広いダイニングで、とモルガンが向かい合う。 二人のほかに人はいない。メイドも執事もユーサーでさえ。 カップに一度口をつけたモルガンは、どこか遠い目をして話し始めた。 「、なぜこのアルビオンの長は我が一族、しかも女が務めると思う?」 「え………?」 突拍子な質問に、は戸惑う。 答えても、よいものだろうか? が教えてくれた、神の子についての話を。 答えるのをためらっていると、モルガンがすこしはにかんだ。 「分からないだろうな。 私やクラエスは、お前に真実を伝えてはいないのだから。 、我が一族の女には昔から、妖精の力が宿るのだよ。 初代アルビオンを治めていた我が一族のご先祖様は、半分妖精であり、半分人間だったのだ。 まぁ妖精と言ってもおそらく、おとぎ話に出てくるような妖精ではなく、 特殊な力を持った人間のことだとは思うがな。 だがそのためか、この家に生まれた女の子には必ず、妖精の力……つまり特殊な力が宿る。 その力が現れてくるのは、丁度くらいの年からだ。」 「神の………子。」 「………、それをどこで?」 ジロリとモルガンの瞳が目の前の彼女を捕らえる。 気迫があって、とっさには首をすくめた。 小さい声で「が……」と答えると、祖母は「アイツ……」と小さく呟いた。 そのままカップをソーサの上に置く。かちゃんと高い音が響いた。 「神の子の話を知っているのなら、そこまで詳しい説明はいらないな。 とにかく、この国にとって昔から妖精の力はなくてはならないものだった。 しかし私は、それを使わなくなったのだ。 理由はいくつかある。一つは、私がみな平等の国を作りたかったからだ。 それに加え、私自身が半分妖精ではなく、ただの普通の人間でありたかったから……。 だから力を封印した。けれども最大の理由は………」 妖精の力を使用することで、保持者の寿命が削られていくからだ。 「えっ…………?」 は大きく目を見開く。モルガンは小さく笑って言った。 「代償さ、。力を使うには、代償を支払わなければならない。」 モルガンの言葉を聞いて、の頭にのことが浮かんだ。 だってギアスを使うとき、その代償に自分の記憶を犠牲にしている。 何も、言えなかった。ギブアンドテイク。それが力を持つ者に対する掟。 「自然……ではないだろう?生きるものとして、寿命を削り力を使うなど。 力などなくてもよかったのだ。だが、運命からは逃れられない。 私は力を保持してはいるが、使わなかった。だが……クラエスは力を使った。」 「お母様……が?」 静かに頷くモルガン。 「あの子は寿命を削ると知ってて、世のため人のために力を使い続けた。 クラエスは優しい子だったからな。困っている人を放ってはおけなかったんだろう。 その結果、クラエスは………。」 「待っておばあ様っ!!!けど、お母様は病気で亡くなったんじゃ!!!」 そうは目の前の祖母に向かって叫んだ。 確かに母は、病気だった。咳が止まらず、荒い呼吸。 いつもいつも高い熱を出し、ベッドで横になっていた。 苦しそうな顔。でもやブリタニア皇帝を見ると、無理に笑う。 たくさんの薬を飲み、それでも治らなかった。 「そうさ。病気でなくなった。妖精の力の代償……という病気でな。 病気の源は妖精の力だ。あれは確実に、クラエスの体を蝕んでいた。 もともと体の弱い子だったクラエスだ。その病気はすぐに進行したよ……。」 絶句する。クラエスは、ただの病気で死んだのではないと……。 あの頃はまだ、も幼かった。夢や希望に溢れていた時期だ。 彼女にとって、母の死は悲しいものだった。けど、まだその重さを理解していなかった。 父親や祖父母、ルルーシュたちがいるから悲しくないとさえ思っていた。 真実は………隠されていたことも知らなかった。 「それが、お母様の死の真相………。そして、この家に生まれた一族のさだめ。」 「残酷なさだめ……だろう?だから私は、お前に力のことを話さなかった。 知らないほうがよいことだと思っていたから。でも、お前は知ってしまった。 血は争えないのかもしれない。本当には、クラエスにそっくりだよ。」 厳しい表情だったモルガンが、ふわりと笑った。 まるで諦めがついたような、肩の荷が下りて安心しているような顔。 彼女は最後の紅茶を飲み干すと、静かに呟いた。 「真実を知って、これからお前がその力をどうするかは任せる。 使う使わないは、が決めろ。お前のさだめだ。私が口出しすることじゃない。」 ガタリとイスを動かす音がする。 