(神楽耶…………?)

スザクは聞き覚えのある名前を耳にして後ろを振り返る。
そこに彼がいた。ゼロ―――――――。そして、カレンも。
三人は、すぐに中華連邦の兵士たちに囲まれ武器を向けられた。
悲痛な声を天子が上げる。「神楽耶!!!」と、そこにいる彼女の名前を呼ぶ。
それを大宦官たちが止める。はそのやりとりをじっと見ていた。

(ああ、なるほど。そこに立つ少女は、天子様にとっての…………)

大切な、お友達なのね。

武器を向けられ続ける彼らに視線を移し、は凛とした声で叫んだ。

「おやめくださいっ!!!ここは我が兄・オデュッセウスの祝いの席です。
平和の道を歩むというのなら、中華連邦の方々、友好国ブリタニアを信じ武器をおさめてください。」

ルルーシュは聞き覚えのある声にハッとして、そちらを見た。
そのとたん、呼吸ができなくなる。瞳がゆれて、涙があふれ出そうだった。
今回は騎士服ではなく、ドレスに身を包んでいる。この前のは、見間違いだったのだろうか?
それよりも、に会えたことのほうが大きい。ずっと、会いたいと思っていた。
仮面の下で、ルルーシュは表情を和らげた。
声に出さないで、唇だけで彼女の名前を紡ぐ。

…………と。

シュナイゼルも一歩前に出て、言葉を告げた。

「我が妹、の言うとおりです。やめましょう、いさかいは。
本日は祝いの席ですよ?」

「ですが……………。」

しぶるように大宦官のうちの一人がそこで言葉を切る。
もスザクの横を通り抜け、兄であるシュナイゼルの横に並んだ。
スザクは「え?」と思うが、彼女を捕まえるにはもう遅い。
こんな時、彼は自分もと肩を並べるくらい同じ地位にいたならと、そう思った。
そうすれば彼女一人で立ち向かわせることもない。一緒に、立ち向かって行ける。

「皇さん、明日の式では、ゼロの同伴をお控えいただけますか?」

シュナイゼルはやんわりと神楽耶に尋ねる。
彼女は言葉を詰まらせながらも答えた。「致し方ない。」と。
そしてすぐに、シュナイゼルの横に立つへと視線を滑らす。
こんな人、見たことがないと彼女は思う。
シュナイゼルは彼女のことを妹と言った。
今まで表舞台に顔を出してこなかった妹、そういうことだろうか?

「ブリタニアの宰相閣下とその妹君がいうのなら………ひけぃっ!!!」

シュナイゼルの横で、大宦官は右手を水平に切った。
すぐに中華連邦の兵達が元の配置へと戻る。
ルルーシュは視線をからシュナイゼルへと移した。
彼はゆっくりとゼロに近づいてくる。ルルーシュの目はギラギラと光った。

やはり黒幕はシュナイゼル。ルルーシュの計画を邪魔した張本人。

すぐにスザクが目の前に立ちはだかる。
シュナイゼルもも、彼の背中に隠れて見えなくなった。
神楽耶はスザクの前でくるんと回ってみせ、彼に問う。

「枢木さん、覚えておいでですか?いとこの私を。」

「当たり前だろ?」

スザクは平然と答える。
後ろで「えぇっ!?」と小さく声が上がった。神楽耶はその方向を見る。
だった。「あ…………」と申し訳なさそうな顔をがしているので、神楽耶は笑って見せた。
のほうを見つめたまま、神楽耶は尋ねる。

「そうなのよ。私達、いとこ同士なの。似てないと思いますか?」

そう問えば、はスザクの背後からにゅっと顔を出し、控えめに答えた。
「似てない。」と。スザクはの名を呼び、真剣な眼差しを向ける。
今は敵なんだと、スザクの翡翠の目が言っていたので、は顔を引っ込めようとした。
けれども神楽耶はを逃がさない。

「シュナイゼル宰相とあなたはご兄妹なのでしょう?あなたたちも似ていないですわ。」

まるで世間話をするように、神楽耶はスザクを隔ててに話しかける。
これも神楽耶の一つの手だった。少しでも情報を手に入れるための………。
この会話を、ゼロも聞いているはずだから。
でもゼロに情報がないわけではない。
とりわけ、に関してはあいにくだがたくさんの情報を持ちえている。
しかしそれは、一緒に過ごした数年の間の情報で、とても古いのだが………。
神楽耶の言葉に、は小さい声で言う。

「私と兄のシュナイゼルは、母が違っておりますから…………。」

。」

シュナイゼルは優しく彼女を抱き寄せた。
ルルーシュはそれが何だか腹立たしく思える。昔からは、よくシュナイゼルに懐いていた。
彼とルルーシュがチェスをするときも、彼女はずっとシュナイゼルの駒の動きを見ていた。
そのたびに、ルルーシュは今度こそシュナイゼルに勝つと、誓う。
勝てばはきっと、今度は自分の駒の動き方を見てくれるだろうと思ったから。

