パタパタと誰かが駆けてくる音がして、カレンは「またか」と思った。 思った通りの人物が見え、彼女は相手に見えないように苦笑する。 カレンを監視しているブリタニア兵二人も、乾いた笑い声を上げながら姿を現した人物に言葉をかけた。 「様、今日はどんなご用件で? あまりこちらにいらっしゃると、枢木卿がご心配なされます。」 「大丈夫よ。今日はスザクにちゃんと言ってきたから。 そうそう、美味しいドーナツがあるの!!!あなたたちも、どうぞ召し上がって。」 笑顔ではそう言うと、紙袋から取り出したドーナツを二人に渡す。 渡す……というよりも、押し付ける感じだった。 「様……しかしっ!!!」 「ちゃんとスザクに許可とってあるから大丈夫。 それね、すごく美味しいのよ。あ、カレンの檻の鍵、開けてくださらない?」 紙袋を抱え直してから、は檻を指差した。 カレンがブリタニアに捕まってからというもの、は時間を見つけては毎日のように彼女のところへやって来た。 もちろん、スザクはいい顔をしなかったが。むしろ、敵意むき出し。 カレンはぼんやり、スザクはきっと自分に嫉妬してるんだろうなぁ……と思った。 今のはスザクより、カレンのほうにベッタリだから。 そんなことを考えていると、檻が開けられてアッシュフォード学園の制服姿のまま、彼女がちょこんと座った。 どうやらは、アッシュフォード学園に通い出したらしい。 よくもまぁ、スザクが許したものだと思った。 だってあそこには、彼の敵だったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがいるのだから……。 まぁ、今のルルーシュは全ての記憶を失っていることになっているので、 スザクもそこまで警戒していないのかもしれない。 それにしても…… (この子、絶対ルルーシュに会ってるはずよね?何か気づいたりしないのかしら? ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、ホントは死んでない……とか。 あ!!!もしかして、ルルーシュがもうこの子にギアスを……!? でも……あいつがそんなことするかしら? だってルルーシュは、かなりのことが好きみたいだったし……。) あれこれ考えている時に、ずいっと紙袋が目の前に突き付けられた。 「きゃっ……!!!な、何するのよ!!!びっくりしたじゃない!!!」 「ごっ……ごめんなさい。だって、カレンがあまりにも難しい顔していたから……。 はい、カレン。これ、カレンの分だよ。」 申し訳なさそうな顔をしたは、紙袋からドーナツを取り出した。 粉砂糖がふりかかったドーナツは、カレンの目を惹き付ける。 そのお菓子を見て、カレンは口を開いた。 「、もしかしてこれって……」 「気付いた?カレンが好きだったお菓子屋さんのドーナツだよ。 前、エリア11での話をしてくれた時、 カレンがここのドーナツが美味しかったって話してくれたの思い出して……。 あ、このままじゃ食べれないよね。今拘束を解くから待ってね。」 彼女はすぐにカレンの後ろに回った。 檻の外にいるブリタニア兵士が、ドーナツを持ったまま青い顔をしていた。 カレンの拘束を解くなと、はスザクから言われているはずだろうに………。 そう思った時、ふわっと手が自由になった。 (このまま私が、の首を絞めることもあるかもしれないっていうのに……。) ドーナツを手にとって、カレンはすぐに噛みついた。甘くて懐かしい味が広がっていく。 またこれを食べることができるとは思わなかった。 目の前では、がニコニコと笑っている。 「ねぇ。何であなたは私にここまでしてくれるの? 普通だったら、私に酷い態度をとるでしょ。だって私、あなたの敵だし……。」 指についた粉砂糖を舐めてからカレンは尋ねた。 はキョトンとしている。 何なのその不思議そうな顔は……と思った時、はカレンに尋ね返した。 「なんで敵と仲良くしちゃ、ダメなの?」 「えっ……?」 カレンは瞳を揺らす。 は困った顔をして言葉を続けた。 「確かにカレンは黒の騎士団で、私たちの敵だけど……私、カレンのこと好きよ? カレンは真っ直ぐで、揺らがない意思を持ってる。」 ふわりとが立った。スカートの汚れを払い、カレンの後ろに回る。 「でも、いくら私がカレンのことが好きでも、カレンを自由にしてあげることはできない。 だってカレンにはブリタニアに歯向かって、人を殺したっていう事実がある。 だから……カレンは捕まって、手錠をかけられてる。私はそれが悲しい。」 カシャン……という虚しい音が響いた。 