最近、本国・ブリタニアの宮殿では、ある現象が見られていた。
貴族や騎士のそばにぴったりとくっつく少女たち。
ある少女は無邪気に振る舞い、ある少女は無言で寄り添うだけ。

宮殿で開かれたダンスパーティーに無理矢理連れて来られたスザクは
この現象を目にして戸惑っていた。
本当は参加しないはずだった。
しかし主催者がナイト・オブ・ラウンズと深い繋がりがある人物だということで、
強制的にジノに連れてこられたのだ。

スザクはちらりと横を見た。
満足そうな顔をするジノと、無表情で彼の脇に立つ少女。
シックなドレスに身を包み、天井からぶら下がる大きなシャンデリアを見つめていた。

「……なんだよスザク。彼女に興味があるのか?」

「いや……別に。ただ、戸惑ってるんだ。
今ブリタニアで流行ってる人形を、ジノも持ってたって知らなかったし。
それにここにいる人たちのほとんどは、人形を同伴してるしさ。」

人形……それは少女たちのことを言う。

「当たり前だろ?そのための人形なんだからさ。
こういうパーティーではみんな、自分たちの人形を自慢するんだ。
主人の身を守らせるのも一つの使い道だけど、
こういう風に自分好みに着飾らせたりするのも、すっげー楽しい。
スザクも一体持てばいいんじゃね?」

ジノが笑う。スザクは目を伏せた。

彼女たちはみんな、ブリタニア本国にある最も大きな教会……ブリタニア大聖堂から来た子たち。
ブリタニア大聖堂は通称、人形の家。

人形が欲しくなったら、最初はみんなここに行く。
人形の家に住む少女たちは最初、真っさらな無垢な性格をしている。
所有者となる人間は、自分好みの人形を選び連れて帰る。
所有者となった人物は、この人形たちを自分好みに育てたり、
自分の身を守らせる命令をしたりと様々な使い方をする。
そして、この人形たちの楽しみ方の最大の特徴は、
所有者次第でどんな性格にもなりうるということ。

「キーワードを設定すれば、たちまち戦闘兵士にもなるんだぜ。
人形の家の人形たちはみんな、戦闘を教え込まれてる。一体持ってたって、損はない。」

ジノは隣にいる少女の頭を撫でた。キョトンとしている。
スザクはジノの話を聞きながら眉間にシワを寄せた。

「でも……彼らは人形って呼ばれてるけど……生身の人間、なんだろ?」

ジノの手がピクンと反応する。
頭を撫でる手が止まってしまったことに、ジノの人形はかすかに不満の色を見せた。

「……ああ、そうだ。でも彼女たちは人形になる代わりに命を手に入れたんだ。
コイツは……アテナって俺が名前をつけた。アテナはな、難病で苦しんでいた。
手術すれば治る可能性もあった。けど莫大な金が必要だったんだ。
アテナの家は貧しくて、そんな手術代払えなかった。
アテナはただ、家のベッドで死を待つだけ。生きたいと願いながら……。」

「……人形になることを条件に、手術ができたってこと?」

スザクがアテナを見る。アテナもスザクを見ていた。無表情ではあるが、瞳が輝いて見える。
スザクには、アテナが生きていることを喜んでる感じがした。

「そう。アテナは手術に成功し、こんなふうに健康体になった。
アテナの願いは、人形になることを条件に叶ったんだ。」


ジノはアテナを抱き寄せた。
彼よりも細く、体も小さい。
けれども彼女は、ジノの決めたキーワードを聞けば、大の大人を投げ飛ばすほどの戦闘能力を発揮する。
そうブリタニアに改造された、いわば強化人間。

「なぁ、スザク。これから一緒に、人形の家に行かないか?」

「え……?僕は別に、人形なんて……」

「いらないっていう言葉は、人形の家を見てから言ったほうがいいぜ。
ちょうど俺も、アテナの状態をシスターに見せないとなって思ってたしさ。」

持っていたグラスをジノに取り上げられ、彼はスザクの背中を押して出入口に向かう。
そのあとを、無言でアテナがついて行くのだった。








夜だというのに、人形の家には何人か人がいた。
みんな貴族の恰好をしており、熱心に人形たちを見てはシスターから話を聞いている。
一人のシスターがジノとスザク、アテナの姿に気づき微笑んだ。

「まぁ、ジノ様にアテナ。よくいらっしゃいました。それから……」

シスターがスザクのほうを向く。すかさずジノが仲介した。

「シスター、こちらはナイト・オブ・セブンの枢木卿。
噂は聞いてますよね?スザク、こちらはシスター・アザゼル。アテナを俺にくれた人だ。」

アザゼルがスザクに微笑みかける。彼はぎこちない笑みを浮かべた。
シスターがなんとなく、ユフィに似ていたから。髪の色も瞳の形も違うけど、雰囲気はそっくり。
たまらなくなり、彼は視線を外した。

