アーニャはいつもどおり、携帯でブログをつけていた。 ピッピとボタンを押す音だけが庭園に響いている。 その目つきは真剣。不意に、首筋に何かさわさわした感覚があり、何だろうと思う。 後ろを振り返ろうとした瞬間、ざらりとしたものが首筋にあたり、アーニャは声を上げた。 「ひゃっ!!!何っ!?」 後ろを振り返れば、スザクの飼い猫・アーサーがちょこんと座っている。 甘えた声でアーニャに向かって鳴いた。 「お前、スザクの…………」 指先で鼻筋をつついてみれば、アーサーはみゃおんと声を上げる。 そのまま、ペロペロと指を舐めだす。 彼女はじっと、アーサーを見ていた。 しばらくして、二人と一匹に影が落ちる。 「アーサー、こんなところにいたの?………って、アーニャちゃんもいたんだ。」 それは騎士服をきた。 重苦しいマントは外され、首部分も少し緩められた着崩しスタイル。 ひょいと段差を飛び越えて、はアーニャの横に座った。 騎士服のスカートから、白い足がすらりと伸びる。 すぐにアーサーがの膝へと飛び乗り、丸くなった。 「こんなところでブログ?」 こくんと彼女は頷く。はアーサーに視線を落とし、頭をなでる。 アーニャもそれに便乗した。毛がふさふさしていて気持ちいい。 よく見れば、毛並みが綺麗に整えられている。 アーニャはアーサーをなでながら、コイツは幸せ者だと思う。 スザクとの二人に愛されている。 ネコをなでながらアーニャはに告げる。 「今日、スザクがイレブンに襲われた。」 「うん、ジノから聞いたよ。スザクは怪我しなかったんだよね。良かった。 でも、素直には喜べないね。日本人が、日本人のスザクを殺そうとした………。」 ぴたりとの手が止まる。アーニャもパタンと携帯を閉じた。 そして体をに近づけ、そのまま寄りかかる。 「アーニャちゃんまで。」とは小さく呟くが、優しい手はアーニャの頭も撫でる。 気持ちよさそうに彼女は目を閉じ、ぽつりと一つ尋ねた。 「は、なんでここに帰ってきたの?」 「えっ…………?」 アーニャの頭を撫でていた彼女の手が、ピクリと反応する。 そんなに気付かないふりをして、彼女は尋ね続けた。 「は日本を潰した。ブリタニアでは英雄扱いだったけど、日本人は恨んでいる。 自分たちの国を潰した天使たち。だけど、たちはそんな国に自分達から戻ってきた。 私には、それが分からない………。傷つく、だけでしょ?」 さわさわと、草花が風で揺れる。 ふわりと花の甘い香りが漂い、アーニャの眠気を誘った。 風が花の香りを運ぶ中、の小さな言葉もアーニャに運んでくる。 「傷ついたよ。いっぱい。日本を潰した日から。 アーニャちゃん、私は罪びとなの。だから罪を犯した人の苦しさは分かる。 私はそんな道を、日本人に歩んで欲しくない。 そんな道を歩ませるものがブリタニアなら、私は世界を変えてみせる。 それが私の責任。日本を潰した私の………ね。」 「もそうなの?」 「さあ?どうかな。でも、にはの考えがあるんだと思う。 長年と一緒にいるけれど、いまだにの考えてることが分からなくなることがあるの。 はね、本当に不思議な人よ…………。」 の言葉が終わりかけた時、膝の上にいたアーサーがぴくんと耳を立てる。 同時に足音と声がしたので、アーニャは体を起こす。 見慣れない服に、彼女はその人物………スザクに尋ねた。 「日本の服?」 「うん、そうだよ。トレーニングの時はいつもこの服なんだ。」 そしてすぐに、視線がへと行く。 彼と視線が合い、は微笑んだ。 「懐かしい?日本が。」 続けてアーニャが尋ねる。の膝の上にいるアーサーを撫でながら。 スザクは返答に困った。懐かしいといえば懐かしい。 でもこの服を着る時は、いつも嫌な思い出か悔しい思い出しか浮かんでこない。 鍛錬で藤堂にこってりしごかれたから。 「どうかな。楽しい思い出もあったけど…………」 「ふふ。でもスザクにとって、その服は大事なものなのね。」 「はい。」とはアーサーを持ち上げてスザクに渡す。 アーサーはイヤイヤをするようにスザクの腕の中でもがき、を求めた。 つん、と彼女はアーサーを叱るように鼻に触って、「ダメよ。」と言う。 「あ、どこにいくの?。」 スザクは暴れるアーサーを抱いたまま尋ねる。彼女は振り返って答えた。 「ナナリーのところへ行くの。 行政特区・日本のことでいろいろ大変そうだから手伝いに。 私も協力するって言ったからね。ナナリーばかりに任せられないわ。 それに…………ううん、なんでもないわ。」 は一瞬鋭い目をしたが、すぐに笑顔に戻る。 それじゃあね、とスザク・アーニャに別れの言葉を述べ、長い髪を揺らしながら去って行った。 は先ほどから聞いたのだ。 ローマイヤがナナリーを厳しく叱っていたこと。 確かにナナリーはローマイヤに何の相談もせずに行政特区・日本の話を切り出した。 それは総督として、あまり好ましい行為ではない。 でも、今この場所のトップはナナリー。彼女はローマイヤに人形として扱われる存在じゃない。 幼いと思われているから扱いやすいのだろう。けれどそれは違う。 助けてあげなければとは思った。ナナリーを、お飾りの総督にしようとする人々から。 庭園から去るとき、ファイルを持った兵士とすれ違う。 けれどもはそこまで気にしなかった。 