そして、小さく呟かれた「ごめんね」という言葉も……。 そのままは、静かに檻を出ていった。 兵士たちと何か話したあと、去っていこうとする。 彼女の背中にカレンは、大きく叫んだ。 「っ、私、あなたがエンジェルズ・オブ・ロードでよかったと思ってる!!!」 それを聞いて振り返ったは、優しい笑顔を浮かべていた。 エンジェルズ・オブ・ロードは皇帝直属の部隊で、 皇帝以外の命令を拒否できる権限を持つとスザクが話していたのを覚えてる。 そう、彼女がエンジェルズ・オブ・ロードでよかった。 彼女がその地位にいることで、守られた命もたくさんあっただろうから。 慈悲深き皇女。慈悲深き、エンジェル。 「彼女が皇帝だったらよかったのに……。」 そんな呟きは、誰の耳にも届かなかった。 翌日から、ルルーシュの地獄が始まった。 咲世子は学校が休みなのをいいことに、朝7時から予定を組んだのだ。 アッシュフォード学園の女子生徒と手作り弁当を一緒に食べ、その後別の女子生徒と美術館。 12時からは水族館。もちろんゼロとしての仕事も怠ってはいけない。 中華連邦に行って提携条約を結んだあと、再びエリア11でのデート。 体力のないルルーシュはへとへとだった。 シャーリーが待っているのを尻目に、こっそり脇を通り抜けるルルーシュ。 その前に立ちはだかるのは、ピンク色の髪を持ったラウンズのアーニャだった。 ルルーシュは一瞬ドキっとする。 今日はこれでもかというほど、少女たちに振り回されているが、 まさかラウンズにまで?という不安が彼の中に生まれたのだ。 しかしアーニャは携帯を取り出し、ルルーシュにずいっと差し出す。 「尋ねたいことがある。 隣にいるのはっていうのは分かるけど……これはルルーシュ?」 画面に映し出されているのは、皇子だった頃のルルーシュ。 一瞬だけごくりとつばを飲み、全力で否定した。正体がばれてはいけない。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ……。 と一緒にいる自分を否定するのは悲しいことだけれど……。 「まさか。人違いですよ。俺は一般庶民で………」 「ルルーシュせんぱあああああい!!!」 必死に嘘を並べる彼に、威勢のいい声がかかった。 今度は一体何なんだと頭を抱え声のするほうを見ると、にこにこ顔のジノがいる。 その隣にはリヴァルと・ルシフェル。 ジノはアーサーを腕に抱えたまま、何かを期待するような目を向けて言った。 「チェスにつれてってくださいよぉー!!!お金かける裏社会のやつ!!!」 「賭けチェスのこと話したら、ぜひ行きたいってさ。」 「………はぁ。」 乗る気なジノやリヴァルと違い、はクールにため息をついた。 まるで興味なさそうな感じ。ルルーシュはジノよりも、に視線がいってしまう。 どこか大人びた少年は腕を組んで、壁によりかかって言う。 「ジノ。そういうのに教えたらただじゃおかないからな。」 「なんだよ〜。お前もチェスは強いんだろ?だったら一緒に行こうぜ!!!」 「僕は丁重にお断りしておきます。」 「そういや。は?」 リヴァルの紡いだ名前に、ピクンとルルーシュは反応した。 彼女は今日の休日という時間、エリア11で一体何をして過ごしたのだろう? 咲世子がこんなに予定をつめなければ、自分はについて何か調べられたかもしれないというのに。 立ち上がりながら彼らの話を聞く。尋ねられたの代わりに、ジノが答えた。 「仕事だってよー。……ったく、休日ぐらい仕事なんて休んじゃえばいいのにさー。」 「え、ちゃんってまっじめー。 なぁなぁジノ、ちゃんにも賭けチェスに誘っちゃおうよ〜。」 「リヴァル!!!いい加減に……」 「リヴァルお前なぁ………!!!」 すかさずとルルーシュの声がかぶった。 そして、ルルーシュを呼ぶ黄色い声援も………。 3人の背後から、アッシュフォードの女子生徒が大量に走ってくる。 それを見て、ついにルルーシュはやけを起こした。 自分の危機を感じた彼は走り出す。女子生徒たちはそれを追いかけた。 普段はシンと静まり返ってるはずのアッシュフォード学園が一気に騒がしくなる。 クラブハウスを自宅としてるロロは、ソファに座って呆れていた。 「咲世子め……。体力のない兄さんに、こんなハードスケジュール……。 しかもデートばっかり。これじゃ人格破綻者だよ……。」 携帯をにぎりしめたロロは、外に目を向ける。 ルルーシュはまだ、女子生徒から追い掛け回されていた。 逃げ惑うルルーシュは、いつしか誰かとぶつかってバランスを崩した。 痛みをこらえて顔をあげれば、そこには怒りをあらわにしたシャーリー。 「今度はどちらの方とお約束かしら?」