ナイトメアを格納庫に置き、みんなが待つ部屋へと急いだ。
すれ違う人々から、好奇な眼差しと囁き声を受けるが、は気にしなかった。
そんなの、もう慣れっこだ。
きっと、「あれがエンジェルズ・オブ・ロードの……」などと言っているのだろう。
8年前はもっと酷かった。されたくもないのに、毎日英雄扱い。
日本を倒した………なんて言われて、毎日部屋に引きこもった。罪の重さに苦しみながら。
あれに比べればマシだろう、エンジェルズ・オブ・ロードと指をさされるくらい………。
はデヴァイサースーツのチャックを少し下げ、部屋の前に立つ。
一度だけ深呼吸してから、部屋のドアを開けた。

・ルゥ・ブリタニア、ただ今もど………ふぐんっ!!!」

すぐに彼女から、蛙が潰れたような声が上がる。
原因は枢木スザク。彼のせい。
スザクはの姿を見るなり、彼女をありったけの力で抱き締めたのだった。
骨がきしみそうなほどきつく抱き締められ、は目を白黒させる。

………よかった。君が無事に帰ってきて………。」

優しい声でそう囁かれ、彼女はスザクの顔を見ようとするがそれさえ叶わない。
彼の胸に顔を押し付けられ、スザクの香りをたくさん吸い込んだ。
とても優しい香りだった。ほっとするような。
ユーフェミアも同じようにされていたのだろうかと、はふと思う。

ユーフェミアはよりも甘え上手で、みんなから愛されていた。
いつも優しくて、分け隔てなくて………。彼女のように生きたい。
そう願ったけど、己の手を見るたび、戦場を思い出して拳を握った。

そう、ユーフェミアみたいには生きれない。

だから………抱き締められてもいいのだろうか?
ユーフェミアが愛したはずのこの人に………。
スザクだって、ユーフェミアを愛したはずだ。だってスザクはユーフェミアの騎士だったから。
お姫様を守る麗しのナイト―――――――――。
なんて美しいのだろう。そんな美しさを汚すわけにはいかないのに………。
でも、スザクはを求めるように、もっともっと抱き締めた。まるで放したくないというふうに。
は一つの考えが頭に浮かぶ。

(スザクは………私をユフィ様の代わりにしようとしている?)

そう思うと、なんだか少し悲しかった。
でも、それで彼の心が休まるのなら………は何も言わず、彼の背中に手を回した。

突然の背中のぬくもりに、スザクはハッとする。

これはの手?

彼はすぐさまの顔を覗き込む。そうすれば、彼女ははにかみながら、スザクに問う。

「スザク、少し落ち着いた?
スザクって結構寂しがり屋さんなのね。大丈夫、私はここにいるよ。」

彼女がどんな思いでそう言うのか、スザクには分からなかった。

仲間として?

それとも………期待して、いいのだろうか?

ドキドキと高鳴る鼓動が彼女に聞こえてしまいそうで、スザクは慌てての束縛を解く。
平常心を保ちつつ、スザクは答えた。

「う、ん。もう大丈夫。ただちょっと………心配して………。
ロイドさんから通信がつながらないことを聞いたから、何かあったのかなって思ったし………。」

「あ………うん、なんでもないの。
少しだけ、誰にも聞かれたくない話をしてただけだから。」

苦しそうな表情をがしたので、スザクは優しくの頭を撫でた。
当然は、「子供じゃないんだから!!!」と怒ったが、小さい声で「ありがとう」とも呟いた。
そこへ、少し遠慮がちに声がかかる。

………お姉様?」

声の上がったほうを見れば、盲目の少女がふわふわのドレスに身を包んでいた。
車椅子に乗ったまま、不安そうな表情を浮かべている。
そう、この子の名前を知っている。忘れるはずがない。
守りたい、存在だった。そしてこれからも、守る存在…………。

「………ナナリー?ナナリーよ、ね?」

名前を噛み締めるように、が声を上げる。
その声に、ナナリーは車椅子に座ったまま、思いっきりのほうへと腕を伸ばした。

「おねえ、さまっ!!!お会いしたかった!!!ナナリーは、ずっとずっとお姉様に………!!!」

「私だって、あなたを忘れたことなんてなかった!!!ナナリー、会いたかった!!!」

伸ばされた腕に触れ、小さい少女の体をきつく抱き締める。
ふわりと香った髪の香りに、ナナリーは涙を流した。

(………お姉様だわ。この香り………。)

