紫色を見るたびに、藤の花を思い出す。 藤の花を思い出すたびに、彼女のことを思い出す。 忘れられない。せめて、少しでもいいから彼女と会いたい………。 神様お願いです。もしも紫の上が僕を想ってくれているのなら、どうか彼女と会わせてください。 他には何もいりません。僕の願いを聞き届けてください………。 目覚めるたびにスザクは祈った。 そしてまた、アッシュフォード学園へと向かう。 生徒会に入ってから、学園生活は楽しいものとなった。 ミレイに振り回されながら、リヴァルとふざけあいながら、 こっそりみんなでシャーリーとルルーシュがうまくいかないものかと応援しながら、いつしか時は過ぎていった。 その間、ひたすらスザクは彼女からの手紙を待っていた。 来る日も来る日もロッカーを開けては中を確かめる。 スザクのそんな行動に最初に気付いたのはルルーシュ。 「やっぱ今日も来てないよね………。」 そう呟くスザクの後ろに、彼が立っていた。 「スザク、毎日毎日なんでそんなにロッカーを開けたり閉めたりしているんだ?」 「ル、ルルーシュ!?」 驚いたようにスザクが目を見開いて振り向く。 焦ったように首をブルブルと振る。耳が真っ赤になっていた。 ルルーシュはスザクの行動を怪しく思う。 「なんでもないよ。」と言っているが、いつもと調子が違うのでますます怪しく見えた。 「何でもないって………。そんなわけないだろう? 毎日何をそんなに確かめているんだ?嘘はつくなよ。お前のことなら何だって分かるんだ。 ロッカーを開けてがっかりしているのだって知っている。」 「…………さすが、ルルーシュだね。」 照れくさそうにスザクは笑った。 彼はそのあとルルーシュを屋上にひっぱっていく。 扉を開けると、茜色の空が向こう側まで広がっていた。 少し涼しい風が吹いてくる。 スザクはルルーシュの腕を掴んでいた手を離し、一通の手紙をポケットから取り出した。 「実はね、これなんだけど…………」 それは紫の上―――――――――からもらった手紙。 それをルルーシュに見せながら、スザクは前に起こった出来事を詳しく話した。 ルルーシュは眉間にしわを寄せながら彼の話をきく。 彼は穴が開きそうなほど手紙を凝視した。 そして…………。 「スザク、この手紙を書いた人物が分かるかもしれない。」 「えっ!?そ、それどういうことっ!?」 ルルーシュの爆弾発言に、スザクは凄い勢いで飛びついた。 軽くあしらおうとしたがさすが現役軍人、腕の細いルルーシュじゃスザクに勝てなかった。 「放せスザク。お前の掴んでいるところが痛いんだ。放さないと教えてやらないぞ。」 そう言うと、スザクは彼に謝って慌てて掴んでいたところを放す。 手紙をスザクに返しながら、ルルーシュはその人物の名前を告げた。 「おそらくこれを書いたのは、隣のクラスの・という人物だろう。 この前図書委員の書記をしている彼女が資料を生徒会に持ってきてな、 その時彼女がこういう綺麗な字を書いていた記憶がある。 まぁ、確実なことは言えないのだが………。」 ルルーシュは首をすくめた。 スザクはその手紙を握ったまま、真剣な眼差しでルルーシュに問うた。 「それって、藤の花のような人………?」 「フジ?フジって………あの紫の?」 「うん、そう。日本の藤の花だよ。」 やけにスザクが真剣なので、ルルーシュはなるべく彼女の姿を忠実に思い出す。 そういえば、肌が人よりも白くて雪のようだった。 髪の毛は長くてサラリとしている。 色はブリタニア人にしては珍しいくらいの黒で、ルルーシュよりも濃い黒をしていた。 確かにどこか日本人っぽく見え、藤の花を思わせる物腰だ。 「そういえば…………フジっぽいな。」 自然とルルーシュから言葉が出た。 それを聞いた瞬間、スザクの脳裏にこの前窓際に座っていた彼女の姿がかすめる。 よく考えれば彼女が座っていたあの教室は、自分の隣の教室ではなかったか? ではやはりあれが彼女? 「有難うルルーシュ!!!このお礼はどこかで必ずするからっ!!!」 そう言って、スザクは屋上から消えていった。 ルルーシュがスザクの名前を叫んだが、彼の声は聞こえなかった。 呆れつつ、彼はため息をついた。 「・か。彼女ならそういうことしそうだな………。 おとなしそうだけど、芯は強そうだ。」 そう呟いて…………。 スザクは隣のクラスへと向けて走った。 廊下で「見て、イレブンよ。」なんて囁かれたが、何も耳に入らなかった。 まだは残っているだろうか。 もう帰ってしまっているだろうか。 そんなことで頭がいっぱいになっていた。