忘却の歌姫4





特別捜査隊のメンバーである、陽介、千枝、雪子の4人とクマはテレビの世界にいた。
鼻をくんくんさせるクマは、何かを感じ取ったようにぴくぴくと耳を動かした。
「こっちクマ!」と案内されるほうへついていくと、綺麗な花畑に出た。
太陽はのぼっておらず、代わりに空には星と月が輝いている。幻想的な世界。

「クマくん、これって………」

「そうクマ。テレビに入れられたチャンって子が作り出した世界クマ。」

「なんて………綺麗なの。」

雪子はうっとり目を細めた。そう、の心はとても清らかだ。
確かに彼女は、太陽が昇る昼間というよりは、月が昇る夜のほうが合っている。
あたりを見回すと、花畑の中にいくつか扉が立っていた。

「どうやらここは、迷路みたいになってるクマ。
あの扉はいろんなところに通じるクマね。
正しい扉を通らないと、この世界ですぐ迷子になるクマよ。」

「今回はそういうパターンかよ。、一体どこにいやがんだ……。」

「それにしてもさ、なんでさんだったんだろ?
だってうちらの予想では、テレビに入れられる人間は山野アナに関係してる人じゃなかったっけ?」

千枝がたくさん並んだ扉を見ながら呟いた。
確かにそうだ。殺された小西早紀……山野アナの死体を発見した人物。
天城雪子は山野アナの泊まっていた旅館の、女将代理。
だが、はどうだ?
は山野アナには全く関係していない。
彼女はいつも一人だ。誰とも群れず、ただ一人で音楽の世界にひたるだけ……。

が転校してきたことは、千枝もよく覚えている。
小学生のころ、とてもおかしな時期に転校してきた彼女。
都会から来たということで、の周りにはすぐに男子も女子も群がった。
しかもは他の子より可愛かった。
みんなが彼女と仲良くなりたいと思っていたが、は違った。
何を尋ねても、彼女はうつむくばかり。口を開くことはなかった。
そのうち誰も、この可愛い転校生を相手にしなくなった。
でも千枝は知っていた。の笑った顔は、天使のようにかわいらしいことに……。
中学生のときに初めてみた彼女の笑顔は、今でも記憶に残っている。
千枝は今でも思うのだ。と……仲良くなりたい。

「あのね、私思うんだけど、さんって、
歌姫だったことを隠したくていつも一人でいたのかな?」

瞳を伏せてそう言ったのは、天城雪子だった。雪子は続ける。

「昨日テレビでやってたじゃない?
さんの曲は当時かなりヒットして、歌姫って呼ばれてたんでしょ?
でも彼女が歌姫だとは、今までみんな気づかなかった。
それはさんが誰とも交流せず、沈黙を守り続けたからじゃない?
まるでさん自身が、歌姫だったことを消してしまいたいと思ってるみたい……。」

「当時なにか……あったのかな?ほら雪子覚えてる?
さんって、変な時期に転校してきたじゃん。」

「あ、確かに。小学2年の、夏休み前だった気がする……。」

二人の話を側で聞いていたクマが、鼻をひくひくさせた。

「むむむ……チエちゃんたちの話を参考に、
ニオイを嗅いだらなんとなくその子の居場所が分かりそうになってるクマ。
けどまだ、もう少し情報が足りないクマー。」

残念そうにしてるクマの横で、は口を開いた。
のことなら、千枝たちよりかはそれなりに知っているはずだ。
今まで彼女とあの神社で何回か一緒に過ごしたことがあるのだから……。

は……歌がうまい。まるで天使のような歌声でうたう。
それから、動物たちに好かれているんだ。
彼女のささやかな夢は、沖奈の有名ケーキ店のケーキバイキングに行くこと。
そして、あの有名な歌を口ずさんだあとは、必ず泣きそうな顔をする……。」

の言った言葉に、陽介たちは驚いていた。
特に陽介は目を丸くして彼に問う。

、なんでお前、そんなにに詳しいんだ?」

「聞いたんだ、から。俺とは今まで学校裏にあった神社でよく会ってたんだ。
あそこでは、いつも歌を歌ってた。俺はそれを聞きに行ってたんだよ。」

の話を聞き、雪子は思い出したように叫んだ。

「学校裏の神社……それって、ウズメ神社のことね!」

「ウズメ神社……?」

が神社の名前を教えてくれた雪子を見ると、彼女は大きく頷いた。
そのあと、雪子のそばにいた千枝が言う。

「ウズメ神社って確か、白い狐が出るんでしょ?
噂では、その白い狐に騙されるとひどい目に遭って、一緒にあの世に連れてかれるって……。
だからみんな、あの神社には近づかないようにしてるんだ。」

「それで人がいなかったのか。
クマ、俺の情報を元に、のいる場所、分かりそうか?」

クマはの言葉に大きく頷いてみせた。
鼻をひくひくさせるクマは、左から2番目のドアの前に立つ。
この花畑に立つドアの中で、一番目立たないドアだった。地味で、なんの飾りっけもないドア。
がドアノブを握る。一度他のメンバーたち顔をぐるりと見ると、彼らは力強く頷いた。
ドアを開けると、中は花畑ではなかった。どこかのスタジオ。
ドラムやギター、グランドピアノが置いてある中、照明が少しだけついていた。
しかしこの広いスタジオを照らすには不十分で、辺りはうす暗かった。
中に入ると、スタジオの片隅に少年と少女がいた。

