と一緒に、ベルベットルームを訪れた
目を開けて早々、彼はいつものベルベットルームに違和感を覚えた。
何が違うんだろうと考え、軽く視線を滑らせる。は違いにすぐ気づいた。
いつも座っているアシスタントが、マーガレットではない……。
変わりにみたことのない男が座っていた。

「……っ!?テオ……っ!?」

の横にいたが、小さく声を上げる。
彼女は驚いたように目を見開き、じっと見慣れぬ男を見ていた。
男はを見て、ふわりと優しく笑った。

「お久しぶりでございますね、様……。」

「なんで……テオが?」

「姉が所用で出かけたため、代役を仰せつかりました。
久しぶりにあなたと会えて、心からうれしいです。お元気そうでよかった。
前よりもまた、お強くなられましたね。」

マーガレットの代役だという男は、今度を見る。

「あなた様が今回のお客様……。なるほど、無限の可能性を秘めていらっしゃる方だ。
私はマーガレットの弟のテオドアです。
以前、彼女が新規のお客様だった時、時々前任者と変わってアシスタントさせて頂いたのです。
以後、お見知りおきを……。」

テオドアは丁寧にお辞儀をした。
そのまま、に視線を向ける。
彼女を見るときのテオドアの目は、まるで大事なものを見るような目をしていた。

(こいつ………)

はテオドアの心をすぐに見抜く。テオドアは、のことが好きに違いない。
そうでなければ、こんなふうに非現実的世界にいる者が、
現実世界にいる彼女に優しい目を向けるわけがない……。
はそっと、の手を握った。
そうしていなければ、テオドアにを取られそうで仕方なかった。

イゴールといくつかやり取りをし、用事が終わる。
帰り際、テオドアはに言う。

様、あなたと会えてよかった……。あなたとの思い出は、いつまでも私の心に……。」

テオドアは綺麗に笑った。かすかにの目が潤んでるように見える。
彼女はテオドアに向かって言葉を返す。

「cras amet, qui numquam amavit;」

聞き慣れない言葉だった。
彼女の言葉を聞いたテオドアが、即座に言う。

「quique amavit, cras amet.」

は微笑んで青い部屋をあとにした。
彼女に続いて部屋を出る。ちらりと振り返ると、テオドアは寂しそうに笑っていた……。





***





家に帰り着き、は居間の畳に横になる。
菜々子は家にいなかった。友達の家へ行く、と置き手紙がしてあった。
の心の中はとテオドアのことでモヤモヤしている。
台所で料理をするに問いかけた。

、さっきあいつと別れ際に言った言葉、あれなんだ?」

包丁の音が止む。彼女がゆっくり近づいてきて、のそばに座った。

「テオに教えてもらった言葉なの。
昔私は、テオの願いを叶えるため、彼と一緒に出かけてたりしたの。
彼と最後に出かけた日、テオは私にあの言葉を教えてくれた……。」

「言葉の意味は?」

は体を起こし、を見た。彼女はにっこり笑うと、目を閉じて言葉を紡ぐ。

「まだ愛したことがない人も、あすは愛しますように。
愛したことがある人も、あすは愛しますように……そんな意味よ。」

「そうか……。」

は小さくそう言って、の肩をつかみ、後ろに押し倒した。
彼女の焦る声が聞こえたが、は無視する。の言葉の上から、低い声を重ねた。

がテオドアと親しそうで嫉妬したんだ。
テオドアは多分、が好きだ。けどは俺のものだし、あいつにはやれない。
なぁ、嫉妬深い俺は嫌いか?」

抵抗できないよう、彼女の手首を畳に縫いとめる。
は大人しくなり、の言葉に首を振った。

「ううん。私はの全部が好き。嫌いなわけがないじゃない。
テオが私のことをどう思っていようと、私はもう、のものだから……。」

最後は恥ずかしそうに顔を赤くしながらそう言う。
口の端を上げて、は小さくつぶやいた。

「よくできました。」

そのまま彼女にキスの雨を落とす。
きぬ擦れの音を聞きながら、は自分がどんなに彼に想われてるのかを知る。
を今日も愛そう。明日も愛そう。この先、ずっと愛していこう。
彼の大きな愛に溺れながら、はそう思った。





***




席を外した主のいない青い部屋で、テオドアは目を閉じていた。
彼女にはもう、新しい恋人がいた。前の彼はもう、この世界にはいない。
彼女はそれを受け入れた。は悲しみを乗り越えて、現実という世界で強く生きている……。

「Cras te victurum, cras dicis, Portume, semper.
dic mihi, cras istud, Postume, quando venit?」

現実世界を生きる彼女には、明日がある。明日という時間の概念が存在する。
けれども私にはどうだ?明日などこない。
時間の概念がない世界に生きているのだから。

「愛したことのない私が、あなたを愛してしまった。
明日がこない私が、あなたを愛してしまった。あなたには、愛すべき人がいる。
私に気持ちが向かないことも知っている。
けれども、時間の概念がないこの世界で、あなたを愛し続けてもいいでしょうか?
決して結ばれない。それが別世界を生きるあなたを愛した私への罰だと知っていても……。」

テオドアはの笑顔を思い出し、静かに笑った。
あなたの笑顔は、いつでも私の心にある……。








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