だから、スザクは階段で思いっきり人とぶつかった。 沢山の荷物を抱えた女子生徒と………。 「きゃっ!!!」 小さく上がった叫び声で我に返ったスザクの横で、バランスを崩した少女の体がぐらりと動く。 下の踊り場を背にして、その少女は落ちていこうとしていた。 スザクはとっさに叫び声を上げる。 「あぶないっ!!!」 そのまま彼は、その少女の体を自分の腕の中に収めた。 直後に衝撃がきて、二人は踊り場へと滑り落ちた。 沢山の書類と本が散らばっている中で、スザクは小柄な少女を抱きしめたまま、鈍い痛みに耐える。 「あの………。」と控えめな声がしてから、彼はすぐに彼女を放した。 「ごっ、ごめん!!!」 「いえ!!!私もごめんなさい!!!痛かったでしょう?」 もぞもぞとスザクから少女が離れる。 その少女が長い髪を耳の後ろにかけた瞬間、スザクは心臓が止まりそうになった。 それは、探していた彼女だったから。 ・。先ほどルルーシュから教えてもらった名前。 ずっと自分が『紫の上』と呼んでいた少女本人。 ふと目線を散らばった書類に向けると、あの手紙と同じ文字が書き込まれている。 見つけた…………。 「あの、背中大丈夫でした?痛みませんでした? ごめんなさい。私がバランスを崩したばっ…………」 スザクの背中を気にしてが彼に近づいた瞬間、スザクはもう一度を抱きしめた。 はすぐに反応できず、体を硬直させる。 心臓がバクバクと凄い音を立てた。まるで破裂してしまうのではないのかというくらい強く打つ。 スザクはの存在を確かめるように髪に触れた。 そして耳元で小さく呟く。 「見つけた。僕の秘密の女神様…………。」 「えっ?」 何のことか分からずはただ真っ赤になる。 続けてスザクが言った。 「ねぇさん。君、僕を助けてくれた人でしょ?僕に手紙をくれた人でしょ? 君には二つ名前がある。・と、紫の上。僕がつけた名前。 この書類に書かれた字、あの手紙と同じ文字。」 「……………違う、って言ったら?」 「違うって言われても、僕は引き下がらない。 君は紫の上。僕は君にずっとずっと会いたかった。手紙でずっと君に惹かれていた。 僕の口で伝えたかった。」 スザクはの体を一度放す。 少し座高の高いスザクを見上げる形となったは、正面から彼の柔らかな笑顔をみる。 彼はの頬に手を添えて小さく言った。 「好き………なんだ、紫の上。君のことが。愛してる。」 カッとの顔が恥ずかしさで真っ赤になった。 まるで熟したりんごのよう。 だって、手紙を通してスザクに恋心を抱くようになっていた。 でもスザクとは手紙という接点しかなかったから。 彼へのイジメがなくなり、ロッカーを開けなくてもよくなった瞬間、その接点は消えた。 にとって、幸せそうなスザクを眺めることが何よりの幸福だった。 その他は何も望まない。どうせ叶わない。そう思っていたから………スザクへ灯った小さな恋心に自ら蓋をした。 「ねぇ、君の答えを聞かせて?」 小首をかしげるスザクが、子犬のように見えた。 いいんだろうか、この想いを伝えても。 ここまで欲張りになってもいいのかな………そう考えつつもやはりスザクが好きだから。 は想いを口にした。 「私も…………手紙を書くときにずっとあなたのことを考えてた。 私はスザク君と全く面識がなかったから………あきらめてたの。この恋は叶わないって。 でも………でも…………私も……」 ス ザ ク 君 が 好 き 。 そう伝えたらなんだかもっと恥ずかしくなって、きゅっとは目をつぶって下を向いた。 ここには誰もいないのに誰かに聞かれていそうでたまらなかった。 ふいに優しい香りがおとずれる。気付けばスザクに抱擁されていた。 耳元で囁かれる。 「叶わないなんて、そんなことないよ。 僕はが大好き。ずっとずっと探してたんだ。 見つかってよかった。想いが伝えられてよかった。君の想いが聞けて……よかった。 僕を助けてくれた秘密の女神様。」 きゅっと腕にこめられる力が強くなった。 ためらいがちにももスザクの背中に手を回す。 突然現れた騎士様。 あの本のように、素敵な恋がこれから始まろうとしている。 嬉しいことも悲しいことも、スザクとともに泣いたり笑ったりしていきたい。 はスザクの肩に顔をうずめた。 「スザク君、ずっとずっと一緒にいてね。私だけの光源氏になってね。」 「うん。僕は君だけの光源氏。だからは僕だけの紫の上でいて。」 そのまま二人は唇を重ねた………。 どこからか藤の花の香りが流れてくる。 甘い甘い香り。 もしかしたらそれは、初めてのキスの甘い香りだったのかもしれない。 「、愛してるよ。」 |