「ここに戻らないなら、それでもかまわないさ。」 C.C.はゼロの仮面をボールのように上に投げる。 まるで一人で遊んでいるかのようだった。 彼女は誰かとしゃべっているように話すが、そこにはC.C.以外誰もいない。 「私にとっては、アイツが生きていることが重要だ。 …………まさか。ゼロをやめるだけなら簡単だ。そんなロマンティックな話じゃないさ。 しかし、このままでは黒の騎士団はおしまいだな。 ――――――ああ、ナナリーのためのゼロ。ルルーシュはそう言っていたよ、マリアンヌ。」 C.C.は、高く仮面を投げた。 ルルーシュはずっとこの場所で考えていた。新宿再開発地区。 この場所は、ルルーシュがゼロとして始まった場所。彼の原点だった。 ルルーシュはおもむろに袖をまくる。 昨晩ブリタニア人からうばったリフレインが握られている。 彼は願った。昔に、帰りたいと。 幸せだったあの頃。優しい母がルルーシュの名前を呼ぶ。 可愛くて仕方がない妹がルルーシュの名前を呼ぶ。 そして、初めて恋した相手がルルーシュの名前を、甘く呼ぶ。 「ルル様。」と。最後に首をかしげる仕草が、愛らしくてたまらなかった。 そう、これで、過去へと帰れる…………。 彼がリフレインを己の腕に打とうとしたとき、そばで人の声がした。 母ではない、妹ではない、初恋の相手ではない人が、ルルーシュの名前を呼んだ。 「ルルーシュ…………。やっぱりここに来たのね。 ここは、あなたが、ゼロが始まった場所だもんね。ルルーシュ、私あなたに………」 そうカレンが言いかけ、ルルーシュの手に握られたものに気付く。 ルルーシュは笑っていった。 「リフレイン…………。カレンも知ってるだろ?懐かしい、昔に帰れる。」 その瞬間、カレンの怒りは急激に絶頂へと達する。 彼女はルルーシュの手からリフレインをむしりとり、怒鳴り散らした。 「ふざけないで!!!」と。カレンは知っているのだ。 ルルーシュはこんなに弱くない。いつも上から目線で、無茶苦茶な計画を立てる。 だけどそれは緻密(ちみつ)に計算された計画であって、いつでも奇跡を起こしてきた。 失敗にもくじけないルルーシュ。そう、くじけないルルーシュであってほしい。 それはカレンの理想でもあり、願望でもあった。 「一度失敗したからって何よ!?また作戦考えて、取り返せばいいじゃない!!! また命令しなさいよ!!!ナイトメアに乗る?それともおとり捜査?何だってきいてやるわよっ!!!」 だから負けるな、ルルーシュ!!! カレンは心の中で叫ぶ。だけどルルーシュは、本当に弱っていた。 立ち直れないほどに…………。ぽつりとルルーシュがカレンに向かって呟く。 「だったら―――――――俺をなぐさめろ。」 ルルーシュが立ち、ゆっくりとカレンに近づいていく。 カレンは後ずさった。違う、こんなのルルーシュじゃない。ゼロじゃない。 でも、ひどく弱っている彼を見捨てることができない。突き放してしまうことができない。 ゆっくりと、ルルーシュの唇が近づく。もう少しで触れてしまいそうだった。 (こんなの…………だめっ!!!) そうカレンが思ったとき、ルルーシュがぴたりと静止した。 アメジストの瞳を揺らしながら、かすれた声で名前を呟く。 はっきりとは聞こえなかったが、カレンはかすかにその名前を聞き取った。 「―――――――?」 そう呼ぶルルーシュの目には、赤い瞳を潤ませ、瞳と同じ色の髪をなびかせたの姿が映っていた。 リフレインを使用したわけじゃない。けれども、が見える。 これは幻覚なのだろうか?それとも、現実………? 彼女が唇を動かして言葉を紡ぐ。 『しっかり、ルル様。』 最後には、昔のように小首をかしげて彼に笑いかけた。 ルルーシュの瞳孔はきゅっと収縮する。 (が、俺に会いに来てくれたのか?) そう思ったとき、パシンと頬を叩く音と、そのあとにじんわりと痛みが訪れた。 気付くとルルーシュは、カレンに頬を叩かれていた。 そこで現実へとルルーシュが戻る。カレンは苦しそうに叫んだ。 「しっかりしろルルーシュ!!!今のあんたはゼロなのよ!? 私達に夢を見せた責任があるでしょ!!!