自分が『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』という名前を持つ、 ブリタニアの皇子であることを思い出したルルーシュ。 彼は同時に大切なことまでも思い出した。 一年前、ルルーシュは『ゼロ』と名乗り、黒の騎士団を引っ張った。 でも――――――――。 枢木スザク。 彼の存在により、ルルーシュは敗北した。 同時に一番大切だった妹のナナリーも誰かに連れ去られ、行方が分からなくなった。 皇帝の前に引きずり出されたルルーシュは、記憶を消され、 偽りの記憶を持ち、偽りの生活を送っていた。偽りの弟――――ロロとともに。 「会長、今日は俺とロロの生還記念パーティーですよね?」 ルルーシュは自然を装って会長であるミレイに聞く。 この部屋に、ロロはいない。 「うん!!!テロ事件からよくぞ生還した!!! もうシャーリーなんて大変だったんだから。『あたし、ルルが死んだら………』」 「わぁーっ!!!わぁわぁわぁっ〜!!!」 シャーリーが走ってきて、彼女の口を塞ぐ。 ルルーシュはそんなこと気にせずに手を動かした。 今、彼の頭の中はロロのことやナナリー、それに黒の騎士団のことでいっぱいだった。 「そういえば、ロロは?」 ふと、気付いたようにリヴァルが言う。 味はオンチだが、皮むきぐらいはできるのでそれを手伝っていた。 ルルーシュみたく、料理ができれば女の子にもてるのに……なんてさっきまで呟いていた彼だった。 シャーリーに口を塞がれたまま、ミレイはモゴモゴと口を動かす。 「声はかけたんだけど、ほら、兄と違ってナイーブで。」 「そんなんだからぁ、友達いないんじゃないの?」 「おとなしいって言ってあげなよ〜。」 「あの〜………ついてんですけど?いろいろと。」 手を動かしながら彼らの話に耳を傾けるルルーシュ。 その話を聞きながら、彼は確信する。みんなナナリーのことを覚えていないのだと。 いや………それは違う。違うのだ。 覚えていないんじゃない。妹のナナリーが、弟のロロにすり変わっているのだ。 もしも思い出さなかったら、ロロはずっと彼の弟だった。 ルルーシュの記憶を書き換えただけでなく、学園のみんなの記憶までも……。 フライパンを握る彼の手に力がこめられた。 (何者だ?ロロ・ランペルージ…………。) 一方、その頃のロロ。 地下へと続くエレベーターを降りれば、そこには未知なる世界が広がっていた。 誰も学園の地下にこんな施設があるとは思わない。 だってここは、ルルーシュ・ランペルージを監視し、 C.C.をとらえる役目をつかさどった者たちが集まるところ。 ロロの………仕事場。機密情報局の一員としての。 今回、ルルーシュの行動にゼロを結びつける要因がないということが報告された。 つまりバベルタワーの事件を起こしたのは、黒の騎士団の生き残りたちであり、復活したゼロだけ。 ルルーシュ=ゼロじゃないという報告。 ルルーシュは何の関係もなく、彼と必ず接触すると思われているC.C.も事件前と同じ、 どこにいるか分からない………。 結論は、もう少しこのままえさの監視を続けるということになった。 ロロはその報告をソファに座ったまま聞く。 ルルーシュからもらったロケットを、開けたり閉めたりしながら。 この中にはとても大事なものが入っている。 それは…………。 ロロが気付くと、彼のいる場所は人がいなくなっていた。 彼は開けたロケットをじっと見つめる。 一枚の写真がはまっていた。 座ったまま、柔らかい笑顔で映るロロの隣にいるのは少し背の高い少年と、 ロロの両肩に手を置く。 たった三人だけの家族。 エリア7で撮られた写真。 それを見て、ロロはにっこり笑った。 宝物。僕の。 寂しいときはいつもこの写真を見る。 そうすれば、寂しくなくなる気がしたから。 「降伏してください。勝敗は決しました。武器を捨てたもの、自分は撃ちません。」 EU連合との戦闘で、スザクはそう言った。 戦争での哀しみを知っているからこそ、言えること。 敵の兵士たちにも家族がいて、友人がいて、愛する人がいるのだ。 残された者の辛さをスザクはよく知っている。 彼自身、ユーフェミアに残されたのだから………。 それに…………… (が………戦争はイヤだって言ってたから。) だから彼は降伏した弱者を撃ちたくないと思う。 けれどもその思いは、そううまくは伝わらない。 敵はスザクの言葉を無視して攻撃してきた。 「残念です…………。」 彼は静かに呟いて、ハーケンを放つ。 戦争になる。 僕にはとみたいな凄い技術はないから、きっと人を殺してしまう。 「殺さないで。」と、君は数ヶ月前の戦闘で僕に叫んだ。 だけど僕は殺してしまう。 それでも君は僕を許してくれるかな。 君の優しいその手で、人を殺して汚れてしまった僕を、もう一度、抱きしめてくれる? ランスロットがとどめにヴァリスを放つ。 その瞬間、大地に命の散る音が響いた。 カシャンカシャンとアルバムをめくるルルーシュ。 自分の記憶と違っていることは二つ。 まずは写真にニーナが写っていないこと。そしてアーサーもいない。 アーサーはスザクが連れて行ったのだとして、ニーナはどこに………? そんなことをぼうっと考えていると、コツコツと靴音がする。 写真は丁度、マラソンダンスの時の写真。 「どうしたの?アルバムなんて。 それ、生徒会のマラソンダンスの時のファイルでしょ?」 振り返るとロロが何食わぬ顔で立っていた。 (出たな、偽りの弟。さて、これからどうやってお前の仮面を剥いでやろうか。 まずは生徒会に関する揺さぶりをかけるか?) 密かにルルーシュはそう思いつつ、慎重に言葉を選んで話す。 「会長のイベント好きにも困ったもんだな。」 そういいつつ、キーを押して次の写真を表示する。 ロロが「あ、失恋コンテスト……」と少し寂しそうに呟いた。 ルルーシュはロロの反応を見るために、少し揺さぶりをかけた。 「泣けるよな。優勝したリヴァルに、トロフィーを渡すのが会長なんてさ。 あっはははは………。」 横目でロロの反応を見た。 お前は知っているか?リヴァルが会長を想っていることを。 だが、ロロは何の反応も示さなかった。 ただ思いつめ、そして口を開いた。 「よく、逃げられたね。」 「え…………?」 「ニュースで言ってたでしょ。バベルタワーは、軍が完全に包囲してたって。 兄さんは、どうやって包囲を破ったの?」 彼の言葉に、ルルーシュは心の中でにやりと笑う。 (まさかお前からボロを出してくれるとはな、ロロ!!! 俺の弟にしては、随分と危機感のないやつだな。 お前のその言い方、まるで俺が軍と敵対しているかのような言い方だ。 なるほど。お前はやっぱり………軍の人間なのか? いいだろう。お前に揺さぶりをかけて、確たる証拠を掴んでやる!!!) 「何言ってるんだよロロ。それを言うなら…………」 どうやってテロリストから逃げたか、だろ? ルルーシュの言葉にロロの瞳が大きく揺れる。 その反応を見ただけで、ルルーシュの心は震えた。 彼の心の中で大きな確信が生まれる。 やはりロロは、軍から派遣されたブリタニアの犬。自分を監視するための。 それならばコイツは皇帝につながっている可能性も高いと、ルルーシュは考えた。 「非常用通路があってさ。 お前に連絡しようとしたんだけど、あの状態じゃ携帯がさ………。」 「………そう。」 ルルーシュは適当に嘘をつく。 本当はゼロとして指揮をとり、中華連邦の総領事館まで逃げた。 そこからC.C.と入れ替わり、すぐ学園に戻る。 ヴィレッタの補習を受け、ロロに電話をかけることで自分がゼロではないことを証明する。 簡単だった。 ゼロでないアリバイは十分。しかもそれを証明するのはヴィレッタとロロ自身。 ロロは小さく呟いたあと持っていた携帯を強く握る。 ストラップとして付けられた白いハートのロケットが少し揺れた。 ルルーシュはそれを横目で盗み見る。 男にこんなロケットをあげるはずがない。 ナナリーの存在を忘れてはいたけれど、体は覚えていたのだ。 10月25日は大切な人の誕生日で、それは女の子であったこと。 だからこのロケットを買ってきて、ロロに渡した。男にはふさわしくない、このロケットを。 10月25日はナナリーの誕生日。ロロではない………っ!!! ルルーシュはロロに見えないところで拳を握る。 (ではロロ、ナナリーにあげるはずだったそのロケット、返してもらおうか。) 心の中では悪魔のような笑みを浮かべながら、表面には優しい兄の顔を貼り付ける。 そのまま口を開いた。 「ロロ、そのロケット。よく考えたら、男にロケットってのもな。 もっと別の…………」 言いながらルルーシュは、スッとロケットに手を伸ばす。 あと少しでロケットに手が触れてしまいそうな時だった。 「……………っ!?だめだよコレはっ!!! 僕がもらったんだ。だから………僕のなんだ………っ。」 ロロが激しく叫んでロケットをルルーシュから引き離す。 まるで宝物をとられてしまうのを死守するがごとく、胸にロケットを引き寄せる。 瞳が激しく揺れていた。 いつも見せないような行動にルルーシュは唖然とする。 「あ、あぁ。分かったよ………。」 彼がそう言うと、ロロは安心したように体のこわばりを解かせ、 大切なものを見るようにロケットを見つめる。 (何だ………?このロロの態度。今までに見たことがない。 それよりも、そんなにナナリーへの誕生日プレゼントを俺に返したくないのか? お前は俺の弟ではないくせに………。) ルルーシュがムッとする横で、ロロはロケットがとられなかったことに安心していた。 このロケットの中には、自分・との三人で映った写真が入っている。 それをとられたくない。とても大事なものだから。 でも本当に、それだけ…………? 本当は、初めてルルーシュからもらったものをとられたくないという気持ちもあったのではないだろうか。 ロロは少しそう考えた。 偽りの弟でも、偽りの誕生日でも、ルルーシュが祝ってくれた。 誕生日を祝ってもらうのは、今までとしかいなかったから。 少し嬉しかった。 初めて家族以外の人から、誕生日プレゼントをもらった。 おめでとうと言ってもらえた。 それがたまらなく嬉しくて。 それが形に残る、ルルーシュとの思い出の品で。 それをとられてしまうのは、まるで自分がいなくなることのように悲しかったから。 ルルーシュから自分の存在が消えることが怖かった。 本当の兄と姉はとであり、ルルーシュではない。 それは分かっている。分かっているけれど…………。 (何だろう、この気持ち。僕の兄さんと姉さんは、兄さんと姉さんだ。 ルルーシュなんて僕の兄さんじゃない。 だけど僕は…………ルルーシュ兄さんの弟でありたいとも、思ってる?なんで………?) ロロはそっと、目を閉じた。 だれももう見えない。だれも他の人を知らない。みんなひとりぼっちだ。 (ヘルマン・ヘッセ) |