忘却の歌姫5





それから数日がたった。
体調を悪くしていたが登校してきた時には、歌姫のこともほとぼりが冷めていた。
学校内は、もっと別の噂でもちきりだった。
あの部活動のかっこいい先輩とマネージャーががどうのこうのやら、
あの先生たち、実はできてるんじゃないのかとか、そんな話題で………。

全ての授業が終了した時、一番うしろの席に座っていたが、の席までやってきた。
彼の周りにいた雪子や陽介、千枝がの顔を見る。
もちろん、も例外ではなかった。

「その………体調のほうは、もういいのか?」

最初に言葉をかけたのは、花村陽介だった。
はこくんと一回だけうなずいた。そのままぐるっとみんなの顔を見ると、ふんわり笑った。

「あの……みんな、あの時はありがとう。
あの時は放っておいて・・・なんて言ったけど………本当は寂しかった。
でも、いつも一人でいた私を助けてくれる人なんていないと思ってたから……。
助けに来てくれて・・・・嬉しかった。
人を遠ざけてる私だったけど、心配してくれる人がいるんだなって思うと、なんか……」

そこで言葉を切り、俯く
そんな彼女がかわいくて、みんなは顔を見合わせ微笑んだ。

「あのさ、さん。
実はここにいるうちらって、みんなあの世界で自分の本心を見せられたんだよ。
プライバシーとかそんなん、ぜんっぜんナシで!
みんな同じように、恥ずかしい思いしてるんだ。」

千枝が言った。陽介もあいまいに笑って言葉を紡ぐ。

「そうそう。俺の痛いところなんか、にばっちり見られたし、
天城は逆ナンがどうのこうの………」

「ねえ花村君。今ここで、コノハナサクヤに焼かれて死にたい?」

笑顔の雪子の言葉を聞き、陽介は固まった。
ブラック雪子の降臨である。そのやりとりに、は吹き出した。
もう一度、「ありがとう」と告げた彼女の腕を、突然が掴む。

………くん?」

「あいさつも済んだし、もうみんなとのおしゃべりはいいだろ?
聞きたいことが山ほどあるんだ。一緒に来てくれ。
じゃあな、みんな。今日は先にと一緒に帰る。また明日。」

「えっ………!?ちょっ…………!!!」

慌てる千枝たちをよそに、は通学鞄を持ち、を引っ張っていく。
途中、彼女の席を経由して、軽々と彼女の荷物まで持つと教室を出て行った。
に引きずられるようして歩くは、驚きながらもみんなに「じゃあね!」と挨拶した。

「………今のは、なに?」

ぽかーんとしている雪子の横で、陽介が腕を組んでつぶやいた。

「聞きたいことっていうのはたぶん、アレだろ?この前の告白の―………」

「あー!あー!あー!あー!なるほどねー!!!!
でもあの様子じゃ、結果は予想できるっつーの。あーあ。
夏を目前に、新しいカップルが誕生かぁ〜。私にも早く、夏が来ないかなぁ〜。」

「千枝、それを言うなら春………。」

あきれつつも突っ込みを入れる雪子。
賑やかな教室とは別に、沈黙を守る少年少女が校門をくぐった………。




* * *



2人が行き着いた場所は、鮫川の河川敷。
キラキラ光る水面に、真っ赤な太陽が映っていた。
今日は珍しく、ランニングをしている人もいなければ、犬の散歩をしている人もいない。
美しく光る水面を見ながら、が先に口を開いた。

「……、あの時俺が言ったこと、覚えてるか?
俺はありのままのが好きだ。歌姫じゃなくていい。
嬉しそうに音楽を話してくれるがまぶしくて、少し照れながら、
ささやかな夢を話してくれるがかわいくて………。
気づけばお前の全部を、俺のものにしたいって思うようになっていた。
そう、お前の心の傷まで、全部………。
お前の心の傷を知ったとき、本当に心の底からお前を守りたいと思った。
だから、俺はお前に言う。
お前が好きだ。俺と……付き合ってほしい。」

