コツコツコツ………靴音を響かせて、は自分の部屋へと入っていく。
静かにドアを閉めると一呼吸置いた。悪いことをしたわけではないのに心臓はドクドクと鳴り響く。
そうなのだ。今からあの人に連絡をしなければならないから………だから緊張する。

ベッドの上に重たいマントをかけ、イスに座った。
目の前にはパソコンと、それにつながれた電話がある。
もうすでに覚えてしまった番号を押すと、短いコール音のあとにその人物が電話に出た。

「お久しぶりです、モルガン様。」

手にじとりと汗をかく。この人に連絡を取るときにはいつも緊張する。決して悪い人ではない。
だけど、これが昔アルビオンを治めていた女王でありの祖母、
モルガン・ル・フェだと考えただけで緊張は増幅されるのだ。

『久しぶりだな、は元気にしてるか?』

「はい。でも仕事熱心で僕は困ってますよ。少しぐらい病気してくれたほうが助かるかもしれません。」

『そうか。今日もあの子は仕事をしているのか。』

画面の向こうに映るモルガンは、困ったように微笑んだ。
は「いえ………」という言葉を発したあと、今朝の出来事をモルガンに話した。
エリア11に降り立ったジノとアーニャに待ち伏せられたは、今日は無理矢理仕事を休みにさせられた。
二人は彼女に似合うワンピースを無理矢理着せ、髪の毛を結うと彼女の首根っこをつかみ、に言ったのだ。

『今日は一日を借りるから!!!アーニャとと俺の三人で観光に行ってくるよ!!!』

ジノは爽やかな笑顔でこの言葉を残し、状況をうまく飲み込めていない彼女をひっぱっていった。
アーニャはの腕をしっかり掴んで歩く。
は苦笑しつつ何も言わずにこの三人を見送ったのだ。
おそらくジノも気付いていたのだろう。この間からはろくに休憩も取らず仕事を続けていることに。
ギルバートの手伝いだとか、復旧作業とか………。
このままではが倒れるのではないかと思い、が忠告するが聞く耳持たずであった。

周りが感心するほど、はよく働く皇女である。
本当に彼女は皇女なのか?そんな疑問を持つ者さえ出始めていた。
はブリタニア皇帝に愛される皇女である。だが、その身分を公表することを彼女は嫌った。
ずいぶん前、ただの騎士であるほうがずっと楽だと笑って彼女は言った。

『ふふふふふ。せわしないところはクラエスにそっくりだな。
ところで、お前は用事もなく連絡をする人ではないだろう?
それとも本当に、私の声が聞きたかったから連絡をした………と思ってもいいのか?』

モルガンはクールで知的なしゃべり方をする。
まるで男のようだ。でもそうしなければアルビオンを統治することはできなかったのかもしれない。
アルビオンという土地は、代々女性が継承する。アルビオンの統治を任されたものは、島で女王となるのだ。
彼女に促されは深く呼吸したあと、モルガンに小さく言う。

が…………咲き始めているかもしれません。この前の満月の夜、歌を歌っていました。
どこの言葉か分からない異国の言葉。そもそもあれは、人間の言葉ではないかもしれない。
僕には意味がさっぱり分からなかった。でも確かにそれは………妖精の力を持っていました。
人の心を癒すという、昔あなたに聞いたことのある力。」

彼女がロロに呼び出された夜、満月の下で静かに歌うがいた。
とても神秘的な光景だった。まるで風が呼応するかのように優しく吹き、草花が歌った。彼女にあわせて。
その中で眠るロロの寝顔は、今までに見たことのない安らぎの寝顔。
自身も彼女の歌を聴いているだけでなぜか心が休まった。
その時感じた力に、は呼吸が止まりそうになったのだが。ギアスとは違う。だけど人間の力でもない。

彼の言葉を聞いたモルガンは口をつぐむ。
悲しそうに目を伏せ、『そうか、ついに咲き始めたか………。』と一言だけ呟いた。
そして再び、まっすぐを見る彼女。瞳が何かを語ろうとしている。
はすぐに気付いた。

