いっそ記憶がなくなってしまえばいいと思った。 記憶が消えてしまえと心の底から願った。 でもそれは無理なこと。 私はあなたを愛していて、あなたは私に沢山の愛をくれて………。 それがずっと続くと思っていたのに。 本当はこんなにも脆くて崩れやすいものだったのね………。 ねぇスザク。どうしてあなたはその道を選んだの? 連日テレビで流れるのは、スザクがユーフェミアの騎士になったことばかりだった。 学校に行っても、噂されているのはスザクのこと。 それを聞くたびには頭が痛くなり、胸が苦しくなる。 もうスザクとは何日連絡をとってないだろうか………。 重い体を引きずって、屋上に出れば自分を忘れるくらいの青空が広がっている。 こういうとき、は全てを忘れることができた。 ここにくれば、なんて自分は小さいのだろうと心の底から思える。 パンと紙パックのジュースを静かにコンクリートの上において、 壁にもたれかかりながらズルズルと体を落としていった。 本当は立っているのも辛いくらい。 スザクがユーフェミア皇女殿下の騎士になるって聞いた時、心が崩れてしまいそうだった。 皇女と騎士の関係。 それは恋人というものに近いくらいの特別な関係で。いいえ、もしかしたら恋人以上。 守られる皇女と守る騎士。 私は………… 「スザクに守られたかった………な。 こんなどうしようもないこと言っても仕方ないんだけどね。」 ははっと、自分をあざ笑う。 これが自分にできる精一杯の受け止め方。 きっとユーフェミアはスザクのことがどうしようもないくら好きなのだと思う。 そうでなかったら、日本人であるスザクを騎士にしようとなんて考えないだろうから。 スザクだって………華やかで美しいユーフェミアが、きっと好きなんだ……。 だから彼は、ユーフェミアの騎士を正式に…………受けた。 「スザクをずっと見てきたのは、私なのになぁ………。」 ツツーと冷たいものが頬を流れる。 透明の涙。綺麗といえるものではない。 未練がましく、そしてユーフェミアに対する嫉妬を表した汚れた涙。 こんな涙は誰にも見せたくない。 だけど…………とめられない。だからせめて誰にも分からないように………。 は声を殺して泣く。 彼女を慰めてくれるのは、この広く青い空だけ…………。 ここを去れば、いつもの明るく優しいに戻る。それは彼女自身が決めたルール。 「………………っ!!!スザ、ク………。」 彼女がかみ締めるように紡いだ名前を、ルルーシュは扉の向こうで黙って聞いていた。 彼は騎士にふさわしいから………なんていう理由を無理矢理つけて、 私はスザクを自分の騎士にした。 本当は違うの。本当は彼を独り占めしたかったから。 彼の優しい笑顔を私だけのものにしたかった。 全部分かってる。スザクが私を見ていないことも、スザクが見ているのは誰なのかも。 ずっと欲しかった。彼が。 だから私は自分の勝手な理由で"皇女"という地位を使い、彼女からスザクを奪ったの。 彼女がどんなに傷つくか知っていながら………。 ユーフェミア・リ・ブリタニア…………なんて酷い女でしょうね。 「スザク。私はあなたが騎士になってくれて嬉しいの。」 「僕もユフィの騎士になれて嬉しいよ。僕は証明するんだ。 自分の力でブリタニアの制度を変えていけることを。 ユフィが僕にその力をくれた。君にはいつも助けられる。有難う。」 ふわりとスザクがユーフェミア自身に対して笑いかけたことが嬉しくて、 彼女は心をときめかせた。 彼に好かれるのなら、私は道具でもいいと、ユーフェミアが思ったとき、 スッとスザクの腕が彼女の髪に伸びる。同時にだんだんと顔が近づいてくる。 胸が高鳴った。 ほんのちょっと、期待してしまった。 だけどその期待も虚しいものに終わる。 「ユフィ、髪の毛に何かついてるよ。じっとしてて。」 しばらく髪を触られる感触。 すぐに彼が離れた。 「あ、なんだ。花びらじゃないか。」 スザクが自分の手のひらに赤い花びらをのせ、小さく呟く。 そのあとに何かを思い出したように「クスッ」と笑う。 ユーフェミアが「どうしました?」と聞けば、スザクは苦笑しながら答えた。 「そういえば、と一緒にケーキを食べに行ったとき、 彼女髪の毛に生クリームをつけてたことを思い出して………。 どうやったら髪の毛に生クリームがつくんだろうって、僕は一晩中考えたことがあったんだ。」 楽しそうに話すスザクに、ユーフェミアの顔がこわばった。 サッと笑顔が消える。 やはり彼は自分を見てくれない。彼の中には""だけしか存在しない。 きっと彼は気付いていないのだ。皇女の騎士になるということが、どんなことなのか。 「そう………ですか。」 力なくユーフェミアは声を発した。 もしも彼が、皇女の騎士になるということの意味を知ったら、 私から離れてしまうだろうかと不安になりながら……………。 