世界が姿を変えた日、彼も姿を変えた。

それに賛同するように、友達も姿を変えた。コトワリを手に入れるために。

世界を創造するために。だけど私にとってそんなこと、どうでもよかった。

コトワリなんてなくてもいい。あの人がいてくれたら、それでよかった………。







目の前に立つ人物は、のよく知る人物だった。高校に入ってから、ずっと同じクラス。
クラスメイト、友達。いつも勇や千晶と一緒にいて、彼らのそばで笑っていた。
そんな彼を、は自分の席からぼうっと眺めるだけの毎日を過ごしていた。
好きだった、彼のことが。でも、自分の想いを伝えるほど、には勇気がなかった。
だからこのままでいいと思っていたのだ。
このまま自分の想いに気付かないふりをすればいい。
そう、忘れてしまえばいい。どうせ叶わないのだから。
だって彼の隣にはいつも、千晶がいるから………。
きっと彼にとっての特別は千晶なのだろうと、自分でそう思っていた。
それならば、なぜ、彼が自分の目の前に立っているのだろうか?
にはそれが不思議でならない。彼女は少し目を細めてみる。

…………?」

声はまぎれもなく、彼の声。

世界が壊れて、人がみんな死んで、自分だけなぜか助かった。
悪魔や思念体と呼ばれる人々しかこの世界にはいなくて、は絶望する。
うまく悪魔たちをすり抜け、人の姿をした人でないもの――――――マネカタたちと生活を共にした。
風の便りで、生き残った人間がコトワリを築き始めたことを聞き、
人修羅と呼ばれる新しい悪魔がこの世界を築くのだという噂も聞いてきた。
でもにとって、争いなんかもうどうでもよかった。

ただ、壊れた世界のどこかで静かに生き、死んでいきたいと願っていた。
人の世界は、もう終わったのだ。だから彼女はミナフシロで静かに生き抜いていた。
マネカタたちと一緒に…………。
そんな矢先、悪魔が襲ってきたのだ。

………君、なの?」

震える声で答えれば、刺青の入った顔がコクンと頷く。
もう、死んでしまったと思っていた彼だったが、生きていたのかとは考えた。
彼―――――が一歩踏み出し、やがて薄い光が彼の姿をさらす。
全身に、顔と同じような刺青が掘り込まれていた。
学校で会っていた頃とは違った姿に、は、この人ももう、人間ではないと直感で思う。

一方、は薄暗い中、血だらけのまま、死んでしまったマネカタたちを優しく抱くに辛そうな目を向けた。
目線を彼女に合わせると、涙で濡れた瞳が見えた。
頬も着ていた服も血で汚れている。ヨスガの悪魔たちに襲撃されたミナフシロで、唯一生き残ったのがだった。
フトミミが死ぬ間際、最後の力を振り絞って教えてくれたのだ。
ミナフシロの小さな洞窟に、人間の少女を隠した………と。

君………生きていたのね。でも………もう、あなたは人間じゃないのね。」

ふとは顔を下に向ける。小さい声で「人間はもう、私だけなのね。」と呟く。
千晶も勇もみんな悪魔化を果たした。氷川もいずれ………。
のようにこんなふうに人間の姿で生き残ってる人は、おそらくいないのだろう。
は手を伸ばし、優しくの頬に触れて血を拭い取る。
その時、は顔を上げて小さく笑った。

君の手、氷みたいに冷たい。でも、心は君のままなんだね。
その優しい眼差しも、学校での君のまま………。君は卑怯だよ。
私は一生懸命忘れようとがんばってたのに。君は死んだんだって、思ってて、
あなたに対するこの想いも、ようやく殺すことができるんだって思ってたのに………。
こんなふうに………突然姿を現して、私に優しくしていく。こんなんじゃ忘れられない。
私………あなたが好きって気持ち、忘れられないじゃないの。」

笑ったまま、ボロボロと涙が零れ落ちていく。
その姿をは無言で見ていたが、やがてゆっくりと彼女を抱き寄せる。

君…………?」

が生きててよかった。
俺はこの世界で悪魔として生まれ変わったけど、生まれてこなければよかったってすぐに思った。
がいない世界なんて、俺にとっては何にもならないから。すごく後悔した。
世界が壊れて、がいなくなって。こんなふうになるんなら、気持ち、ちゃんと伝えとけばよかったって。
俺は臆病だったから、にちゃんと自分の気持ち、言えなかった。
知ってた?俺が授業中、のことばっかり見てたこと。優しくて、まっすぐなが好きだった。
凛とした横顔も、友達に囲まれて笑う姿も、全部。俺はもう、臆病じゃない。だからちゃんとに伝える。
お前が………好きだ。」

強く抱きしめられた腕からは、人間らしい温かみが感じられない。
けれどもの心から、に対する温かさがにじみ出ていた。
彼の肌に触れれば、傷ばかりが目立つ。血なまぐさも………。
体に傷を作って、血を浴び、血を流し………。それは彼が生きるため。悪魔として。
は世界が壊れてから、そうやって生きてきたのだ。

君………だったら、殺して。私を。あなたはやがて、悪魔となり、この世界をまた壊すんでしょ?
今度こそ、本当に。その時人間の私は生きれない。死ぬしかない。
だったら………あなたに殺されたほうが、私は幸せ。」

涙に濡れた瞳でを見上げる
「馬鹿。」とは彼女の耳元に囁いて、の首筋をトンと軽くうつ。
そうすれば彼女はすぐに目を閉じ、体をだらりとにあずけて気を失った。
は優しくの体を抱きかかえ、燃える瞳で先を見つめた。

アマラの底に住まう人が告げた。
自分は闇の悪魔となる。最強の。いずれ訪れる光と闇の戦いで、光を滅ぼすための。
その先に待つものが何だったとしても、絶対にを守り抜く。
だから…………この先何が起ころうと自分はを放さない。たとえ心が悪魔になろうとも………。

が好きな気持ちだけは、人間のままだ………。」

アマラの底で、大天使であるメタトロンさえ退けた人修羅の瞳。
彼女を見つめる時の眼差しだけは、人間のままだった。









たとえ俺が悪魔でも










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→マニアクス、ミナフシロ〜トウキョウ議事堂間のお話。
人修羅、もうアマラ深界の底にたどり着いているという………。かなりボツ。勢いだけで書いたので。
それから、PSP版ペルソナのOP「Dream of Butterfly」が大きく影響していると思われます(笑)
やだよ、こんな人修羅様。