そして、その日は訪れた。 ナナリーが、そして、ユーフェミアが望んだ行政特区・日本が出来る日。 とは幕の後ろからじっと、会場内を見ていた。 会場に集まったのは百万人もの日本人。その人たちに向かって、あいさつをするナナリー。 ジノはもしもの時のため、トリスタンに乗って空中からその様子を見ている。 も本当は、そうするはずだった。だけど、ナナリーに頼まれて、今この場にいる。 同じステージで、私を見ていてほしい。それがナナリーの願いだった。 ナナリーの挨拶が終わり、ローマイヤがゼロと交わした条件を確認していく。 ゼロはブリタニア特法12条第8項に従い、国外追放となった。 「ありがとう、ブリタニア!!!」 会場内にゼロの声が響き渡り、モニターに姿が映し出される。 すぐにスザクが反応し、ゼロに向かって「姿を現せ」と叫んだ。 は会場内を見る。 (おかしい…………。ゼロの裏切り行為に、すぐ暴動が起こってもいいはずなのに。) 静かすぎる。 誰も何も言わず、ただゼロの言葉を聞いているだけ。 何が起こるか予想ができず、これからどう動けばいいのかも分からなかった。 でも、何か起きた時は絶対に犠牲を出さないようにしなければならない。 そうしないと、またユーフェミアのときのようになってしまう可能性があるから。 これ以上、ブリタニア人と日本人の間に溝は作りたくない。 ギュッと強く、拳を握った。 画面の中のゼロは、スザクの姿を見て彼に問う。 「民族とは何か?」と。スザクは答えた。「民族とは心である。」と。 その意見に、ゼロは賛成の声を上げたので、スザクは不思議に思う。 ゼロは言った。心さえあれば、住む場所がどこであろうと日本人である、そういうふうに。 彼の口がそう告げたとき、会場から、白い煙が上がった。 「何が起こった!?」 はじかれるように、幕のうちにいたとが走り出し、スザクの横へと並んだ。 ナナリーはアーニャが安全な場所へと連れて行く。 会場内はすべて真っ白になり、何が起こっているのか分からない。 はすぐに会場で待機しているブリタニアの兵士に連絡をとるが、白くて何も見えないという。 ブリタニア軍は鎮圧態勢に入れという命令が出され、銃を日本人へと向けた。 すぐさまスザクが叫ぶ。 「待てっ!!!」 「だめだっ!!!相手はまだ手を出してない!!!」 スザクと同じように、も叫ぶ。は呆然と会場を見ていた。 何が始まろうとしている?ゼロは、何を考えている? そう思ったとき、ゼロの姿が見えた。会場内に、ゼロがいたというのだろうか? がそう考えた時、彼女は自分の目を疑った。 「ゼロが……………」 煙が晴れ、会場内が見えたとき、その異様な光景に全ての人が言葉を失う。 百万人いた日本人が、百万人のゼロに変わっていた。 はすぐにゼロの思惑に気付き、鋭い目つきをして笑った。 「なるほど、そういう手があったか、ゼロ。やっぱり君は、頭がいいよ。 今回は君の勝ちだね。」 全ての日本人がゼロへと姿を変えたのを見て、本物のゼロであるルルーシュは叫んだ。 「全てのゼロよ!!!ナナリー新総督のご命令である!!! 国外追放を受け入れ、新天地を目指すのだっ!!!」 ざわざわと会場内がざわめく。みんながみんな、自分はゼロであると叫びだす。 の頬を冷や汗が伝う。反乱?いいや、ゼロの言うことは理にかなっている。 ゼロの正体が誰であるのか分からない以上、不特定多数の人がゼロを名乗ればそれはゼロなのだ。 ブリタニア軍だって混乱している。下手に動けばまた昔みたいに…………!!! 「何が起こっているのですか?」 式典会場から離れるナナリーは不安を感じていた。 ゼロが来てくれた。しかし、騒ぎが起こり、自分は安全な場所へと連れて行かれる。 見えない。それをここまで呪ったことはない。 ナナリーの安全を守る人物が、会場内にはローマイヤが残っているから安心だという。 だけど彼女はローマイヤのことが信用できなかった。 「任せろと言うのですか?」 「大丈夫。」 ナナリーの隣を歩くアーニャが、冷静に答えた。 「スザクがいるから。それに、もも一緒に…………」 その言葉を聞いて、ナナリーの不安は飛んでいく。 スザクのほかに、もも会場にいる。 ルルーシュの友・スザク。自分の信頼する姉・。そして、なんでも愚痴を聞くと言ってくれた。 そうね、その三人がいれば、きっと大丈夫だわ。 ナナリーの不安は、すぐになくなった。 カチャンと横で音がしたので、は音のするほうを向く。 自分の隣で、ローマイヤが銃を手にしていた。 「待って!!!」とが叫ぶ。けれどもローマイヤは会場へと銃を向けた。 「だめっ!!!そんなことしたらっ!!!」 彼女はローマイヤの前に飛び出し、彼女の握る銃口を自分の心臓へと突きつける。 のとっさの行動にが叫び、スザクもそちらを向いて焦った。 「何をするのですか様っ!!!」 ローマイヤは鋭い声を上げる。は目の前の彼女を睨みつけ、静かに答える。 「日本人を撃つというのなら、まずは私から撃ちなさい!!! スザク、早く命令を!!!責任者はあなたよ?ゼロを撃つのか、それとも見逃すのか!!! でも、よく考えて。あなたの言葉で死ぬ人が出る。あなたの言葉で、助かる人がいる。」 「枢木スザク!!!これは反乱だろう!?早く、攻撃命令を!!!」 