「どうしても行くのか?エリア11に。 あそこはお前にとって気持ちのいいところじゃねーだろ。」 荷造りするスザクの部屋で、ジノが壁にもたれかかりながら言った。 スザクは彼の言葉を聞いているのかどうか分からない。 綺麗に洋服をたたみ、バックの中へとつめていく。 「別にお前が行かなくたって、全然かまわないんだぞ。 頼めば代わりにノネットとか行ってくれるだろうし、 ノネットもたちに会いたがってたんだし……って聞いてんのか?スザク。」 「…………。」 無言のまま、スザクは懐かしい洋服をたたんでじっと見つめていた。 アッシュフォード学園の制服。 黒い生地に触れ、襟のところを指でなぞっていく。 もう一度、この制服を着ることになるなんて………スザクはそう思いながら、 大切に制服をバックにつめた。 「おい、スザ…………」 ジノが噛み付くようにスザクの名前を呼んだときだった。 彼はジノに感心がないような瞳を向ける。 ジノはその翡翠色の瞳を見て綺麗だと思ったが、同時に彼の瞳には輝きがないことを知る。 スザクが一度、人間不信に陥ったことは知っていた。 だけど彼女が……がそんなスザクの世界に色を取り戻した。 が本国にいた間、スザクの瞳にはかすかにだけど輝きがあったのだ。 少なくとも今よりはちょっとだけ笑っていた。 でも彼女は、自分のやるべきことのため本国を去った。 その時からスザクは再び笑わなくなる。 スザクの瞳を見て、ジノは何も言えなくなり口を閉じた。 そんな彼に視線を向けたまま、スザクは淡々と述べる。 「僕は行くよ。エリア11に。ゼロを殺しに行く。」 「なぁスザク。 前々から思ってたんだけど、どうしてお前はゼロを殺すことにそんなに執着するんだ?」 再び視線を戻したスザクに向かって、ジノは尋ねた。 しばらく彼は何も言わなかったが、ふと手を止めて小さく呟く。 「だって……………ゼロは最後の最後で世界を裏切った。 それに彼はの初恋の人だから。」 「…………今何か言ったか?スザク。」 彼の呟きは、ジノには届かなかった。 (僕はエリア11にゼロを殺しに行く。 だけどそれだけじゃない。………僕はもう、限界なんだ。 このまま本国にいたら、僕の中から君の色が消えてしまいそうなんだよ…………。) ぎゅっとスザクはたたむ洋服を掴み、苦しそうに目を細め唇をかんだ。 その光景を見て、ジノも思う。 きっとスザクの心が限界を迎えているのだと。 『』というクスリが必要な時期が来ているのだと。 晴れ渡るエリア11の青空の中、白く輝く翼を持つ二つの機体が自由に空を舞っていた。 一つは・ルシフェルが乗るランスロット・クラブ。 もう一つは・ルゥ・ブリタニアが乗る。 共にエリア7で作られた特殊なナイトメア。 この二機には目指す場所があった。 「見えた!!!あれが公開処刑場だよ。 約束どおり、ナイトメアで乗り込んでやるか。」 が舌なめずりをする。 はぼんやり、ゼロは仲間を助けに来るだろうかと考えている。 そんな時だった。 「こちらはブリタニア軍である。キサマら、何者だ!?」 「こちらはエンジェルズ・オブ・ロードです。 ギルフォード様にお会いしたい。着陸の許可をお願いします。」 公開処刑場の上空、二機はそのままの状態で相手からの返事を待った。 エンジェルズ・オブ・ロードと小さく呟き、ブリタニア軍の上官は高らかに笑う。 「エンジェルズ・オブ・ロード………。ああ、あの慈悲深き天使たちか。」 嫌味のように聞こえ、が顔をしかめる。 本当に僕達はブリタニア軍に嫌われているんだなと思いながら。 「ええ、そうです。 その慈悲深きエンジェルズ・オブ・ロード、 ・ルゥ・ブリタニアがギルバート様に会いたがってるとお伝えください。」 鈴を転がしたような声でが言う。 はじかれたように相手は声を上ずらせた。 エンジェルズ・オブ・ロードという部隊があることは知っていた。 ブリタニア人とイレブンとを同等に考えるメンバーで構成されていることも。 だけどまさか、その中に皇族がいるなどということは知らなかった。 そして・ルゥ・ブリタニアといえば、皇帝が一番可愛がっている娘………。 「しっ、失礼いたしましたっ!!! 皇女殿下と知らず失礼なことを………。 すぐにギルフォード様に連絡をお取りいたしますっ!!!」 プツリと通信が切れる。 (いいのに………。私はブリタニア皇族だけど、偉くはない。 ただの人間。普通の人と変わらない………。 どうしてお父様が偉いだけで、私も偉いなんて思われるのかしら?) そう考えながら、彼女の乗るは公開処刑場に足をつけた。 視線を這わせれば、いやでも藤堂たちの姿が目に入る。 (藤堂様………どうしてあなたはゼロに仕えたのですか? 戦争というものを一番よく知っているのはあなたでしょう? それとも、あなたが仕えるほど、ゼロという存在は素晴らしいものなのでしょうか?) ゆっくりとから降りる。 と二人並んで呆然と夕日にたたずむ藤堂の姿をしばらく見つめていた。 