それが死刑執行に必要な書類であったことにも…………。 そして、スザクはサインを求められる。彼に反逆行為を働いた日本人の。 皮肉な話だと思い、アーニャは黙って聞いていた。 スザクの腕の中にいるアーサーが小さくあくびをした時、アーニャは腰をあげた。 彼の手からファイルを奪い取る。 「私も、ラウンズ……………。」 そう呟いて、書類にサインをした。これで日本人は、命を失う。 でもそれでいいのかもしれない。苦しみのない世界へと、旅立てるから。 ファイルを受け取った兵士はサインを確認し、去っていく。 彼の背中を見つめながら、アーニャはスザクに尋ねた。 「スザク、あなたって、マゾ?」 「は?」 意味が分からないよというふうに、スザクは声を上げる。 アーニャはあくまで冷静に言葉を続けた。 「恨まれているのを知っていて、エリア11を志願した。 ナンバーズの英雄。日本を裏切った男、ゼロの敵。 ここは非国籍。妬みと憎しみがあなたを殺す。」 「誰かに理解されようとかはもういいんだ。昔、分かってくれた人がいたから。 それに、僕はもともと罪びとだし…………。」 スザクは優しくそう呟いた。彼の言葉にアーニャは顔を下に向ける。 「罪びと?も同じこと、言ってた。 も罪びと。だから、罪を犯した人の苦しみはよくわかるって――――――」 「えっ―――――――?」 「おい、二人とも!!!こんなところにいたのか。」 アーニャの言葉とスザクの驚きにかぶって、ジノの声がする。 前を見れば、ラウンズの服を着たジノがニヤリと怪しい笑みを浮かべて立っていた。 じっと二人を見て言う。 「お待ちかねの連絡が来るらしい。ゼロから………。」 キッとスザクの視線が鋭くなったのを、横目でアーニャは見ていた。 スザクはいつもゼロを許そうとしない。 は言った。自分は罪びとだと。 それなら、スザクの気持ちも分かるだろうか。そして、ゼロの気持ちも分かるのだろうかと。 もしも分かるのなら、はゼロを許すだろうか? 水の上に、キラキラと光を放つろうそくが浮かんでいる。 それを見て、は以前日本人に教えてもらった「灯篭送り」を思い出す。 家族が死者を思って、炎を灯しあの世へと送り出すのだ。寂しくないように。 光とともに、死者が明るい気持ちで天国へと帰れるように。 あれとよく似ている…………。 横でがろうそくに炎を灯していた。 ろうそくに『ユフィ』と名前が書かれている。彼女の髪と同じ、ピンク色の………。 はそっと、水の上にろうそくを浮かべた。 キラキラと光るろうそくをじっと見つめたまま。 もそれに視線をうつした。 たくさんのろうそくが水に浮かぶ。互いにぶつかり合い、そして離れていく。 いろとりどりのろうそくたち。全てに名前が書かれていた。 その中に、の送ったろうそくも交じり合っていく。 「全部、名前が書かれてるね。」 「うん…………。」 炎のオレンジ色だけが、部屋の中を照らす。 今度、は先ほどと違う色のろうそくに火をつけた。 紫色のろうそく。書かれた名前は『ルル』とそれだけ。 はそのろうそくに口付けを送ると、ユーフェミアのときと同じようにそっと、送り出す。 紫色のろうそくも、すぐに他のろうそくの中に混じっていった。 「ルルーシュ、幸せだね。に想ってもらって。」 は一言つぶやいた。でも彼は、生きている。複雑な気分だった。 はそんなの気持ちも知らず、「そうかな。」と小さくはにかんだ。 しばらくろうそくを見つめたあと、とは外に出た。 日本の山、富士山が雄大にそびえ立っていて、二人は歓声を上げた。 星空に浮かぶ富士山。美しかった。本当に。 「綺麗ね、。」 「うん、そうだね。」 明日の行政特区・日本。何も起こらず、無事に終わればいいと願う二人。 そして、その場所から二人が去ってしばらくして、スザクとナナリーが訪れる。 二人は同じ場所に立って、話をしていた。 ゼロを国外追放にすることが決まったと、ナナリーに話すスザク。 「そうですね。私の一存で、全ての罪を許すわけにもいきませんものね。」 その言葉と同時に差し出されるピンクのろうそく。 彼女の名前が書いてあって、スザクはにっこりと微笑んだ。 ユーフェミアの髪の色と同じ、ピンクのろうそく。 彼はそれに火を灯し、水へと浮かべる。そっと送り出そうとした時、目の前のろうそくが視界に入った。 今、ナナリーに渡されたろうそくと、全く同じ色のもの。 『ユフィ』と書かれた名前。それを浮かべたのが誰か分かって、スザクは笑った。 きっと、。 そして、その他にもう一つ、『ユーフェミア』と書かれたろうそくもあった。 「僕たちのほかに、ユフィの死を悼んでくれる人がいるみたい。」 「そうですか。よかった…………。」 ナナリーは嬉しそうに呟いて、涙を流した。 じっと、の浮かべたろうそくを見て、そしてスザクは気付く。 ふいに視界に入った紫色のろうそくと、書かれた名前に。 『Lelou』 スザクにははっきり、そう見えた。ルル…………。 それを浮かべたのが、誰なのかも分かる。 (……………。) スザクはとてもやりきれない思いになり、すぐにそのろうそくから目を背けた。 そう、ルルーシュは、生きている―――――――。 真実な人たちも美しい人たちも この墓碑に来て この死んだ鳥のために祈りをささやけ。 (シェイクスピア) |