お兄様…………。

(誰かが僕を呼んでいる。)

ねえ、お兄様、起きてください。

(銀の髪。なんて綺麗な髪なんだろう。君は一体、誰?)

お兄様、私を忘れたの?私はお兄様が守りたいって思ってくださった存在。

(僕に、そんな人がいるの?だって、僕が守りたいと思ったのはだけ………)

そんなことありません。お兄様は、常に私のそばにいてくださいました。
お母様とお父様、お兄様と過ごした時間はとても幸せで………。

(僕と………一緒に?それに、僕には父さんや母さんがいたの?)

ええ。お父様やお母様は私達を可愛がってくださいました。
それなのに……………



ど うし てお兄 様は、私 達を、殺した の ?



「うっ……………!!!」

「ルシフェル卿っ!!!ルシフェル卿が目を覚ましたぞっ!!!」

ランスロット・クラブを覗き込んでいた救護班の男が、みんなに告げるように大きな声を上げた。
ぼんやりした頭のままが辺りを見回すと、場所はアヴァロンの格納庫だということが分かった。
そばにやランスロット、トリスタン、フロートが破壊されたままのモルドレッドが置いてある。

(さっきのは………夢?)

疑問に思いつつ、ハッとして瞳を押さえる。
慌ててコクピットのガラスで自分の瞳を確認すると、ギアスのマークはもう出ていなかった。
けれど、瞳から流れる血は止まってはいない。
はゆっくりと座席を立ち上がろうとするが、救護班の男から止められた。

「ルシフェル卿!!!今は安静に――――――――

「いや。僕は大丈夫だ。少し眩暈がしただけだったんだ。それよりも、眼帯、もらえるかな?」

にっこり笑うと、救護班の男は不安そうな顔つきで眼帯を彼に渡した。
はそれを片目につけると、横においてあるのところまで歩いた。
のコクピットで、スザクが必死にの名前を呼んでいる。
のコクピットまでよじ登り、スザクの後ろから中を覗いた。
人の気配を感じたスザクは、勢いよく後ろを振り返った。

…………君………」

驚いたような顔をするスザクに、は笑いかけた。
うまく笑えているかどうか分からない。
その時、のコクピットにいたが、鈍い声を上げてうっすら目を開く。

っ!!!」

「スザク………?それに、も………?」

「大丈夫?。」

心配そうにも彼女の顔をじっと見つめる。
「私………」と呟いてから、体を起こそうとする彼女を、すかさずスザクが手伝った。
彼女の体を支えたまま、一緒にコクピットから格納庫の床へと下りてくる。
もその後ろに続いた。

「シュナイゼル殿下が撤退命令を出したあと、たちが戻ってこないから心配してたんだ。
呼びかけても何の反応もなかったから、とりあえずとランスロット・クラブを回収した。
ハッチをあけてみたら、2人とも気絶してたからびっくりして………」

スザクに寄りかかるの体を支えながら、スザクがそう呟く。
無意識にが眼帯に手を添えた。

あの時、実際何が起こったか分からなかった。覚えてるのは目覚める前の不思議な夢だけ。
銀の長い髪を持った少女が、にっこりと語りかけてくる。
顔は分からない。分かったのは口元が緩められていることだけだった。
自分を『お兄様』と呼ぶ少女。妹…………なのか?
何かを思い出しかけ、でもそれはすぐに霧の中へと消えていった。
思い出そうとすると頭痛がする。何も、思い出せなかった。

「スザク………私は大丈夫。それよりも、を救護室に連れて行ってあげて。」

「えっ………?」

スザクはにそう言われ、視線をへと移した。
片手を膝について、もう片方の手は眼帯へと伸ばされている。
肩で息をしつつも、時折苦しそうな声を上げた。

…………?」

「スザク、はずっと昔から記憶喪失なの。でも、何かを思い出しかけてる。」

静かにはそう言って、スッっとスザクから離れた。
彼女の足取りは先ほどとは違い、しっかりしている。
の名前を呼んでから、は苦しむをしっかりと自分の腕で包みこんだ。

、もう大丈夫よ?」

が優しくそう言うと、彼はの耳に口を寄せてから小さく言った。

「ねぇ。僕は………誰かを、殺したの?」

彼の囁きに、は大きく目を開いた。そのままは崩れ落ちる。
の名前を呼ぶの声と駆け寄ったスザクの声が、格納庫へとこだました。







僕は再び夢を見ていた。さっきの続き?いや、違う。今度は戦争の夢。
でも、今みたいにナイトメアに乗ったりという戦争じゃなかった。
みんな手に剣や弓矢、盾、槍などを持っている。
そこで……土煙が舞う広い荒野で、僕は泣きながら大声を上げていた。
行くんじゃない……と。
しかし、僕の声は届いていないのか、武器を持った人々が一斉に駆けていく。
男性も女性も、まだ小さい子供たちまでも。
最後に女性と髪の綺麗な少女が僕の横を走り抜けたとき、世界が止まったように思えた。
僕は力の限り叫んだ。