だったら………最後の最後まで騙してよ。 今度こそ完璧にゼロを、演じ切ってみせなさいよっ!!!」 それだけ言うと、カレンは涙を浮かべたまま走り去る。 残されたルルーシュは、彼女の腕を掴もうと手を差し出したが、腕をつかめなかった。 宙にさまよった手をゆっくりと引っ込める。 これで、本当によいのだろうか……………? カレンに叩かれて、少し目が覚めた気がする。 ルルーシュはカレンを追おうと瞳を彼女が走った方向へと向けた。 でも、それが出来なかった。目の前に、ロロが立っていたから。 ロロは何か言いたそうな目つきで彼を見ていた。 ルルーシュは静かに言った。ロロが自分の監視役だということを忘れていたと。 すると、ロロはこう答えた。 「いいじゃない。忘れてしまえば。辛くて、重いだけだよ。ゼロも、黒の騎士団も、ナナリーも。 ナナリーのためにもなる。ゼロが消えれば、エリア11は平和になるよ。 兄さんも、ただの学生に戻って、幸せに暮らせばいい。」 淡々とロロは述べた。 「しかし…………」ルルーシュがそう言うと、ロロはすぐに言った。「何がいけないの?」と。 幸せになることは、いけないこと? ロロはルルーシュへと近づいていく。 ロロの望んだ幸せは、やと一緒に暮らすことだった。 ルルーシュさえ全てを忘れてくれれば、もうルルーシュを監視する必要もない。 彼らの元へ、帰れるのだ。そして、ロロにはナナリーに勝ったという嬉しさが残る。 ルルーシュがナナリーを忘れれば、彼の兄弟はただ一人。自分だけ。 ロロはたくさんの家族を独り占めできる。姉である、兄であるとルルーシュ。 だから…………幸せになることは、いけないこと? 「幸せを望むことは、悪いことじゃないでしょ?誰も傷つけない…………。 今だったら、全てをなかったことにできる。」 だから、全て忘れようよ、兄さん。 まるで悪魔のような囁きだった。 ルルーシュはぎゅっと目をつぶる。そう、幸せを望むことは悪いことじゃない。 でも―――――俺はまた、ナナリーを、を…………忘れてしまうのか? ……………っ。 不意に、誰かに名前を呼ばれたような気がしては後ろを振り返った。 誰もいない。後ろはただの壁。でも、確かに呼ばれた。はっきりと、『』って。 後ろを振り返ったまま、呆然とする彼女に、横にいたスザクが声をかけた。 「?どうしたの?」 「え…………ううん。なんでもないの。 ただちょっと、誰かに名前を呼ばれた気がしたから……。」 はスザクの顔を見た。 彼女はもうデヴァイサースーツに着替えているが、スザクは騎士服のまま耳にインカムをつけている。 黒の騎士団を見つけたと、スザクは言った。 所属と進路が異なっている船。それが黒の騎士団が乗っている船である。 スザクは一呼吸すると、進路の異なる船に警告した。 10分待つ。それまでに武装を解除して、甲板へ並べと。 スザクの言い方は厳しかったが、彼の優しさがにじみ出ていた。彼だって、無意味な戦いはしたくない。 はじっとその状況を見て、瞳を細める。 投降、するだろうか。黒の騎士団が…………。 はもう、ランスロット・クラブで外へと出ている。彼は言った。 嫌な予感がするんだ、と。今のもなんとなく、嫌な予感がしていた。 「スザク、私で外に出ているわ。何となく、嫌な予感がするの。」 そう告げると、腕を組んだスザクの瞳がを映した。 すぐに冷たい瞳から優しい瞳へと変わった。スザクは頬を緩めてから呟く。 「分かった。、気をつけてね?」 彼女は頷く。そのまま司令室をあとにして、が収納してある場所へと向かった。 に乗り込みながらは考える。 自分を呼んだのは、誰だったのか。もしかしてロロ?いや、もっと違う誰か。 (でも、とにかく今は……………) 彼女はの画面に映った進み続ける船を、静かに見つめる。 彼らをなんとかしなければならない。 進み続ける船は、武装なんて解除する気配を見せない。 は思った。これが彼らの"答え"なのだと。 きっとまた、戦いが始まる――――――――。 もはや愛しもせねば、迷いもせぬものは、埋葬してもらうがよい。 (ゲーテ) |