シンと静まり返った中、は暗い廊下を歩いていた。
時間は真夜中。彼女は目的の部屋まで来ると足を止める。
部屋からは光が漏れていた。は小さく深呼吸をし、軽くドアを叩く。

?」

部屋の主の名前を呼ぶと、すぐにドアが開いた。
続いて、アイスブルーの瞳を持った少年が、驚きに満ちた表情でを見つめる。

「どうしたの?こんな夜中に……。とりあえずどうぞ。」

彼が部屋の中を指さしたので、の部屋に入る。
机の上は資料で散らかっており、パソコンの画面にはいくつもの数字が流れていた。

「ごめんなさい。お仕事中だったわよね。
でも、どうしても気になったことがあって……。」

はベッドに腰をおろした。
近くにあったクッションを胸に抱いてから、考えるようにする。
はイスをひっぱってきて、のそばに座った。

「それで、気になったことって一体何?」

彼の言葉に視線をさまよわせたあと、小さく彼女が呟く。

「今日、不思議なものが見えたの。
ゼロの格好をしたルルーシュ君が、シャーリーにギアスをかける映像が見えた……。
ねぇ、これって何だと思う?」

の言葉に、の表情がこわばる。
「いつ?」と尋ねれば、彼女は詳しい時間を言った。
その時間を聞いて、は目を大きく開いた。

「その時間は……」

ちょうどが、ギアスのマークを見た時刻と重なる。
彼は険しい顔をして、その時間に起こった現象を彼女に話した。
も驚き、目を丸くさせる。

「それじゃあ、やっぱりも何かを感じとったのね……。」

「おそらく、誰かのギアスだ。
でも一瞬の出来事だったから、ギアスかどうかは断言できないんだ。」

は目を伏せた。
断言できない理由は他にもある。
が見たもののこと。
彼女が見たものは、おそらくギアスとは関係のないもの。
彼女の見たものは、過去の誰かの記憶。
にはそれらを見る力があるのだ。

人の過去の記憶を見る力は、代々アルビオンの王族が受け継ぐ力。
彼女の祖母・モルガンや母であるクラエスだって使えた。
人はそれを、妖精の力だというのだと、以前モルガンが教えてくれた。にだけ……。
そしてその兆候がにも現れ始めたら報告してほしいことも。
そう、は今、妖精の力が……咲きかけている。

そんなが見たもの……
もしそれが本当に過去の出来事だったとしたら、ルルーシュはゼロで、ギアスを持っていたことになる。

(僕にはルルーシュという人間が分からない。
彼はなぜギアスを持ち、ゼロを演じていたんだ?
そしてその記憶は今やなく、学生・ルルーシュとして生活している。
もしかして、ルルーシュには昔の記憶がない……?……っ!!!そうか……!!!)

はくしゃりと自分の前髪を掴んだ。

(そうか!!!誰かがルルーシュの記憶を、ギアスで消した……と考えたら?
それならロロが、昔のことを思い出さないようルルーシュを監視する理由も分かる……。
しかしなぜ、ブリタニアは反逆者であったルルーシュを生かした?)

は最大の疑問にぶつかった。
が心配そうに彼を覗きこむ。

?大丈夫?顔が真っ青よ。」

心配するに、は真剣な表情を見せた。
もしかしたら、辿れるかもしれない。一年前のブラックリベリオンに隠された真実へと。
の力と、自分の力を使って。
過去の記憶とギアスの力の残留を読み取って……。
もちろん、リスクも承知している。
目の前のを見て、は言った。

。僕は真実が知りたいんだ。
そのために今から、ギアスを辿っていこうと思う。けどそれだけじゃ足りない。
君には過去を読み取る力がある。それは代々、アルビオンの王族が受け継いできた力。
ねぇ。ブリタニアは、何かを隠している。
もし君も真実が知りたいのなら、僕に協力してほしい。
けど多分、真実を知ったとき、僕たちに訪れるのは果てしない絶望か後悔だと思う。
君がそれで傷つきたくないというのなら、無理に協力してくれなくても………」