僕がユフィの騎士になれば、日本人の人にも勇気を与えることができると思った。 頑張れば、自分の力で待遇が変えられる。 内側からブリタニアを変えていけるという証明がされると。 そして世界を変えられる。 戦争が続く悲しいだけの世界じゃなくて、誰もが笑える幸せな世界へと。 僕がきっかけになればいいと思った。 全てはに幸せな世界で暮らしてもらうため。 僕とがこれから作るであろう、幸せな時間のために。 その時間が作られるのなら、僕は騎士でもなんでもなる。 ルルーシュから電話が来たのは久しぶりにアッシュフォード学園の寮に帰れた日だった。 その日は帰ってから即に電話をかけた。 忙しくて、電話もメールもしていなかった。 携帯さえ見ていない。さっき見たが、からの連絡はなかった。 少し不安になりつつ震える手で電話をかけたのがついさっき。 出なかった。 「僕が電話しなかったから怒ってるのかな………。。」 バチバチと雨粒が窓に激しくあたる音。 外ではとてつもなくひどい雨が降っていた。時折雷も鳴る。 そういえばは雷が苦手だったよね、怯えてなければいいんだけどと苦笑しながら、 せめて彼女にメールだけは打っておこうとメール画面を開いたときだった。 けたたましく着信音が鳴り響く。 だと思い、弾む心でディスプレイを見ると表示されたのは『ルルーシュ』の文字。 彼から着信なんて珍しいと思い、通話のボタンを押して電話に出た。 「もしもし、スザクだけど………。どうしたの?ルルーシュ。」 「……………スザクか。」 ルルーシュの声はいつになく低かった。 怒っているような感じがする。生徒会に出れなかったことを彼は怒っているのだろうか? 「ルルー―――――――――」 「どういうつもりなんだスザク。ユーフェミアの騎士って。」 しばらくの沈黙が嫌で、スザクがルルーシュの名前を口に出した時、 静かな怒りを灯らせた彼が冷静に、だけどなじるように言う。 「え?」とスザクは疑問符を浮かべた。 彼は祝福してくれると思っていたから。騎士になったことを喜んでくれると思っていたから。 だから彼にそう問われて、混乱する。 「なにいって…………」 「スザク、お前は分かってない。皇女と騎士の関係を。 いいか、皇女とそれを守る騎士の関係になるっていうことは………」 特別な関係になるということなんだぞ? ルルーシュにそう言われ、思考が止まった。 特別な関係?それってつまり―――――――― 「僕と、ユフィが特別な関係…………?」 「そうだ。」 やっと理解したのかというように、ルルーシュは電話越しにため息をつく。 あの時扉の向こうで聞いたの声が忘れられなかったから。 すごく心が痛んだから。 一番辛い思いをしているのはだから。彼女を助けてあげたかった。 「この前が一人で泣いていた。 泣きながら、は言ったんだ。『スザクに守られたかったなぁ。』と。 彼女はちゃんと知っていたんだ。皇女と騎士という関係の意味をな。 なのにお前は…………!!!」 スザクの手から携帯が滑り落ち、ガタンと音を立てた。 床に落ちた携帯からはルルーシュのスザクを呼ぶ声がするが、そこにもう、彼の姿はなかった。 外は酷い雨。 傘も持たず、スザクは寮を飛び出した。 彼女が住む家に行っても、は帰ってないといわれ、 アッシュフォードの生徒を捕まえてはの行方を尋ねるけれど誰も知らなかった。 雨は酷くなるばかり。 時折鳴っていた雷は、常にピカリとひかり、ごろごろと音を立てる。 どこにいるのだろう、は。 きっと怯えてる。苦手な雷と、僕を失った恐怖に。 全速力で駆け回り、思いつく限りの場所に行くが見当たらない。 学園近くの公園、特派、街の中、彼女が好きだと言っていた教会――――――――。 どこにもいない。スザクは祈りをこめて最後の場所へと向かった。 シンジュクゲットー。 スザクはそこで、目を閉じ空を見上げたままの状態で雨に打たれ続けるを見た。 一体何時間、ここで雨に打たれていたのだろうか。身動き一つしない。 髪も服もぐっしょり濡れている。ただ分かるのは雨がの涙を消していたこと。 スザクは走りより、一人たたずむ彼女を腕の中に収めありったけの力で抱きしめる。 体がすごく冷たかった。 生きているとは思えないくらい………。 「っ!!!ごめん。君がこんなにも傷ついているなんて知らなかった。 俺はっ………なんて最低だっ!!!」 抱きしめる腕に力をこめると、が独り言のように呟いた。 「私………スザクに守られたかったなぁ……。でもそれも、叶わないんだね。」 |
----------------------------------------------------------------------------------------- 続けようと思えば続けられるこの微妙さ(笑)続き書いてみようかなぁ。 |