かすかに夏の香りを帯びた風が、2人の間を吹き抜けていく。
真っ赤に染まったの顔。それは夕日のせい?それとも……俺のせい?
ふと、そうが考えたとき、一人の男の声が河川敷に響き渡った。

っ………!!!!」

「えっ………。」

振り向いた先にいた人物。とは違う鋭さを持つ雰囲気の少年が、へと駆けてくる。
どこかで見た顔・・・・。その人物が近くまで来たとき、の中で幼き少年の姿が脳裏に浮かぶ。
あの端整な顔つき。少しクールで……そして真剣なまなざし。

「きり……と………?」

彼の名前を口にした瞬間、ぎゅっと痛いくらいな抱擁が訪れた。
息を切らせながら、「……」と小さく呼んだ彼。
藤森霧斗。現プラチナロンドのメンバー。そして………昔、を傷つけた男。
口をパクパクさせる彼女の耳元で、霧斗が悲痛な声で言った。

………。ごめん。あの時のこと、本当にごめん。
俺は偽りの噂で、お前をひどく傷つけた。お前をあの場所で歌えなくしてしまったんだ。
そして自分から、女神の手を離してしまった。それに気づいたとき、本当に後悔したよ。
お前に許しをこうために、必死にお前を探して………。でもお前は見つからなかった。
世間では忘却の歌姫になってしまったけれど、俺の中でのお前はまだ、色あせてない。
俺はまだ、お前のことが……好き、なんだっ!」

怯えるような声の霧斗。
彼の言葉に、そばにいたは息を呑んだ。
このタイミングで、の昔の彼氏が現れるなんて………。

(最悪だ――――…………。)

が視線をそらし、俯いたときだった。

「………霧斗、ごめんなさい。あなたの想いは……受け取れないわ。」

「っ…………!?」

「え………?」

2人の少年の顔が、驚きに満ちる。
霧斗の抱擁から逃れたは、ゆっくりとの隣へと歩き出す。
彼と肩を並べたとき、は口を開いた。

「霧斗のことは、もうとっくの昔に許してるよ。あんな世界にいたんだもの。
嫉妬とか、恨みとかねたみとか渦巻く世界。
霧斗はすごく純粋で、あんな噂を信じてしまった。
でもね霧斗。あなたが純粋なことは、とっても素敵なことだと思うの。
だから今度はその純粋さを、私ではなく別の人に向けてあげて。
私はもう、霧斗の想いには、応えられないから………。
私の心は…………」

そこでの顔を見て、そっと手を彼と絡める。
彼女の行動を見て、ふっ………と霧斗が笑った。

「やっぱりあの時、手を離すべきじゃなかったんだな………。
でもな、。俺は10年、お前を探し続けたんだ。
そうしてやっと、お前を見つけた。俺はそう簡単に、あきらめる人間じゃない。」

そのままきびすを返し、去っていく。一度だけ振り返り、を見つめる霧斗。

「俺は、彼女をあきらめないからな………。」

その瞬間、グッととつながれた手に力が入った。

(誰がこの手を放すもんか………。お前みたいに。)

心の底で、は思った。
彼が河川敷から姿を消す頃、つながれた手を見て、小さくがはにかんだ。

「あの、君。痛いよ………」

「これが俺の、お前に対する想いの強さだ。それよりも………」

はぐいっとの手を引っ張り、そのまま自分の胸に収めた。
小さく細い少女は、この体格のよい少年にはすっぽり納まってしまう大きさ。
は驚くことなく、むしろ安心しきったような顔をした。

「……霧斗の抱擁をすり抜け俺の隣に立ち、今こうして俺に抱かれている。
しかも安心しきったような表情で。それって、お前は俺を選んでくれたって解釈していいのか?」

静かに問われた問いに、が首を縦にふる。

「………うん。
あなたに出会って、人とつながるっていう嬉しさを知った。
一人でいることの悲しさと恐怖を………深く理解した。
あのとき歌を聴かれたのが、君でよかった。
私はあなたが好き。これがその、証拠………。」

