悪夢にうなされ続けたルルーシュは目を開く。 昨日の最後の光景が、脳裏に焼きついて離れなかった。 スザクと共に去っていくナナリー。最愛の、妹……………。 すぐに人の視線を感じて、ルルーシュはそばを見る。 心配そうな表情のロロが、ルルーシュをじっと見ていた。彼の口が開く。 「うなされているようだったから…………。昨日、何かあったの?」 「いや………………。」 ルルーシュはとっさに否定した。 昨日のことを誰にも聞かれたくない。それはルルーシュの弱さを見せることになるから。 ロロが本当に自分のことを心配してくれているのは分かる。 でも…………彼は、本当の弟ではない。 ナナリーにとって代わる存在には、なりえない。絶対に。 「俺は、何か言っていたか?昨日…………」 「えっ?」 ルルーシュの問いかけに、ロロは少し言葉を詰まらせた。 そう、昨晩、ルルーシュの看病をしていた時に確かに聞いた。 『ナナリー』という言葉。ルルーシュの妹の名前。 ロロはすぐに嘘をつく。嘘をつくのは得意だ。自分が嘘で塗り固められた存在だから。 でも、鋭いにはすぐにばれてしまうけど。 「ううん。兄さんは、何も言ってなかったよ。何も…………。」 「そうか。」 それだけ呟いて、ルルーシュは再び目を閉じる。ナナリーの姿が見えた。 ふわふわのドレスに身を包んでいて、車椅子に乗っていた。 必死でこちらに手を伸ばしてくるナナリー。彼女は言った。 世界は、もっと平和に、優しく変えていける―――――――と。 ナナリーが言うんだったら、そうかもしれない。そう、世界はもっと、優しく平和に変えていける。 もう、ゼロなんて存在しなくてもいい。ナナリーが、世界を変えてくれる。 ナナリーの望む世界。ナナリーの選ぶ明日。 それにはルルーシュが、ゼロが………邪魔なのだ。 「お姉様、私はちゃんと、エリア11の新総督としてご挨拶ができるでしょうか?」 ナナリーは横に座る人物へと尋ねた。 もうすぐ新総督としての就任挨拶が始まる時間。 大勢の部屋の中で不安をあらわにできる相手はたった一人。 母は違うけれど、同じ皇女としてナナリーが憧れた存在、・ルゥ・ブリタニア。 はナナリーの手を優しく握って答えた。 「大丈夫よ、ナナリー。私がちゃんと見ているから。 ナナリーはね、ルルーシュとよく似てて、いざとなったとき力を発揮できる子よ。 だからきっと、大丈夫。」 彼女はナナリーを抱き寄せ、甘く香る髪に口付けを送る。 壊れ物を扱うように優しく。ナナリーがネコのように気持ちよさそうに表情を緩めた。 そのままナナリーは、に抱きついたまま述べる。 「あの、お姉様。 私…………ユフィ姉様の意志をついで、行政特区・日本を再建したいと思っているんです。 今日のスピーチでは、そのことについてお話しようと思ってます。」 ぴくりと、が動いたのがナナリーは気になった。 でも、ならきっと分かってくれるはずだと思い、言葉を続ける。 「お姉様なら、私に協力してくれますよね?」 しばらく沈黙が続いた。ナナリーは不思議に思う。 なぜはすぐに「うん。」と言ってくれないのだろうかと。 もしかして、は反対なのだろうか。行政特区・日本を作ることを。 不安で胸が押しつぶされそうだった。それでもの答えを待つ。 不意にが、ナナリーを抱く腕に力を入れた。 「ユフィの意志を、ナナリーがついでくれるのね。 行政特区・日本…………。そうね、ナナリーならきっと、優しい世界を作ってくれるわね。 協力、するわ。ナナリー。」 その言葉に、ナナリーはほっと胸をなでおろす。 就任挨拶の時間だといわれ、彼女はに一旦お別れをし、スピーチへと向かった。 ナナリーがいなくなって、はすぐに部屋から出た。 足が震える。体が震える。急ぎ足で廊下を歩き、だれもいなくなったところで座り込む。 震える自分の体を落ち着かせるように。 行政特区・日本。 かつて親しかったユーフェミアが、日本人のためを思って作ろうとした理想郷。 彼女の願いはたった一つ。みんなが笑顔になれる世界を作ること。 