「行かないでくれっ!!!もう、十分だろっ!?
お前は僕から、全てを奪ったんだ!!!もう、満足だろっ!!!」

「…………!?しっかりするんだ!!!」

体を揺さぶられて、はぱっちり目を開けた。最初に見えたのは、白い天井とスザクの顔。
普段の無表情が、少しだけ心配した色を浮かべている。

「ここは……?」

「アヴァロンの救護室。君は格納庫で意識を失ったんだ。僕が君をここに連れてきた。」

「そう、か。は?」

が辺りを見回すと、彼女の姿がなかった。スザクは声のトーンを下げて答える。

「さっきまで、君のそばにいたよ。君の手を握って……泣いてた。
でもそのあと、ブリタニアに引き渡された紅蓮弐式のデヴァイサー……紅月カレンのとこに行ったよ。
話を聞きに行くって言って。」

答えを聞いて、は天井を見つめた。が自分の手を……。
そう思うと、なぜか笑いが込み上げる。すぐにの泣き顔が浮かんだ。彼女はいつだって心配する。
まだ戦争を知らなかった時、風邪をひいて高熱でうなされるやロロを、泣きながらは心配した。
二人が治ってから、今度はが高熱を出したことを思い出し、はクスリと笑ってしまう。
じろりと、スザクの瞳が動いた。

「何がおかしいの?」

「いや。ごめん。昔にたくさん心配をされたなって思って。
今も彼女に心配されるなんて、僕もまだまだだな。」

笑ってスザクを見た。彼は怪訝な顔をしていたが、は気にしなかった。
しばらくして、ため息をついたスザクが言葉を紡ぐ。

、すごくうなされてたけど、何か思い出したことがあったの?
さっきから、君が記憶喪失者だって聞かされて………」

彼の翡翠の瞳がから外された。もアイスブルーの瞳をスザクから外す。

「思い……出したのかどうか分からない。
今僕が見たのは夢だったのか、それとも僕自身の記憶だったのか、それすらはっきりしないんだ。」

自然と細くなる瞳。考えてみてもおかしい。
あんな原始的な戦争、自身の年齢で経験しているわけがない。
ナイトメアや銃がない時代なんて……だいぶ昔だ。歴史として学ぶだけの範囲。
そんな戦争に、参加しているはずがない。

「そう……なんだ。がね、君が何か思い出してるかもしれないって言ってたから。
それにしても、と付き合いが長いんだね。」

そう問われて、は笑って言葉を返す。
何気ない質問だったが、スザクの言葉にはどこか棘が含まれているようだった。

「確かに長いね。もう10年くらいにはなるかも。僕、エリア7でに………」

そこでは目を大きく開いた。すぐにスザクの声がかかるが、彼の声は耳を通り抜けていく。
動揺したようにアイスブルーの瞳はゆらゆらと動いた。

(エリア7で……に……)

その時の記憶は?

自分とが出会ったのは……いつだ?

なんで、彼女と出会った?

それを考えても、思い出せなかった。
すっぽりその時の記憶だけが抜けている。前後の記憶はあるのに……。

それは、なぜ?

はそう考えて、とある答えにたどり着いた。
抜け落ちた記憶。自分が持っている力と、その代償。

「そう………か。そういうこと、か。
僕はずっと分からなかった。でも、今答えが分かったよ。ふふふ……あは、あはははは。」

は困惑するスザクを置いて、一人で納得する。
彼は眼帯をしている片目に触れてそのまま笑った。
と出会った時の記憶がないのは、ギアスを使ったから。
彼女からルルーシュの記憶を書きかえた。
に与えたのは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとルルーシュ・ランペルージは別人という記憶。
その代償にのギアスは、彼からとの出会いの記憶を蝕んだ。

消えた記憶。

彼にとっては、ずっと不思議だったのだ。
どの記憶を失ったのか、彼自身分からなかったから。
だけど、実際はこんな大事な記憶を失っていた。
は片目を押さえた格好で、静かに呟く。

「そうか。お前は僕から、一番大切な記憶を持っていったわけか。」

そのままは、ふさがれていないほうの瞳から、綺麗に涙を流した。
溢れ出る涙を、彼は止めることができない。
だってもう、あの記憶は戻っては来ないから。
彼女との、優しい記憶。
が最も大切にしていたはずの……。









コツコツと靴音を響かせて、は薄暗い廊下を歩いていた。
をスザクに任せるという、申し訳ないことをしたが、にとってもカレンに会うことは重要だった。
幸いにも、食事を持っていくという口実ができたことだし………。
そう思い、彼女は自分の手に視線を滑らせた。
手には白いトレーを持っていて、パンやシチューなど軽い食料が乗っている。
廊下を通るたび、所々に立つブリタニア兵がきりっと敬礼していく。
はそれを見て小さくため息をついた。

(いまだに慣れないな……。こういう堅苦しいの……。)