「待って!!!私には、過去を見る力があるのっ!?
それじゃあ、あの映像は……ルルーシュ君とシャーリーの……過去?
そんな……どうしてルルーシュ君がゼロでギアスを……。」

の肩は震えていた。瞳も揺れていて、は彼女へと手を伸ばす。
肩に手を置くと、は目を閉じて何か考えたあとにを見た。

、どこまで私にできるか分からないけど、私も協力するわ。
私だって、あの映像の真実が知りたい。」

の瞳は、いつになく真剣だった。その瞳を見て、は心の中で静かに笑う。
彼が本当にギアスを持っていたとしたら、ルルーシュはギアスについて何か知っているかもしれない。
ロロだけの情報では、自分のギアスについて知るのに不完全だった。

ギアスについて分かっていることは、ギアス嚮団があること。
そしてそれに、自身は所属していないこと。
ギアス嚮団は、ギアスの能力者を生み出し、研究している謎の組織。
ロロはそこの出身者であるがゆえに、ギアス能力を有している。
ならば自分は?どこでこの能力を手に入れた?
ルルーシュは、その答えを知っているだろうか?

「とにかく最初は、イケブクロに行ってみようと思う。
あそこはゲットーとエリア11の境界線。何か分かるかもしれない。」

「わかったわ。それじゃ明日の学校は………お休み、ね。」

軽くがウィンクする。
学校サボるなんて初めてと、少し浮き足だっているを見て、は苦笑した。
さっきまで深刻そうな顔をしていたのに、彼女の顔には笑顔が戻った。
明日は大変なことになるかもしれない。
はぼうっと考えて、ベッドに座るを引っ張り上げた。

「じゃ、そういうことで、今日はもう寝ようか。」

「うん、おやすみなさい。。」

ドアの隙間へ体を滑り込ませて、は小さく手を振った。
彼女が部屋を出るのを確認してから、は部屋の照明を落とす。
部屋は開かれたままのパソコン画面の明かりに包まれた。
はすぐにベッドへもぐりこむ。今はただ、ゆっくり眠りたかった。






スザクは自分の執務室で携帯を開いていた。
今日はの二人は、学校に来なかった。
午前中にメールを送れば、昼近くにから返信があった。
今日は用事があって、学校を休むことにしたと、短く書かれてある。
それからというもの、からの返事はなかった。

さっきから何度となく、携帯を開いては閉じている。
早く返事が来ないかなと考えてた瞬間、手の中の携帯が震える。

(来たっ!!!!)

顔がほころんで、ドキドキ胸が高鳴る自分に苦笑する。
こんなにもが好きなのかと思い知らされるほどの一瞬。
はやる気持ちを抑えてメール画面を開くと、送信者はではなかった。

(…………シャーリー?)

文面には、話があるからイケブクロに来てほしいと書いてあるだけ。
ルルーシュについての相談かな?スザクはそう思う。
今日は特に、執務室でやらなきゃいけない仕事は残っていない。
何かあった時のためにここにいるのだ。

スザクはチラリと時計を見てから席を立った。
クローゼットにかけてある普段着に手を伸ばしてから、ふと考える。
シャーリーと会ったあと、イケブクロでへのプレゼントを買おうか。
そんなことを思いながら、服を着替えるのだった。








スザクがイケブクロに着く頃、は同じくイケブクロにいた。
朝からイケブクロでギアスの残留をたどっているが、これと言って有力な情報はなかった。
のほうも何か読み取れないか試しているが、何も見えてこなかった。
第一、は力についてまだよく分かっていない。
そんなすぐに使えといわれても、できないのが当たり前。
ビルの屋上で、は自分の先に広がるゲットーを見つめてため息をついた。
その横で、もゲットーを見つめている。

