寮の大広間で、ジノがアーニャと一緒に携帯を見ている。 そこにがちゃりと扉が開き、制服姿のスザクが入ってくる。 ジノは首を動かしてスザクの姿をとらえた。 「おかえりスザクー♪」 「ジノ…………。全く、君は何を考えていたんだ?あれから大変だったんだからね!!! スケジュールはめちゃくちゃになるし、ルルーシュはすごく怒ってたし……ってあれ? そういえばは……?」 怒った顔を一旦ひっこめて、部屋をぐるりと見回すスザク。 いつもの時間なら、ここのソファに座って本を読むかアーサーと遊んでるかしているはずなのに。 そういえば………アーサーもいない。 「………部屋に……いるよ。疲れたから休むって……言ってた。」 携帯をいじりながら、ぽつりぽつりとアーニャが呟く。 ジノが「は?」と尋ねると、彼女は「部屋。」とだけ答えた。 でも少しだけ携帯をいじる手を止めて、「声、元気なさそうだった」と言う。 スザクは鞄をもったまま、二階へと上がった。 の部屋へと続く長い廊下を歩く。 名前のプレートが入った扉の前で、アーサーがちょこんと座って鳴いているのが見えた。 部屋に入ろうと、しきりにドアを引っかいては可愛らしい声で「にゃあ」と鳴く。 スザクはそんなアーサーを抱き上げて、ドアの前に立った。今日は噛み付いてこない。 「アーサー……君も元気なさそうだね。に遊んでもらえなかったの?」 「にゃあー。」 まるで「そうだ」と言っているように聞こえる。 スザクはコンコンと扉をノックした。 「?いるの………?君に話したいことがあるんだけど、いいかな? とっても重要なことなんだ。」 何も返事がない。 彼女は部屋にいるのだろうか?スザクがドアノブに手をかけて回すと、ゆっくり扉が開いた。 スザクの腕に抱かれていたアーサーが飛び出し、のベッドの上に寝そべる。 そこには彼女の騎士服がきちんとたたんで置いてあった。今日、彼女は仕事が休みだったのだろうか? 「?」 部屋の電気はついていない。 ただ、シャワールームだけに明かりがついていて、スザクは焦った。 「シャワー中……なのかな?」 水の音だけが部屋に響いている。アーサーは大きなあくびをすると、ベッドの上で寝てしまう。 彼もベッドに座って、じっとシャワールームを見つめた。そして違和感を覚える。なんだか様子がおかしい。 その違和感に、彼はすぐ気付いた。シャワールームの扉は開けられたまま………。 スザクは不思議に思い、ドアに近づく。もしこれで何でもなかったら、潔くに叩かれようと覚悟しながら。 「、シャワー室のドア開いて―――――――」 彼は言葉をかけながらシャワールームを覗いた。 そしてすぐ、彼の体は固まった。視線をはずすことができない。 スザクの視線の先にあったのは、異常とも思える光景。 がシャワールームの一角に座り込み、服のまま、全身びしょ濡れだった。 タイルの壁に力なく寄りかかり、虚ろな目でどこかを見ていた。赤い髪が頬や首筋にべっとり張り付いている。 スザクは息を飲んだ。もう一度彼女の名前を呼ぶと、ゆっくり瞳がスザクのほうへ向く。 彼はそのまま、制服が濡れるのも気にせずシャワールームへと飛び込んでいった。 「っ!?何してるのっ!?こんな服のまま全身びしょ濡れでっ!!!」 シャワーの蛇口をひねると、キュっと高い音を立てて回る。 次第に水が止まっていって、止まりきらなかった雫がぽたぽたと床に落ちていった。 強く彼女の肩を掴むと、今までどこかを見ていた彼女の赤い瞳がゆっくり動く。 「あめ………あめにうたれてたの。あめはわたしの血をあらう……。」 スザクには、言っている意味が分からなかった。 その前に、スザクの目に映るは、本当に彼女なのだろうかと疑ってしまうくらいだった。 いつも彼女はニコニコ笑っていて、明るくて眩しい、太陽のような存在。 だけど今は違った。闇に飲み込まれてしまったような、暗くて冷たい。 「、どうしたの?君はいつも笑っていて、太陽みたいでっ……」 抱きしめると、彼女の体は本当に冷たかった。 全身冷え切っていて、いつものぬくもりが感じられない。スザクの熱までも奪われそうな冷たさ。 こつんと彼の肩にの額が置かれる。声を震わせて、はスザクに言った。 「太陽は、罪のない人を焼き払った。だけど太陽自身は、その罪に気付かなかった。 自分がどんなに愚かな存在だったか気付いてなかったから………。」 「………なにが、あったの?」 こんなに弱弱しい彼女を見るのは初めてだった。 出会ったときも、スザクを支えてくれた時も、彼女の心はとても強かった。 でも本当は強く見せていただけなのだ。 優しく耳元で囁くと、彼女は体を震わせたまま、消え入りそうな声で言う。 「あのねスザク。今日、ルル様に―――――会ったの。」 「――――――――っ!?」 その言葉を聞いて、スザクは呼吸できなくなる。自然とを抱く腕に力が入った。 まさかだけど………今日、ジノがアッシュフォード学園に来た。きっとアーニャも一緒だっただろう。 だけどそこに来たのは二人だけじゃなく、も一緒だったということ? そこでは、偶然にもルルーシュに会ってしまったというのか? でも今のルルーシュは、のことを覚えていないはずだ。現に今日、それが証明された。 最愛の妹・ナナリーを彼は、「人違いじゃないか?」