ルルーシュを助けるため、ロロは止まったエスカレーターを駆け降りていく。
誰もいないフロアにロロの靴音だけが響いている……はずが、靴音はもう一つ。
最初、人の姿が見えた時はルルーシュだと思った。でもどこか違った。
よく目を凝らしてから、ロロは息を飲んだ。

「ロロ!!!」

あり得ない。彼女がこんなところにいるはずがない。
必死に否定したが、これは現実。
ロロは細い声で彼女の名を呼んだ。

「シャーリー……さん?」

彼女の握った銃が視界に入る。白い手に不似合いなそれ。
その銃を、どうするつもりだろう?そんな疑問が浮かんだ。

「ねえ、ロロ。答えて。あなたはルルーシュが好き?」

突然目の前にいた彼女が尋ねてくる。
ロロは無意識にポケットの上から携帯のストラップを握った。
そんなの聞かなくったって、あなたは知っているでしょう?
ロロはシャーリーを見つめたまま、答える。

「はい、好きですよ。だって彼は僕にとって大事な兄さんですから。」

たとえそれがブリタニアから与えられた偽りの関係でも……。
その部分は飲み込んだ。
ロロの答えを聞き、シャーリーがふわりと笑う。
銃の引き金部分にかけられていた指が離れた。
シャーリーはすぐに真剣な表情になる。

「よかった。ねえロロ!!!私も仲間に入れて!!!私、ルルを助けたいの!!!」

シャーリーの声が響き渡る。
ルルーシュと同じ、アメジストの眼差しが彼女へと注がれる。
確かに学園の中に味方ができれば心強い。しかもシャーリーは同じ生徒会。
仲間にすればルルーシュに何かあった時、うまく誤魔化してくれるかもしれない。
でも……彼女を信じていいんだろうか?
ロロの気持ちはグラグラ動いていた。
そんなロロを見ながら、シャーリーは微笑みながら言葉を続ける。

「私、ルルが一人で戦ってるって分かった。お願いロロ。
私、ルルに幸せを取り戻してあげたい。もちろん、ナナちゃんだって……」

シャーリーがそう言った瞬間、ロロの中で変えることのできない答えが出た。

(やっぱりあなたも、その名前を口にするんですね!!!)

ロロはギアスを発動させた。彼以外の時間が止まる。
人なんて、簡単に殺せる。昔からロロはそのことを知っていた。
動きを止めたシャーリーから銃を奪い、なんの躊躇いもなく引き金をひく。
パン!!!という乾いた音と、彼女から離れるロロの靴音が響く。
シャーリーが倒れたのは、ロロがその場から去ったあとだった。

「ジェレミアは味方になった。今アイツに敵を排除させている。
ああ、アイツは仲間だから戦うな。」

走りながらルルーシュは携帯の相手に向かって指示を出す。
息を切らせながら屋上へ向かう途中、人が倒れているのが視界に入った。
いつもなら気にしないのだが、今回ばかりは違った。
ルルーシュは吸い寄せられるように倒れている人に近づいた。
長い髪がうち広げられ、地面に赤い池ができている。
鉄の匂いがルルーシュの鼻を刺激する。
倒れた人物を見て、彼は目を大きく開いた。

「どう……して、シャーリーが……?」

ふらつく足をしっかり地面につけて歩み寄る。
震える声で名前を呼べば、シャーリーはうっすらと目を開いた。
弱々しい呼吸と言葉が吐き出される。
「最後にルルに会えた」と、彼女は笑った。
ルルーシュはすぐに医者を呼ぼうとしたが、シャーリーの手がそれを拒んだ。

「ルル、私ね、記憶が戻ったの。最初はみんなが嘘ついてるようで怖かった。
記憶のない友達、先生……。私は一人孤独で……。
でもルルは、ずっと一人で戦ってきたんだね。
私はそんなこと知らずに、平和に過ごしてきた。ルルが、忘れさせてくれたんだよね。
私が傷つかないようにって……。」

シャーリーの瞳が和らぐ。傷口から真新しい血が吹き出てきた。
深紅……。不謹慎にも、ルルーシュは彼女の血が、とても綺麗だと思った。
シャーリーはルルーシュへと笑ってみせる。