苦笑気味で進んで行くと、少し明るい所へと出てくる。
すぐにブリタニア兵が驚きの声を上げた。

様っ!!!なぜこのような場所に!?」

』という言葉を聞いて、ビクンと体を反応させカレンの瞳がすぐに持ち上がった。
トレーを持ったが、複雑な表情をしながら兵士と話している。

「紅月カレンさんに食事を持ってきたんです。檻をあけてくださいますか?
私、カレンさんに話もあるので、中に入りたいのですが……。」

「そっ……それはいくら様の頼みでも、きくことは難しいかと。
枢木卿にも誰一人入れるなと命令されておりますし……。」

「何かあった時の責任は、私がとります。」

「しかし、それでも……」

なかなか折れない兵士たちに、は困った顔をする。
そのあとため息をついて静かに言った。

「そうですか。やはりこう言わないと駄目なんですね。仕方ありません。
……紅月カレンの檻を開けなさい。これは皇族命令です。」

突然厳しい顔をして言葉を放ったに、兵士たちは困惑しつつも従うしかなかった。
階級を重んじる彼らにとって、皇族命令は絶対のものだから。

「い……イエス・ユア・ハイネスっ!!!」

慌てて檻を開けた兵士に、は謝ったあと、にっこり笑顔で「ありがとう」と言葉を述べる。
カレンはその光景を寝そべったまま見ていた。
トレーを持ったが彼女に近づき、カレンのそばに腰をおろしてそれを置く。
は手のつけられていない別のトレーに視線を落としたあと、そっと呟いた。

「食事、とられていないんですね。」

カレンを心配しているような声だった。カレンは目をそらして何も言わない。
ふとは考えて、彼女の拘束服に触れた。その瞬間、カレンが鋭く叫んだ。

「触らないでよっ!!!」

しかしはカレンに微笑みかけたあと、彼女の拘束を解く。
体が自由になったカレンが、地面から体を起こす。兵士たちがそれを見て驚いた。

様っ、いけません!!!まだあなた様が中にいらっしゃるのに拘束を解くなんてっ!!!」

「でも、こうしないと食事ができないでしょう?私は大丈夫ですから………。」

そう告げたあと、腕をさするカレンにトレーを渡した。

「カレンさん、はい、どうぞ。温かいシチューを持ってきたんです。
冷めないうちに食べてくださいね?」

最後には小首を傾げた。
鋭い目つきで彼女を見ながら、カレンは差し出されたトレーを無意識に握った。
本当はすごくお腹がすいていた。しかし強情を張って、少しの間拘束が解かれてもずっと何も食べなかったのだ。
食事を口にしないカレンを見て、スザクは「好きにすればいい」と冷たい目を向け去っていった。
スプーンでシチューをすくってみる。美味しそうな湯気を上げた。
一口すすると、シチューが体に染み渡っていく感覚を覚える。涙が出そうだった。

「おいしい……ですか?」

がそう尋ねてきたので、カレンはぶっきらぼうに「まぁまぁ。」と答えた。
本当は、すごく美味しく感じたのだけれど……。
そうして、彼女はに見守られながら食事を終え、空になった容器とトレーを差し出す。
笑ってそのトレーを受けとる
気付けばカレンは、そのまま立ち上がろうとするに向かって声をかけていた。

「は……話があったんじゃなかったのよっ!?」

そう問われ、立ち止まる彼女。驚きに近い色を浮かべる赤い瞳が、カレンに向けられた。

「なんでそんなに驚くのよ。
わっ……私はただ、アンタが話したそうにしてたから……っ」

「だってカレンさんは、私と話したくないみたいな感じの態度でしたから……」

「そっ……そんなこと、言ってないでしょ!!!
私だって、誰かと話してたほうが気が紛れるというか……。
でも、枢木とは絶対話したくないし。」

カレンが怒った顔をプイっと横に向けた。
はふっと笑ってトレーを抱えたまま、再びカレンの向かい側に座り直した。

「で、私から何が聞きたいのよ?あ、黒の騎士団とかのことは絶対しゃべらないわよ!?」

視線を合わせずにカレンが尋ねる。も瞳を下に落とした。
ごくりとつばを飲んでから彼女は言う。

「カレンさんが……今まで……8年前の戦争が終わってから日本人が、どう過ごしてきたのか。
何を思ってきたのか。私はそれが聞きたい。」

「……は?そんなこと聞いて、どうするのよ?」

彼女はに疑いの眼差しを向けたが、当の本人は膝を抱えて座っていた。
早く話せというように、瞳でカレンを促したので、ため息をついてカレンは話し出した。

「私、実は日本人とブリタニア人のハーフなの。私にはお兄ちゃんがいてね………」

黙ったまま、はそれを聞いていた。
時折、唇をかんだり、思いつめた表情をする彼女。
一体何を考えているの?カレンは話しながらそう思うのだった。








ぼくは忘れられた遠い場所を 歩むべく定められている。
(ローベルト・ヴァルザー)