ユーフェミアがそんな理想郷を作ろうとしていたとき、は彼女から連絡を受けたのだ。 「、私はエリア11に行政特区・日本を作ろうと思うんです。 あなたもそこに、参加してもらえませんか?私に協力してくれませんか?」 ふわりと笑うユーフェミア。 はその話を聞いたとき、固まった。 ユーフェミアの透明な願い。透明すぎるくらいの願い。 でもその願いはを傷つける。 エリア11は、日本は、が壊した国だった。憎しみによって。 自分には、日本の土を踏む資格などないと思っていた。だから………断った。 ユーフェミアの誘いを。それでもユーフェミアは笑って許してくれた。 行政特区・日本が出来た時、一緒にお祝いして欲しいとも連絡をもらった。 けれどは、それさえも断った。 そして、ユーフェミアは………そのまま命を落とした。 はユーフェミアがなくなったことを聞き、絶望へと立たされる。 もしもあの時、断らなかったなら、もっと違う道を歩んだかもしれない。 ユーフェミアの暴走を、止められたかもしれない。 でもそれは、遅すぎる後悔。ユーフェミアにあわせる顔がなくて、結局お葬式にも出なかった。 彼女の顔を見たくなかったのだ。顔をみればきっと、より深い後悔を味わうと思ったから。 これ以上、自分が傷つくのがイヤだった。逃げたかった。 「なんて卑怯…………。」 は一言つぶやいてみる。 腕に顔をうずめると、少し体の震えがおさまった。 ユーフェミアの意志をつぎ、今度はナナリーが行政特区・日本を作ろうとしている。 反対ではない。むしろ協力したい。 やはり日本人には、日本という国が必要だと思ったから。 それはエリア11に来てから思ったこと。今度は後悔しないように。 でもそのためにはもう少し、心の準備が必要で……………。 もうすぐナナリーのスピーチが始まってしまいそうだったが、はしばらく座り込む。 「ユフィ………ごめんね。ごめん、ね。」 一人でそう呟くと、のそばに影が落ちる。 何だろう?と不思議に思った瞬間、優しい香りと抱擁は訪れた。 彼女はすぐにそれが誰だか分かった。 こんなふうに抱きしめてくれるのは一人しかいない。 「、どうしたの?こんな人のいないところで…………。」 「ス、ザク…………。」 は伏せていた顔を上げる。赤い瞳にたくさんの涙が溜まっていた。 スザクはそれを見て、眉をひそめる。 彼の表情がこわばったのを見て、は涙をふき、笑ってみせた。 「なんでもないの!!!ただちょっと…………大切な人に謝ってただけ。 その人が、本当に許してくれるかどうか分からないけれど。 あ、大変っ!!!ナナリーのスピーチ始まっちゃう!!! スザクもこんなところで油売ってないで、ちゃんとナナリーの横にい――――――」 言葉が飛んだ。 ポフっと音がして、温かいぬくもりが訪れる。 自分がどんな状況なのかが分からない。 しばらくして、自分がスザクにきつく抱きしめられていると分かった。 「嘘、つかないでよ。なんでもないわけないじゃない。 、君ひどい顔してるよ?とても苦しそう…………。 ねえ、僕じゃの苦しさを受け止めきれない? 僕はの支えには―――――――――ならない?」 ギュっとさらに力が加わった。 彼女は顔を上げる。優しい翡翠色の瞳が彼女の視線とぶつかった。 それがとても温かく感じられて、は下を向く。 そのままコツンと、額をスザクの胸に当てる。強く彼の服を握り、肩を震わせた。 最初は小さい嗚咽だったが、だんだんそれが大きくなる。そして………… 「ごめん、なさ、い…………っ。ユフィ……っ。」 スザクが聞き取れたのはその言葉だけ。 あとはの小さな泣き声と心の悲鳴だけが聞こえた。 彼は子どもをあやすようにの背中をなでてあげる。 そうするだけで、不思議との肩の震えはおさまっていく。 はしばらくスザクの胸で泣いた。 泣くという行為は、人間にとって必要な行為である。 泣くことで、人間は溜まった感情を処理し、ストレスを発散させようとする。 にとっても、それはよい感情の処理となった。 しばらくすると、彼女の肩の震えと嗚咽は完全に止まる。 