言葉が途切れた時を見計らい、ルルーシュはシュナイゼルにある申し入れをする。

「シュナイゼル殿下、一つ私と、チェスでもいかがですか?」

「ほお……………。」

シュナイゼルは感嘆の声を上げる。
彼にチェスの勝負なんて挑んでくるものなど、これまでにいなかった。
弟であるルルーシュ以外は。シュナイゼルは目を細めてゼロを見た。
ゼロは言葉を続ける。

「もし私が勝ったら…………枢木卿とあなたの妹君をいただきたい。」

どよめきの声が上がった。
スザクとが驚きの声を発する。
とっさにスザクはを見た。しかしは真剣な表情を崩していない。
スザクはゼロに向き直る。ゼロは静かに述べた。

「枢木卿は神楽耶様に差し上げます。しかしあなたの妹君は、私がもらいます。」

この発言には、も眉をひそめた。
ゼロがどういう心境でをもらうと言っているのかが分からない。
人質として?皇女だから?本当に、それだけだろうか…………?

をちらりと盗み見る。
少し肩が震えてはいるが、依然として凛とした態度をとったまま。
そう、はゼロの言葉にも負けないでいた。
幼いころからずっと、シュナイゼルのチェスの動かし方だけ見てきた。
彼には誰も勝てない。あの、ルルーシュでさえも………。
ルルーシュは、一度もシュナイゼルに勝てないまま、逝った――――――――。

、どうするかね?」

シュナイゼルは余裕の表情で小さく彼女に尋ねる。
はシュナイゼルを見上げて言った。「いいですよ、お兄様のお好きになさって。」と。
「ふむ。」とシュナイゼルは唸ったあと、ゼロの提案を申し受けた。
もしもゼロが負けたら、仮面をとってもらう条件と、
黒の騎士団全員を、こちらに引き渡してもらうことを条件に。
仮面の中でルルーシュは、ニヤリと悪魔のように笑った。
勝てば枢木スザクと、ルルーシュにとって大切なが手に入る…………。










チェスの駒は次々と動いていく。
シュナイゼルが白で、ゼロであるルルーシュが黒。
どちらも互角。シュナイゼルが駒を動かすたび、ゼロが駒を動かすたび、どよめきが上がった。
その横で、このゲームの景品にされているは何の声も上げず盤上を見ていた。
スザクが心配になってに声をかける。
ふと、彼女は顔を上げた。そして笑って言う。

「心配なの?スザク。大丈夫よ、シュナイゼルお兄様はお強い方だから………。」

スザクはそう言われ、「僕は君のほうが心配なんだけど……」と小さく呟いた。
決して、ゼロに彼女を渡すわけにはいかない。
もしシュナイゼルが負けたら、スザクは全力でを守ろうと誓う。
スザクはの手に触れる。手袋をした手で、彼女の手を握った。
盤上からまた、赤い瞳が持ち上がる。スザクを見つめ、再びにっこりと笑った。

「スザクって心配性なのね。でも、私達がゼロのところに行くことは、絶対にない。」

は言い切った。
「どうしてそう言いきれるの?」とスザクが尋ねると、彼女は盤上を見つめたまま小声で述べる。

「スザクは、ステイルメイト…………って知ってる?」

「えっ?ステイル、メイト……………?」

とスザクがそう話す中、ゲームはどんどん進められていく。
ステイルメイトとは、次の手を指すことができず、そのままではゲームの継続ができなくなること。
今日のチェスのルールでは、引き分けとなるとされている。

「ステイルメイトになる条件は、その1・自分の手番であること、
その2・相手にチェックはされていないこと、
その3・合法手がない。つまり、反則にならずに次の動かせる駒が一つもないこと。
ステイルメイトとなった時点で、チェスは終了。結果は引き分け。」

カタンと、白いポーンが置かれる音がする。
はシュナイゼルの動かす駒を真剣に見つめる。
しばらくして、がスザクに静かに伝えた。

「この勝負、シュナイゼルお兄様の勝ちね。」

「えっ……………?」

彼は突然にそう告げられ、ゼロとシュナイゼルの両方を見た。
一人は余裕で座っているシュナイゼルと、もう一人は盤上をじっと見つめて動かないゼロ。
ゆったりとした口調でシュナイゼルは呟いた。

「ステイルメイト。引き分けだよ………………。」

彼がそう言葉を発した瞬間、またもやどよめきが起きる。
そんな中、ルルーシュは仮面の中でシュナイゼルを睨みつけていた。
確かに、動かせる駒はもう、何一つない。
どう考えても、この先ゲームを進めるための手が見つからない。
そのときゼロは、盤上を見て気付いた。シュナイゼルの思惑に。
彼は仮面の下で鋭くシュナイゼルをにらみつけた。憎しみをこめて。

………この勝負、引き分けだって。
でも君は、シュナイゼル殿下が勝ったって―――――」

隣に立つ少女に、スザクはおずおずと尋ねる。
の言った意味が分からなかった。
ゲームは引き分けだったけど、彼女は言った。
シュナイゼル殿下の勝ちだと。その意味が分からない。
スザクの問いに、は微笑みを浮かべて答えた。

