アッシュフォード学園編入前夜………。 「いいかい。 君は皇女とエンジェルズ・オブ・ロードの身分を隠し、・と名乗ること。 それから、僕たちはナイト・オブ・ラウンズのお抱えナイトメア整備士ってことになってる。 身分はブリタニア軍所属の技術者で、階級は准尉。僕がプログラミング担当で、君がテストパイロット。」 「……軍属のくせに階級が与えられるなんて、変な話ね。 大抵技術者は軍属で、階級は与えられないはずでしょ?」 「仕方ないよ。准尉以上じゃないと、ナイトメアに乗れないしさ。 そこらへんはぬかりなく……ね。」 「あー……なるほど。」 パチンとウィンクしたを見て、は頬杖をついた。 「とにかくそういうことだから、ジノたちとは今まで通り、普通に接していいよ。 あと、学園では目立たないように。学園でのは勉強以外、体育も美術も音楽も、普通レベルの設定にしてね。 あとがいろいろ問題になるから。」 「何よ、その問題って……。」 はぁ……とがため息をつく。 そのあと、困った顔をして言った。「ミレイさんから聞いたんだけど……」と。 「体育とか芸術面が優秀な人は、クラブに勧誘されるらしいんだ。しかも熱烈な勧誘をね。 、絶対クラブに入っちゃダメだからね!!!確実に目立つことになるから。」 「え、どうして?アッシュフォードはどこかのクラブに所属しなきゃいけないんでしょ? パンフレットで読んだわ。だったら私、馬術部に……」 「ダメだってば!!!馬術部なんか入ったら、の腕前と美貌だと、即馬術部のスターになる!!! あと、アーチェリーと射撃とフェンシングと体操もダメ!!!上手すぎて怪しまれるから。」 「なら、文化部に……」 「それもダメ!!!クロヴィス様とシュナイゼル様が、直々に君に芸術を教えたんだよ!? 今のの芸術の実力だと、文化部内での取り合いが起こる……。」 「むぅ。なら水泳部は?私、そこまで水泳得意じゃないし、普通レベルよ?」 「それは………スザクが断固反対した。ジノも僕も反対。」 「どうして?」 「そっ……それはつまり……」 の目が、横に泳ぐ。 座っていたが、グッとに顔を近づけた。 (考えればわかるだろ、。 誰が君の水着姿なんか、他の人に見せたいと思う?ましてや男共に……。) 急に赤くなった彼に、は不思議そうな表情をする。 「とにかく!!!」とはの肩を掴んで彼女に言い聞かせた。 「の所属クラブは、生徒会執行部!!! ジノとアーニャ、それに僕とスザク、ロロもいるからさ。」 「あー……なんかかわりばえしないメンバーね。みんなブリタニア軍属ばっかりじゃない。 でもロロがいるならいいかな。ロロとは赤の他人っていうのがちょっと寂しいけど、仕方ないわよね……。」 笑った彼女を見て、は少し複雑になる。 (ホントはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアもいるんだけど、今の君には関係ないね……。) 彼は心の中でそう思った。 そんなこんなで、の学園生活は始まった。 アッシュフォードの地下深く、とある一室で、ルルーシュは目を見開いていた。 目の前にあるのは、ずらりと並んだスケジュール。 しかも女子生徒とのデートのスケジュールだった。 ルルーシュが不在の間、一体何が起こったのか………。 知っているのは咲世子とロロ。 最後のほうにはシャーリーの名前も入っているから、なおさら動揺してしまう。 「ナイト・オブ・ラウンズが生徒会に………。 しかもや、彼女と親しげに話す・ルシフェルについても不明………。 全ての問題がクリアされていないのに、こ……これは一体何なんだっ!? 俺がシャーリーっと!?」 鋭い目で咲世子を振り返ると、彼女はそれに気付いたのか、いつもの口調で説明を始めた。 「はい。キスをさせていただきました。」 「ええっっっっ!?」 すぐに後ろからロロの叫び声が上がり、彼は体を硬直させる。 瞳を揺らしながらルルーシュを見つめた。 ルルーシュだってロロと同じように体をこわばらせている。 頭の中では、シャーリーとキスした………ということがぐるぐる回っていた。 (俺と……シャーリーが?キス……? このままでは、俺はシャーリーと付き合うことになってしまうのか?そうなったらは……? 俺が好きなのはで、もしもそうなってしまうと、彼女はどう思うだろうか? 今日一日、彼女のことは観察したが、やはり俺が皇子ルルーシュだとは気付いていないようだった。 ナイト・オブ・ラウンズやスザクの件もある。 下手に彼女に自分の正体はしゃべれないというのに、俺がシャーリーっと……!?) 冷や汗をかきながら自分の世界でこの件について考えるルルーシュ。 そばで咲世子がいろいろ彼に説明しているが、ほとんどの言葉は耳に入ってこなかった。 「あのぅ……いけなかったでしょうか?この司令室が知られてしまう恐れがありましたし。 それに、ルルーシュ様のキャラクターでしたら………」 「咲世子!!!前にも言ったでしょう!?影武者なのにいい顔しすぎだって!!!」 「いや待て。それ以外はよくやってくれている………。」 「に………兄さんっ!!!咲世子が昔から仕えていたからって……」 「正確には、アッシュフォード家に雇われて……「知っています!!!ナナリーのお世話係だったんですよね!?」 3人の話を黙って聞いていたヴィレッタはあっけにとられる。 膝の上のボードに視線を落として、心の中で呟いた。 「ナイト・オブ・ラウンズとその整備士たちについては後回しだな……」と。 ルルーシュや咲世子と会話をしていたロロは、怒ったままストンとイスに座った。 携帯についたロケットをもてあそびながら押し黙る。 (咲世子………兄さんがいない間にこんな無茶苦茶なスケジュールを……。 それに姉さんと兄さんの件もあるっていうのに。なんで姉さんたちは突然……。 もしも、姉さんがルルーシュと会ったら、どうなるんだろう。 大丈夫だとは思うけど……。だって兄さんのギアスは、かなり強いから……。) 「咲世子!!!このスケジュールは……!?」 「睡眠を3時間として、108名の女性と約束をさせていただきました。 キャンセル待ちが14件。デートは6ヶ月待ちの状態で……」 2人のやりとりに、ロロは頭を抱えた。 どう考えたって、ルルーシュの体力じゃこんなハードスケジュール、厳しすぎる。 ハァ……と小さく、ため息をつくロロだった。 「、学校は………どうだった?」 政庁内でスザクは、髪を揺らしながら歩く一人の少女に声をかけた。 その少女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに瞳が細くなる。口元がゆるく笑った。 彼女の表情を見て、スザクはすぐに理解した。少女が今、楽しい気分でいることを。 「スザクっ!!!ただいまっ!!!もうね、すっごいの。アッシュフォード学園って!!! 綺麗だし広いし楽しいし……。今日ね、生徒会執行部に入ったんだよ。 スザクと一緒。ホントは馬術部に入りたかったけど、がダメだって言うの。 アーチェリーもフェンシングも射撃も全部。あ、体操もだってー……。 なんか寂しくなっちゃって、音楽室でピアノ弾いてきたんだ。すごく音の綺麗なピアノだったよ。 今度スザクにも聞かせてあげるからね!!!」 早口で話すの頭に、ポンと手を乗せるスザク。 今日は会議でアッシュフォードにいけなかった。せっかくが初登校する日だったのに。 ずっと夢だった。彼女と一緒に学校へ行き、教室で過ごし、一緒に帰る。 ジノのおかげでその夢が叶ったというのに、どうしてだろう。なぜか苦しい。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。きっと彼がアッシュフォードにいるからだろう。 の初恋の人。きっとルルーシュにとっても、が初恋……。 怖かった。もしも、がルルーシュのことを思い出してしまったら。 ルルーシュがのことを、思い出してしまったら………。 そこでムニュっと、口に何かを押し込まれる。 目の前の彼女が、スザクの顔を覗き込んでいた。 「むぅ…………?」 「スザク、なんだか難しい顔してたよ?会議ばっかりで疲れてるの? そんな時はこれ!!!