なにやら会場が騒がしい。
きっとジノがあのナイトメアで何かをやらかしているのだろう。
そう考えると、あの時ナイトメアに乗り込む彼を止められなかった不甲斐なさを呪った。
ジノは人間とは思えないほどすばやい動きでナイトメアにのり、エンジン全開で走って行ってしまったのだ。
追いかけるにも巻き起こった土煙で視界は悪く、気付いたときにはナイトメアは見えなくなっていた。

「それにアーニャちゃんまでどっかに行っちゃった………。」

とにかく会場までジノを探しに行こうかと思ったがやめた。
最近休んでなかったばっかりに、強い日差しで少し疲れてしまった。
どこか木陰で休もうか………。はそう考え、あたりをきょろきょろと見回した。
中庭のほうにいけば、木陰があるかもしれない………。彼女はオレンジ色のワンピースをはためかせ、歩き出す。

「そういえば、アッシュフォードってロロが通ってる学校じゃなかったっけ?
ロロはどこにいるのかな?ロロのお友達とかにも会いたいんだけどなー…………。
あ、ダメだっけ。今ロロは機情の仕事の関係でアッシュフォード学園に通ってるから、
下手に姉ですなんて言っちゃったら、機情の人から怒られちゃう………か。それに………」

(ロロと兄弟関係にあるって知ってるのは、ごく一部の人間だけだし。)

は大きな木の木陰を見つけ、ゆっくり座った。人気もなく、とても静か。誰もいない。
涼しい風が吹いてきて心地よい。ほてったからだが冷えていく感覚。
ああ、懐かしい。昔、こうしてよく木陰で昼寝をしたものだ。
いつも聞こえてくるのは母の自分を呼ぶ優しい声。そして、そのあとに小さな訪問者たちと遊ぶ。

遊びにくるルルーシュは、いつも手に本とチェスセットを持っていた。
口癖はいつも「今度こそシュナイゼルお兄様に勝つんだ。」という口癖。
ナナリーはいつもとルルーシュの間に割って入り、二人の手を握り笑う。
懐かしい。もう二度と来ることのない、幸せな……………時間。
夢でもいい。もう一度、あの幸せな時間を過ごしたい。

いつの間にか、は眠ってしまった。涙を流しながら―――――――。











C.C.とカレンを帰し、ヴィレッタのことも片付けた。
あと残るはスザクだけだなと、ルルーシュは息を静かに吐いた。
ナイトメア騒動もあり、なんだか疲れてしまった。夜の部まではあと少し時間がある。

(少し、休憩しようか…………。)

ルルーシュは一言ミレイに伝え、本を持って人のいない静かな場所へと歩く。
中庭の、大きな木の木陰がルルーシュは好きだった。そこならきっと誰もいない。
そう確信していたが、ルルーシュは木陰の前で足を止めた。
オレンジ色のワンピースがひらひらと風ではためいている。
ゆっくり近づくと、その少女はどうやら眠ってしまっているようだった。

「こんなところで寝るなんて、相当図太い神経の持ち主だな。しかも女一人で………。危機感はないのか?」

文句を言いつつも、相手は起きる様子もない。
ゆすっても声をかけてもダメだった。長い髪が顔にかかっているせいで、表情は見えなかった。
だけど体調が悪くて倒れているわけでもなさそうなので、ルルーシュはその隣に腰を下ろす。
なぜだかその少女を起こしたくはなかった。そう思うのは、この少女が自分の記憶の中に眠る少女と似ていたから。

(そういえばいたな。この女に似たやつが、一人だけ…………)

本を広げつつ、ルルーシュはブリタニア皇帝から取り戻した記憶を遡った。

それは自分がまだ、皇族だった時の話。
母に連れられて、彼女の住む宮殿に行くと、必ず彼女は木陰で昼寝をしていた。
その少女は赤い髪と赤い瞳を持つ。名前は・ルゥ・ブリタニア。
父であるブリタニア皇帝に最も愛されていた娘で、誰よりも綺麗で可愛かった。
まるでナナリーの持っていた人形のように………。は誰にでも優しく、そして強かった。
頭もよく、チェスでは敵わなくて悔しい思いを何度もした経験がある。
はナナリーのことも自分の妹のように可愛がっていたし、コーネリアやシュナイゼルとも仲が良かったのを覚えている。
そんな彼女のことがルルーシュは好きだった。「初恋は?」と聞かれたら、「それはだ」と答える。
将来はと結婚するなんて言ってたあの頃が懐かしい。それは本気だったけれども………。

甘酸っぱい思い出に、ルルーシュは苦笑する。
あの時間が続けばよかった。でも…………続かないものもある。
時を止めたいと願っても、それは自然の掟に逆らうもの。時とは必ず流れ続けるものなのだ。

あの幸せな時間が終わったのは、の母であったクラエスが亡くなってから。
それからルルーシュの人生は変わった。
と引き離され、彼女が帰ってくる間もなく、母であるマリアンヌがこの世を去った。
彼女と再会することもなく、ルルーシュとナナリーは日本へ。そして起こった戦争。
それからというもの、ブリタニアと縁を切ったルルーシュはの名前を聞くことなく過ごしてきた。
彼女はもう、自分を忘れてしまったのだと思い、ルルーシュも彼女のことを忘れようとしていた。
本当は、忘れたくない。叶うならばもう一度、彼女と会いたい………。

