[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
お兄様…………。 (誰かが僕を呼んでいる。) ねえ、お兄様、起きてください。 (銀の髪。なんて綺麗な髪なんだろう。君は一体、誰?) お兄様、私を忘れたの?私はお兄様が守りたいって思ってくださった存在。 (僕に、そんな人がいるの?だって、僕が守りたいと思ったのはリリィだけ………) そんなことありません。お兄様は、常に私のそばにいてくださいました。 お母様とお父様、お兄様と過ごした時間はとても幸せで………。 (僕と………一緒に?それに、僕には父さんや母さんがいたの?) ええ。お父様やお母様は私達を可愛がってくださいました。 それなのに…………… ど うし てお兄 様は、私 達を、殺した の ? 「うっ……………!!!」 「ルシフェル卿っ!!!ルシフェル卿が目を覚ましたぞっ!!!」 ランスロット・クラブを覗き込んでいた救護班の男が、みんなに告げるように大きな声を上げた。 ぼんやりした頭のままライが辺りを見回すと、場所はアヴァロンの格納庫だということが分かった。 そばにアカシャやランスロット、トリスタン、フロートが破壊されたままのモルドレッドが置いてある。 (さっきのは………夢?) 疑問に思いつつ、ハッとして瞳を押さえる。 慌ててコクピットのガラスで自分の瞳を確認すると、ギアスのマークはもう出ていなかった。 けれど、瞳から流れる血は止まってはいない。 ライはゆっくりと座席を立ち上がろうとするが、救護班の男から止められた。 「ルシフェル卿!!!今は安静に――――――――」 「いや。僕は大丈夫だ。少し眩暈がしただけだったんだ。それよりも、眼帯、もらえるかな?」 にっこり笑うと、救護班の男は不安そうな顔つきで眼帯を彼に渡した。 ライはそれを片目につけると、横においてあるアカシャのところまで歩いた。 アカシャのコクピットで、スザクが必死にリリィの名前を呼んでいる。 ライもアカシャのコクピットまでよじ登り、スザクの後ろから中を覗いた。 人の気配を感じたスザクは、勢いよく後ろを振り返った。 「ライ…………君………」 驚いたような顔をするスザクに、ライは笑いかけた。 うまく笑えているかどうか分からない。 その時、アカシャのコクピットにいたリリィが、鈍い声を上げてうっすら目を開く。 「リリィっ!!!」 「スザク………?それに、ライも………?」 「大丈夫?リリィ。」 心配そうにライも彼女の顔をじっと見つめる。 「私………」と呟いてから、体を起こそうとする彼女を、すかさずスザクが手伝った。 彼女の体を支えたまま、一緒にコクピットから格納庫の床へと下りてくる。 ライもその後ろに続いた。 「シュナイゼル殿下が撤退命令を出したあと、リリィたちが戻ってこないから心配してたんだ。 呼びかけても何の反応もなかったから、とりあえずアカシャとランスロット・クラブを回収した。 ハッチをあけてみたら、2人とも気絶してたからびっくりして………」 スザクに寄りかかるリリィの体を支えながら、スザクがそう呟く。 無意識にライが眼帯に手を添えた。 あの時、実際何が起こったか分からなかった。覚えてるのは目覚める前の不思議な夢だけ。 銀の長い髪を持った少女が、にっこりと語りかけてくる。 顔は分からない。分かったのは口元が緩められていることだけだった。 自分を『お兄様』と呼ぶ少女。妹…………なのか? 何かを思い出しかけ、でもそれはすぐに霧の中へと消えていった。 思い出そうとすると頭痛がする。何も、思い出せなかった。 「スザク………私は大丈夫。それよりも、ライを救護室に連れて行ってあげて。」 「えっ………?」 スザクはリリィにそう言われ、視線をライへと移した。 