「彼らは神を殺すと………。」

「神だと?」

「何かの比喩表現かと思いましたが、少なくとも彼らはそう信じています。」

薄暗い場所。ひんやりとした空気を切り裂くが如く、コーネリアは歩いていた。
隣にはバトレーがつき従う。彼はギアス嚮団に無理矢理招かれた男。
ジェレミアを改造したのも彼であった。

「馬鹿な。神など存在するわけがない。」

静かな靴音と、怒りをこめたコーネリアの声が響く。
もし神が存在したとしたら、最愛の妹であるユフィを救ってくれたはずだ。
それなのに彼女は………。
人知れず拳を握ったとき、幼い少年の声が聞こえてくる。「そうだね。」と。
言葉はそのまま続く。

「背中に羽が生えた女神様とか、長い髭の老人とか。
そんな神様は………」

ドス……と、いやな音がする。
コーネリアが持っていた短剣を、少年の額に投げつけたのだ。
ゆっくりと少年の体が傾き、崩れ落ちた。バトレーは動揺する。
相手はまだ、小さな子供。けれどコーネリアの厳しい表情は崩れなかった。
油断してはいけない。ここはギアスで溢れかえった場所。

「コーネリア様っ!!!」

「どんなギアスを使うか分からぬ。相手が子供といえど、油断はできない。」

彼が倒れたのを確認してから、コーネリアは前を向く。
が、彼女はすぐに振り返ることとなった。
倒れたはずの少年が、言葉を発しながら再び起き上がったのだ。

「うん、さすが音に聞こえたコーネリア皇女殿下。僕も叔父として誇りに思うよ。」

「馬鹿なっ…………!!!」

少年は額に刺さった短剣を、いとも簡単に抜いてしまう。
痛みに顔をゆがめることもなく、流れる血も気にしていない様子だった。
赤い血が顎まで流れた時、彼が口を開いた。

「僕らは誓ったんだ。人々を争わせるような神なら、
最愛の人を殺してしまうような神なら、僕たちが殺してしまおうって。
神は本当にいるんだよ?彼らは一部の人間に力を与え、神の子を作った。
でも神の子は、力の代償として長くは生きれない。
僕たちは怒った。どうして神は、神の子なんか作ったのかと。
これは最愛の人を失った僕らが計画した、神への復讐劇なんだよ?
ねえ、コーネリア。君もクラエス皇妃のことは、大好きだったでしょう?」

少年がニヤリと笑った瞬間、コーネリアの瞳は鋭くなるのだった。








学園についたは、息を整えるように立ち止まった。
は何かに集中するように目を閉じる。

(辿るんだ。さっきここで、何が起こった?神経を集中させて、ギアスを………)

た ど る 。

ざわりと風が吹き渡る。
頭の中にギアスを使ったときのような感覚が蘇り、何かがちらつく。
は目を閉じたまま歩き出した。
誰かが自分の手を引いて歩いている。まるで案内でもしてくれているように。

『こっちよ、お兄様。』

空耳だろうか?少女の声が聞こえ、体がぐいっと引っ張られる。
の歩調が早くなる。彼は再び走り始めた。
目を閉じたまま、見えてくるのは長い銀髪の少女の後姿。
そう、ずっと前に夢で見たあの子だった。

(君は………だれ?)

心の中で無意識に尋ねていた。少女は答えるように振り返る。
しかし横顔は長い髪に覆われていて見えない。
もう少しで少女の顔が見えるというときに、の手を引く少女が消えた。
彼の足は止まった。後ろからの声と息遣いが聞こえてくる。
は目を開け、世界を見回した。着いたのはクラブハウス付近。
視線を落とせば、地面に赤い何かが付着していた。

「これは………?」

はしゃがんで地面の赤に触れた。指で触れると、指先に赤がつく。
鉄の匂いがして、彼は顔をしかめた。
地面についていたのは、誰かの血。しかもまだ新しい………。

「………それって、もしかして…………」

に追いついたも、彼の隣に座った。
地面の赤い血を見て、彼女の顔が歪む。
には彼女が今何を考えているのかがすぐに分かった。
もしかしたらこの血は、ロロのものかもしれない。
そっとが震える指で血を撫でた。