モルガンはそのままダイニングを出て行った。 一人取り残される。自分の手元に視線を落とす。 膝の上で握っていた拳が、小さく震えていた。 「震えてる……。そっか。私…………」 怖いんだ。自分の力が。そして、自分の運命が。 私は、この力をどうするの?どうすればいいの? お母様………。 デヴァイサースーツを着たロロは、大きく目を見開き息を飲んでいた。 彼に対峙する、一人の少年。 輝くばかりの銀の髪。美しいほどまでに澄んだアイスブルーの瞳。 見間違うはずがなかった。 「にい…………さん?」 やっとの思いで言葉を口にする。目の前の兄は微笑んだ。 いつもの柔らかい微笑みで、ロロは少しだけ安心できた。 「ロロ………。やっぱりお前は、黒の騎士団に協力していたか。」 全てを見透かしているような発言。 心臓がバクバクしている。もっと責められるかと思っていた。 裏切り者だといわれるかと思っていた。でも兄は、そんなこと言わなかった。 「どう、して………」 どうして分かったの? どうして兄さんがここにいるの? どうして僕を責めないの? どうしてルルーシュを捕まえないの? どうして姉さんも一緒じゃないの? 何から聞けばいいのか分からない。 心の中が、頭の中が、自分の中がぐちゃぐちゃだった。 「なんとなく、そんな気がしたんだ。 僕はカンがいいし、他の人のギアスも感じることができる。」 「僕を……責めないの?僕はブリタニアを裏切ったんだ……」 拳を握った。の目が細められる。 けれどそれは、決してロロをとがめているようには見えなかった。 まるで、自分をとがめているような瞳。 曖昧に笑って、は呟いた。 「確かに、ブリタニアに所属していながら、黒の騎士団に協力しているのはいただけない。 けれど、それはおあいこだ。僕だってたった今、この場所にいる。 今からギアス教団の殲滅に協力しようとしている。誰の意志でもなく、僕の意志でだ。」 真実を、知るために………。 最後にはそう付け加えた。 その言葉で、ロロはなんとなく分かった。自分の兄が、己の過去を探し始めたことに。 遠くで爆音がし、目の前の張りぼてが解体されていく。 ルルーシュの部屋が再現してある張りぼて。その中でV.V.と話すルルーシュ。 今から教団を殲滅する。かつて自分の家だったところを、壊しにいく。 ロロは心の中で呟いた。 (やっと……だ。長かった。ここは僕の家なんかじゃない。壊れたっていい、こんなとこ。 僕にはちゃんと、帰る家があるんだ。僕はさ、反命のロロだから。 けどもう、この名前はいらないよ。 ここが壊れれば、戻って報告することなんてできないから……。) 「V.V.の居場所は特定できた。全軍、ポイントアルファ7を包囲!!!」 無線からC.C.の声が聞こえてくる。 はフッと小さく口の端を上げた。そのままロロを見らずに言う。 「ロロ、もしもお前がこのまま黒の騎士団に残るのなら、戦場で会うときは敵だ。 その時は僕が直々にお前を殺す。だから………ここで死ぬなよ。」 「兄さん………。」 銀の髪をもつ少年は、ロロに背中を向けてランスロット・クラブへと歩き出していた。 そして彼の言葉に含まれる、ロロを心配する兄の気持ちに気付く。 ロロも遠ざかる背中に向かって叫んだ。 「兄さん!!!もし兄さんが敵になったら、僕が兄さんを殺す!!! だから兄さんも、こんなところで死なないでよっ!!!」 が軽く片手を上げ、そのままランスロット・クラブへと乗り込んでいく。 ロロは遥か先にそびえる教団の本拠地に視線を向けた。 今から人を殺しにあそこへ行く。あそこにはきっとまだ、兄弟たちがいるはずだ。 ごめんねと心の中で謝った。でも、僕みたいに辛い思いをしながら生きるよりは…… この手で眠らせてあげたほうが………。 ロロもヴィンセントに乗った。 自分の手を見つめ、微笑む。 「やっぱり僕は、汚れているんだね………。」 ナイトメアの中でそう呟いたのは一人じゃなかった。 もまた、自分の手を見つめていた。 「僕はやっぱり、汚れている。 約束、やぶっちゃうかな。との………。殲滅なんて許されない。 人の命を奪うのは、まっぴらだ。だから僕は………教祖だけを殺そう。」 まっすぐ見つめる。教祖V.V.。 彼はのギアスについて、自身について、何か知っているだろうか? 知っていればいいと願いながら、はランスロット・クラブを発進させるのだった。 これが僕の道………その先に おお 楽園がまつ (ポル・ヴェルレーヌ) |