アッシュフォードの地下深く、水の流れる場所でロロの冷たい声が響き渡る。
彼のそばには真っ赤な血を流し、逝ってしまった同じ機密情報局の隊員。
ヴィレッタはその光景を見て息を呑む。

「聞かれた可能性があります。ギアスのことは、
トウキョウセクションでは僕らだけの秘密ですから。」

「しかし、これで一体何人の隊員を…………」

ロロにはヴィレッタがこう言う意味が分からなかった。
秘密を漏らしてはいけない。それは上からの命令。
命令は絶対。軍ではそれが当たり前で………。
命令と人の命、ロロにとっては命令のほうが重かった。

「もっとも確実で迅速な方法でした。違いますか?」

彼の言葉を聞いて、ヴィレッタは口をつぐむ。
そのまま静かに背を向けて、ロロから去っていった。
ヴィレッタの無言の意味がますます分からないロロは、ゆっくりと足元に視線を向ける。
さっきまで歩いて、しゃべっていた人間。
ぷっつりと糸が切れてしまった人形のように動かない。
自分の手をみれば血がついていて、ぬるぬるとする感触があった。
そこでようやく自分が何をしたのか気付く。

僕………また人を殺したんだ……。

ロロは仕事のこととなると人が変わることがあった。
冷たい表情を浮かべ、言葉も機械的、何も考えられなくなる。
そんなことがしょっちゅう。
現に今だって………。
赤い、血がついた手がかすかに震える。

………ねえさんの、声が……聞きたい。」

ロロは血をふいて、ポケットから携帯を取り出した。
アドレス帳を開き、の文字を探す。見つけた――――。
番号が表示され、ボタンをプッシュする。

トゥルルルル……トゥルルルル……………。

長いコール。
いっこうにつながる気配がない。
コール音はしているのだから電源は切られていない。
仕事だろうか………?

ロロは通話終了ボタンを押し、ためしににもかけてみた。
もしもと一緒にいれば、電話をかわってもらえばよいと思ったから。
通話ボタンを押すとまた数回、コール音がする。
6回目のコール音のすぐあと、自分の兄の声がした。

「――――――ロロ?」

「兄さんっ!!!」

地下でロロの声が響く。
なぜだか心臓がドキンドキンと大きく打った。

「どうしたんだロロ?急に電話してくるなんて珍しくないことだけど……」

は小さく笑った。
そう、ロロが急に電話してくることなんて珍しくない。
寂しがり屋のロロは、何かあるとすぐに電話してくるのだから。
兄さんと姉さんの声が聞きたかったって言いながら。
今回も、何かあったのだろうか?
ロロが弱さをさらけ出せることができるのは、
自分との前だけなのだとはよく知っている。

「あ、うん。元気かなって思って………。
この前黒の騎士団の事件があったから、少し心配してたんだ。大丈夫?」

電話越しには一瞬顔をこわばらせる。
しかしすぐに表情をやわらげて、明るい声で言った。
「大丈夫だよ。」と。
だけど、本当は大丈夫じゃない。
辛かった。全員を救えなかったことがいまだに胸をしめつける。
腕の中で息を引き取ったあの男性のぬくもりを、いまだに覚えている。

(ウソ……………。)

の声を聞いてロロはそう思った。
自分に心配かけまいと、わざと明るく振舞っている。
それがバレバレ。いつだって自分の兄は無理をする………。

「………兄さん、ウソ、なんでしょ?大丈夫っていうのは。」

ロロが目を細めて言うと無言ののち、乾いた声でが再び笑った。

「ロロ、いつになく今日は鋭いんだな。
………あの日、バベルタワーに行ったんだ。人を助けに。でも……助けられなかった。
敵のナイトメアが無残にバラバラになってた。
助けたかった日本人の男の人も、僕の腕の中で息を引き取った。
どんなに強くても、結局全ての人は助けられない。
戦いの中では、必ず逝ってしまう人もいるのだと、そう思い知らされた事件だった。」

ギュッとが唇をかみ締める。
彼の言葉を聞いて、ロロは足元に倒れた人を見た。
兄は人を助けようとしている。
では………自分は?

ロロだって、あの日バベルタワーに行っていた。
だけど目的は人を殺しに。
兄と姉が、手を煩わせることのないように。
汚い仕事は自分がやればいいと思っているから。
彼は拳を固く握る。
そんな時だった。今度はがロロに尋ねた。

「そういえばロロ、お前だって、あのタワーの中にいたんじゃないのか?」

兄の言葉を聞き、ロロの目が大きく見開かれ、瞳が泳ぐ。
無意識に服の上から、首にかけられたペンダントを掴んだ。
にもらった、赤いペンダントを………。
今度は、彼がとっさにウソをついた。

「何言ってるの兄さん。僕のエリア11での仕事は、重要人物の監視。
そんな僕がタワーに行くなんてありえないよ。」

手のひらで強く、ペンダントを握った。
どうかそのウソがばれないでと、ロロは強く願う。
は変に鋭いから、いつだってロロのウソを見抜いてしまう。
そして今回もそうだった。
ため息が聞こえ、すぐにが言葉を返した。

「ロロ、別にお前を責めるために聞いたんじゃないんだ。
お前にはお前の事情があるんだろ?それはちゃんと分かってる。
ただ僕は、ロロの口からホントのことを聞きたかっただけなんだ。
タワーの中にロロがいるかもってに言ったら、は心配してた。」

「ねえ、さんが?………………ごめんなさい。
僕……タワーに行ったよ。どうしても行かなきゃいけなかったんだ。
兄さんに止められてたはずのギアスも使った。
そのギアスを使って、人も……殺したんだ。ごめんなさい。
僕はやっぱり、兄さんたちとの約束、守れてない。今だって…………」

