8年前、皇暦2010年 日本。

私たちはこの土地で、やってはならない過ちを犯した。

ブリタニア帝国の人々は私たちの功績をたたえ、今でも私たちのことを「神に仕えし者」とも言うし、
「戦場に舞い降りた天使」とも言う。

だけどそれは…………大変な間違い。

私たちは天使じゃない。もしも天使であるとするのならそれは…………殺戮天使である。










チチチと鳥の鳴き声がする。優しく呼ばれる自分の名前が、の覚醒を促した。
その声はどこから?―――――――光溢れる綺麗な庭から。
その声はどんな声?―――――――とても優しくて澄んだ声。
その声の主は誰?――――――――私の大好きな、お母様の声。

?どこなの?」

はやがて覚醒を迎えると、ゆっくりと体を起こす。
周りを見れば、大きな木や草花がの体を優しく支えていてくれた。
自分の名前を呼ぶ声は次第に大きくなってくる。
行かなければ……………っ!!!彼女ははじかれたように飛び起き、母の元へと駆けていった。

「お母様っ!!!」

「まぁ。あなたまたお庭でお昼寝していたのね?髪にこんなに葉っぱをつけて………。」

怒りつつもの母であるクラエスは優しく娘の髪についた葉っぱを取った。
その母の後ろで何かが動く。クラエス譲りの大きな赤い瞳はその人物を瞬時にとらえた。
黒髪にアメジスト色の瞳。優しい笑顔。はこの人物を知っている。

「ルル様っ!!!」

ッ!!!まだ葉っぱがとれていませんよ!!!それにルルーシュ様に飛びついてはいけません!!!」

母のたしなめは時すでに遅く、に飛びつかれた幼きルルーシュは地面にしりもちをついた。
手に持っていた本とチェスセットがバラバラと地面に散らばるが、は気にしなかった。
大好きなルルーシュが会いに来てくれたほうの喜びが大きかったから。

「く、苦しいよ。会うたびに抱きつくのはやめてって言ってるでしょ!!!は、恥ずかしい………」

「どうして?私はルル様のことが大好きだから、ルル様に会えたらすごく嬉しいの。」

はルルーシュから体を離し、彼の瞳を覗き込んだ。
彼女の瞳に自分の姿が映りそうなほど距離が近かったため、ルルーシュは顔を赤らめてプイと顔をそらし、
散らばった本とチェスセットをかき集め始める。
「ルル様?」ときょとんとしたが名前を呼んだ瞬間、パタパタとかけてくる足音があった。
それは髪を二つに結んだナナリー。

「お兄様っ!!!ナナリーのお姉様を独り占めしないでくださいっ!!!」

まるで彼女は自分のものであるというように、ナナリーはに飛びついた。
「独り占めするもんかっ!!!」と抗議の声を上げるそばで、二人の笑い声が響く。
一人はそっくりのクラエス。もう一人は、ルルーシュと同じ瞳の色をしたマリアンヌ。
二人はともにブリタニア皇帝の王妃であったが、とても仲がよかった。
いつもこうしてお互いの宮殿に足を運んではおしゃべりを楽しむ。
そして、ルルーシュ、ナナリーの3人は日が暮れるまでともに遊ぶのだ。一緒に笑い、泣き、時には喧嘩もする。
たち3人は、その時間がずっと続くものだと思っていた。
いつしか「終わり」はやってくるはずなのに、彼らは「永遠」を望んでいた。
でも、「終わり」はそれからすぐ、やってきた。









ブリタニア皇帝が最も愛した王妃、クラエスが病気でなくなった。

そのニュースはブリタニア国民を驚かせた。
クラエスはもともと病気がちで、を生む時でさえ危険といわれていた。
だけど彼女はを生んだ。彼女を生んでからクラエスは、人に病弱な姿を見せることがなくなった。
だが、それは彼女が病気を隠していただけであり、病は確実にクラエスの体を蝕んでいたのである。
誰もそんなことを知らなかった。ブリタニア皇帝でさえ…………。

葬儀はクラエスの望みで、ひっそりと行われた。
父であるブリタニア皇帝の横で、は埋められる自分の母の柩をじっと見つめていた。
彼女は決して泣かなかった。それよりも父に尋ねる。

