反命 の ロロ #04










パソコンの前でロロは大きく目を開いていた。
画面には黒髪の少年と、少年に関するデータがいくつも映っていた。
そんなことはどうでもいい。ただ、そこに映っている少年をロロは見たことがあった。
が以前見せてくれたアルバムに、彼が写っていたのだ。
その時の写真の彼はまだ幼かったけれど、面影は残っている。

「ルルーシュ……ヴィ・ブリタニア……?」

途切れるように名前を呼ぶと、相手の静かな声が響いてくる。

「そうだ。元ブリタニアの第11皇子で、今はルルーシュ・ランペルージと名前を変えている。
本国におけるデータベースでは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死亡扱いだ。
そしてルルーシュは黒の騎士団を導いたリーダー、ゼロでもある。
お前と同じようにギアスを持っていることも分かっている。」

「なん……だって……?」

世界が止まったような気がした。
ゼロがギアス能力者だった。衝撃の真実に、ロロはうまく言葉が出てこない。
ロロと以外にもギアス能力者はいるだろうとは考えていたけれど……まさか、ゼロがそうだったなんて………。

「捕まえたルルーシュだが、奴はC.C.という魔女との接触があると考えいる。
C.C.はブリタニアにとって必要な人物だ。皇帝から生け捕りにしろと命令されている。
ルルーシュの記憶は消し、エリア11で泳がせることにした。
ロロ、お前にはエリア11でのルルーシュの監視を命じる。
ルルーシュの弟……としてな。年齢的にも外見的にもお前が適任だ。
もしもルルーシュがゼロとしての記憶やギアスの記憶を思い出すようなことがあったなら……殺せ。」

相手の声が冷たく聞こえて、ロロは一瞬ぞっとした。
ルルーシュに記憶が戻ったら、彼を殺す……?
ふと、の顔が浮かんだ。
彼女は昔、ルルーシュと仲がよかったと話していたことがある。
ルルーシュのことを話すは、すごく優しそうな顔をしていたのを覚えている。
ロロは目を伏せて呟いた。

「………それは本当に、僕が適任なんでしょうか?
僕にルルーシュの弟役が務まるでしょうか……?少し、考えさせて下さい。」

消え入るような声で呟くと、相手は「いい返事を待っている」とだけ言い残し、通信を切った。
彼はしばらく、ぼうっと画面を見つめていた。

その頃、は城のテラスからエリア7の街を見ていた。
夕日に浮かぶ街では、市場が立ち並び多くの人が行き交う。
はこの街の総督として、ずっと長い間エリア7を守ってきた。
彼女自身、育ったこの街が大好きだったから……。でも………。
なんとなく胸にひっかかりを覚えて、深く息を吐く。
そんな時、ポンっと肩に手が置かれた。

………。」

「なんか難しいこと考えてますって顔してる。」

の隣に並んで街を見下ろした。

「難しいって言うか……ちょっと心にひっかかってることがあって……。」

「何がひっかかってるの?」

のアイスブルーの瞳は街に向けられたまま。の視線も市場を行き交う人を追っている。
彼女は一瞬ためらったものの、ボソっと呟いた。

「私、このままでいいのかなって……。」

「……え?」

そこで初めて、を見た。彼女は遠くに視線をうつしたまま続ける。

「7年前の戦争が終わってから、ずっとエリア7の総督を務めてきたけど、時々思うことがあるのよ。
私、ここでこうしてていいのかなって。皇女のくせに、ブリタニアの行事にも出席してない。
あの戦争が終わってから、現実からも本国からも逃げてるだけなんじゃないのかって……時々、思うのよ……。」

静かな彼女の言葉に、も口を開いた。
赤い瞳がゆっくりとをとらえる。

、それを思ってるのは君だけじゃないよ。
僕だって、たまにだけどそう思うことがある。僕たちは今まで逃げてばかりだった。
そうじゃなくて僕たちは、エンジェルズ・オブ・ロードとして本国に行くべきなんじゃないのかなって……。
でも、その考えは正しいかどうか分からなかったから、ずっと胸にしまってきた……。」