片手を膝について、もう片方の手は眼帯へと伸ばされている。 肩で息をしつつも、時折苦しそうな声を上げた。 「ライ…………?」 「スザク、ライはずっと昔から記憶喪失なの。でも、何かを思い出しかけてる。」 静かにリリィはそう言って、スッっとスザクから離れた。 彼女の足取りは先ほどとは違い、しっかりしている。 ライの名前を呼んでから、リリィは苦しむライをしっかりと自分の腕で包みこんだ。 「ライ、もう大丈夫よ?」 リリィが優しくそう言うと、彼はリリィの耳に口を寄せてから小さく言った。 「ねぇリリィ。僕は………誰かを、殺したの?」 彼の囁きに、リリィは大きく目を開いた。そのままライは崩れ落ちる。 ライの名前を呼ぶリリィの声と駆け寄ったスザクの声が、格納庫へとこだました。 僕は再び夢を見ていた。さっきの続き?いや、違う。今度は戦争の夢。 でも、今みたいにナイトメアに乗ったりという戦争じゃなかった。 みんな手に剣や弓矢、盾、槍などを持っている。 そこで……土煙が舞う広い荒野で、僕は泣きながら大声を上げていた。 行くんじゃない……と。 しかし、僕の声は届いていないのか、武器を持った人々が一斉に駆けていく。 男性も女性も、まだ小さい子供たちまでも。 最後に女性と髪の綺麗な少女が僕の横を走り抜けたとき、世界が止まったように思えた。 僕は力の限り叫んだ。 「行かないでくれっ!!!もう、十分だろっ!? お前は僕から、全てを奪ったんだ!!!もう、満足だろっ!!!」 「……ライ……!?しっかりするんだライ!!!」 体を揺さぶられて、ライはぱっちり目を開けた。最初に見えたのは、白い天井とスザクの顔。 普段の無表情が、少しだけ心配した色を浮かべている。 「ここは……?」 「アヴァロンの救護室。君は格納庫で意識を失ったんだ。僕が君をここに連れてきた。」 「そう、か。リリィは?」 ライが辺りを見回すと、彼女の姿がなかった。スザクは声のトーンを下げて答える。 「さっきまで、君のそばにいたよ。君の手を握って……泣いてた。 でもそのあと、ブリタニアに引き渡された紅蓮弐式のデヴァイサー……紅月カレンのとこに行ったよ。 話を聞きに行くって言って。」 答えを聞いて、ライは天井を見つめた。リリィが自分の手を……。 そう思うと、なぜか笑いが込み上げる。すぐにリリィの泣き顔が浮かんだ。彼女はいつだって心配する。 まだ戦争を知らなかった時、風邪をひいて高熱でうなされるライやロロを、泣きながらリリィは心配した。 二人が治ってから、今度はリリィが高熱を出したことを思い出し、ライはクスリと笑ってしまう。 じろりと、スザクの瞳が動いた。 「何がおかしいの?」 「いや。ごめん。昔リリィにたくさん心配をされたなって思って。 今も彼女に心配されるなんて、僕もまだまだだな。」 笑ってスザクを見た。彼は怪訝な顔をしていたが、ライは気にしなかった。 しばらくして、ため息をついたスザクが言葉を紡ぐ。 「ライ、すごくうなされてたけど、何か思い出したことがあったの? さっきリリィから、君が記憶喪失者だって聞かされて………」 彼の翡翠の瞳がライから外された。ライもアイスブルーの瞳をスザクから外す。 「思い……出したのかどうか分からない。 今僕が見たのは夢だったのか、それとも僕自身の記憶だったのか、それすらはっきりしないんだ。」 自然と細くなる瞳。考えてみてもおかしい。 あんな原始的な戦争、ライ自身の年齢で経験しているわけがない。 ナイトメアや銃がない時代なんて……だいぶ昔だ。歴史として学ぶだけの範囲。 そんな戦争に、参加しているはずがない。 「そう……なんだ。リリィがね、君が何か思い出してるかもしれないって言ってたから。 それにしても、ライはリリィと付き合いが長いんだね。」 