斗。お前がずっと探しているって子、今は稲羽市にいるらしいぞ。
俺の知り合いが、稲羽市でその子のことを見たらしい。」

楽屋で一人の少年にそう話かけたのは、
今や人気アイドルグループ、『プラチナロンド』のリーダー、水野直哉だった。
彼の視線の先にいるのは、おしゃれなワイシャツにネクタイをしめ、
黒のベストとズボンを着ている少年。
うつむき加減のその少年は、彼の言葉にすばやく顔をあげた。
その顔は、とても整った顔立ちだった。
髪もいまどきにしては珍しく染めてなく、綺麗な黒。
吸い込まれそうな瞳は純情な色を映し出している。
彼はプラチナロンドのメンバーで、恋人にしたい男ナンバーワンに輝いた藤森霧斗。

が………稲羽市に?本当なのかっ!?」

「たぶん間違いないだろう。稲羽市にある、八十神高校の制服を着てたらしい。」

…………。」

霧斗は目を閉じて手を組んだ。
直哉は彼のその行動を無言で見ていた。そのまま視線をそらして呟く。

「いつまでも、昔の女に縛られてんじゃねーよ。
恋人にしたい男ナンバーワンに輝いたお前なら、いくらでも女なんて手に入るだろ?
その、に似た子だって、たくさんいただろうが。
それなのに、お前は他の女には見向きもせず、ただっていう子の影だけを追ってる。
俺には理解できないな。」

「ああ。直哉には理解できないさ。俺はを傷つけたんだ。
まだ俺が幼かったゆえに、純粋なにひどいことを言った。
は俺のせいで、ステージで歌えなくなった。俺のせいで、忘却の歌姫となってしまったんだよ。
こそこの世界で、女神のように歌を紡ぐべきだったのに、俺はそれを刈り取ってしまった。」

そう、当時の俺はどうでもいい噂なんかを信じた。まだ俺も、幼く純粋だったから。
でも何年かして、それが他のアイドルたちがでっち上げたことだと知ったとき、
俺は激しく後悔した。を傷つけて、そして自分から………女神の手を離してしまったんだ。
それから俺は必死だった。女神に慈悲をこうために。そしてまた、女神を捕まえるために。
何年もかけて、を探した。俺はついに、の所在を突き止めたのだ。

「リーダー。しばらく俺に、時間をください。」

「………ったく、勝手だな。すぐに帰ってこいよ。」

あきれた直哉は、軽く手を上げて霧斗に背を向けるのだった。