スザクはこのとき、捕虜となったカレンと向き合っていた。 全ての証拠が、ルルーシュは白だと言っている。 けれども彼の心は、ゼロはルルーシュであると確信し始めていた。 ブリタニア皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。 一年前、ブラックリベリオンを引き起こし、ゼロとして捕らえられた。 皇帝により全ての記憶を消され、再びエリア11で生活をしている。 もし彼が全ての記憶を取り戻しているとするならばおそらく、との幼い頃の記憶も………。 スザクは唇を噛んだ。の心はきっと、自分からは離れない。 そう確信していても、やはり不安だった。 確かな証拠がほしい………。ゼロが、ルルーシュであるという確かな……。 スザクは茶色い箱を開いた。 そこにおさめられたものを見て、カレンは目を大きく開く。 リフレイン……。懐かしい、昔に帰れる。 けれども彼女は、その怖さを知っていた。カレンの母親は、リフレイン中毒者だから。 じりじり近づいてくるスザク。少しずつ後ろへ下がるカレン。 彼女はその時、小さくすがるように名前を呼んだ。 「助けて……………っ。」 その名前は、カレンが心の底から信頼しているうちの一人の名前だった。 その頃は、モルガンとの話を終え、一人エリア7にある墓地へと来ていた。 目の前には母の墓があった。でもそれは、飾りだけの墓。 本当の墓はブリタニア本国にあり、彼女はそこで眠っている。 沢山の花が一年中咲き乱れる、美しい庭園の中で。 その庭園の名前は………メメントモリ。 はその飾りだけの墓の前に座り、少し笑って話しかけた。 「お母様、私……おばあ様から本当のことを聞きました。 お母様が死んだのは、妖精の力のせいだって。力を使い続ければ、寿命が短くなることも。 それを知っていながら、お母様は力を使い続けた。 それがお母様の運命の選択。ねぇ、私はどうすればいいの? おばあ様には好きにしなさいって言われたけれど、私には分からない。 力を使うのが正しい選択なのか、力を使わないのが正しい選択なのか。 こんなこと、お母様に聞いても困るよね………。」 はそっと、墓に彫ってある字をなぞった。 その時、彼女に黒い影が落ちる。モルガンだとは思った。 でもそれは違った。彼女の近くにいたのは、優しい顔をしたユーサー・ペンドラゴン。 モルガンの夫であり、の祖父。 「やはりここにいたか。モルガンに力のことを聞いたんじゃろ?」 「おじい様…………。」 は立ち上がった。老いぼれてはいるものの、より体格はよい。 ぽんぽんと彼女の頭を撫でたユーサーも、クラエスの墓に視線を落す。 「クラエスはな、本当に心の優しい子だった。 力のことを知った時、クラエスはなんて言ったと思う? 彼女は拳を握ってこう言ったんじゃ。『よしっ!』っとな。 あの時は私もモルガンもあっけにとられたわ。 今のみたいに、もっと困った顔をするかと思ったんじゃがな。 でもあの子はそれから、他人のために力を使い始めた。 最後のほうには私もモルガンも、クラエスの潔さに関心したほどだった。」 そこで一度、ユーサーは言葉を切る。 彼が頭上に広がった大きな空を見上げたので、も見上げる。 青空に浮かんだ白い雲が、ゆったり風に乗り流れていく。 ユーサーは雲を見ながら話を再開した。 「でも多分、クラエスも人の知らないどこかで、と同じように悩んでいたのかもなぁ。 妖精の力には、あのモルガンでさえ悩まされていたほどじゃった。 も知っての通り、私とモルガンは十代で結婚した。 モルガンの力が咲き始めた時、私たちはもう、結婚しておった。 私は妖精の力に悩む彼女の支えになれないかと、毎晩考えたよ。 そんな時だった。私がこの力に出会ったのは。」 「…………え?」 ユーサーがそう言ったので、は眉をひそめた。 この力に………出会った?どういうこと? 空を見ていたユーサーが、一度顔を伏せる。 次に彼が顔を上げたとき、瞳にあり得ないものが映っていた。 それはのよく知るマーク。 にも、ロロにもある呪いのような烙印。 「おじい様…………そのマークは……………。」 「そうじゃ……お前のよく知っている、ギアスのマークじゃ。」 ユーサーの両眼はうっすら赤く光っており、ギアスのマークが出ている。 それは彼が、契約者である印だった。 幼い頃からずっと一緒に住んでいたのに、全く気付かなかった。 「どうしておじい様が……ギアスを………」 「モルガンの苦しみを理解するためじゃった。私のギアスは人の心の声が聞こえるギアス。 もちろんそれは、聞こうとしない限り聞こえてこないものじゃ。 私はこの力が……嫌いじゃった。 心の声を聞くというのは、人の心の中に土足で入り込むような行為。 私は悩み、苦しんだ。でもそれは………モルガンの苦しみを理解するため。 この力に苦しんだ時、初めて私は分かった。ああ、モルガンはこんな苦しみの中に生きている……。」 「おばあ様はそのこと………」 が尋ねる頃には、ユーサーの両眼に浮かんだギアスのマークは消えていた。 