「ロロ…………。」

彼女が赤い瞳を揺らしながら地面を撫でた時、脳裏に声が流れ込んでくる。



『それゆえに私が選ばれた。嚮団からの刺客として。』



男の声。誰かは分からないが、どこかで聞いたことがある。
すぐに声は聞こえなくなった。

「嚮団からの………刺客?」

が呟くのと同時に、がハッとしたような表情を見せた。

、今、何て…………」

「私も分からない。この血に触ったとき、そう聞こえたの。
嚮団って……もしかしてギアス嚮団のことなの?そこからの刺客。
もしかして……ロロを狙いにきたのっ!?それとも………」

の視線がへと注がれる。
彼は瞳を地面の血へと移してから苦しそうに答えた。

「それは今の状況じゃ分からないっ。
確かに僕は、ギアス嚮団に所属していない、正体不明のギアスの使い手だ。
ギアス嚮団としては、僕の存在は邪魔になったのかもしれない。
刺客の狙いは僕なのかロロなのか、あるいはもっと別のものか……。
とにかく今は…………」

が言葉を続けようとした時、またあの、ギアスを弾く感覚がする。
今度はロロのギアスではなく、別のギアス。
誰のギアスかはわからないが、親近感を覚えるような力には目を見張った。

(このギアスは……知っている。僕と同じギアスだ。
絶対遵守のギアス……。このギアスを持つ人物が、他にも?)

そう考えて、彼は以前感じたギアスの共鳴を思い出す。
絶対遵守の力を持つのは、他にもう一人。そう……ゼロ。
そして………ルルーシュ。
彼は無言で立ち上がる。
そんなを、が首をかしげながら見た。
彼はじっとどこかの方向を見つめて何か考えている様子だった。
とても声をかけられる状態ではなく、が何か声を発するのを待つ。

………ギアスとは本当に、やっかいな力だと僕は思う。
それなのに、なんで人間はそんな力を欲しがるんだろう?
そして僕も、そんな人間の中の一人……だったのかな?」

最後にが笑った。
絶対に見ないような痛々しいもので、は無言で立ち上がる。
そっと彼の手を握れば、アイスブルーの瞳を細める彼。
にはいつも支えられてきた。それならば今度は、自分が………。
両手で手を包み込めば、の指に自分の指を絡める。
そして呟いた。

「行こう、。嚮団からの刺客は今、イケブクロにいる。」

彼女はに向かって、力強く頷くのだった。








イケブクロの駅ビルを、白い煙がモウモウと立ち込める。
辺りは煙で視界が悪くなり、その中から、逃げ惑う人の悲鳴や子供の泣き声が聞こえた。
シャーリーと話していたスザクは、すぐに警備員に自分の身分証を見せる。
ナイト・オブ・ラウンズとしてこの場を預かることを口にすると、相手は安堵の表情をした。
警備員の一人にシャーリーを任せ、消防や警察に連絡をとる。

(ゼロ………なのか?)

ルルーシュに関して、機情は彼がゼロではないと言っている。
けれどもなぜか、そのことが信じられずにはいられなかった。
白い煙を上げた駅ビルを見上げるスザク。
この中にルルーシュと、ギアス嚮団からの刺客がいるなんて、彼は思わなかった。
そしてシャーリーがルルーシュを助けるため、一人中に入ったなんてことも。

駅のビルの中では、ルルーシュが階段を駆け上がる。
ジェレミアは機械の瞳を駆使して、彼を追う。
ジェレミアにはルルーシュに確認しなければならないことがあったのだ。
階段を駆け上がる相手がルルーシュだと分かった彼は、すぐさまその後を追う。
機械の体を与えられた彼は、すぐにルルーシュに追いついた。

G列車の格納庫。逃げ場を失ったルルーシュが、振り返る。
ジェレミアは余裕の表情でルルーシュを見ていた。

「機械の体。ギアスキャンセラー……。執念は人一倍だな、オレンジ。」

「執念ではない。これは忠義………。」

「気に入らないな。あの皇帝のどこに、忠節を尽くす価値がある?」

ルルーシュは鋭く言い放った。
母を捨て、自分やナナリーを捨てた父親。
と自分が約束した未来を引き裂いた父親。
シャルルが自分やナナリーを交渉の道具などに使わなかったら、
本国でのことを待っていられたはずだったのだ。

(アイツは俺たちの仲を引き裂いた………。)

唇をかみ締めるルルーシュ。アイツのどこに、忠誠を誓える価値があるというのか!?
彼は持っていたボタンを押した。
同時に列車の屋根から機械が出現し、ジェレミアの動きが止まる。
ニヤリと笑ったルルーシュに、ジェレミアは苦しそうに言葉を発した。