「どうするんだ、スザク?」 三人の声が、同時にスザクの耳に飛び込んでくる。 スザクはの心臓に向けられた銃口を見た。胸に押し付けられたそれ。 なら、なんていう?そんなの分かりきっている。なら、見逃せというに違いない。 だから彼女は、ローマイヤの前に立っているのだ。 でも………許せというのか?ゼロを、百万人ごと………!!! 決めかねているスザクを睨みつけ、ローマイヤは引き金に指をかける。 それを見て、は静かに目をつぶった。 「様、残念です。あなたがそんなお方だったとは。死になさい。ゼロ…………。」 スザクはその光景を見て、とっさに判断する。 そう、ナナリーもユーフェミアも、許そうとしていた。だから………!!! 「やめろっ!!!」 スザクはローマイヤの銃を奪い取る。 固い無機物が自分の胸から消えたことが分かり、は脱力した。 すぐにそれをスザクが支える。 その行動に、ローマイヤは異議を唱えた。 「何をするのですっ!?」 「ゼロは国外追放!!!約束を違えれば、他の国民も我々を信じなくなりますっ!!!」 ぎゅっと、スザクはの腰に回した手に力を入れた。 「国民?他のナンバーズのことか?あなたがナンバーズだからって………!!!」 「ナンバーは関係ないわっ!!! それに、国策に賛成しない人を残してどうしろというの!?それこそ暴動が起きるわ!!! それならいっそ、国外追放にしてしまったほうが、ブリタニアとしては好都合よっ!!!」 スザクと一緒に、も声を張り上げてローマイヤに言う。 それでも彼女は引き下がらない。 「しかしっ!!!」 はローマイヤに向けていた視線を、今度はゼロへと向けた。 そのとき、一瞬だけ、ゼロがひるんだように見えたのは見間違いだと思った。 でもそれは本当のこと。 ルルーシュは、スザクに抱かれるようにして支えられる彼女を見て、心の中で叫んだ。 (なぜ………なぜお前がそこにいるっ、っ!!!!お前は、本国にいるんじゃ………っ!!!) しかし今は、動揺を見せるときではない。 すぐにルルーシュは自分の心を押さえつけた。 ゼロの姿をとらえたが、悲痛な声で叫んだ。 「ゼロっ、私達はもう、犠牲を出したくないっ!!!」 「約束しろ、ゼロ!!!彼らを救ってみせると!!!」 同時にスザクも、ゼロに対して叫ぶ。 ゼロは約束すると言葉を口にし、今度はスザクに尋ね返す。 エリア11に残る日本人を、救えるのか?と。スザクは一瞬を見て、そして答える。 そのために軍人になったのだと。答えを聞いて、ゼロは笑った。 そのまま画面から消える。 百万人のゼロは、中華連邦が用意した船に乗り込み、新天地を目指した。 ブリタニア軍は、それを黙ってみているだけ。 その日、行政特区・日本で、血が流れることはなかった…………。 それが正しい判断だったのかは、誰にも分からない。 スザクは誰もいなくなった会場に立ち、百万人がいたはずの場所をずっと見つめていた。 スッとスザクの隣に立つ人物がいた。赤い髪に赤い瞳。・ルゥ・ブリタニア。 彼と同じように、会場を見渡している。不意に、スザクが口を開いた。 「これは、僕が発砲命令を出さないと信じてこその作戦だ。 ゼロは僕のことをよく知っている…………。」 スザクの言葉に、が柔らかい表情をする。 そして、彼の手をとって、優しく自分の手で包み言葉を返した。 「私もスザクのことをよく知ってる。 スザクなら、人を殺さないって信じてた。だから私、あの時あの場所に立っていられたの。 スザク、私に命をくれて、ありがとう。」 そのまま静かに、はスザクの手を、自分の胸の前へと持っていく。 あの時は、ローマイヤの前に立ち、銃口を自分の胸へと突きつけた。 今考えればこのお姫様は、ずいぶんな無茶をしてくれたなとスザクは苦笑した。 でも、あのおかげで冷静な判断ができたような気がする。 もしもあの時、ゼロを撃てと命令していたら、はこうしてここにはいなかった。 この会場も、血の海だっただろう。ナナリーも、ユーフェミアのように………。 そこまで考えて、スザクは思考をストップさせた。 夕日に照らされるを見て、そのまま抱きよせる。 「、僕からもありがとう。 君のおかげで、判断を誤らなかったと思ってる。」 ぽんぽんと、彼女に背中を叩かれ、幼子みたいだとスザクは思う。 だけどこのぬくもりがとても気持ちいい。もう少し、こうしていたい。 スザクはそう願い、をもっときつく抱きしめた。 腕の中のが抗議の声を上げるが、そんなの気にならなかった。 一方、ルルーシュは海を見ながらスザクのことを考えていた。 最悪の敵だからこそ、ルルーシュにはよく分かる。 そしてこれは、ナナリーのことを理解しているからこそできた判断。 今は感謝しよう、枢木スザク。そして忘れるな、あの約束を…………。 そこまでルルーシュは考えて、すぐに仮面の中の目は閉じられた。 それは同時にのことを考えたから。 彼女があの場所にいたのはなぜだ?式典に参加していたのか? でも…………気になったのは、の格好。 ドレスではなく、スザクと同じように、騎士服を身につけていた。 何か嫌な予感が彼を襲う。 ルルーシュは、そっと仮面をはずし夕日を見る。 の瞳と同じ、燃える色のような太陽だった。 やや遠きものに思ひし テロリストの悲しき心も 近づく日のあり (石川啄木) |