カレンのことを考えると、一度エリア11に戻ったほうがいいかもしれないとルルーシュは告げた。
中華連邦は反対勢力が残っているものの、民衆が立ち上がった。
しばらくはゼロがいなくても、なんとかなるだろうとルルーシュは判断する。
「それに……」と言葉を付け加える。

「見てみたいだろ?心の力を………」

「成長したな、ボウヤ。」

「黙れ魔女。」

そんな2人の言葉が続く。
ルルーシュは皮肉を言いながら仮面をスタンドにかけ、マスクをとり上着をハンガーにかける。
ともかく、これで本来の目的に戻れると、ルルーシュはほくそ笑んだ。
上着を脱ぎ捨てたC.C.が、疲れたようにソファに寝そべって呟く。

「嚮団か…………」

「ああ。ギアスの使い手を生み出し研究している組織。
嚮団を押さえれば、ギアスの面でも皇帝を上回れる。」

けれども嚮団は謎に包まれていた。
人の世からも隔離され、当主が代わるごとに嚮団の場所は変化する。
C.C.の次に当主となったV.V.。今はどこに存在しているのか、詳しいことは分からない状態。
そう、分かっているのは、中華連邦の領土内にあることだけ。C.C.は、V.V.からそう聞いたのだ。
ロロだって、詳しい位置は分からないと言う。
中華連邦は広い。こんな広い国の中から、人の手で隠されている嚮団を探し出すなど、不可能に近い。
C.C.の意見に、ルルーシュはあざ笑った。

「だからこの国を手に入れた。物資の流通。電力の供給。通信記録。痕跡は必ずある。」

「国の力を使って探すつもりか?」

「中華連邦は大きな国だからな。
C.C.はこちらに残り、嚮団の情報が入り次第、俺に連絡してくれ。」

ルルーシュの言葉に、彼女は疲れたように答えた。だた一言、「わかったよ。」とだけ………。
満足したようにルルーシュが笑う。しばらく沈黙の時間が流れた。
ゼロであったルルーシュは、これから学生のルルーシュ・ランペルージとして日常に戻っていく。
彼がアッシュフォードの制服に着替え終わった時、ぼそりとC.C.は尋ねた。

「なぁルルーシュ、中華連邦は広い国だとさっき言ったな?
お前がこの国を手に入れたのは、嚮団の居場所を探すためだけじゃないんじゃないのか?」

一瞬、びくりとルルーシュの肩が反応する。
アメジストの瞳がC.C.に注がれた。どこかうろたえるような瞳をしている。
当たりか………と思った彼女は、一呼吸置いてから、その名前を口にしてみた。

の情報を掴むため……でもあるんじゃないのか?
ブリタニアの情報は、散々調べつくした。それでも彼女の情報は掴めなかった。
それなら今度は、違う国の情報を探ってみる……なんて考えているところだろう?」

「……………。」

彼は何も答えない。ただC.C.を見つめ、そのまま瞳をそらした。
この空白の数年間、彼女に何があったのか。
どうしてアッシュフォード学園で自分を見たとき、あんなに動揺したのか。
なぜ急に、表舞台に出てきたのか。ブリタニアでトップシークレット扱いなのはどうしてか。
全てが謎だった。解明したかった。何か情報があればいい。彼女を知るための情報が……。

「ルルーシュ。」

「………両方の情報のこと、頼んだぞ、C.C.。」

C.C.が彼の名前を呼んだとき、ルルーシュはそれだけ言って部屋を出て行った。
やはり、の情報のことも任されるわけかと、彼女は空を仰いで笑った。
けれど今、C.C.が気になっていることは嚮団ばかりではない。

・ルシフェル。

なだれ込んできた映像の果てに見えた、一人の人物。
マリアンヌの話でしか聞いたことのない人物だったが、優しそうな少年だった。
しかしその奥に、何か危険なものを秘めているのを感じる。
誰が彼にギアスを与えたのか分からない。C.C.でもなければ、V.V.でもない。
ギアス能力を所持していて、なおかつ他人のギアスを感じ取れる人間。
ルルーシュと同じ絶対遵守の力を持ち、彼よりも力は大きい。
さらには彼の中に眠る、複数のギアスの存在。
覚醒はしていないものの、おそらく彼は、複数のギアスを扱えることができる。