ドーナツだよ!!! あのね、カレンが前、ここのドーナツがおいしいって話してくれたの。 一つスザクにあげる。それ食べて、元気になってね。」 口に押し込まれたドーナツを指で掴む。 粉砂糖のかかった、甘いお菓子。その甘さは、の笑顔と同じような感じだった。 の持ってる紙袋のふくらみに気付き、それをどこへ持っていくのかを悟る。 カレンが好きだったドーナツ……。ということは………。 「ありがとう、。ねえ、今からカレンのところへ行くの?」 「え、うん………。 スザクはカレンのこと、嫌いみたいだけど……ごめんね。私、カレンのこと嫌いになれない。 カレンは私の知らないことをいっぱい話してくれた。 私はそんなカレンが………好き。」 しばらく沈黙が続く。 誰も通らない廊下はスザクとの2人だけ。 彼女が俯いて、紙袋をきゅっと掴んだ。ガサッと音がした時、ため息と共にスザクの声が響く。 「………いいよ、カレンのところへ行っても。 どうせ僕が止めたって、は行くんでしょ?」 「スザク………。ありがとう。 あ、このドーナツ、カレンを監視してるブリタニア兵の人にも分けてあげてもいいよね!?」 紙袋を差し出し、首をかしげて尋ねるものだから、スザクは笑って了解するしかなかった。 そういうの仕草一つ一つに、彼は弱いのだ。 怒って「ダメだ。」と言う気になれない。 スザクの了解をもらったは、子供のように喜んだ。 そんなに、ひとつイタズラでもしてやろうか……と思うスザク。 「ただし、条件がある。」と付け加えて、キョトンとする彼女に歩み寄った。 「が僕に、キスしてくれたら。」 にこりと微笑んでから言うと、彼女はすぐに赤くなった。 下を向いてしまったを見て、スザクは意地悪く笑う。 (ふふ。耳まで真っ赤だよ、。本当に、可愛いな……) 目を細めた時、彼女の囁き声が聞こえた。 「キスって………どこでもいいんだよね?」 「え………?」 そう声を上げるよりも早く、頬に柔らかい感触があった。 スザクより身長の低いは、つま先立ちでスザクの頬に唇を寄せた。 軽く触れるだけの、まだ幼いものだったけど、彼はドキドキした。 の唇が離れ、何も言わず、すぐに彼女は駆け出してしまう。 角を曲がり、の姿が見えなくなったところでスザクは、自分の頬に手を当てた。 本当は、冗談のつもりだったのに………。けど……すごく嬉しかった。 「幼い………キス、だったな。」 スザクが知っているものよりも、はるかに。でも今はそれでもいい。 がキスしてくれた。それは2人の関係が、少し前進した証拠だと思えるから。 少なくとも、一方通行ではなくなったという証拠。 スザクがそう思う頃、角を曲がったずっと先の通路で、は壁に背を預けている。 全速力で駆けてきたので、心臓が激しい音を立てている。 それだけではないのだろうけど………。 は胸を押さえて、ずるずると壁を滑って座り込んだ。 (キス………しちゃった。) その事実がを再び赤くさせる。 唇に触れた温かく、柔らかい感覚。スザクの感覚。 思い出しただけでも顔から火が出そうだった。 でも同時に……嬉しかった。 やロロに贈るキスとは違うもの。違う気持ち。 好きという気持ち。友達としてではなく………異性としての。 「そっか………。カレンの言った好きって、こういう気持ちのことなんだ。 ルル様を好きでいる気持ち、とロロを好きでいる気持ち。それとは少しだけ違う。 甘くて、ふわふわしてて、切なくて……時々、ツンと胸の奥が痛くなる。 スザクを想うとそんな気持ち。カレンの言うとおり、私……スザクに恋してるんだ。」 は、自分の体を自分で抱きしめた。 今まで目をそらしてきた想い。気付いていたのに、気付いていないふりをしてきた。 怖かったから。傷つくのが。けど今はもう、自分の気持ちに目をそらせない。 スザクを想う気持ちでいっぱいだから………。 コレガ本当ノ、私ノキモチ………。私カラ、アナタヘノ。 きみが愛する人間でなくても、きみは愛している、 ぼくが愛する人間でなくても、ぼくは愛している。 (ローベルト・ヴァルザー) |