「ねえの力ってね、妖精の力っていうらしいよ。
モルガン様が教えてくれたんだ。彼女も昔、いろいろな力を持ってたんだって。」

「え………?」

横を向けば、の真剣な顔が目に飛び込んでくる。
彼は前を向いたまま、話を続けた。

「妖精の力には、過去の記憶を読み取る力のほかに、たくさんの力が隠されてるんだって。
例えば、人の怪我や病気を治す力。心を読み取る力。天気を変える力。
アルビオンは昔から、女性を長としてきた。
それは君の一族の中で、女性だけが妖精の力を受け継ぐらしいからなんだ。
アルビオンの人は、その力を使える長を『神の子』と言ってあがめたらしい。
神の子である長は人々の生活のため、妖精の力を使っていた。」

「神の………子?」

「うん。でもモルガン様の代になって、妖精の力を使うことはしなくなった。
それはモルガン様が、神の子でなく、人間でありたいと思ったからなんだ。
それからアルビオンは、妖精の力に頼らず、人の手で成り立ち始めた。
でも妖精の力は受け継がれていく。
モルガン様は僕に妖精の力の話をした時、とても辛そうな顔をしていた。
そしてには黙っててくれと、そう言ったんだ。
知らないほうがいいこともあるからって。でももう限界だと思う。
僕はずっと昔から君を見てきたけど、君は咲き始めているんだ。
過去が見えてしまった君に、もう隠すことなんてできない………。」

の瞳がへ向く。
ここには誰もいない。風すらなく、二人の間に静かな時間が流れた。
「あとはモルガン様に聞いて欲しい」とが呟き、は頷く。

にとって、正直信じられない話だった。

妖精の力。

今までそんなこと知らずに生きてきた自分。
一族の女性に受け継がれるということは、母であるクラエスも持っていた力。

そういえば子供の頃、クラエスが傷を治してくれたことがあった。
その時彼女は言ったのだ。
もしこのような力が使えるようになったのなら、苦しんでいる人に使いなさい……と。
最初は意味が分からなかったけど、今なら分かる。

(お母様……。)

あの時の、優しい母の顔が浮かぶ。
がそっと目を閉じた瞬間、突然体が嫌な予感を感じとった。
虫の知らせ……というのだろうか?
はすぐに目を開いて振り返った。

「……っ!!!」

同時にが息を飲んだ。そのまま驚いたように呆然と立ち尽くす。
彼の額からうっすらと汗が浮かび止まらない。

……?」

心配そうにに声をかけた。普段聞くことのない細い声で彼は言った。

「何かが……誰かが……ロロのギアスを打ち消した……。」

「えっ……?それ、どういうことなのっ!?」

も信じられなかった。
先程ロロのギアスを感じとったはずなのに、彼のギアスはすぐに途絶えたのだ。
例えるなら、シャボン玉が弾けるように、ロロのギアスが弾けた。

……学園に!!!ロロのギアスを弾いた奴は、アッシュフォード学園にいる!!!」

は急いで走り出す。
嫌な予感がまとわりついて離れない。も必死になってを追いかける。
二人がビルの入り口にさしかかろうとした時、の手首を誰かが掴んだ。

っ!!!まで、そんなに急いでどこに行くの?」

そこには、サングラスをかけたスザク。
彼の表情は柔らかかった。
もスザクとはゆっくり話したい。恋人同士なのだから。
でも今は、そんな時間さえ許されない。

「スザク、ごめんね。今は少し急いでるの。
帰ったらゆっくり話しましょう?それじゃあ。」

スッとスザクの手からが離れていく。
遠ざかっていく彼女の後ろ姿を見て、スザクは小さくため息をついた。

(本当に君は、忙しい人だな。
一緒になれたと思ったら、すぐに僕の手を抜けてしまう。
でも僕は絶対、君を手放さなくていい世界を作ってみせるから。
が穏やかに過ごせる世界をこの手で……。)

スザクは手のひらを握ってから、遠くに浮かぶ赤の髪を見るのだった。






初めに、神が天と地を創造した(創世記1の1)