「………モルガン様、もしかしてあなたも僕に、何か言いたいことがあるんですか?」













一方、アッシュフォード学園高等部。

「ここが学校!?学校って、こんなお祭りみたいなこともするのっ!?」

目をキラキラさせてはジノに熱い視線を送っている。
ジノも嬉しそうに片手にアイスを持ちながら頷いた。

「庶民の学校はそういうこともありなんだよ!!!な、面白いだろ?来てよかったか?」

「う、うん!!!最初はどこに連れて行かれるのかと思ってたけど………ね。」

苦笑しつつ、はすねたまま二人に手を引かれていた先ほどのことを思い出し顔を赤らめる。
、可愛い」と呟き、アーニャは問答無用で写真を撮った。
彼女は抗議の声を上げるが、相手はマイペースのアーニャ。効くわけがなかった。
それを面白そうに見ているジノ。
このメンバーといると、は自分が素直に出せると心の中でちらりと思う。
本当は近頃無理をしていた。
ギルバートを手伝い、この前の戦いで崩れたところの復旧に向かい、一日作業をする。
夜は会議や溜まった書類に目を通し、最近はよく眠れていなかった。

(そうね、私のできることは無理をすることじゃなかったのね。
きっとジノは無理する私を気づかって、無理矢理仕事を休ませてここにつれてきたんだわ。)

そしても。彼は苦笑しつつ、ジノとアーニャを引き止めなかった。
きっと彼は、自分が休んだ分の仕事も一緒に引き受けるつもりなのだろう。文句も言わずに。
アーニャだって、ずっとの腕を掴んで放さない。
彼女なりにを気遣っているのだと思うと、胸が痛んだ。
こんなにまで人に愛されていると気付かされる。

「ありがと、ジノもも、アーニャちゃんも。」

小さく呟くと、「何か言ったか?」とジノが彼女の顔を見たので、思わずは二人に抱きついた。
たくさんの感謝の気持ちを持って。

「ジノもアーニャちゃんも大好きっ!!!」

「ちょ………っ!!!!!!アイスっ、アイスが落ちるっつーのっ!!!」

、あったかくて柔らかいね。」

しばらく二人はによって拘束されたが、満足した彼女は二人を放す。

「ねー、もっとこの学校を見てみたい!!!探検しようよっ!!!」

無邪気に笑う彼女を見て、ジノは微笑んだ。
久しぶりに見るの明るい顔。いつもとは違う庶民的な服装で、二つに結んだ赤い髪。
こうしてみればどう見たってそこらへんにいる普通の女の子。
今日だけは重い罪を背負い、緊張と責任の中に生きる少女ではなく、普通の女の子として時間を楽しんで欲しい。
やがて、そんな時間がなくなってしまうとしても、今日という思い出を彼女に刻んで欲しい。
それは昔からを見てきたジノの願い…………。

「好きだよそういうのっ!!!特にやることもないし、探検しつつ庶民の学校を見学しようぜっ!!!」

「やったぁーっ!!!」

は飛び跳ねて喜び、アーニャはその光景を記録する。
二人の背中を押しつつ、ジノが「まずはあっちから!!!」と指差す。三人はその方向に歩いた。
やがて見えてくるものが一つ………。は放置してある機体に走りより、手のひらで触った。
ひんやりと冷たい。

「これ………ナイトメア?」

「ん?待てよ?」

ジノがそばに落ちているバインダーを拾う。挟んである紙にはこう書いてあった。

「何だいこれ?ナイトメアで………………巨大ピザ!?」













ピザという言葉につられ学園に姿を現したC.C.を捕まえ、ルルーシュはため息をついて彼女に尋ねた。
ずっと聞きたかったこと。あの時、スザクが『ギアス』という言葉を発した瞬間に思った疑問。
記憶を書き換えられる前に見た、皇帝の瞳。自分と同じギアスの模様が出ていた。その時瞬時に思った疑問。

誰がスザクにギアスを教え、誰が皇帝にギアスを授けたのか?それは同一人物なのか?