そう問われて、ライは笑って言葉を返す。 何気ない質問だったが、スザクの言葉にはどこか棘が含まれているようだった。 「確かに長いね。もう10年くらいにはなるかも。僕、エリア7でリリィに………」 そこでライは目を大きく開いた。すぐにスザクの声がかかるが、彼の声は耳を通り抜けていく。 動揺したようにアイスブルーの瞳はゆらゆらと動いた。 (エリア7で……リリィに……) その時の記憶は? 自分とリリィが出会ったのは……いつだ? なんで、彼女と出会った? それを考えても、思い出せなかった。 すっぽりその時の記憶だけが抜けている。前後の記憶はあるのに……。 それは、なぜ? ライはそう考えて、とある答えにたどり着いた。 抜け落ちた記憶。自分が持っている力と、その代償。 「そう………か。そういうこと、か。 僕はずっと分からなかった。でも、今答えが分かったよ。ふふふ……あは、あはははは。」 ライは困惑するスザクを置いて、一人で納得する。 彼は眼帯をしている片目に触れてそのまま笑った。 リリィと出会った時の記憶がないのは、ギアスを使ったから。 彼女からルルーシュの記憶を書きかえた。 リリィに与えたのは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとルルーシュ・ランペルージは別人という記憶。 その代償にライのギアスは、彼からリリィとの出会いの記憶を蝕んだ。 消えた記憶。 彼にとっては、ずっと不思議だったのだ。 どの記憶を失ったのか、彼自身分からなかったから。 だけど、実際はこんな大事な記憶を失っていた。 ライは片目を押さえた格好で、静かに呟く。 「そうか。お前は僕から、一番大切な記憶を持っていったわけか。」 そのままライは、ふさがれていないほうの瞳から、綺麗に涙を流した。 溢れ出る涙を、彼は止めることができない。 だってもう、あの記憶は戻っては来ないから。 彼女との、優しい記憶。 ライが最も大切にしていたはずの……。 コツコツと靴音を響かせて、リリィは薄暗い廊下を歩いていた。 ライをスザクに任せるという、申し訳ないことをしたが、リリィにとってもカレンに会うことは重要だった。 幸いにも、食事を持っていくという口実ができたことだし………。 そう思い、彼女は自分の手に視線を滑らせた。 手には白いトレーを持っていて、パンやシチューなど軽い食料が乗っている。 廊下を通るたび、所々に立つブリタニア兵がきりっと敬礼していく。 リリィはそれを見て小さくため息をついた。 (いまだに慣れないな……。こういう堅苦しいの……。) 苦笑気味で進んで行くと、少し明るい所へと出てくる。 すぐにブリタニア兵が驚きの声を上げた。 「リリィ様っ!!!なぜこのような場所に!?」 『リリィ』という言葉を聞いて、ビクンと体を反応させカレンの瞳がすぐに持ち上がった。 トレーを持ったリリィが、複雑な表情をしながら兵士と話している。 「紅月カレンさんに食事を持ってきたんです。檻をあけてくださいますか? 私、カレンさんに話もあるので、中に入りたいのですが……。」 「そっ……それはいくらリリィ様の頼みでも、きくことは難しいかと。 枢木卿にも誰一人入れるなと命令されておりますし……。」 「何かあった時の責任は、私がとります。」 「しかし、それでも……」 なかなか折れない兵士たちに、リリィは困った顔をする。 そのあとため息をついて静かに言った。 「そうですか。やはりこう言わないと駄目なんですね。仕方ありません。 ……紅月カレンの檻を開けなさい。これは皇族命令です。」 突然厳しい顔をして言葉を放ったリリィに、兵士たちは困惑しつつも従うしかなかった。 階級を重んじる彼らにとって、皇族命令は絶対のものだから。 