反命 の ロロ #05










天気の良い午後の日射し。
きちんと整えられた部屋に、派手な装飾の柱や窓枠。
天井からは見事なシャンデリアが吊り下げられ、壁には数枚の絵が飾ってある。
どれもこれも同じタッチで、右端に同じサインがしてあった。
『クロヴィス』という名前の………。
モルガンは正直、こういう部屋の雰囲気が苦手だった。
彼女が好むのは、ごてごてとした派手なものではなく、どことなく庶民的なもの。
季節が感じられるもの。だからエリア7の城は、昔から殺風景な室内が多い。

むすっとした顔をして出された紅茶を飲む。
慣れてない部屋のせいであまり飲む意欲が湧かず、すぐにカップをソーサの上に置いた。
隣にいるユーサーは香りを楽しむように紅茶を飲んでいる。
時折笑顔を見せ、そばに座っているシュナイゼルに紅茶の種類を尋ねているようだった。

ユーサーは昔から人当たりがよく、世渡りが上手だった。
もちろん、政治を執る実力もモルガンと同じくらいある。
しかしエリア7………アルビオンは昔から女性を長としてきたため、ユーサーは婿養子。
本当はユーサーがエリア7を治めてほしかったと、モルガンは少しだけ思う。

「……口に合いませんでしたか?モルガン様……。」

シュナイゼルが寂しそうな目をしていたので、モルガンは手を振った。
そこに、ユーサーのおっとりした声がかかる。

「紅茶が口に合わないというより、モルガンはこういう雰囲気の部屋は慣れてないのですよ。
彼女が好むのは、もっと庶民的な部屋なんでね。
だから、エリア7の城のほうも、こことは違って殺風景でねぇ……。」

目を細めてそう話すユーサーを、ギロリとモルガンは睨んだ。
モルガンの中でシュナイゼルの存在は、なんとなく胡散臭い。
彼女の直感はそう述べていた。
もちろん、自分の娘の夫であるブリタニア皇帝も、彼女の中では微妙な存在だ。
彼……シャルルが何を考えているのか読めないから……。
けれども少しは感謝をしなければならない。
歳がかなり離れているクラエスを、とても大事にしてくれたから。
彼女が死んでもなお、シャルルはクラエスのことを忘れていない。
たくさんの妻に囲まれようと、クラエスに対する彼の愛は、本物……。

そして、自分の孫にあたるのことも、すごく大事にしてくれている。
噂では、シャルルはのことを溺愛していると聞く。
もシャルルのことを良き父として慕っている。
自分の感情だけで、二人の関係を壊すわけにもいかない……。

「ああ、そうなんですか。それはすいません。
もうちょっと、モルガン様の好むお部屋を用意すればよかったですね……。」

「いえ、いいんですよ。こっちは娘の旦那さんのところに遊びに来ている身ですしね。」

また、モルガンの鋭い瞳がユーサーのほうを向いた。
シュナイゼルが乾いた笑いを出した時、モルガンの向かいに座っていたシャルルが口を開く。

「モルガンよ、クラエスが死んで、もう十数年たったな………。」

突然シャルルがそう言うものだから、モルガンは少しだけ大きく目を開く。
彼の言葉が、何を意味するのか分からない。
ただ、なんとなく彼が何かを考えていることだけは理解した。
モルガンは黙ったままカップを手に取る。
瞳だけを彼に向けていると、シャルルは小さく呟いた。

「寂しいのぅ。最愛の者に先立たれるとは………。
クラエスの姿がもう一度みたいと、最近余は考えている。
もしマリアンヌも生きていたら……同じことを考えるはずだろう……。」

目を細めてそう話すシャルル。モルガンには、彼が何を思ってそう言うのかが分からなかった。








どんなに忙しくてもは必ず、夕食時にはダイニングへと行く。
家族と一緒に食べる食事を、彼らは大事にしていた。
そのことを知っているロロは、機情のことを彼らに話すのは夕食のときだと思っていた。
ロロの予想どおり、ダイニングにはが揃った。
湯気が立つ食事を囲み、みんなで食事の前の祈りをする。
祈りが終わって夕食が始まった。その時、ロロは静かに告げる。

「兄さん、姉さん。僕、機情の仕事でエリア11に行こうと思ってるんだ。」

「………え?」

「………ロロ?」

ぴたりと二人の手が止まる。揺れる瞳でロロを見ていた。
膝の上に拳を握ったロロは、精一杯の笑顔を向けて彼らに説明する。
今度の仕事は暗殺の仕事ではなく、監視の仕事。
その仕事を引き受けたのは、自分の意志だということ。
困惑する彼らの表情を見て、ロロは不安になった。
しばらく沈黙が続いたが、その沈黙をのハスキーボイスが破る。

「いい………んじゃないかな?」

………?」

の赤い瞳が、今度はに注がれる。
にっこり笑ったは彼女に言い聞かせるようにした。

、ロロはもともと機情の人間だ。
これまで機情の仕事をしてこなかったことが不思議なくらいなんだよ。
今回の仕事をロロの意志で決めたっていうのなら、僕は文句はない。
僕らがロロを縛る理由なんてないんだよ。」