彼女の前にいるのはただ、いつもどおりのユーサーだった。 彼はの質問に、ペロリと下を出して答える。 「もちろん知っておる。馬鹿者と怒鳴られたよ。 そんなくだらない理由で、お前は簡単にギアスを与えるものと契約したのかと。 でも私にはくだらない理由ではなかった。全ては愛する者を理解するために……。 そう言えば、モルガンは笑った。 、お前が妖精の力を持つのには多分、理由があるのじゃ。 それは世界を救うためかもしれない。 もしくは友達を救うためかもしれないし、今の世界を滅ぼすためかもしれない。 でもその理由を作るのは、お前の考え次第じゃ。 世界を滅ぼしたくないと思うなら、使わなければよい。 クラエスのように、他人を助けたいと思うのなら、力を使いなさい。 しかし代償を………忘れるんじゃないぞ。」 ポン……と、肩にユーサーの手が乗せられる。 目の前のユーサーが笑った。目元が母であるクラエスとそっくりで………。 は一筋、涙を流した。まるで目の前にクラエスがいるようだった。 「分かったなら、もう行きなさい。お前を待ってる人がいる。」 ユーサーの手が離れた。は涙を拭い、明るい声で言った。 「はい、おじい様!」と。ちょうど、城の遣いがを呼びに来る。 の準備ができた……と。は駆け出した。 途中で振り返り、彼女はユーサーに大きく手を振る。ユーサーはにっこり笑った。 そのまま、彼女が広い大空へで飛び立つのを見届ける。 黒い機体が白い雲に隠れた時、ユーサーは小さく呟く。 「大丈夫じゃよ、。お前なら、その力をうまく使うことができるはずじゃから。 だってお前は私とモルガンの孫じゃからな。」 ユーサーがそう呟いてる別の場所で、 モルガンも飛び立った黒い機体を見ながら、ユーサーと同じ言葉を紡いでいるのだった。 *** ギアス教団内では、C.C.が目に涙を浮かべながら脱出しようとしていた研究員を見ていた。 「すまない。これはお前達を放置した私の罪だ。 だから、ギアスの系譜はここで終わらせる。それが、私とルルーシュの………」 爆発が起こり、研究員達はギアスに関するデータと共に散った。 そんなことは知らずに、V.V.は最下層にある黄昏の扉へと向かっていた。 体はボロボロで、立って歩く力さえない。 V.V.の前に、威厳の座った男が姿を現す。 彼はにっこり笑って、その姿に近づいていった。 「よく来てくれたね、シャルル。やっぱり最後に頼りになるのは兄弟だね。」 シャルルは口を開く。 「ルルーシュに刺客を送ったのは本当ですか?兄さん……。」 「おかげで仕返しされちゃった。 でも、面白いものも見れたよ。ルルーシュにくっついて現れた・ルシフェル。 シャルルにも見せたかったな。歴史に名を残さなかった、僕たちのご先祖様………。 それに、ルルーシュがゼロだってことも分かったよ。 ナナリーも騙していたんだ、あいつは。」 「…………兄さんはまた、嘘をついた。」 その時ルルーシュと一緒に最下層を探索していたは、ぞくりと寒気を感じた。 自分の中で、ギアスが震える感覚。 次に襲ってくる恐怖。何かが怖かった。その何かが、には分からない。 ランスロット・クラブが動きを止めるのを不審に思うルルーシュ。 そこへ、生体反応を示す数値が画面に表示される。 「ここで生体反応………?」 近づいてみれば、コンクリートの割れ目から光が漏れている。 はとっさに危険を感じて、すぐさまルルーシュへ叫んだ。 「ルルーシュっ!ダメだ!そこに近づくな!得たいの知れない何かがっ………!」 僕たちを襲おうとしているっ! の言葉より早く、ルルーシュは神根島の時と同じ力に飲み込まれた。 V.V.が満足そうに笑みを浮かべている。 ルルーシュが力に飲み込まれた直後、そのままも同じように……飲み込まれた。 二人が気付くと、そこに神殿が広がっていた。 いつナイトメアから降りたのかも分からない。 「俺はいつ蜃気楼から?、ここは………?」 「僕にも分からない。でもすごく……嫌な予感がするんだ。 言いようもない恐怖が………僕を襲う。この重苦しい空気。 そしてこの重苦しい……ギアス……。」 は足の力が抜け、どさりと片ひざをついた。 それをルルーシュが助け起こす。 「大丈夫か、?どうやらこれは、ホログラムとかじゃなさそうだ。」 ルルーシュがそう言った時だった。 支えたが、一瞬だけピクリと肩を震わせる。 そこに現れた人物は………。 「その通りだ! そしてナイトメアなど無粋なもの……アーカーシャの剣、このシステムの前にはない。 わが息子、ルルーシュよ!時は来た。あがないの時がな………。」 ルルーシュは目の前に現れたシャルルに鋭い視線を送った。 そのまま咆哮する。 「キサマ―――――――――っ!」 「ブ………ブリタニア、皇帝…………。なぜあなたが……ギアスを?」 は瞳を揺らした。 彼はのよき父であり、の母のよき夫……であったはずなのに。 どうして―――――――? どんなそよ風にも身をささげ、ゆだねよ。 そよ風はおまえをいつくしみ、ゆさぶるであろう。 (リルケ) |