「そして恐ろしいことに、・ルシフェルが嚮団の人間ではないってことだな。
嚮団の人間ではないくせに、なぜそこまで大きなギアスが複数も持てる?
・ルシフェルは、一体何を代償にしたんだ………?」

C.C.は、笑ったまま体を震わせるのだった。
彼はおそらく、気付いていない。自分の存在の大きさと、特異さに………。










「なぁ〜、。俺たちに付き合って、学校、通わない?」

中華連邦のごたつきが収まってから、ジノたちナイト・オブ・ラウンズと、
たちエンジェルズ・オブ・ロードはエリア11に帰ってきていた。
突然の申し出に、は飲んでいた水を吹きそうになる。
も、本を読みながらかじっていたパンを、下に落としそうになった。
ゲホゲホと咳き込む彼女をキョトンとした目でみるジノ。

「あれ?俺なんか変なこと言ったっけ?ただ、学校に通わないって聞いただけなんだけど。」

「げほっ……だって……げほっ、その……あまりにも突然で……」

の背中をさすりながら、アーニャも彼女の答えを待っている。
パタンと本を閉じたが彼女に代わって尋ねた。

「学校って………どこの?」

の質問に、ジノはブイサインを送って明るい声で答えた。
「もちろんアッシュフォード学園!!!」と。それを聞いたとたん、の顔が引きつった。
今度こそ、ぽろりと手からパンが零れ落ちる。
逆にの顔には、花びらが開くようにパァァァっと笑顔が広がった。

「え!?アッシュフォード学園!?アッシュフォード学園に通えるの!?か、通いたいっ!!!」

ジノとアーニャが同時に頷いた。が飛び跳ねて喜ぶ。

今まで学校など、通ったことがなかった。勉強は、エリア7で家庭教師から習っていた。
歴史などは祖父であるユーサーから習ったし、戦術や武術は、祖母のモルガンから教えてもらった。
芸術に関してはクロヴィスがスペシャリストだったため、クロヴィスから手ほどきを受けていたのだ。
もちろん、それは彼が亡くなるまでの話なのだが………。
足りない部分は、シュナイゼルがわざわざ教えてくれていた。
「大切な妹のためだからね。」、なんて呟きながら教えてくれたシュナイゼルを覚えている。
だからにとって、学校に通うというものは、一種の憧れで……。
そんな憧れの学校生活を、アッシュフォードで送れることは夢みたいに感じる。

アッシュフォードは一度ジノやアーニャに連れられて、行ったことがあった。
自由な校風、誰もが楽しそうな表情を浮かべていた。
そんなアッシュフォードをは気に入ったし、ここに通えたら……なんて考えてはそれを否定していた。
できるはずがない………と。でも今、その夢が叶おうとしている。

「よしっ!!!じゃ、決まりな!!!早速転入手続きを………」

「待って。それはダメだ。」

ジノの明るい声の上に、の冷たい声がかぶった。
三人は一斉にを見る。そのまま息を飲んだ。彼の表情が、何ともいえないものだったから。
眉をひそめて怒ったような顔をしているが、その顔に時折悲痛な表情が混じる。
いつもとどこか雰囲気が違うを感じ取り、は小さく彼の名前を呼んだ。

………?」

〜、何でダメなんだよ?アッシュフォードだぞアッシュフォード。
そんなに心配しなくても、スザクもいるしさぁ……。」

「ミレイ・アッシュフォードも、いい人だったよ。」

2人の言葉に、は視線を泳がせる。
がアッシュフォードに通うことをすぐに反対したけれど、それを肯定する理由が見つからない。
おそらくこの場にスザクがいれば、彼も反対するだろう。
なぜならアッシュフォードには、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがいるのだから……。
なんとも言えない表情でを見ると、彼女は下を向いて、今でも泣き出しそうだった。

………。」

「ねぇ、それは私が皇女だから?偉い人だから?地位が高いから?だから反対するの?
自分の立場はちゃんと分かってるよ。でも私………一度は普通に過ごしてみたいの。
ちょっとだけの間でもいい。普通の女の子、してみたい。
どうせこの先、私はもっと縛り付けられるようになるんでしょ?
それは仕方ないと思ってるよ?だってそうなってもいいって、自分で決めたんだから。
だから私は、自由がきくエリア7の総督をやめて、エリア11に来た。
オデュッセウスお兄様の婚儀にも、皇女として参加した。
ねぇ、お願い。ちょっとだけ……ちょっとだけ、私のお願いきいてほしいの。私の夢を叶えたいの。」