という言葉に、ルルーシュは固まった。 焦って誤解を解こうとするも、シャーリーの怒りは収まることはない。 むしろ、その逆方向。ルルーシュはどうすればいいのか分からなかった。 恋に奥手なルルーシュは、乙女心というやつが分かっていないのだ。 (いけない………。何か間違えたようだが、一体何を間違えたのか……。 こんな時にC.C.がいてくれたら……。) いない相手のことを思っても、どうしようもないと分かっていた。 そんな時、頭の上からミレイの鋭い声が降り注いだ。 「ルーック!!!決めました!!!私の卒業イベント。名づけて……キューピットの日ーっ!!!」 スポットライトがあたるところで、ミレイはハート型の2つの帽子を掲げる。 ルルーシュはそれを見て、何だかいやな予感がした。 ミレイの考えることは、何かとろくでもないことばっかりだ。 彼女の卒業を悲しむリヴァルの横で、ジノはミレイを呼び捨てにして尋ねた。 「なぁミレイ。何だよその、キューピットの日って……。」 「ふふ。知りたい〜? 当日は全校生徒に、このピンク色のハート型の帽子をかぶってもらいます。あ、男子はブルーね。 んで、こうやって相手の帽子を奪ってかぶるとぉ……」 「かぶると?」 「生徒会長命令で、強制的に2人は恋人同士になりまぁーす!!!」 シンと静まり返る学園内。すぐに生徒達の絶叫のような悲鳴が上がった。 その中でルルーシュは一人頭を抱える。やはりろくでもないことだった……。 しかしもしかしたらこれはチャンスかもしれないと、密かに心の中でそう思う。 ミレイのイベントは全校生徒参加が強制される。もしもの帽子をルルーシュが奪えば……。 問題は、他の女子生徒からどう自分の帽子を守るかなのだが……。 そんなことを必死に考える彼を、は冷たい瞳でじっと見ているのだった……。 白い作業服に身を包み、政庁のナイトメア格納庫内で作業をする。 普段降ろされている長い髪は一つにみつあみされ、まとめられている。 彼女は自分で、横たえられるナイトメアのの下に潜りこんで作業していた。 作業服は油で汚れており、顔にもそのおこぼれがついていた。 「皇女様、あとは我々がやっておきますので………」 「いいの。私にやらせて?自分の乗る機体だし……。」 細かいところに油をさしながらが言う。 彼女と同じ作業服を着た作業員たちは、おどおどしながらを見ていた。 彼らに戸惑いはあったが、少し新鮮でもあった。 噂で皇帝陛下に溺愛されているという身分の高い皇女が、 自分達と同じような格好をし、同じような仕事をしている。 「ですが……」という言葉を言いかけようとしたとき、がの下から顔を出した。 「ごめんなさい。そこのレンチ、取ってくださらない?」 美しいはずの少女の顔は、今や油と汗で汚れている。 レンチを差し出すと、は笑顔でありがとうと言った。 顔は汚れていてもその笑顔だけは光輝いている。 皇女であるはずのに「ありがとう」と言われただけで、作業員はなんとなく嬉しくなった。 苦笑じみた顔でため息をついて、彼らは自分の仕事に戻っていく。 彼らと入れ違いに、ロイドがの元へとやってきた。 「ちゃん〜、彼らの仕事、奪っちゃだめだよぉ〜。 それにそんなに気合入れて整備しなくても、しばらくは情勢も大丈夫だと思うけどねぇ……。」 ひょっこりの下をのぞきこんでロイドが呟く。 は袖で汗を拭いながら、レンチでボトルをしめているところだった。 ちらりと彼女はロイドに目を向けたあと、再びボトルに視線を戻して言う。 「ロイドさん……。 大丈夫……だとは私も思うんですけど、なんとなく胸騒ぎがして……。 しばらく戦いはないほうがいいと願ってはいるんですが、そうもいかないような気がするんです。 あ、この前ののデータはそこにコピーしておいたんで、あとで解析よろしくお願いします。」 「はいはい〜。わかったわかった。」 顔を引っ込めたロイドは、そばにおいてあるデータを手に取りを見上げた。 黒光するボディと、背中に収納されているはずの白い羽。 第8世代ナイトメア試作機、ネクロノミコン。 並大抵のシンクロ率じゃ動かすどころか、起動することもできない。 エリア11を滅ぼしたほどの実力がある二人だからこそ、自分の手足のように扱える。 そう。こんな化け物を動かすことができるのは、との二人だけ……。 データに視線を落とすと、スザクの倍以上の数値が記録されていた。 「まぁーったく、将来末恐ろしい子たちだねぇ………。」 ロイドは一人呟いて、ナイトメア格納庫をあとにするのだった。 あなたの隣り人を、あなた自身のように愛せよ。 (レビ19の18) |