と言ったのだ。 昔の記憶は戻っていない………。 「ひ、人違いだよきっと。ルルーシュに似た人なら学園にいるって僕も知ってい………」 「ちがうっ!!!あれはルル様だった……っ!!!あの瞳、私忘れてないっ!!!」 伏せていた顔を上げて、が叫ぶ。 じわりと瞳に沢山涙が溜まっていた。 「ルル様………だった。彼、生きていたのよ………。」 それだけを呟いて、は気を失い、スザクの胸に倒れこむ。 彼はをそっと抱き上げて、シャワールームから出ると、静かにソファへと寝かせる。 ふらつく足取りで部屋を出て、の部屋へと向かった。 悔しいけど、今頼れるのは彼しかいない………。 ドアをノックすると、返事が聞こえガチャリとドアが開いた。 「誰です………って、スザク?び……びしょびしょじゃないか!!! どうしたんだ一体!?外、雨降ってはいないと思ってたんだけど―――――」 「、助けてほしい。が…………」 彼女の名前が出ると、は眉をひそめた。 嫌な予感がして、ドアノブを握る手に力をこめる彼は、スザクの次の言葉を正確に聞き取った。 「アッシュフォードでルルーシュに会ったって…………」 「なん、だって…………?」 息をする時間もなく、は自分の部屋を飛び出した。 断りもなくの部屋へと飛び込み、ソファの上で眠るぐっしょり濡れた彼女を見て、絶句した。 後ろからスザクが追いかけてきて、同じように部屋へと入ってくる。 はしゃがんで、彼女の頬に張り付いた髪を取った。そのまま静かに尋ねる。 「――――――いつ?」 「たぶん、今日だと思う。ジノがアッシュフォード学園のお祭りに来てたんだ。 姿は見なかったけど、アーニャも来てるんだろうなぁと思った。 でもまさか、リリィが来てたなんて思わなかったから………。」 は今日の朝のやりとりを思い出した。 ジノは彼女を楽しませるために、が憧れてた学校へと連れて行ったのだろう。 彼はアッシュフォードにルルーシュがいたことを知らない。アーニャだってそうだ。 第一、ルルーシュは本国では死んだことになっている。知りようがない。 あの時、尋ねればよかった。二人にどこへ行くのかと。そうすれば彼女は、ルルーシュに会わなかった。 「僕の、せいだ………。あの時僕がジノに尋ねればよかったんだ。どこに行くのかって……。 僕は知ってたんだ。ルルーシュが生きていることを。つい最近、ロロに聞いた。 スザク、君は黙ってくれてたんだろう?のために………」 振り返らずにが言ったので、スザクは小さく頷いた。 ルルーシュが生きていることをに知られてはいけない。もし知ってしまったら、の心がもたないから。 ルルーシュを助けるために、は罪もない人の命を奪った。8年前の話だ。 「他に、は何か言ってた?」 早口で聞くに、スザクは彼に余裕なんてないように見えた。 他の言葉………。そうだ、水をあびる彼女は一言呟いていた。 「雨………雨にうたれてたっては言ったよ。シャワールームで彼女を見つけたとき。 雨は私の血を洗うんだって、そう呟いてた。」 「…………………。」 はその言葉を聞いて黙った。いつになく真剣な眼差しでを見つめ続ける。 スザクもの隣に腰を下ろしてを見つめた。 その時、は視線を動かさずスザクに告げる。 「スザク、しばらく二人っきりにさせて欲しい………。これは僕がやらなくちゃいけないことだから。 いや、僕にしかできない………。」 真剣に言うを見たあと、スザクは立ち上がりゆっくりと部屋を出て行った。 ドアのところで一回だけ振り返り、すぐに部屋を出てドアをしめる。 パタンと音がしたあと、は激しく床に拳をたたきつけた。 もしかしたら、の心は壊れてしまったかもしれない。忌まわしい8年前の事件。 瞳を細めたは、スッとの額に左手を置いた。 (彼女の心を救うには、この手段しか残されてないんだ………。) 次第に瞳に現れてくる赤い模様。 これこそ他ならぬギアスの模様だった。 は乾いた唇を動かして、小さく言葉を紡いだ。 「、ごめん………。君の記憶から、ルルーシュを消すよ。これしかもう、思いつかないんだ。 の心が壊れるのを見るくらいなら、僕は手段を選ばない………。」 そのままそっと、の耳に唇を近づけて、は辛そうに呟く。 「・ルゥ・ブリタニア、僕の名前において命ずる。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアについての記憶を全て書き換えよ。 彼は8年前の戦争で死んだ。今アッシュフォード学園にいるのは………ルルーシュ・ランペルージっ。 そして、ナナリーは…………」 必要なことだけを呟くと、はの額から左手を離す。 (これで………よかったんだ………。) 彼は目を閉じて倒れた。 ギアスを使用することには代償を払わなければならない。 ロロは自分の心臓に負担をかける代わりにギアスを使っている。 の場合の代償、それは………… 自分の記憶を一部消し去ることだった。 消すための記憶は選べない。ギアスを使ったときの許容量によって、消える記憶が決まってくる。 しばらくして何かに記憶を蝕まれる感覚がを襲い、そして彼は意識を失った。 目覚めれば、どの記憶が消えているのか知る恐怖を抱えながら………。 たとえ何かを失っても、生まれ変わったように振まえ。 (ゲーテ) |