ぽろっと、瞳から涙が零れ落ちた。
そんなを見るのは久しぶりで………。は何も言えなくなった。
自分のために、本当にワガママを言うは久しぶりだった。
子供の頃はワガママばっかりだったが、突然ワガママを言わなくなった日。
それはいつの日からだっただろうか。多分、ルルーシュが死んだと知った日から。

「ねぇ………、お願い。私、アッシュフォードに通いたい………」

小さく消え入るような言葉が部屋に響いた。
しばらくの沈黙。その沈黙が破られる。真剣な目をしたジノが口を開いた。

、少しの間だけでも、を通わせてあげていいんじゃねーの?
お前が心配する気持ちも分かるけど、はもっと、世の中を見なきゃいけないと思うぜ。
皇女として、いずれ人の上に立つんだろ?学校に通うことは、一つの勉強だと俺は思う。」

「心配なら、もアッシュフォードに通えばいい。」

アーニャも言葉を付け加える。
彼女の手は、しっかりとの手を握っていた。
2人が真剣な表情をするものだから、も揺らいでしまう。何より、がかわいそうだった。
大丈夫。ルルーシュの記憶は完全に書き換えた。
記憶を書き換えて、その人が前の記憶を取り戻したということは、今までにない。

(何かあれば、また僕が何とかすればいいか………)

はそう考えて、厳しい表情を緩めた。
彼がいつものふんわりした雰囲気を取り戻したことを感じ取ったのか、ジノとアーニャは少し笑った。

「仕方ないなぁ。分かったよ。僕の負け。に泣かれちゃ、僕は弱いんだからさ。
いいよ、アッシュフォードに通っても。ただし、僕も一緒に通わせてもらうから。」

ニッと笑うと、ジノがの首を軽くしめた。
最初からそう言っとけばいいんだよ〜と言葉をかけるジノ。
アーニャはの顔を覗き込んで、よかったねと言っている。
は頷いて、小さく呟いた。

「ありがと、…………。」

そのままふわりと笑った。












次の日、ルルーシュとロロは並んで登校した。
トリスタンやモルドレッドをどうするかについて話していたとき、ロロは提案する。
ヴィンセントで戦ってもいいけど……と。しかしルルーシュはそれを止めた。
そして生徒会室に行き着き、壁にもたれかかるシャーリーを見つける。どこか様子がおかしい。
眉をひそめたルルーシュがシャーリーに声をかけたとき、横からカメラのシャッター音がして、そちらを向いた。
そこに立っていたのは…………

「おはよう、ルルーシュ君。」

「な……ナイト・オブ、シックスっ…………」

一気にロロの顔が険しいものに変わっていく。ルルーシュも動揺を隠しきれてないようだった。
そこにまた、声がかかる。入り口から、ナイト・オブ・スリーのジノが顔を覗かせていた。
彼らはミレイが説明するところ、普通の学生生活を経験したいらしい。

「よろしく、先輩。」

肩にポンと手を置かれて、ルルーシュはびくっと反応した。気の抜けた返事しかできない。
そこにパシャリとアーニャの携帯がシャッターを切った。

「あ、そうそう。言っとくけど、今日から通うのって、俺たちだけじゃないんだぜ?
おーい、〜。お前達も挨拶しろよー。副会長さんのお見えだぞー?」

ジノはあと2人の名前を叫んだ。その瞬間、ルルーシュとロロの心臓がドクンと大きな音を立てた。
彼に呼ばれ、生徒会室の入り口から顔を覗かせたのは………

………が、いる………だと?なぜだっ!?なぜが、ここにっ!?)

(ねえ………さん?にいさん、まで……?何で?何も聞いてないよっ!!!)

瞳を揺らす2人に向かって、は部屋から出てきて挨拶をした。

「えーと、ジノから誘われて、一緒にここに通うことになったです。
よろしくお願いします。」

「同じく、・ルシフェルです。」

2人の笑顔が、彼らの目に強く焼きつく。
ルルーシュはじっとだけを見つめ、ロロはポケットの中の携帯を強く握り締めるのだった。
それは日常の中に生まれた、一つの出来事………。








自由でないのに、自分は自由であると思っているものほど、
奴隷になっているものはない。
(ゲーテ)