スッとが背伸びをする。その直後、の頬にやわらかい感触。
ほんの数秒の出来事だった。一瞬は、自分の身に何が起きているのか分からなかった。
だが、頬を真っ赤に染めたを見たとき、彼は理解した。
が自分の頬にキスしたのだと………。
キスしたあとのは、俯いてもじもじしている。
そんな恥ずかしがる彼女が本当にかわいらしくて、は小さく微笑んだ。
でも、こんなを見ていると、少しいたずらしたくなってしまうのがこの男の性分。

、今のキス、すごく嬉しいけど………でも、キスすんだったら普通ここだろ?」

今度は長身のがスッとかがみ、にキスを贈った。
この先何があっても、彼女を放さない。
ケンカすることもあるだろう。きっと彼女を泣かせてしまうことだってあるだろう。
傷つけてしまうことも。でもその全てを2人で乗り越えたい。

「なぁ。好きだよ。この先ずっと、2人で一緒にいろんなことを乗り越えて行こうな。」

真っ赤なが、の言葉に力強くうなずくのだった。






* * *




「――……さあ、気になるランキング、今週の第1位は………の『伝えたい想い』だー!
こちらは先日CDが発売されたばかり!しかもそれまで不動だったプラチナロンドの名曲、
『Thank you!』を押さえ込んでの堂々1位!!
といえば、10年前、『Heaven's Rain』で歌姫の名を手に入れたアーティスト!
今回『伝えたい想い』のカップリングとして、この『Heaven's Rain』のアレンジバージョンも
収録されているぞ!
ではテレビの前の皆さんにお聞きいただこう!で、『伝えたい想い』。」

彼女の歌が流れる番組を、ジュネスの家電売り場で見ている捜査隊メンバーたち。
新たに巽完二と久慈川りせが加わり、季節は夏を迎えていた。

、芸能界に復帰したんだろ?CDも出たし、今んとこ順調だな。」

「それにしてもいい曲。これ、全部ちゃんが作詞作曲したんでしょ?
すごいなー。クラスのみんなもいい曲だって言ってるし、誰かさんのおかげかなぁ?」

わざとらしく千枝が、のほうを見る。
ポーカーフェイスで「さあな」と告げる彼、
ちょうどその時、こちらにかけてくる人物がいた。
息を切らせながらエスカレーターを走ってくるのは、今テレビに映っているだった。

「みんな、遅れてごめんなさい!」

「いや、気にすんな。俺たちもちょうど今来たとこだしよ。
それに………いいもん見れたしな。」

陽介が笑ってテレビを指差した。
ちょうどがサビの部分を歌い上げている場面だった。
彼女は「もうっ!」と少し声を上げると、少しだけ頬を赤らめた。
自分がテレビに映っている光景は、いまだになれない。

「それじゃ全員そろったことだし、今からあっちの世界へ入るぞ。
今日こそ久保美津雄を捕まえる。そしてこの事件を………終わらせるんだ。」

顔を赤らめているを見て、が助け舟を出した。
みんなの顔がすぐに引き締まる。
それはも例外ではなかった。ペルソナを手に入れたあの日から、彼女は捜査隊メンバーに加わった。
と結ばれてからしばらくして、歌手への復帰も果たした。
歌手活動の合間に学校へ行き、捜査隊メンバーとしてシャドウと戦う。
忙しい生活だけれど、どこまでも充実していた。
隣を見れば、いつもがいてくれている。

「みんな、行くぞ!」

「おーーーーーーーーーーー!」

みんなの気合の入る中で、はそっとの手を握る。
彼は何も言わなかったが、つながれた手にぎゅっと力をこめた。

(この手で抱きしめてくれたから、今の私がある。
もう、忘却の歌姫じゃない。この先もずっと、あなたのために歌を作り、歌っていくわ。
私は………あなただけの歌姫でありたい。)

ゆったりと微笑んだは、とともにテレビの中へとダイブした。
この先に待つ困難を、2人で乗り越えていけると信じて………。