「ねえお父様。お母様は遠いところへ行かれたの?お母様は今、とても幸せなの?」

言葉のかわりにブリタニア皇帝の大きな手が、の頭に置かれた。
彼がその質問に答えることなかった。代わりにマリアンヌがを抱きしめて言う。

「そう。お母様は幸せな気持ちいっぱいで遠くへ行かれたのよ。
でも、お母様はいつもあなたを見ているの。だから、お行儀よくしなきゃだめよ?」

「うん、分かった。あのね、お母様が私にペンダントをくれたのよ。ほら、お母様の瞳と同じ赤い色の石がついた。
ここからお母様はのことを見ているの?」

「そうね。ええ、きっとそうよ。、おいで…………」

そう言って、マリアンヌはをぎゅっと抱きしめた。
この時、彼女はすでに知っていたのかもしれない。が本国を去ることを。
それはも知らなかった事実であり、ルルーシュもまた知らなかった。
はクラエスが死んだのち、エリア7にいる彼女の祖父母が引き取ることになっていたのだ。
出発はクラエスの葬儀が終わってからすぐ。ルルーシュはを引き止めた。
彼はのことが好きだったから。彼女に恋をしていたから。彼にとって、淡い初恋だった。

、行っちゃだめだ!!!ナナリーも悲しむ!!!」

ルルーシュはの手をぎゅっと握る。
けれども彼はまだ幼く、その先どうすればを引き止められるのかを知らなかった。
それに彼女のエリア7行きは大人の決めたことであり、子どもがどうしたって駄目なことを頭のいい彼は知っていた。
でも、彼は懸命にを引き止める。
やがて、黙っていたはルルーシュに向かって口を開いた。

「ルル様…………。私もルル様やナナリーと離れることは悲しい………。
だけどエリア7にいるおじい様やおばあ様も、お母様が死んだことを悲しんでいるの。
私はおじい様とおばあ様を元気付けてあげなきゃいけないわ。
私とお母様は似ているもの。きっと喜んでくれるはず。
ねぇルル様。私はきっと、ここに戻ってくるわ。だから待っていて。少しだけ。
私はナナリーが好き。ルル様のことも好き。だけどナナリーのことを好きと思う気持ちと、
ルル様を好きと思う気持ちはちょっと違う。
たぶん、お父様がお母様を好きでいる気持ちと同じものだと思う。
だからね……………」

信 じ て 、 私 を 。

はルルーシュの手を離し、そっと彼の唇に自分の唇を重ねた。
幼い子ども同士のキス。
ルルーシュは何もいえなくて、最後の別れも口にできなかった。
気付いたときにはは走り去り、うしろ姿だけが目に焼きつく。
彼はありったけの力を振り絞り、初恋の少女に大きく叫んだ。

―――――――っ!!!信じてるっ!!!ずっと、ずっと!!!だから、帰ってきてねっ!!!」

振り返った彼女は、初めて泣いていた。











ここで、ずっと彼女を待っている。

その約束が、ルルーシュは果たせなかった。
母であるマリアンヌが殺され、最愛の妹であるナナリーは盲目となり歩けなくなった。
父であるブリタニア皇帝は母の死をぞんざいに扱い、怒ったルルーシュは叫ぶ。

「皇帝の座なんかいらない!!!」

冷たい目をしたブリタニア皇帝は、ルルーシュとナナリーを交渉の道具として日本に渡した。
ブリタニアに未練はない。ただあるとするなら、本国でを待つことができなくなったこと。
でもなら………自分のことを好きだと言ってくれたなら、
きっと自分に会いに日本に来てくれるはずだと、ルルーシュは思った。彼と彼女は特別強い絆で結ばれているから。
日本に来たルルーシュは、赤く染まった空を見上げながら願う。
遠い空からやってきた少女と一緒に、ナナリーと自分との三人で一緒に本国に帰ることを。

でも………彼女は来なかった。どんなに待っても……待っても……。
そのうち戦争が始まった。日本とブリタニアの。
そんな中、は本国で訓練を受けていた。と共に。
彼女はルルーシュを探すため、軍に入ることを決めた。
ルルーシュを探しに日本へいくための条件だった。と共に軍に入ること。
"エンジェルズ・オブ・ロード"という皇帝直属部隊となること。
そうすれば、父であるブリタニア皇帝は二人の日本行きを許してくれる。それが条件だった。
でも………遅すぎた。が日本へ行く頃にはもう、日本はボロボロで。
必死にルルーシュとナナリーを探すが見当たらない。