の瞳が少し細くなる。をとらえたまま呟いた。

……。そうね、私たちは今まで……逃げてばかりだったのかもね……。」

穏やかな声がテラスに響き渡る。風が二人の髪を撫でていく。

「兄さん……。姉さん……。」

そんな二人の会話を、ロロが複雑な気持ちで聞いていたとは、も知らなかった。










その夜、ロロはの部屋の前に来ていた。ノックをしかけるけど、すぐに手を引っ込める。
そしてまた、ノックをしようとドアに手を伸ばした。
その時がちゃりと目の前のドアが開く。が驚いた顔をして立っていた。
ロロは慌てて手を引っ込めると、すぐに下を向く。

「ロロ?どうしたのよ?」

「ね……姉さんに用事があって、その……ノックしようとしたらドアが開いたからびっくりして……。
姉さんこそどうしたの?もう仕事、終わったんでしょ?」

そう言いながら、脇に抱えられた書類の山を見て顔をしかめた。
どれもこれも重要書類ばっかりみたいな感じだ。
は「ばれたか。」というような顔をして、舌をぺろりと出した。

「少し早く仕事を片付けておこうかなって思ってね。
最近じゃも研究室にこもってナイトメアを整備してるみたいだし、私も日中は実践データをとりたいのよ。
それにね……第8世代型のナイトメアにも早く慣れたいの。
だから事務的な仕事は今のうちにと思って………ね。」

書類を抱えなおしてニコリとが笑った。
でも、その顔はどこか疲れてるようで………。ロロは彼女に見えないようにぎりっと唇を噛む。
いつもそう。は必死なのに、自分だけは2人に守られてばっかりだ。
今だって、何も力になれない。兄弟なのに、ナイトメアを操ることも、書類の整理をすることだってできない。
姉といえどもは皇族。血はつながっていない。は皇族じゃないけれど、モルガンたちから信頼も厚い。
自分にできることと言えば、邪魔な人間をギアスで殺すことだけ。
でも、2人はそんなこと望まない。もにっこり笑って、一緒にいてくれるだけで十分だと言う。
昔はその言葉が嬉しかった。純粋に。でも今は違う。もどかしい。2人のために、何もしてあげらない自分が。

「ね、ねぇ。僕も姉さんの仕事部屋についていってもいい?」

とっさにそう言うと、は笑って答えた。
「うん、おいで。ロロ、本当は眠れないんじゃない?」と優しく言ってくれる。
の言ったことは正解。ルルーシュの監視のことで頭がいっぱいで、寝付けないのだ。
小さく頷くと、は空いてるほうの手でロロの頭を撫でた。
身長は少しだけ、ロロのほうが大きいのに、存在はのほうが大きく思える。

ロロはの後ろに続いて歩き出した。長い髪が揺れている。
彼女の華奢な体は、力を入れて抱きしめればすぐに壊れてしまいそう。
こんな小さな体でエリア7の総督を務めている。出来たばかりの新型ナイトメアに乗っている。
そして………わずか10歳で、日本という一つの国を潰した………。

(その国を、今度は姉さんの兄弟でもあるルルーシュが、壊した。
姉さんが自分の過ちに気付いて、涙を流した土地で、再びまた、たくさんの血を流した。)

「姉さん…………。」

立ち止まってロロは彼女に呼びかける。
「なあに?」と不思議そうな顔をして振り返ったは、少し眉をひそめた。
ロロの表情が、いつもと違っていたから。ぎゅっと、持っていた書類を握り締める。
アメジストの瞳がを貫く。こんな目をしたロロを、は見たことがない。
何がロロをそうさせているのか………。彼女はロロから目がはなせなかった。

「姉さん。姉さんはいつか、兄さんと本国へ行くの?
姉さんたちはエリア7を離れて、自分達のできることをしに行くの?
姉さんたちは、もう、逃げないって………決めたの?」