「……そうだけど………あまりにも急すぎて……。ねえロロ。一つだけ聞かせて。
あなたが今回の仕事を引き受けたのは、本当にあなたの意志なのよね?」

真剣な彼女の瞳に、ロロは微笑みかけた。「うん」と頷き、己の思いを彼女に伝える。
自分の兄と姉は、自分達ができることをしようとしている。
それをただ一人、黙って見ているだけはしたくない。
自分もなにか、できることをしたい……と、そう告げた。
ロロの言葉を聞いて、今まで真剣だった彼女の瞳がスッと細くなる。
笑っていた。いつも以上に優しく……。

「ロロ………。ありがとう。」

その『ありがとう』に、いろんな意味が含まれてるのを悟り、彼もはにかんだ。
同時にロロは心の中で謝る。詳しく聞こうとしない兄や姉に向かって。
監視の対象が、の大切な異母兄弟であるルルーシュだなんて、絶対にいえない……。
彼がゼロであったなんてことも………。

「それでロロ、いつ向こうに行くんだい?」

食事が再開され、サラダやスパゲッティをほおばりながらが尋ねる。
少しだけためらってから、ロロは答えた。

「うん。一度、本国に行かなきゃいけないから……出発は明日にしようかと思って。」

「明日!?せめて、あさってとかじゃ駄目なの?」

目を大きく開かせてが叫んだ。
それに驚き、はサラダのミニトマトをフォークで刺しそびれる。
ぴょーんとミニトマトが跳ねて、ロロの前でくるくる踊った。

「ごめん、姉さん。早いほうがいいかなって思って……。」

「ううん。いいのよ。ロロが決めたことなんだから……。ただちょっと、姉として寂しくてね。」

が寂しそうに微笑んだ。そんな表情を見て、ロロはズキンと胸が痛くなる。
そのまま下を向き、「じゃあ……」と言いかける。少し間をおいてから、早口で言葉を紡いだ。

「姉さんがいつもつけてる赤い石のペンダント。それを僕にちょうだい?」

言葉を言い終えてから、顔をあげる。
彼女の首には、いつも赤い石のペンダントがかかっている。の瞳や髪と同じ色の……。
それはが自分の母から譲り受けた大切なものだとロロは知っている。
知っているが……どうしても、を感じられる何かを身につけたかった。
かなりのワガママを言っていることは自分でも承知だ。

「ロロ………。それはにとって、大切なものだって知ってるだろ?」

がテーブルに落ちたミニトマトに手を伸ばしながら言った。

「兄さん、知ってるよ。けど僕は、何かお守りが欲しいんだ。」

俯き加減でロロがそう言うと、の小さなため息が聞こえた。
駄々っ子をあやすようにがロロを説得させようとすると、それをが制した。
ガタンとイスから立ち上がる音がして、がロロに近づく。
首に何かをかけられた感覚に、彼はふと顔を上げた。

「まったく。いつまでもワガママね、ロロは……。
こんなものをお守りにしてどうするのよ。
でもこの赤い石も、ロロの手の中にあったほうがいいのかもね。
私よりも大事にしてくれる人が持ち主のほうが、赤い石も喜ぶわ。」

ポンと両肩に手が置かれ、背中からがロロの胸元を覗き込む。
ロロも視線を落とし、そっと赤い石に触れた。ひんやりと冷たい……。けれども燃えるような赤。
彼はそばにある姉に笑いかけた。

「………ありがとう。姉さん。」

うっすらとアメジストの瞳に涙が浮かぶ。はそんな弟の頭を抱き寄せて、静かにキスをした。
こうして弟にキスを送るのも今日が最後なのだと、は実感する。
しかしずっとお別れというわけではない。

「無理しないでね、ロロ。辛くなったら帰ってきてもいいんだからね。」

彼女のその言葉が、ロロに染み渡るようだった。
甘えてもいいかな、今日だけは……。ふいにロロはそう思い、彼女に擦り寄る。
そんな二人を、たくましい腕が包み込んだ。

「あのさ、僕を忘れないでよね。」

少しとがめるような言葉と、力強い抱擁。二人をまるまる包み込む長い腕。
もう一人の家族、・ルシフェルだった。

「ロロ、僕たちはずっと家族だからね。」

そんな彼の言葉に、ロロは涙を流した。自分にはちゃんと、帰る場所がある……。

「兄さん、姉さん、大好きだよ……。
大丈夫。今度の仕事が終わったら、ちゃんと二人の元に戻ってくるから。
兄さんや姉さんがいる場所が、僕の帰る場所……。僕は『反命のロロ』なんだ。」






そう告げた時の兄さんや姉さんは、不思議そうな顔をして『反命って何?』と尋ねてきた。

でも僕は、意味を教えなかった。

僕が二人のところに帰ってきたときに教えるからと、そう告げた。

このときの僕にはまだ分かっていなかったんだ。

僕がどんな運命を迎えるか………なんて。

反命のロロ………。再び戻る、ロロ……。僕はそうでありたい……。