「……だから、何度も言わせないでよ。
チェリーブロッサムの千尋ちゃんとか、かなえちゃんたちが言ってたんだ。
ちゃんは人によって態度変えるんだってね。
大人の前だと聞き分けのいい子を演じて、陰ではいろんな人の悪口言ってるんでしょ?
かなえちゃんが、私も陰口言われたって泣いてたよ。
大事にしてたヘアピンもちゃんに取られたって。」

「そ……そんなことしてない!それに、私は誰の悪口も言ってない!
私はただ、ここで歌ってたい。
だからいろいろいじめられても、耐えてきただけだよ!」

「それも作り話なんでしょ?僕の気を引くための。
そうじゃなきゃ、みんなが口を揃えてちゃんのこと、悪く言うはずないもん。
ちゃんって、ホントに性格悪いね。そういうの、性格ブスって言うんだよね。
僕、もうそんな子と付き合っていけない。」

子供と言えど、少年は少女に対してはっきりとした拒絶を見せた。
少女が唇を噛んで走り出す。少年は追いかけなかった。
そのままただ、少女の後ろ姿を見ているだけだった。

「……これが、の過去よ。彼女はそれから、ステージで歌えなくなった。
人前でも。この辛い出来事を思い出してしまうから。」

たちの背後で声がした。
急いで振り替えると、そこには黄色い瞳を持った、の姿。
彼らはすぐに気づいた。そう、これは本物のではない。
シャドウ……もう一人の

「お前がのシャドウか。」

「ええ。私はシャドウの本心を引き受ける陰の存在。
私は……もう一度ステージで歌いたかった。歌姫でありたかった。
でもは、そのことを忘れたがっていたわ。私はを傷つけたくない。
同じ自分だもの。だから私は私の存在を消し、彼女の中で眠っていた。」

たちは眉をひそめる。今までのシャドウとは違う。
今までのシャドウたちは、自分こそが本物のだと主張したがっていた。
しかしシャドウは違った。彼女は自身を傷つけたくないと言う。

「敵……ではないんだな。」

警戒しながらが尋ねた。シャドウは頷く。彼らは攻撃態勢をといた。
シャドウからは、戦う意思など感じ取れなかったから。
彼女は「ありがとう」と言ったあと、言葉を続けた。

「さっき見せたのは、の過去。
彼女は当時、同じアイドルだった藤森霧斗と付き合ってたの。
二人とも、お互いのことを想いあっていたわ。
けれども、の才能や霧斗とのことに嫉妬した年上の歌手たちや同じアイドルの少女たちが、
霧斗にあることないこと吹き込み、結果……は霧斗に嫌われた。
そのショックから彼女は、人前で歌えなくなった。私は知ってるの。
ワガママを言わず、我慢し続けた彼女の最初で最後のワガママを。それは……」



もうやめたい。私は歌姫じゃなくたってもいい。
陰でひっそり生きていきたい。



それは小学2年とは思えないワガママだった。
それからは歌姫だったことを伏せ、稲羽市へと引っ越し新しくひっそり生活を始めた。
もちろん、自分が歌姫であることを気づかれないよう、誰とも交流せずに。

「藤森霧斗って……プラチナロンドのメンバーの!?
雑誌では恋人にしたい男ナンバーワンって載ってた!
けど霧斗って確か、特定の女性を作らないことで有名だったよね。
すごいクールで、女性の影も見えないって噂だし。
そんな人に嫌われちゃったんだ、さん………。しかも嘘の噂で。
なんか、かわいそう………。せっかく両思いだったのに。」

千枝がうつむいた。その横で、は少しイラついていた。
昔のことといえど、にひどいことを言った男はアイドルを続けている。
だがは……傷つき、歌姫でなくてもいいと言い放ち、これまで一人で生きてきた。

「それで、はどこだ?どこにいるんだ!」

少し荒々しい言い方に、陽介が驚いた。
彼はもしかして……という考えにいたる。おそらくその考えはほぼ当たっているだろう。
はきっと、と交流を深めた結果、彼女に対して大切な想いを秘めている……。

を………助けてあげて。
はきっと、あの扉の向こうで……死のうとしている。」

スッとシャドウが指差した方向に、白い扉があった。
その扉にはイバラが巻きついていて、真っ赤で綺麗なバラが咲いている。
扉まで駆け寄った捜査隊のメンバーたち。がゆっくりと扉を開けた。
中に入ると、目の前にはイバラの海。目を凝らすとがいた。
体にはイバラが絡みつき、白い肌に棘が食い込んで赤い血が流れていた。

っ!!!」

さんっ!!!」

みんなが彼女の名前を叫ぶと、はゆっくり目をあけた。

「ど………して、ここ………に?」

弱弱しい声。
陽介が「助けにきたんだよっ!」と言えば、彼女は困ったように笑った。
まるで最初から、助けなんて求めていないように。
今のは、完全に人を信じていなかった。