そして、あの日、あの場所へ行ったとき、は―――――――。










はそこで目を醒ました。

これはきっと夢。はかなく、悲しい、自分の中にあらわれた夢。

もう少し寝よう。そうすれば、次は悲しい夢を忘れることができるかもしれない。











パタンとの部屋のドアを閉めるスザク。
何も考えられなかった。頭が真っ白…………。
全てを話し終わったに「部屋から出て欲しい」といわれ、スザクは静かに従った。
廊下は薄暗く、少しの音もしない。リビングの灯りもついてないみたいだった。
ジノとアーニャはもう自室へ戻ったのか?

スザクは重い足取りで部屋に戻る。
部屋に入ってから、そのままドアにもたれかかって座り込む。
日本を潰したのが誰かは知っていた。
あの二人が日本を潰さなければ、日本人は今のように苦しむこともなかったのかもしれない。
でも………スザクだって、日本を引っ張っていかなければならない人物を殺した。
日本の首相であり、スザクの父だった人物――――――枢木ゲンブ。もともとは自分のせいなのかもしれない。
自分が父を殺さなければ、とルルーシュは出会えたはずだ。
けど………それは本当だろうか?今となっては分からない。
時間の流れなんて、いくつもの方向がある。そこに人がいる限り、時間の流れは変わっていく。

………君は…………)

とても大きなものを抱えていたんだね。
それに気付けなかったスザク。自分が辛くなれば、にばかり頼っていた。
彼女は優しいから、受け入れてくれるから。どんなに自分が汚くても。
スザクは強く、拳を握る。今のはもう、ルルーシュのことを覚えていない。
のギアスにより、彼女の中に残ったルルーシュの存在が書き換えられたためだ。
の中に残るのは、死亡したルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、生きているルルーシュ・ランペルージ。
スザクは握った拳を床にたたきつけた。
元をたどれば、ルルーシュがの手を放したせいだ。
彼がしっかり彼女の手を握っていれば、はこんなに傷つくこともなかったのに!!!

「ルルーシュ………やっぱり僕は、君を許せない。今度は僕が………」

を守る。僕が彼女の騎士になる。

スザクはすぐに立ち上がった。
今すぐ彼女のところいきたい。彼女のそばについていたい。
が目覚めた時、「おはよう。」と言ってあげたい。
彼女のとなりにいるのは………俺だ。










『―――――――え?ね………ねえさんが?』

電話の向こうで少年が息をのんだのが分かった。
しばらく続く沈黙。唇をかみしめる銀の髪を持つ少年、・ルシフェル。
彼は弟であるロロに知らせた。が、ルルーシュは生きていたということを知ったこと。
それから、自分が彼女にギアスを使ってしまったこと。呼吸が震えるロロに、なんとも声がかけれなかった。

『つまり………姉さんの今の記憶には、死んだルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、
生きているルルーシュ・ランペルージがいるってことなの?』

「そういうことになる………ね。ごめんロロ。僕だって、彼女にギアスは使いたくなかった。
でも、そうしないとはっ…………!!!」

叫んでから、は一筋涙を流す。
その涙が押さえ切れなくて。次々と溢れてきてしまって、止めることのできない涙へと変わる。
もう泣かないと、はるか昔に誓ったはずなのに。と出会う前。ずいぶん昔に。

『分かってるよ兄さん。僕にだって責任はあるんだから。
僕がちゃんとルルーシュを監視していれば、こんなことにはならなかった………。兄さんだけのせいじゃない。
それに兄さんは正しいことをしたと思う。姉さんだって苦しみながら生きるよりは、忘れてしまったほうがいいよ。
きっと姉さんは、兄さんのことを責めたりしない。だって………僕の姉さんだもの。』

明るくロロは言った。
彼の言葉にの心は救われる。温かい言葉。ロロが弟でよかった………。
涙をふきながらも笑った。そうだ、もう起きてしまったことは仕方ない。

「ロロ、時間のある時でいいから今度ゆっくりお前と話がしたい。」

『分かったよ兄さん。僕たち、兄弟だもんね。』

そう呟いたロロは、首に下がる赤い石を服の上から握り締める。
彼としてはこのとき、なぜか複雑な気分だった。












昔の記憶と、昔の思い出