「ロロ………あなたまさかっ………!!!」

が大きく目を開いた。
もしかしたらロロは、夕方のとの会話を聞いていたのかもしれない!!!
ロロはそれまで真剣だった瞳をふっと緩める。
うまく呼吸のできていないに優しく笑いかけ、彼はに近づいた。

姉さん。もしもゼロがまた復活したら、姉さんは戦いに行くの?
今度はエリア11を守りに行くの?もしもゼロが消えたら、姉さんは戦わなくてよくなる?」

「ロロ………?」

雰囲気の変わったロロに、は戸惑った。
いつもロロは優しかったが、今はどこか違う。弟………?ううん、これは少し違う気がする。
ロロの温かい手が、の頬を撫でた。何度も何度も、優しく。
まるでがしてくれるようだった。異性として………彼女をなぐさめるために。

「姉さん、僕、姉さんが大好きだよ。だから僕………姉さんのためなら……」

(ルルーシュを、殺してもいいかなぁ?姉さんが傷つくくらいなら、僕が手を汚すから。)

そう言いかけて、ロロはハッとした。
揺れるの瞳が目に入って、サッと彼女の頬から手を放す。
唇が乾いていく。まるで自分が自分でなかったような感覚だった。何かに支配されたような……。
もしかして………


あれが ほんとうの ぼく ?


小さい頃、平気で人を殺していた時代のロロ。
と出会う前のロロ。
機情の幹部が、頭の中で帰って来いと言っているようだった。

「あ………ロロ?大丈夫?さ、早くお部屋に行きましょう?
きっとロロは疲れてるのね。ロロが眠れるまで、私が一緒にいてあげるから。」

ロロの震える手を、がそっと優しく包み込んだ。
温かかった。体にしみこんでくるような温かさ。
伏せた瞳を上げると、ロロの近くで彼女が微笑んでいた。揺らいでいた瞳はもう、どこにもない。
はロロの手をとって歩き出す。2人の手は、しっかりとつながれていた。
彼はつながれた手を見ながら、心の中で思う。

(いつも姉さんは、血で汚れたはずの僕の手を、優しく包んでくれた。兄さんだってそう。
幼いときから僕が人を殺してきたことを、2人は知っている。それなのに、僕のことを咎めない。
僕はもう………この手を血で汚したくない。
そして、姉さんや兄さんたちも………エリア7の人たちも、誰も傷つけたくない。
ルルーシュ。そしてゼロ。記憶が消えているのなら、そのまま消えたままでいて欲しい。僕に君を殺させないで。
でも君が記憶を取り戻して、姉さんたちが涙を流した大地にまた血を流すなら、僕は………)


きみを ころす から 。









「それでは、この仕事を受けてくれるというのだな?
数年前、人を殺したくないという理由で機情を離れ気味だった君だが、戻ってきてくれるか。」

「…………はい。」

ロロは冷たい目をして、画面の向こうに映る人物を見ている。
相手は声を上げて笑っていた。まるで、自分のおもちゃが手に戻ってきた子供みたいに。
それを無言で見つめるロロ。ひとしきり笑った相手が、不意に口を開いた。

「そうそう。エリア11で使われていた日本語の中に、こんな言葉があるらしいね。
反命……。意味は、戻ってきて報告をすること。まさに君にぴったりの言葉だと私は思う。
この言葉は、君に送ろうじゃないか。ロロ・ルシフェル君。いや、違うな。
ロロ・ランペルージ君。今日から君は、『反命のロロ』………だ。」



反命………?戻ってきて、報告する?違うよ。

僕は機情のために戻ってきたんじゃない。僕は姉さんたちを守るため……。

これが僕のできる仕事なんじゃないかって、自分で考えたんだ。

機情の言われた通りに動く人形なんていやだ。

でも……『反命のロロ』でいいかなって、少しだけ思う気もする。

だって僕は、この仕事が終わったら、絶対に兄さんと姉さんのところへ戻るから。

反命のロロ。エリア7を出発するときに、姉さんたちに告げる名前。

それまで僕は、この名前を胸にしまっておこうと思う。


ロロはにっこり微笑んだ。