その答えを知っているのはC.C.だけ。

「で、皇帝にギアスを与え、スザクにギアスを教えたのは同じ人間なのか?」

「…………そうだ。しかしこれ以上知ると……」

「もう巻き込まれている。」

ルルーシュはきっぱりと答える。そんな彼を見てC.C.はしばらく間をとったあと、正直に話した。
スザクにギアスを教えた人物。皇帝にギアスを与えた人物。自分とよく似た名前の存在。

「V.V.」

「V.V.…………?」

C.C.に引き続き、これまた人間離れした名前だと彼は思う。
しかし聞いたことがない。まさかそいつはスザクにもギアスを与えたのか?と彼は思うが、C.C.はそれを否定した。
仮にV.V.がスザクにギアスを提供したとしても、彼は絶対にその力を受け取らないだろう。
ギアスでユーフェミアが死んだから。ギアスは人間を超えた力だから。
最後の戦いで、「世界を裏切った」と力を手に入れたルルーシュに言った彼が、ギアスを取得するはずがない。
そんな時だった。一人の少女に呼びかけられるルルーシュ。
シャーリーの声に反応したルルーシュは、とっさにトマトの中へとC.C.を突き落とす。
彼はご丁寧に、トマトが入ったコンテナの蓋までも閉めてしまった。
ここでC.C.と一緒にいられるところを誰かに見られるわけにはいかない。そう思ってとった行動だった。

「何か用でも?」

あくまでルルーシュは誰もいなかったように振舞う。
シャーリーは「誰かと一緒にいなかったか?」と言ったが、ルルーシュは涼しい顔で否定した。

「ここは俺と君の二人っきりだよ?」

優しく微笑むルルーシュに、シャーリーは顔を赤らめて彼から視線をはずす。

二人っきり。これはチャンスなのでは?

そう思ったシャーリーは頬を赤くしながら再びルルーシュに視線を合わせ、言葉を発しようとするが………

彼は気ぐるみに頭から食べられていた。

それも、上半身を半分くらいまで。

固まるシャーリーをよそに、ルルーシュはその着ぐるみの犯人であるカレンに静かな怒りを向けた。

「どっ………どういうつもりだ!!!お前まで人に見られたら……」

「あのピザ女を連れ戻しにきたのよっ!!!」

「だったらトマトのコンテナの中だ。コンテナごと運び出し、藤堂か扇のしじぅおっっっ!!!」

シャーリーによって着ぐるみの中からいきなり外へと引き出され、ルルーシュは派手に転落した。
二人の少女―――――片方は水着のシャーリー、もう片方は着ぐるみのカレンはもみ合っている。
そこにアーサーを追いかけてきたスザクとミレイも加わり、
コンテナの中にいるC.C.は壁をガツンガツンと蹴るものだから、ルルーシュは頭が痛くなった。
どうしてこう、周りのメンバーは自分の邪魔ばかりするのか………。彼は少しイラついた。
そんな時だった。ふわりとコンテナが持ち上がる。

「スタート地点はここなんだろ?」

少年の声が上から降ってくる。
コンテナを持ち上げたナイトメアを見て、ルルーシュは冷や汗をたらし、声を聞いたスザクは叫んだ。

「まさか…………ジノっ!?」

「ああ。面白いなぁ、庶民の学校は!!!」

トマトのコンテナを抱えたナイトメアを操るのは、ジノ・ヴァインベルグ。
彼はコンテナを抱えたあと、すぐにナイトメアを走らせた。
焦ったルルーシュは大きく叫んで走り出すが、ナイトメアに追いつけるはずがない。

(何だアイツはっ!!!あのコンテナにはC.C.がっ!!!くそっ、こうなるんだったらもっと別の場所を選ぶんだった!!!)

彼は走りながら後悔するがもう遅い。
ルルーシュを追いかけるカレンの着ぐるみや、それを追いかけるシャーリー。
アーサーの姿を見つけたスザクとミレイもジノのナイトメアのあとに続き、ルルーシュは眉間にしわを寄せる。
せめてここにロロがいればと思いながら、ルルーシュは懸命に走るのだった。












「七弦琴は なにを奏でるだろう」それは高く奏でる。
(ゲーテ)