「ねぇルル。私ルルが好きになれてよかった。
最後にルルと恋人同士になれて、凄く嬉しかったよ。
ルルとデートしたり、生徒会で過ごしたり……。私は十分幸せ。
だからルル、私はもう、ルルが恋人じゃなくていい……。」

「え……?」

ルルーシュが小さく声を上げる。
シャーリーはクスッと笑って言葉を続けた。

「知らないとでも思ったの?ルルの本当に好きな人。
私じゃなくて、、でしょ?ルルを見てたら分かるの。
彼女と話す時、ルルの表情が優しくなる。
ルルが自然と目で追ってるのは、いつも。」

「……シャーリー。」

「彼女が学園に来てから、勝てないってすぐ分かった。
へのルルの想いは本物。まるでルルが、を昔から好きだったみたいな気がしたから。
でもルル、私生まれ変わってもまた、ルルを好きになっていいよね?」

シャーリーの瞳がだんだん細くなる。
ルルーシュだけを見つめて、赤い唇を懸命に動かす彼女。
ルルーシュは叫んだ。「死ぬな!!!」と。
ギアスは王の願いを叶えようと、しきりにシャーリーに働きかける。
だがその力は、一度きりの力。
すでにルルーシュによってかけられたギアスが、死ぬなという命令を無効化する。
涙を流すルルーシュを見ながら、シャーリーは遠くなる意識の中で必死に言葉をつむいだ。

「ルル、何度生まれ変わっても、私はルルを……好きに……なる。」

シャーリーの手が、深紅の絨毯へ落ちた。
静かな時が流れ、そのあとすぐ、ルルーシュの咆哮がフロアに響く。
ギアスはまた、彼の大切な人を奪ったのだった……。








シャーリーが息を引き取る頃、外にいたは必死に駅ビルの中へと入ろうとしていた。
バンシーがビルの中に入っていったからだ。

「私を行かせてスザクっ!!!」

「ダメだよ!!!これはもしかしたらテロかもしれないんだっ!!!
皇女の君を、行かせるわけにはいかないっ!!!」

スザクがを抱き締める。彼女はスザクの胸に顔を埋めて叫ぶ。
「バンシーがロロを連れていく!!!」と。
その時二人の横を、一人の少年が通りすぎた。

っ!!!」

「僕が行く。僕なら問題ないだろ?忌まわしい力も持っているしね……。」

自嘲ぎみに彼が笑う。
スザクは彼の名前を叫んだが、長身の姿はすぐに白い煙の中へと消えていった。
スザクの胸に顔を埋める彼女を抱き締めたまま、彼はインカムで連絡をとる。
救急車を一台用意して欲しい……と。

が足を踏み入れた駅ビルはとても静かだった。
けたたましいパトカーの音でさえ、ここでは小さく聞こえる。
護身用の銃を取り出した彼は、注意しながら上へと進む。
先程このビルの中で、ギアスの反応があった。は別のギアスとの共鳴を感じたのだ。
もちろんその中に、ロロのギアスもあって……。

が上へ進むと、一つのフロアで人の気配がした。
すぐにエスカレーターを駆け上がったが、人の姿はない。
構えた銃を下ろし、は呼吸を整える。
ぐるりと辺りを見回した時、の時間は止まった。いや、空気さえも止まったのだ。
の視線の先に、あり得ない光景がある。

血まみれのシャーリー。

その顔は、不思議なくらい穏やかだった。
8年前の戦火をくぐってきた彼は、一瞬にして理解する。シャーリーがもう、手遅れなことに……。
唇を噛み締めたは、銃をしまってシャーリーを抱きかかえる。
まだ生暖かい。生きてるみたいなのに……。
歩くたびに、彼女から血がしたたる。地面にできた赤いシミは、足跡のよう。

シャーリーを抱えたは、駅ビルを出てとスザクの元へ向かった。
彼らの元へ着いた時、は静かに二人に告げた。

「バンシーが迎えにきたのは……シャーリーだったよ……。」

とシャーリーの姿を見た時、はどさりと崩れ落ち、スザクは呆然とたたずむ。
やがてが、大きな声で泣き出すのだった。






そして君のいのちは 自分の境界を知りながら 君の中で
あるいは地に沈む石となり また昇り行く星となる。
(リルケ)