ナナリーは目が見えない。彼女が今どんな顔をしているか分からない。
だからの顔に触れようと、ナナリーは手をの頬へと滑らせる。
そんな時だった。

「………なさい。ナナリー。」

「えっ?」

ぴたりと頬に触れようとしていたナナリーの手が止まる。
もう一度は呟いた。今度は彼女にはっきり聞こえるように。

「ごめんなさい。ナナリー…………。
私はあなたをこんな姿にしてしまった。それに―――――――」

ルル様を、助けられなかった。

ナナリーはぴたりと動くのをやめた。呼吸さえも止まりそう。
今、自分の姉は何と言った?
私をこんな姿にした?ルルーシュを助けられなかったと言った?
全く訳が分からずに、ナナリーの声は震える。

「おねえ…………さま?」

「8年前の戦争で、もう少し早くナナリーを助けられたら、あなたはこんな姿にはならなかった。
歩けなくなり、目も見えなくなることもなかったのよ。
ルル様を失うこともなかった。全部私のせい…………。
ぜんぶ、わたしの―――――!!!」

はそう言うと、ナナリーの膝へと泣き崩れた。
ナナリーにはの言う意味が分からない。
8年前の戦争?それはブリタニアが日本に戦争を仕掛けたこと?
でもその時はアッシュフォード家の人々が、自分と兄を逃がしてくれた。
目が見えなくなったのも、歩けなくなったのもその前からだった。
母がなくなった時からずっと…………。
だから、のせいではないのに。姉は、何を言っているのだろうか?
そうナナリーが思ったとき、彼女は以前電話口でルルーシュに言われたことを思い出す。

『ナナリー、今は他人のふりをしてくれ。でも俺は、お前を愛してるナナリーっ!!!』

ルルーシュはとても必死だった。
どんな時でもナナリーのそばを離れなかったルルーシュが、
他人のふりをしてくれというのがその時は信じられなかった。
でも……………今目の前で泣き崩れる彼女を見て、ナナリーは思う。

(だからお兄様は、他人のふりをして欲しいと、そう言ったの?
お姉様のために。お姉様は………お兄様を失ったと思っているのね。)

本当は全てを話してしまいたい。
ナナリーが視力を失ったのは、歩けなくなったのは、のせいじゃない。
ルルーシュはちゃんと生きている。はルルーシュを失っていない。
でも今は…………兄との約束を守らなくちゃいけないから。
ナナリーは、そっとの頭を撫でてあげる。
一言だけ、彼女へと言葉を送って。

「お姉様のせいじゃないですわ……………。」

そう言えば、ナナリーのドレスがギュッと握られた。













ロロは夢を見た。
幼い自分は森を歩いている。目の前に揺れるのは、赤い髪と銀の髪。
ロロは走って行って、二人の間に入り込む。
そうすれば笑い声とともに訪れる優しいぬくもり。
両側から手が伸びてきて、右手も左手もゆっくりと手のひらで包まれる。
右を見れば『ロロ。』と少年の声で優しく名前が紡がれ、
左を見れば『ロロ。』と少女の声で優しく名前を呼ばれる。
幸せだった。エリア7で過ごした日々が。
特殊訓練はとても辛かったけど、二人がずっと一緒にいてくれた。
大切な、大切な人。。二人がそばにいてくれればロロはそれでよかった。

たとえそれが、偽りの"兄弟"でも―――――――。

ロロはハッと目を醒ます。
暗闇の中で目が覚めたロロは、ベッドの上で眠るルルーシュを覗き込んだ。
ロロはC.C.から気を失ったルルーシュを預かってきた。
何度も何度もうめき声を上げ、熱がひどく高かった。
一体何があったのだろうと思う。ルルーシュがここまで弱ってくるなんて…………。

とにかくロロは、徹夜で看病を続けた。
家に帰ってから、ルルーシュの熱は次第に下がっていく。
ロロは彼の頬に手を伸ばして触れてみた。
もう、熱はないみたいだ。額に乗せていたタオルをどかそうと、彼は手を伸ばす。
その時、ルルーシュがかすれる声で呟いた。

「ナ、ナリ……………。」

ぴくんと、ロロが体を反応させる。
彼が呼んだのは最愛の妹、『ナナリー』。
ロロは手を引っ込めて、じっとルルーシュの顔を見つめた。
にっこり笑って、ロロは独り言のように呟く。

「そう、だよね。分かってたことだよね。
たとえ兄さんに大事な弟って言われても、兄さんの一番はいつもナナリーだった。
僕は兄さんに大事な弟って言われただけで、嬉しかった。
こんなこと言ってくれるのは、兄さんと姉さん以外にいなかったから。
ナナリーが―――――――――羨ましい。兄さんと、ホントの兄妹だから。」

ぽとりと、ルルーシュの額からタオルが落ちる。
それと同時に、アメジストの瞳から透明な涙が一粒落ちていく。

ああ、エリア7での幸せな日々が、ずっと続けばよかったのに。

そうすれば、こんなふうに泣くことも傷つくこともなかったのにな。












愁ひある少年の眼に羨みき 小鳥の飛ぶを飛びてうたふを
(石川啄木)