二人の間に言葉はない。 あるのはただ………それぞれの思い。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。 C.C.に言わせれば、彼はどうやら思いがけない引き金を引いたらしい。 高邁(こうまい)なる野望か、族なる野心か………。 どちらにしても、それが味方になるか敵になるかはルルーシュの力量次第だろう。 長い髪を持つ彼の前で、C.C.は相手にわからないよう小さく笑う。 そんなルルーシュは今、ロロのことで頭がいっぱいだった。 とりあえずロロが待ってくれる時間は確保した。 でも今後ゼロとして活動するにはどうしてもロロという存在が邪魔になる。 やっかいなことに彼は相手の体感時間を止めるというギアスを持っている。 かなりの障害だ………。 何とかロロを殺したとしても、それは機情に自分の記憶が戻ったと知らせるようなものだ。 自分だけでなく、どこにいるか分からないナナリーを危険にさらしてしまう可能性も高い。 どうする? どうすればいいのだ? 黒の騎士団のメンバーを救い出し、同時にロロを排除する方法。 そんな方法があればいいのだが………。 ルルーシュは鏡に映った自分の瞳を見つめた。 その頃、公開処刑場ではギルバートが窓からかつての黒の騎士団のメンバーを眺めていた。 総領事館の爆破原因はいまだ不明。 来た連絡といえば、処刑を行ってもよいという正式な通達。 ギルバートは呟いた。 「品のないことをしてしまった。」と。 ゼロなど出てこなくてもよい。 奇跡を起こさないゼロなど、民衆の支持が得られるわけがないのだ。 だけどギルバートはゼロに出てきてほしかった。 ゼロと決着をつけるため。 あの時、ゼロに負けたコーネリアのために。 そして…………。 ギルバートはそのまま視線をずらした。 風になびく赤い髪と、銀の髪。 髪が揺れるのに合わせて、ブリタニアの印が入ったマントが大きくはためく。 もう一つはのために。 実は彼は先ほど、ととある約束をしていた。 夕暮れが迫る頃、ギルバートに会いにきたと。 彼女はギルバートに懇願するよう言った。 「ギルバート様!!!もし今回ゼロが来なくても、彼らを処刑しないでください!!! 私とが絶対ゼロを捕まえますから!!!もし私とがゼロを捕まえたならば、 その報酬に、黒の騎士団だった彼らの命を私とにください。」 「しかし姫様!!!彼らはブリタニアに反旗を翻したものたちであって、 そんなことをしたら姫様が何と言われるか………」 「私はいいのですっ!!!何を言われるかよりも、人間の命のほうが重い。 それに私たちはエンジェルズ・オブ・ロード。 白い翼を持った天使たちは自由に飛べる代わりに、責任を背負うことになっている。 責任はあとからいくらでもとります。 だから………お願いします、私たちを自由に……飛ばせてっ……」 深く頭を下げるとにギルフォードは言葉を失った。 今まで見てきた皇族に、こんな人間はいなかった。 自分の主、コーネリアでさえこんなにイレブンを思う気持ちはなかった。 逆に彼女はきっちりブリタニアとナンバーズを分けていた人間。 ではその妹のユーフェミア。彼女はどうだっただろうか? もしも彼女がここにいれば、きっと笑顔で頷いたに違いない。 だけどもう彼女はこの世界にいない………。 「様、あなた様はそのイレブンを引き取ってどうされるおつもりですか?」 とっさにギルバートは彼女に尋ねた。 はスッと静かに頭を上げると柔らかな微笑みを浮かべ優しく言う。 「エリア7に………帰るのです。 エリア7は誰でも平等に暮らせる異例の土地です。 それはお母様がそう望み、お父様もそのことを許してくれています。 私はそこで、彼らとずっと一緒に暮らします。」 一 生 。 最後にはそう付け加えた。 これが彼女のとる責任。 ギルバートにはそう聞こえ、何も答えることができなかった。 この方は、どうしてこんなにも『命』ということにこだわるのだろうか? 彼にはそれがわからない。 結局ギルバートは二人の覚悟と意志の強さに折れてしまい、 彼らの申し出を了承してしまったのだ。 そして今に至る。 表情を和らげて、ギルバートは一人で小さく呟いた。 「まったくあなたというお人は………。皇女なんていう自覚が何一つないのですね。 この姿を我が姫が見たら、きっとお怒りになりますよ。 でもそれが様であり、エンジェルズ・オブ・ロード。 そんなあなただからこそ、自由が与えられたのかもしれません………。」 ゼロが現れるといいですね。 でもその気持ちは、ギルバートには少し複雑で………。 彼は少しだけ、胸の奥でゼロが彼ら天使に捕まらないことを祈ってしまったのは消せない事実。 太陽はもう見えなくなっていた。 名残惜しそうにオレンジ色の光をかすかに残すだけ。 これから顔を出すのは、星と月と漆黒の闇。 頭上には 暖かく 空が。 遥かな、震える日、それで、私の目をゆるやかに、いともゆるやかに 閉じる。 (ホルツ) |