「ギアスを使った?人を殺した?」

ロロの言葉には声を重ねた。
電話をかけてきた少年は驚く。
「どうして分かったの?」とロロが問えば、彼は「なんとなく」と答えた。
そのまま続けては言う。

「ロロ、無理して約束守ろうとしなくていいんだ。
ただ、お前のギアスは心臓に負担をかけるから心配してるんだ。
でももうお前は機密情報局の人間だから、ギアスを使う必要性だって出てきている。
人を殺すことだって………仕方のないことかもしれない。
こう言ってしまったらいけないかもしれないけど………。
それに、ロロにはロロのルールがあって、僕たちには僕たちのルールがある。
人を殺さない。それは僕たちのルールだ。お前の作ったルールじゃない。
約束が守れなかったからって、お前が落ち込む必要はないんだ。
でもほんの少し、少しだけ後悔してくれるなら………僕はそれでいいと思う。」

にっこりと電話の向こうでが笑った。
その言葉を聞いて、ロロの頬をつめたい何かが伝う。
涙だった。
に分からないようにそっと彼は涙をふき、先ほどまでとは違った声色でしゃべった。

「………ありがとう、兄さん。なんかちょっと救われたかも。
あ、兄さん。ところで姉さんは?
声聞きたくて電話したんだけど、携帯に出なかった。そこにいるの?」

サッとの顔色が変わる。

は……今ちょっと仕事でここにはいないんだ。
たぶん携帯にも気付いてないんだと思う。けど、元気だよ。
お前に会いたいって、それがの最近の口ぐせなんだ。
落ち着いたらに電話かけさせるから、それまで待ってて。」

「そうなの?うん分かった!!!絶対だからね!!!約束だよ!!!」

そうロロにが言うと、彼は声を弾ませた。
ロロの大好きな姉さん。
彼女は今―――――――。

「それじゃあ、切るぞロロ。」

「うん。あの、兄さん。急に電話してごめんね。それから、ありがとう。」

最後に彼はそう告げて、耳から電話をはなして通話を切断した。
も通話終了のボタンを押す。
携帯を机の上に置き、彼は横を見た。

ベッドの上で静かに眠る

あれから救護班の医師として活躍したは人を手当し続け、
そして過労で倒れてしまった。
極度の疲れと脱水症状、栄養不足によりの体は衰弱しきっていたのだ。
倒れてからずっと、は昏々と眠り続けている。

は優しくの髪を撫でてやり、小さく口を開いて彼女に呼びかけた。

、今ロロから電話が来たんだ。ロロは大丈夫だって。
あいつがからの電話を待ってるよ。
だから今はゆっくり休んで、そして早く元気になって。」

彼女が少し頷いたような気がした。
その時、つけっぱなしのテレビからギルバートの声が聞こえ、は視線を移す。
そのまま大きく目を開いた。

『ゼロよ。聞こえるか?
私はコーネリア・リ・ブリタニア皇女が騎士、ギルバート・G・P・ギルフォードである。
明日15時より、国家反逆罪を犯した特1級犯罪者、256名の処刑を行う。
ゼロよ!!!キサマが仲間の命を惜しむなら、この私と、正々堂々と勝負せよ!!!』

「ギルバートさん………。犯罪者を囮に使うなんて。
もしゼロが現れなかったら、あなたは本当にその人たちを処刑するのですか…?」

彼らはいずれ、国に反旗を翻した人として裁かれる。
それが分かってて、彼らは反旗を翻した。全ては日本という国を復活させるために。
もしも運命が変わっていれば、裁かれているのは自分たちだったかもしれないと、
はテレビを見つめてそう思う。

「ん…………ルル様…ナナリー………スザク…。」

テレビに集中していたは、ベッドの上で眠るの呟きには気付かなかった。








このテレビを、ルルーシュも一人、生徒会室で見ていた。
彼は拳を握る。
やってくれたなギルバートと、誰にも聞こえないように小さく呟く。
これからどうすればいい?
仲間を見捨てるわけにもいかない。
かと言って、監視されている状態じゃうまく動けない。
ロロのことだってある。
まずは監視とロロを何とかしてからだ………。
ルルーシュがそう思ったとき、シャーリーが部屋に入ってくる。

「あれ?ルル一人?」

「ああ。シャーリーこそ水泳部は?」

ルルーシュはリモコンでテレビを消した。
プツンとテレビが音を立てて消えると同時に、シャーリーが話始めた。

「それがさぁ、
あたし顧問のヴィレッタ先生に、誕生日プレゼント買う係になっちゃって。
あたしだけいつも怒られてるからだって。でも苦手なんだよねぇ、こういうの。
やっぱお酒かな………。好きみたいだし。でも銘柄なんて……」

最後はブツブツと一人ごとになるシャーリー。
ルルーシュはそれを聞いてニヤリと笑った。
これは使えるかもしれない。
ロロの正体を暴く糸口、そして監視の者を退ける作戦のための。
ギアスが戻った今なら、できないことなど………ない。

「付き合おうか?」

「………へっ?」

「だから、プレゼント選ぶの。」

「えっ、いいの!?ホントにっ!?」

シャーリーの笑顔に、ちくりとルルーシュは胸を痛める。
けれどこれは自分の将来がかかっているかもしれないのだ。
彼は心の中でシャーリーに謝った。









何も敢えてしなければ、何も得られない。
新しい果実を掴もうとすれば、誤りを犯す勇気を持ってもよい。
(ヤーコプ・グリム)