「い……イエス・ユア・ハイネスっ!!!」 慌てて檻を開けた兵士に、リリィは謝ったあと、にっこり笑顔で「ありがとう」と言葉を述べる。 カレンはその光景を寝そべったまま見ていた。 トレーを持ったリリィが彼女に近づき、カレンのそばに腰をおろしてそれを置く。 リリィは手のつけられていない別のトレーに視線を落としたあと、そっと呟いた。 「食事、とられていないんですね。」 カレンを心配しているような声だった。カレンは目をそらして何も言わない。 ふとリリィは考えて、彼女の拘束服に触れた。その瞬間、カレンが鋭く叫んだ。 「触らないでよっ!!!」 しかしリリィはカレンに微笑みかけたあと、彼女の拘束を解く。 体が自由になったカレンが、地面から体を起こす。兵士たちがそれを見て驚いた。 「リリィ様っ、いけません!!!まだあなた様が中にいらっしゃるのに拘束を解くなんてっ!!!」 「でも、こうしないと食事ができないでしょう?私は大丈夫ですから………。」 そう告げたあと、腕をさするカレンにトレーを渡した。 「カレンさん、はい、どうぞ。温かいシチューを持ってきたんです。 冷めないうちに食べてくださいね?」 最後にリリィは小首を傾げた。 鋭い目つきで彼女を見ながら、カレンは差し出されたトレーを無意識に握った。 本当はすごくお腹がすいていた。しかし強情を張って、少しの間拘束が解かれてもずっと何も食べなかったのだ。 食事を口にしないカレンを見て、スザクは「好きにすればいい」と冷たい目を向け去っていった。 スプーンでシチューをすくってみる。美味しそうな湯気を上げた。 一口すすると、シチューが体に染み渡っていく感覚を覚える。涙が出そうだった。 「おいしい……ですか?」 リリィがそう尋ねてきたので、カレンはぶっきらぼうに「まぁまぁ。」と答えた。 本当は、すごく美味しく感じたのだけれど……。 そうして、彼女はリリィに見守られながら食事を終え、空になった容器とトレーを差し出す。 笑ってそのトレーを受けとるリリィ。 気付けばカレンは、そのまま立ち上がろうとするリリィに向かって声をかけていた。 「は……話があったんじゃなかったのよっ!?」 そう問われ、立ち止まる彼女。驚きに近い色を浮かべる赤い瞳が、カレンに向けられた。 「なんでそんなに驚くのよ。 わっ……私はただ、アンタが話したそうにしてたから……っ」 「だってカレンさんは、私と話したくないみたいな感じの態度でしたから……」 「そっ……そんなこと、言ってないでしょ!!! 私だって、誰かと話してたほうが気が紛れるというか……。 でも、枢木とは絶対話したくないし。」 カレンが怒った顔をプイっと横に向けた。 リリィはふっと笑ってトレーを抱えたまま、再びカレンの向かい側に座り直した。 「で、私から何が聞きたいのよ?あ、黒の騎士団とかのことは絶対しゃべらないわよ!?」 視線を合わせずにカレンが尋ねる。リリィも瞳を下に落とした。 ごくりとつばを飲んでから彼女は言う。 「カレンさんが……今まで……8年前の戦争が終わってから日本人が、どう過ごしてきたのか。 何を思ってきたのか。私はそれが聞きたい。」 「……は?そんなこと聞いて、どうするのよ?」 彼女はリリィに疑いの眼差しを向けたが、当の本人は膝を抱えて座っていた。 早く話せというように、瞳でカレンを促したので、ため息をついてカレンは話し出した。 「私、実は日本人とブリタニア人のハーフなの。私にはお兄ちゃんがいてね………」 黙ったまま、リリィはそれを聞いていた。 時折、唇をかんだり、思いつめた表情をする彼女。 一体何を考えているの?カレンは話しながらそう思うのだった。 ぼくは忘れられた遠い場所を 歩むべく定められている。 (ローベルト・ヴァルザー) |