ルルーシュはぼんやりとしたまま電車に乗っている。
目の前では男の子と女の子が微笑みながら窓の外を見ていた。
ずいぶん昔、そう、まだマリアンヌが生きていた頃、同じようにから外を眺めたことがあった。
面白いものを見つけては、二人して笑いあう。そしてそれに気付いた母がいつも言う。

『ルルーシュとナナリーは、本当に仲良しね。』

幸せだった。ナナリーがいるだけで。母であるマリアンヌがいるだけで。
そしてもう一人。が…………そばにいてくれるだけで。
今頃はどうしているのだろうか?皇族に戻ったナナリーと、もう再会しただろうか?
この前はアッシュフォード学園にいたから驚いた。昔とだいぶ変わっていて、本当に驚いた。
どうしてここにお前がいる?そんな疑問は飛んでしまった。
ただ、会えるのならもう一度………。でも、そんな願いももう叶わない。だってゼロはもう、必要ないから。
今ここにがいたらなんて言うんだろう。
「ルル様のバカ!!!」そう言いそうで、ルルーシュは小さく笑った。
その時、携帯のバイブ音がルルーシュを現実に引き戻す。

『Q-1』

そう示された文字。彼はすぐに携帯を二つに折って窓から放り投げる。
バラバラに崩れた携帯は、綺麗に弧を描いて落ちていく。

(そう………もうゼロはいらないんだ。俺の戦いは、もう―――――)

ルルーシュは、スッと瞳に入れたコンタクトを外す。暴走したギアスが瞳に現れた。

今は………………独りになりたい。










新宿再開発地区。

はそこに来ていた。
そばには彼女の愛機、が立っている。

「昔とかなり、変わってしまったわ…………。」

彼女は静かに呟いた。
そう、ここは8年前、が潰したうちの一つ。ここが一番ひどかった。
目を閉じれば、いつでもあの時の光景が浮かんでくる。
逃げ惑う人々、悲鳴をあげながらの機体を見上げ遠くへ逃げようと必死に走った日本人。
彼女はそれを逃がさなかった。

は座って地面の土に触れてみる。
冷たかった。それは当時の自分の心の冷たさを思い出させるくらいに………。
ふっと目を細め、手で砂をすくった。手を傾けると、さらさらとそれは落ちていく。
まるで人の命のようだと彼女は思う。
すくってもすくっても、はらはらと手から零れ落ちていく。
すぐに手のひらの砂は、地面へと帰っていった。

「この土地を、ユフィは守ろうとした………。」

不意に、ユーフェミアの笑った顔が浮かんでくる。まるで自分の目の前にいるようだった。
地面にふれ、は一人で話し始める。

「ユフィ、ナナリーがね、ユフィの意志をついで行政特区・日本を作るって言ってくれたの。
私の潰したはずの日本がまた再建するのよ。私もそれに協力するの。おかしな話よね?
ユフィが協力してって言った時、私は断ったのに。でも、それは私が弱かったからなの。
私はそれに気付いた。どんなに自分が弱かったか…………。
そして、8年という月日を隔てて訪れたエリア11で、日本人の哀しみの深さを新しく知った。
このままじゃいけないのよ、エリア11は。そして、世界も…………。
ユフィはそれを、ちゃんと分かっていたんだね。
私はユフィが安心して見守っていられる世界にしたい。ナナリーだって必死よ?
ねえユフィ、私はもう、あの時の弱い皇女じゃない。
守る力を持った、世界を変える騎士。私は、エンジェルズ・オブ・ロード。
ユフィ、私を―――――――許してくれる?」

『許しますわ。』そうユーフェミアが呟いた気がする。
は立ち上がった。力強く一歩を踏み出す。
弱い気持ちは全部、流しきった。
スザクがを支えてくれて、苦しみを黙って受け止めてくれた。
これでもう少し、立っていられる。この大地に。エリア11に…………。

彼女はへと乗り込む。
ナイトメアの鍵をさし、起動させたところでから通信が入った。
すぐに回線を開く。やんわりとした表情で、彼が画面に映っていた。

「…………ふぅん。もう少し、暗い顔をしていると思ってたんだけどなぁ。」

茶化すようにが言った。
はニッと笑ってみせ、言葉を返す。

「残念でした。私はこれでもいろいろと強いのよ?
それで、は黒の騎士団を追いかけるんでしょ?だったら私も連れてって。
ナナリーの願いよ?何がなんでも黒の騎士団とゼロに、行政特区・日本に参加してもらうんだから!!!」

そう言いつつ、の飛行準備をしていく。
「はいはい。わかったわかった。」とがめんどくさそうに言葉を述べたあと、真剣な眼差しをする。
そして彼はに向かって言った。

、きっとユーフェミア様は君を許してくれているよ。」

にっこりと、は笑った。そのあとに小さく呟く。
「わかってる。」と、そう一言だけ……………。
飛行準備が完了したは、すぐに新宿再開発地区をあとにする。
さっきまで自分がいた場所に、弱りきったルルーシュがやって来るとも知らずに。