「ごめんね、スザク。私、最近泣き虫になっちゃったみたい………。」 スザクの胸から離れて、恥ずかしそうにが言う。 そんな彼女を、スザクは目を細めて見た。耳まで真っ赤。とても可愛く思えた。 涙をふいたは、はにかみながら言う。 「ふふ、泣いたらなんだかすっきりしちゃった。 これでナナリーのスピーチも、ちゃんと集中して聞けるわ。ありがとう、スザク。」 「どういたしまして。」 スザクもにっこり笑って言葉を返す。 目の前にいたは、廊下にかけられた時計を見て慌てた。 「大変!!!もうスピーチが始まっちゃう!!!」と声をあげ、大急ぎでかけていく。 スザクはその姿をじっと見ていた。 急いでかけていくが、ふと立ち止まる。そのままスザクを振り返り、は言った。 「どうしてだろうね。スザクが抱きしめてくれると、本当の自分になれるような気がするの。 皇女としての・ルゥ・ブリタニアじゃなくって、この世界を必死に生きるただ一人のに。 きっと、ユフィもそうだったんだと思う。だからユフィはあなたを騎士に選んだ。 ユフィはきっと、今でもスザクを愛しているよ。」 はそうスザクに告げ、ナナリーのスピーチを行うための部屋へと走っていく。 けれどもその時の彼女の心境は、なぜかとても複雑だった。 そう、きっとユーフェミアは今でもスザクを愛している。 きっとスザクのそばにいて、いつでも彼を守っている。 そう思うだけで、自分のどこかが苦しい。 スザクだってきっと、今でもユーフェミアを愛しているはずだ。 自分に優しくしてくれるのは、自分がユーフェミアと同じ皇女だから。 スザクがいつも抱きしめてくれるのは、自分にユーフェミアの影を映しているから。 そう思うだけで、苦しい…………。その正体が、何かは分からない。 反対に、スザクはの後ろ姿を見ながら悲しい思いをしていた。 どうして気付いてくれないのだろう? こんなにもが大切で仕方ないのに。 に優しく接するのは、ユーフェミアの影を彼女に見ているからじゃない。 自身を愛しているから。白黒の世界に生きていた自分に、彼女が色を教えてくれたから。 「………………。」 誰もいない廊下で、スザクは愛する人の名を呼んだ。 「みなさん、初めまして。 私はブリタニア皇位継承第87位、ナナリー・ヴィ・ブリタニアです。 先日なくなられたカラレス侯爵に代わり、このエリア11の総督に任じられました。 私は見ることも、歩くこともできません。ですが、精一杯総督を務めます。 どうか、よろしくお願いします。」 ナナリーは丁寧に頭を下げた。 そしてそのまま言葉を続ける。エリア11の明日のために。 「早々ではありますが、みなさんに協力していただきたいことがあります。」 「えっ……………?」 小さくスザクが声をあげ、ナナリーを見た。 彼女はみんなの動揺を気にせずに淡々と述べていく。 「私は、行政特区・日本を再建したいと考えています。」 ナナリーがそう言うと、会場のいたるところで声が上がった。 「口にするだけでもはばかられるものを………」と人々は小声をあげ、どよめきはおさまらない。 はナナリーのスピーチと、周りのその声の両方を聞いて、静かに瞳を閉じた。 隣にいるも真剣な目つきをしていた。そしてに小さく問う。 「、君はそれでいいの?」 彼女はすぐに言葉を返した。 「うん、いいよ。ユフィには、もう謝った。たくさん、数え切れなくらいに。」 「がいいのなら………」がそう呟いて、視線をナナリーに戻す。 ナナリーの隣にいたスザクは動揺し、瞳を揺らした。 そして、の先ほどの悲痛な懺悔を思い出す。 (ああ、それではユフィに謝っていたんだ。) 壇上から、彼女の姿が見えた。 は静かに目を閉じている。その隣にもいた。 彼はすぐにスザクの視線に気付き、コクンと頷く。そしての口が動く。 『なら、大丈夫。』 それだけを紡いで、にっこりと笑ってみせた。 最も古いものを忠実に保持し、快く新しいものをとらえ、心は朗らかに、目的は清く。 それで、一段と進歩する。 (ゲーテ) |