「ん………………」

ルルーシュの隣で寝ていた少女がむくりと起き上がる。

「やっと起きたか。一人でこんなところで眠ってて危ないだろ?女ならもう少し危機感を持て。」

ルルーシュは呆れたように相手をみらず、広げた本を見ながら言う。
そうすれば、相手は寝ぼけつつも答えた。

「ずいぶん昔、幼いころに大切な人から同じことを言われたことがあります。
もうずいぶんと前のことですけれど…………。」

少女は立って、ワンピースについた落ち葉や草を払った。
ルルーシュは本から目を離し、その少女を見上げる。赤く長い髪が風に流れた。伏せられた少女の瞳は赤。
彼は一瞬自分の目を疑った。と――――――そっくり。思わずルルーシュは呟いてしまった。

「――――――…………?」

そうすれば、ワンピースの汚れを払う手が止まる。
ゆっくりと彼女の瞳がこちらを向き、ルルーシュのアメジスト色の瞳をのぞきこむようにして見ていた。
まさか名前まで同じなのか?と、ルルーシュが思ったとき、その少女は目を大きく開いた。

「アメジストの……瞳………まさか……る、るさ、ま……………?」

ルルーシュは名前を呼ばれ、呼吸が出来なくなった。
自分の名前をそう呼ぶのはこの世でたった一人だけ。あの時と同じように、あの時と同じ声で。
ルルーシュはそっと、の頬に触れた。

会いたかった人物が目の前にいる。でも彼は急にどうすればいいかわからなくなった。
も目を大きく開くだけで、何も言わない。二人はしばらく見つめあったままだった。
話したいことがたくさんある。今を抱きしめたくてたまらない。だけど、体はいうことを聞かない。
彼女の名前を途切れ途切れに呼ぶことで精一杯。
ルルーシュは彼女の頬に触れている手を下ろし、震える唇で名前を呼ぼうとした。
しかし、先に言葉を発したのはだった。

「そん…………な……。どう、して……?るる、さま……だって………あなたはっ、日本でっ、戦争でっ……」

「アッシュフォード家が俺たちをかくまってくれていたんだ。ブリタニアとはもう縁を切った。
だから本国では俺は存在しないことになっている。」

手短に重要なとこだけをかいつまんでルルーシュは彼女に説明する。が、彼女は首を振って体を震わせる。
何かがおかしい…………。

………俺はお前のこと………」

忘れなかった。忘れようとしたけれど、忘れられなかった、結局。

ルルーシュは嬉しさでいっぱいになり、を抱きしめようと手を伸ばすが、はその手を振り払った。
そのまま自分の腕で自分の身を抱く。
彼は動揺した。がルルーシュから距離をとっていく。
?」と彼女の名前を呼ぶが、それも聞こえているのかどうか定かでなかった。
ただ、大きく目を開いて唇を震わせるだけ。そして小さく呟いた。

「るるさま………いきて……じゃあわたしたち、なんのために?」

………?どうした?俺だよ、ルルーシュだよっ!!!」

「ちがっ……だってるるさまは………にほんは……わたしたちっ……じゃあわたしたちは……ただ―――――」

こ ろ し た の ?

「殺した?誰を?、さっきから何言って………」

「わたし………わたし……血が………たくさんの血が……わたしっ、にほんをっっっ!!!」

それがの残した言葉。
彼女は瞳を揺らしながら走り出す。会いたかったはずのルルーシュをかえりみらず。
呆然としていたルルーシュも、しばらくしてはじかれたように走り出した。
でも時はすでに遅く、彼女を追いかけたが見失った。

ルルーシュは膝をついて愕然とする。
彼女が自分を見て怯えていた。それはどうして…………?
十数年という月日が、彼女の想いを変えてしまったのだろうか?
でも、それにしては怯え方が異常だった。
彼女が残したワード。『なんのために』、『殺した』、『日本』そして『沢山の血』という言葉。
これだけでは何も分からない。ルルーシュはふらふらと立ち上がり、置きっぱなしの本を手にとる。
そろそろ戻らなければ…………。まだ生徒会の仕事が残っている。全てはそのあと………。
そして彼女はなぜ、ここにいたのだろう?本来ならば、本国にいるはずなのに………。
ルルーシュは、疑問の答えを導くことができなかった。

しかし、ルルーシュの動揺を誘う事件はこれだけではなかった。











「お兄様………?お兄様ですよねっ!!!!」

スザクに渡された電話の主は、愛してやまない妹。
ずっと探してた。彼女は新総督としてこのエリア11に赴任するという。

どういう意味だ?

なぜ彼女が?

だれか答えを………教えて欲しい。のことも、ナナリーのことも。

目の前にいるスザクは、全ての答えを知っているかのような眼差しをしていた。










救いの道は左にも右にも通じていない。
(ヘルマン・ヘッセ)