「シスター、実は枢木卿に人形を選んでやろうと思ってさ。」

「人形を……ですか?分かりました。では人形をじっくり見て選んでください。
私は他にやることがありますので、失礼します。もしも人形が決まったらお伝えください。
すぐにお持ち帰りの準備を致しますわ。」

シスターはそう言って一礼した。
すぐに別の客に話し掛けられ、言葉を交わしたあとその客とともに人形の元へと行ってしまった。

「さてと、んじゃスザクの人形選びを始めますか……っと。」

パン……とジノが手を叩き、ぐるりと辺りを見回した。
広い部屋の中では、少女たちが思い思いに過ごしていた。
スザクはめんどくさそうに瞳を細めると、そばにあったソファーに座る。

「僕は別に人形なんて……。この歳で人形遊びをするつもりはないよ。」

辺りを見回していたジノが、振り返ってスザクを見た。
いつもよりも真剣な表情をしていて、スザクは息を飲んだ。

「スザク。お前に欠けてるものを教えてやろうか?」

「僕に……欠けてるもの?」

真剣な表情をしていたジノが、ふわりと笑う。

「人を愛することだよ。心の底からたった一人の人間を愛し、そして愛される。
今のお前には、それが足りない。」

ジノの言葉に、スザクが俯いた。
「それは、もう……」とつぶやいた彼を見て、ジノは小さく吐き出した。

「いつまでユーフェミアに縛りつけられているつもりだよ……。」

彼の言葉は、スザクには届かなかった。
二人が無言でいると、急にピアノの音が響き渡る。
そばにいたアテナが、「あ……」と声を上げたのに反応して、ジノの瞳が動く。

一人の少女がグランドピアノの前に座っていた。
ポロンポロンと少し音を奏でたあと、少女の目つきが変わった。
最初に奏でられる、細くて小さい音色。
それがだんだん軽快になっていき、凄まじい速さで指が動く。

「ミモザの……音楽。私、好き。」

アテナがやわらかく笑った。
人形の家にいる間、人形たちはそれぞれ花の名前で呼ばれる。
ピアノに座る少女はミモザ、アテナはメリッサと呼ばれていた。

「アテナ、あの子のこと、知ってんのか?」

「ミモザは私のお友達。」

「ミモザ……。」

気づけばスザクも、顔を上げてじっと彼女を見ていた。
奏でられる旋律に合わせて、指が全鍵盤の上で踊る。

「……ラ・カンパネラ。」

先ほどの客の対応が終わったのか、シスター・アザゼルがジノたちのそばまで来ていた。
彼女もピアノに座るミモザを見ている。

「ラ・カンパネラ……?」

「この曲の名前です。ミモザが一番好きな曲で、演奏難易度がとても高いの。」

演奏が終盤になる。
力強いピアノの音と、軽快なリズム。それを楽しむように弾くミモザ。
スザクは彼女に引き込まれていく感覚を味わった。
まるで勇気づけられるかのようなピアノの音に、彼はソファーから立ち上がった。
同時に、曲が終わる。
鍵盤から手を下ろした彼女は、スザクたちのほうを見た。天使のような微笑みを携えて……。
目を大きく開いているスザクに気づいたジノは、シスターに一言言った。

「シスター。スザクの人形が決まったので、持ち帰りをお願いしたいのですが……。」

「ええ。承りましたわ。」

シスターはにこやかな表情でジノに頷きを返した。








「今日からここが君の家だよ、。」

スザクは鍵を玄関に置いたあと、家の中に自分の人形を招いた。
そこまで広くないものの、二人が住むには十分な家だ。
ミモザ……スザクにという名を与えられた彼女は、目をぱちくりさせながら中に入る。
綺麗な瞳が家の中を見回した。

が歩くたび、栗色のストレートヘアがさらりと流れる。
ユーフェミアとは違う美しさにスザクはクラクラする。
なら、自分の中に刻み付けられたユーフェミアの影を消し去ってくれるような気がしていた。

「ピアノがある……。」

部屋のすみに置かれた楽器を見て、が驚きの声を上げた。
グランドピアノではなく、アップライトピアノ。
スザクが人形を買った祝いだと言って、ジノがつい先ほど置いていった代物。
嬉しそうに「弾いてもいい?」と言う彼女に、スザクは頷いた。

清らかな旋律。音の粒。
鍵盤を操る指の白さ。
彼女はその白い手で、主人であるスザクを守る。
シスター・アザゼルが言っていた。
人形たちは主人となった人間を、己の命が尽きるまで守り抜くのだと。
彼女たちの最大の使命は、人形として主人の命を守ること。
一度は命を捨てるような思いをした人形たち。
彼女たちが大事にしているのは過去でも未来でもない。
現在(いま)を一番大事にしているのだ。

ピアノの旋律がやむ。
気づけばがこちらを向いていた。

「どうしたの?。」

「……ありがとう、ご主人様。私を選んでくれて。」

はとても温かい表情をした。
スザクはもっと、のそんな表情が見たくなったし、
ジノや他の貴族たちが人形を手に入れたがった理由も少し理解できた気がした。







Hello, My Innocent Doll