人の叫び声と、人を斬る音と、憎しみの音、嘆きの音とが渦巻く。
西と東がぶつかる地、関ヶ原。
その一番高いところで、太陽と月がぶつかり合っていた。
東の総大将・徳川家康。西の総大将・石田三成。
二人は決定的に正反対の性格をしていた。

絆を重んじる家康と、憎しみで支配された三成。

当然、家康の下には多くの武将が名乗りをあげた。
対する三成は、嘘と恐怖で武将を従えさせていた。
それでも少しは三成のことを理解し、一緒に歩んできたものたちもいた。
その一人が、彼らのそばで本多忠勝と戦っている西軍の軍師・

彼女は豊臣時代から、三成の部下であった。
三成も、彼女にだけは心を開いた。
秀吉が家康によって倒された時、家康は三成のそばに控える彼女に言った。

、東軍へと来ないか………?

その誘いをはきっぱり断った。

『三成を、裏切ることはできない。だって、裏切られた気持ちは私自身がよく分かる。』

彼女は目の前にいる家康に向かって、そう言ったのだ。
家康はにとがめられていると感じた。確かに彼は、秀吉を裏切った。
仲間である三成を、そしてを………。

家康が黄金の拳を放つ。鋭い刀がそれを振り払い、三成は彼の懐へと飛び込んだ。
身を翻した家康。彼の行動が予想できていなかった三成は、バランスを崩した。
家康はチャンスだと思った。己の拳を、三成へと叩き込む。
「かはっ!!!」と小さく彼がうなり、地へと叩きつけられた。
大量の血が、三成の口からあふれ出る。もう、三成はボロボロだった。
それでも立ち向かってくる男。

(これで最後だ………三成!!!)

集中して拳を打ち込む家康。三成の、死の音が聞こえた気がした。
同時に、忠勝と戦っていたの悲痛な叫び声も。
地に横たえられた体から、家康を呪う言葉が連ねられる。
月はそのまま、静かに沈んだ。

「三成様………?三成様っ!!!」

武器を捨てた軍師が、目も開いてない体へとすがる。
何度も名前を呼び、体をゆする。その光景を、家康は呆然と見ていた。
三成との思い出が、浮かんでは消えていく。

「家康様………。あなたは憎しみを許さない。
それは素晴らしいことだと理解しています。それならなぜあなたは………」

こんなにも私に憎しみを持たせるのですかっ!!!

鈴のような綺麗な声が、大きく空気を振るわせた。
の瞳からは涙が溢れ、ぽたぽたと三成を濡らす。
彼女は一度も家康を見なかった。

「私はあなたが憎い!秀吉様を殺し、三成様までも殺した!」

「………そうしなければ、俺が死んでいたよ。それが戦だ。、お前も分かってたはずだ。」

「……………。」

「だから、絆の力で失くしたかった。この乱世を。
三成がそれを理解してくれれば、俺も殺さなくてすんだんだ……。
でも三成は、自分に馬鹿正直だからさ。分かって、くれなかった。」

ぽつりと呟かれた言葉。力のこもってない家康の言葉。
ぐっと、は拳を握った。
その拳を振り上げて、静かにそのまま地面を叩く。
家康もその場に座り込んだ。
静かな風が吹いてくる。じきにもう夜だ。太陽が沈み、月が昇る。
でももう、この国に月は昇らない。

「わかって………いましたよ、三成様は。あなたの唱える絆の力を。
でも三成様は、本当に自分の心に正直なお方でしたから………」

小さくが呟いた。「え?」と家康が声を震わせる。

わかっていた?三成が?絆の力を………?

その瞬間、家康の心が黒い何かに蝕まれている。ああこれは、罪の心。
彼はもう一度、三成の亡骸を見た。
穏やかな表情の彼。先ほど歪められていた顔とは程遠い。
なんてことをしてしまったのだろうか?どこで道を間違えたんだ、俺たちは……。
の背後で、家康の咆哮が上がった。まるで、天まで届きそうなほどの……。
彼女は目の前で眠る三成の手をとって、優しく言った。

「三成様。私だって、もう憎むのは疲れましたよ。」

脳裏にあの日の三成の姿が浮かんだ。

、憎むのは…………疲れるな。いっそ家康を許せたら、どんなにいいことか。』

そう言って、彼は笑った。あれが、最初で最後の笑った顔。
まだ温かさが残るその手に、は口付けを贈った。
冥土へと渡ったあなたに、届けばいいと願いながら………。
あの世で、三成様が幸せでいられますように。は昇ったばかりの月を仰いだ。








部下の軍師、戦場にて月を仰ぐ