「ええ、そう言ったわ。
でもお兄様は、ゼロに勝てる力量を持っていながら、
わざとチェックをかけなかったし、できるであろうチェックメイトもしなかった。
ゼロの攻撃をたくみにかわしつつ、お兄様はわざとステイルメイトとなるよう、駒を動かしていたのよ。
それはきっと、お兄様なりのゼロへの牽制―――――。そう…………」


お前は私の手の上で、踊らされるだけの存在だ。


の言った言葉と、ルルーシュの思った言葉が重なり合う。
ルルーシュには目の前に座る自分の兄が、本当の悪魔のように思えた。

「でもゼロは、お兄様を追い詰めた。
そして劣勢でありながらも、お兄様のチェックを逃れた。そこは評価できるわ。
どうやら彼は、追い詰められて初めて力を発揮する人なのね。」

これが本当に、皇女だろうかとスザクは思った。はいつも先を読んでいる。
あの海の上での戦いの時だって、黒の騎士団の狙いがメタンハドレイトだと見抜いた。
彼女のそばにはいつも、誇り高き天使がいるように思えて仕方ない。
ああ、そうしては、遠くへ行ってしまうのだろうか?
自分が手の届かない、もっと高いところへと…………。スザクは翡翠の瞳を細めた。

その時、スザクの視界に何か光るものが飛び込んでくる。彼はすぐにその腕を捕まえた。
ピンクのドレスに身を包んだニーナが、ナイフを持ってゼロを睨みつけている。
そして叫んだ。

「ゼロっ!!!ユーフェミア様のかたきっ!!!」

ゼロはすぐにイスから立ち上がる。彼を守るように、カレンが前に立ちはだかった。
スザクに腕を捕まえられて、ニーナは必死にそれを振りほどこうとする。
「やめるんだ!!!ニーナっ!!!」といえば、彼女はスザクを睨みつけて叫んだ。

「どうして邪魔するのよ!!!スザクは、ユーフェミア様の騎士だったんでしょ!?」

ニーナにそういわれ、スザクはハッとした。

(そうだ、どうして僕は……………)

そう思い、力を緩めた瞬間をニーナは見逃さない。
スザクの腕を振りほどき、ゼロだけをとらえてナイフを構えた。

「だめよっ!!!」

綺麗な声が上がり、そのあとすぐ、静寂が世界を覆った。
ニーナは確かな手ごたえを感じる。でもそれは、ゼロではなかった。
先ほどシュナイゼルの後ろを歩いていた赤い髪の少女が、ニーナの前に立っていた。
ふと、彼女を見ると左腕にニーナが握っていたはずのナイフが突き刺さっている。

「あ……………」

ニーナは数歩、後ずさった。
は苦痛に顔をゆがめることなく、冷静に自分の腕に刺さったナイフを抜く。
すぐに赤い血が、彼女の真っ白なドレスを汚した。
だれも何も言わず、世界全体が金縛りにあったように誰も動けなかった。
はニーナに向けてにっこりと笑うと、一言つぶやいた。

「ユフィはきっと、そんなこと望んでないよ?」

すぐにニーナが膝から崩れ落ちた。
彼女には、の姿が光り輝いて見えた。
まるでそこに、ユーフェミアが一緒にいるような感覚に陥る。
腕から流れ落ちる血が床を濡らした時、止まっていた時間が動いたように人々が悲鳴を上げた。

――――――っ!!!」

スザクははじかれたように彼女を抱き上げ、すぐに医務室へと運ぶ。
けれどもに少しだけ制止された。
彼女は部屋を出る前に、スザクに抱えられたままニーナに優しく言った。

「ねえ、あなたの手は、汚れるためにあるのではないのよ?」

…………さま?」

ニーナが彼女の名前を呟いた。はスザクの腕の中で、また綺麗に笑った。
カレンは崩れ落ちたニーナにそっと、言葉をかけてあげる。
ミレイは遠くから、それをじっと見つめる。そして思うのだった。
ああ、カレンは変わっていないのだと。

一方ルルーシュは、床に落ちたの血を見つめていた。
今更ながらに後悔する。これが自分の生み出した罪。
ルルーシュの与えたきっかけは、関係のない誰かを傷つけるきっかけとなることを思い知った。
混乱した中で、シュナイゼルがゼロに謝る。

「すまなかったね、ゼロ。今日の余興はここまでだ。
それと確認するが、明日の参列はご遠慮いただきたい……………。」

シュナイゼルがそう言ったあと、ルルーシュは彼に尋ねた。
「あなたの妹君は…………」と。そこで言葉を切ると、シュナイゼルは微笑む。

「大丈夫。あの子は強い子だから。それに、信頼できる騎士もついてるから。」

そう言葉を返され、それはスザクのことなのか?と思った。
この、胸にざわめきだってくる不安が何ともいえなくて、ゼロは静かに部屋を出て行った。
と、スザク。ルルーシュは、とても嫌な予感がした。






頭がすべてであるような人間の哀れさよ!
(ゲーテ)