「私なんか助けてどうするの?
私は忘れ去られた人間で、それは私自身が望んだこと。
みんな、なんでいまさら私を表舞台に引っ張り出そうとするの?
ほっといて!みんな私をほっといて!
また人前で歌うくらいなら……傷つくくらいなら、死んだほうがマシよ!」

は思いっきり叫んだ。その瞬間、がイザナギを呼ぶ。
イザナギはの体に絡み付いているイバラを切り落とした。
彼女の体は下へと落下する。イザナギが彼女を受け止め、そのままの下へ送り届けた。
はイザナギからを受け取ると、力強く彼女を抱きしめる。
彼のこの行動には、みんな言葉を失った。
陽介なんかは口をパクパクさせてるし、雪子と千枝は顔を真っ赤にしている。
の隣にいたシャドウは、大きく目を開いていた。

「死ぬなんて言うな!お前を必要としてる人間くらい、ここにいるんだっ。
、さよならなんて言わせないぞ!俺は…………」



お前が好きなんだっ!だからお前を、迎えにきた。一緒に帰ろう?


の肩にの吐息がかかる。
彼女は驚き、の肩口から見える一点を、ただただ見つめているだけだった。
の発言に、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。
彼はを抱きしめたまま続ける。

「俺は歌姫じゃないが好きなんだ。人前で歌わなくたっていい。
いやならもう、歌わなくたっていい。の歌いたいときに歌えばいい。
お前が苦しいときは、俺が支えるから。お前が泣きたいときは、黙って受け止めるから。
俺は藤森霧斗とは違う。絶対お前の手を離さない。何があっても!」

は瞳を閉じた。藤森霧斗……久しぶりにその名前を聞いた。
根も葉もない噂を信じ、そして離れていった彼。彼が悪いわけじゃない。
二人とも、そういう世界にいたのだから仕方ないのだ。
当時の自分にも、生意気な部分があったのかもしれない。
確かに歌姫と呼ばれて、悪い気はしなかった。
歌姫と呼ばれ、人前で歌い、自分の歌を聞いた人々が感動してくれるのは純粋に嬉しかった。
まるで自分が認められたような感覚。
それを嫌う人がいたことも、思い知らされたような出来事だった。
だからって、歌を嫌いになったわけじゃない。

「死んだらもう、歌えなくなるわ、。歌が嫌いなわけじゃないんでしょ?」

そう静かに告げたのは、黄色の瞳を持ったもう一人の自分だった。
にはそれが一瞬で誰なのかわかった。
彼女は……もう一人の自分。自分の中で静かに眠っていた、本当のことを思う自分。
の抱擁を解いて、もう一人の自分の前に立った。

「もう一人の私………。歌姫であることを望んだもう一人の私。」

「……そうよ。あなたと違って私はまだ、歌姫でいたかった。ステージに立っていたかった。
でもあなたはそれを望まなかった。
私はあなたの苦しみや心の痛みを理解したわ。だからあなたには逆らわなかった。」

「それは……分かってたよ。あなたが心の奥底にいるのも知っていた。
でも私はあなたにわがままを言って、あなたを無理に押し込めてしまった。
そのままあなたには、気づかないふり。本当は気づいてたのに。ごめんね、私。」

はうつむいて涙を流した。心が痛い。もう一人の自分を苦しめた。
そんなを、シャドウは抱きしめた。ふわりといい香りがする。
シャドウは、お母さんのように暖かかった。

「いいの。これは私が選択したことだから。」

を抱きしめたシャドウの体が光りだす。
そのまま彼女の体は形を変えた。と同じ美しい声が響き渡る。

『我は汝。汝は我。私はアメノウズメ。力強く魅惑に踊ってみせましょう。』

アメノウズメはそう言い、の体へと戻っていく。
はそのままどさりと倒れた。
白い肌にできていたイバラの傷は、いつの間にかなくなっていた。
たちは慌ててに駆け寄る。
この世界で体力を消費した彼女は、疲れて気を失ってしまったのだ。
の体を抱える。ちゃんと食べているのか疑問に思うほど、の体は軽かった。

「みんな、いったんジュネスへ戻ろう。」

みんながうなずく。クマはを抱えるを出口へと導いた。
また来るとクマと約束したは、先にテレビから出る。
現実世界ではすでに、夜の8時を過ぎていた。
もともと家電売り場は人はおらず静かだが、夜遅いせいかさらに静かだった。

「俺はをこのまま家に送り届ける。」

「それならのことはお前に任せるよ。今日はここで一旦解散……な。」

意味ありげに陽介がみんなにウィンクする。
それに気づいた千枝と雪子は、少し顔を赤らめて「うん」と返事をした。
パラパラと去っていく仲間たちを見送りながら、は視線を下に落とす。
安心しきった顔をしているが、腕の中ですやすやと眠っていた。

「疲れたんだな……。、元気になってからでいい。
だからその……ちゃんと返事聞かせてくれよな。」

は一人で静かに呟くのだった。