「ゲフィオン……ディスターバー………」

「ほう、よく勉強しているじゃないか。ならば分かるだろ?
サクラダイトに干渉するこのシステムが完成すれば、環状線内の都市機能を全て麻痺させられる。
つまり、トウキョウが制止する………。ありがとう。君はいいテストケースとなった。
さあ、話してもらおう。嚮団の位置を。V.V.の居場所を。」

ルルーシュの言葉に、ジェレミアは答える。「話すのはそちらのほう」だと。
彼はゲフィオンディスターバーに抑圧されながらも歩き出す。
その光景にルルーシュは息を呑んだ。
ジェレミアのギアスキャンセラーから、血のような油のようなどす黒い液体が流れ出る。
それでも彼は足を止めなかった。

「私には理由がある。忠義を貫く覚悟が……。確かめなければならぬ、真実が………!!!」

「馬鹿なっ!!!動けるはずがないっ!!!」

「ルルーシュよ。
なぜお前はゼロを演じ、祖国ブリタニアを、実の父を敵に回す?」

その問いかけに、ルルーシュは一瞬ためらった。
脳裏にマリアンヌの笑顔とナナリーの笑顔、そして厳しい表情の皇帝が蘇った。
アリエスの離宮で過ごした日々も、に好きだと伝えた幼い日の思い出も。
ジェレミアの問いかけに答える決心をしたルルーシュは、皇子の顔をしていた。

「俺が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだからだ。
俺の父ブリタニア皇帝は、母さんを見殺しにした。
そのためにナナリーは目と足を奪われ、俺たちの未来まで……!!!
さらにアイツは、俺との仲までも引き裂いたっ!!!」

スイッチが折れそうになるくらい、ルルーシュはそれを握り締めた。
怒りに手が震える。
ルルーシュの答えを聞いたとき、ジェレミアは崩れ落ちながら言った。

「知っていました。初任務でした。敬愛するマリアンヌ皇妃の護衛を……。
しかし私は守れなかった。忠義を果たせなかった。
以前私がまだ軍人の卵だったころ、
同じく敬愛していたクラエス皇妃と約束したはずだったのに……。」



『ジェレミアさん。あなたが立派な軍人になったなら、マリアンヌを守ってくださいね。
私はそう、先が長くありません。だからお願いです。私の一番の友達をお願いします。』



ジェレミアは両手を地面につき、二人の皇妃の顔を思い浮かべた。
忠義も約束も果たせなかったと嘆く彼に、ルルーシュは唖然とする。
目の前の彼は言葉を続けた。
ルルーシュがゼロになったのは、マリアンヌのためだったのかと。
ジェレミアの瞳から、涙が流れた。

「私の主君は……V.V.ではなく、マリアンヌ様とクラエス様……。
これで思い残すことは何も……。」

「ジェレミア卿っ!!!!」

真実を知ったルルーシュは、すぐにボタンを押しなおした。
ゲフィオンディスターバーが再び収納され、ジェレミアを抑圧するものはなくなる。
機械の瞳が開いて、ルルーシュを見上げた。

「ジェレミア・ゴットバルト。貴公の忠節はまだ終わっていないはず。そうだろ?」

マリアンヌと同じ瞳をしたルルーシュを見て、ジェレミアは忠誠の言葉を口にする。

「イエス・ユア・マジェスティ。」

強力な味方を手に入れて、ルルーシュは笑ってみせた。






駅ビルの外では、救急車や消防車、警察がわんさかとあふれかえっている。
イケブクロに着いたは、その騒ぎに驚いて立ち止まった。
辺りは煙で白くなっており、視界も悪い。

っ!!!」

名前を呼ばれて彼女が振り返ると、インカムをつけたスザクの姿があった。
彼は人を掻き分けてから二人の元へ歩いてくる。

「スザク、この騒ぎは一体………。」

「原因はまだ分かってないんだ。もしかしたらテロの可能性があるかもしれない。
そう思って、今は僕がこのへんの指揮をとってる。」

スザクの言葉を聞きながら、は周りを見回した。
この騒ぎでは、嚮団からの刺客を探すのは難しいなと悟ったとき、
彼女は見てはならないものを見る。
青白い光を纏わせて、泣きながら歩いていく幼い少女の姿。
は大きく目を見開いた。

「バンシー………?」

少女は涙を浮かべた大きな瞳でを見たあと、駅ビルの中へと駆けていく。
やがて姿が消えた。
の手のひらは、うっすらと汗ばむのだった。





わたしのほかに神はいない。
わたしは殺し、また生かす。わたしは傷つけ、またいやす。
(申命記32の39)