セシルの制止を振り切り、スザクは精密検査を放り出して病室を飛び出した。
ブルーのマントを羽織って病院の入り口に行くと、すぐに声がかかった。

「精密検査の途中で、ナイト・オブ・セブン様はどこに行くのかな?」

視線を横に向ければ、スザクと同じような騎士服を着た・ルシフェルが笑顔を浮かべていた。
分かっているくせに…………。スザクはそういう目を向ける。
すぐにアイスブルーの瞳が細められ、は壁に背中をあずけたままで言う。

「君のことだから、黒の騎士団を追いかけるんだろう?」

「ああ。そうだ。」

冷たくスザクは言う。
は上体を起こして、スザクの元へゆっくり近づいた。
そして告げる。

「だったら僕も手伝うよ?ナナリーの望み、僕も叶えたいからね。もそう言っていたよ。」

も…………?」

きょとんとした顔でスザクはを見る。
はにっこり笑った。こんな顔のスザクを見るのは初めてだったから。
と接し始めて、彼は表情が少し変わったと思う。
いつも冷たいのに、時折こんなふうな顔をする。それを見て、はいつも思うのだった。
きっと彼は、もっと豊かな表情をするんだろうと。
はスザクの少年らしい表情がもっと見たかった。
スザクは自分とそっくりな人間。怖がりで、悩みを何でも抱え込む、どうしようもない存在。
だからこそ、放っておけない。
はスッとスザクを見つめて言葉を紡ぐ。

はね、吹っ切れたみたいだよ。
でも、彼女はまだまだ弱いんだ。だからまた、彼女を支えてあげて欲しい。今回みたいに。」

そしてポンっと彼の肩を一回叩いた。
はとっくに気付いている。今回を支えたのがスザクだったことに。
スザクは真剣な目でを見て、そして静かに言った。

「分かってる。を支えるのは僕の役目だから。」

その言葉を聞いてヒューっとは口笛を吹く。
まさかここまで言い切られるとは思ってもみなかった。
に対するスザクの気持ちにはとっくに気付いている。応援したいとも思っている。
だけど、がスザクの気持ちに気付くのは、かなり時間がかかるだろう。
何しろは、ドがつくほどの鈍感少女だから……………。

(スザクも大変だよなぁ〜。)

病院を出て、はエリア11の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。












電車の車両の中、一人でルルーシュはイスに座っている。
隣の車両には、ギアスのかかった人々。
一人でいたいという彼の願いを、ギアスは叶えた。

(俺は、今までナナリーのためにやってきたというのに…………)

どうしようもなく辛くて。でも、慰めてくれる人も、抱きしめてくれる腕もない。
ルルーシュは完全に孤独だった。それはギアスが求めたものでもある。

王は孤独。

言葉が、頭の中でぐるぐる回った。
そんな彼の聴覚に、慣れ親しんだ声が聞こえてくる。
車両にあるテレビから、一斉にナナリーのあのスピーチが聞こえてくる。
ピクリとルルーシュが動いた。アメジストの瞳に、最愛の妹が映る。
ルルーシュは瞳を揺らしながら座席から立ち上がる。
今はナナリーの声なんて聞きたくない。姿だって、見たくない!!!
彼は電車を降り、ナナリーの姿から必死になって逃げた。
途中、男とぶつかり、そこでもナナリーの姿を目にする。彼の瞳はさらに揺れた。

(俺はもうっ……………!!!)

ルルーシュは必死に走る。どこを見てもナナリーの姿ばっかりで、気が狂ってしまいそう。
そんなルルーシュの姿を、ロロは物陰から冷たい瞳で見ていた。
ナナリーの姿から逃げるルルーシュ。
そんなにイヤならナナリーなんて忘れてしまえばいいと彼は思った。
そうすれば、ルルーシュはこれ以上苦しまない。
ロロだって、苦しまずにすむのだ。だって、ルルーシュがすべてを忘れてくれれば…………

(昔に戻れるから。あの時みたいに兄さんは、僕だけを兄弟としてみてくれる。)

ロロは綺麗に笑った。
心のどこかで、ナナリーに嫉妬している自分がいる。
ナナリーを愛すルルーシュを嫌っている自分がいる。
自分の心は、とっても汚い。でも、今までの平穏な暮らしを壊したのはルルーシュだった。
彼がギアスさえ手に入れなければ、1年前のようなブラックリベリオンは起きなかった。
ルルーシュさえギアスを手に入れなければ、ロロはずっと、たちの横で平和に暮らせた。
ルルーシュを監視する仕事なんて、回ってこなかった。

(だから、責任をとってよ兄さん。僕の平穏を壊した責任を。
ナナリーと同じように、僕を愛してよ、兄さん!!!ナナリーなんかもう、いらないでしょ!?)

アメジストの瞳を鋭く細めて、ロロはルルーシュの走った方向を見る。
ぎゅっと胸元を強く握る。硬いものが手に触れた。

(姉さんは、違うでしょ?たとえナナリーと会っていたとしても、姉さんはちゃんと…………)



僕 を愛して くれてい  るよね ?










泣きたいおもいを、ほかのあれこれの気もち同様、ぼくは我慢しなければならない。
(ローベルト・ヴァルザー)