『先日はお手紙をありがとう。 やっぱり君は、僕に対しての行為をやめるつもりはないんだね………。 君は本当に変わった人だ。でもとっても感謝しているよ。ありがとう。 もし君に迷惑がかかるようだったら、本当にすぐやめてくれてもいいからね? それと…………君の名前、教えて欲しいな……。 枢木スザク』 『今回もお返事を書いてみました。迷惑だったら言ってくださいね? スザク君の感謝の気持ち、すごく伝わりました。 私もよく友達から言われるんです。"あなたってほんとに変わってるわよね"って。 でもスザク君も変わってるわ。だって変わり者の私に手紙を書いたんですもの。 お互い変わり者同士ってことで………。 あ、名前は………どうしても教えられません。ごめんなさい。』 『迷惑だなんてそんなことないよ!!!むしろ嬉しいし楽しい!!! 文通してるみたいで、わくわく感があるよ。あはは、変わり者同士か。いいね、それ。 でもそんな変わり者の君は、名前を教えてくれないんだね。じゃあ僕がつけてあげる。 …………"紫の上"なんてどうかな? "源氏物語"っていう本に出てくる少女で、光源氏がもっとも愛した人なんだ。 君は彼女に似ているもの。 もしいやだったら言って。もっと別のものを考えるから。 枢木スザク』 『"源氏物語"………?私、読んだことあるわ。 紫の上はとっても素敵な奥さんよね。 美人で優しくて、みんなから慕われた存在。そんな人の名前をもらえるなんて嬉しいわ。 ありがとう。今度からあなたのつけてくれた名前で名乗ることにします。 私が紫の上なら、あなたは光源氏かしら? ………ふふ、なんてね。 紫の上』 彼女との手紙のやりとりはスザクの日常生活の中に組み込まれた。 体育の授業中、スザクはさっき彼女から返ってきた手紙の内容を思い出し、一人でそっと微笑んだ。 彼女は冗談で、私が紫の上ならスザクは光源氏だと書いていた。 本当にそうなれたらいいのにと彼は願う。 いつか彼女が自分の前に姿を現してくれたらいいのに、そう思った瞬間………。 ボスっ!!! サッカーボールがスザクの頭を直撃した。 てんてんてんと、ボールが転がっていく。 すかさず一人の少年が文句を言った。 「おいイレブン!!!何ぼうっとしてんだよ!!!お前それでもブリタニアの軍人なのか!? お前みたいに飛んできたボールを避けられない軍人なんて、 ブリタニア軍にはいらねぇーんだよ!!!」 スザクに激しい文句をぶつけた少年は、 数人の生徒を引き連れて向こうに飛んでいってしまったボールを取りにいった。 ぐっとスザクは唇をかむ。 確かに彼の言うとおり、ぼーっとしてしまった。 これが戦場なら、僕はもう…………。 スザクはゆっくり息を吐くと、顔を上げる。 ふと、見上げた校舎の窓際に座る少女が視界に入ってきた。 サラサラのストレートの髪、色白の肌。雪のように白い。 唇はバラのように赤く、触ったら色がついてしまいそうだった。 横顔だけだったけど、スザクは目を見張った。 まるで藤のように可憐で美しい少女。 その瞬間、スザクは一言、「紫の上………。」と呟く。 少女の横顔がどうしても頭から離れなくなった。 窓際の少女は一体誰……………? スザクがの横顔を見つめる数分前、 やはり彼女も窓から運動場でサッカーをする彼をぼうっと見つめていた。 今の授業は歴史の授業で、人の名前や年号ばかりが黒板を埋め尽くしている。 つまらない………と言ってしまっては先生に申し訳ないが、本当に面白くなかった。 戦争ばかりのブリタニアの歴史。 撃って撃たれてまた撃って………。 そして侵略していく。 この国はずいぶん昔からスザクように、 祖国を奪われた人たちを作ってしまっていたのだなと、それだけを学んだ。 は小さくため息をついた。 その時、運動場でボールを持った数人の男子生徒が現れる。 顔に見覚えがあった。 彼らは毎日スザクのロッカーにイタズラをしたり、 スザクの上から水をかけたりしていた生徒だった。 ぎゅっとは拳を握る。 ボールを持った一人がにやりと笑い、スザクの死角からボールを投げた。 ボールはスザクの頭へと命中し、ポーンと勢いよく飛び上がる。 「あっ…………!!!」 が小さく悲痛な叫び声を上げると、ジロリと歴史の教師の目が彼女をとらえた。 慌てては教師のほうを向き、小さく頭を下げる。 授業は再開され、クスクスという声と教師の歴史を語る声だけがをとり巻いた。 『スザク君、今日の体育の授業のこと、私見ていたの………。 頭大丈夫だった?彼ら、いつもスザク君にイタズラする人たちだわ。 でも大丈夫。私はずっと、あなたの味方だからね。どうかそれを忘れないで。 そうだ!!!昼休みに藤の花を見つけたの。 藤の花って、日本にゆかりのある花なんでしょう? クラブハウスの裏手にひっそりと咲いていたの。よかった行ってみてね。 紫の上』 スザクがから手紙をもらったのは、これが最後だった。 なぜなら手紙をもらったその日の放課後、黒猫騒動でスザクは活躍し、 ルルーシュのおかげで生徒会に入ることとなった。 それからだった。 スザクへの陰湿な嫌がらせがピッタリとおさまったのは…………。 次の日、スザクは自分のロッカーを何度も開けてみる。 当たり前だけど、何も変化がない。 コピーされたノートがあるわけでもなく、 体操服は先ほど自分がたたんだままの状態で、ぽつんと置かれているだけ。 スザクの書いた手紙も、受け取られていないままだった。 イジメがおさまったことにより、はスザクのロッカーを開ける必要がなくなった。 今までロッカーを開けていたのは、彼を助けるためだったのだから。 自分の書いた手紙を開き、スザクは寂しそうに呟く。 「紫の上…………君の書く手紙が読みたい。 君の書く、綺麗な字が………忘れられないよ。」 泣き出しそうになるのを堪えて、 この前彼女が教えてくれた藤の花が咲いているクラブハウスの裏手へとスザクは向かった。 もう日は傾くころ。 誰の声も聞こえないところで、藤の花はひっそりと咲く。 花が咲いているところだけが赤い夕日に照らされていた。 キラキラと輝く光の中で、スザクはそれを見つけた。 凛と咲く一輪のその花は、なぜかこの前見た横顔の少女を思いださせる。 スザクは口の端を少し上げた。 彼には、その少女こそが紫の上なのではないかという思いがあった。 優しく花に触れる。 こんなふうに、紫の上にも触れてみたいと彼は想う。 手紙を通して、いつしか膨れ上がったこの想い。 どうしても彼女に伝えたい。 手紙でなく、直接自分の口で。 「好きです。」その一言を…………。 「僕と君が、もしも運命の糸で結ばれているのなら、僕はどこかで君と出会えるのかな。」 静かに花から手を引く。 花びらが風にのり、さわさわと揺れた。 まるで返事をしているかのように、葉と葉がこすれあい音をたてる。 ガサガサとうるさいくらいに響く音の中で、ポツリとスザクは再び呟いた。 「君を…………愛してるんだ。」 風が言葉をさらっていく。 この言葉が、風にのって君に届けばいいと、彼は心の底から願った…………。 |