が王位を継承してから3年。
父や戦争に反対していた兄たちは、いなくなった。
の住む宮殿には、いつも花が咲き乱れ、蝶が舞い、明るい笑い声は絶えなかった。
王位継承後に結婚し、エリーという娘を妻に持ったは、大好きな母と妹のリズ、
親友のU.U.と楽しく暮らした。
平和な時間の中で、新しい命にも恵まれた。
の血を引く初めての子だった。ロイと名づけられた赤ん坊は、にそっくりな男の子だった。
ロイを腕に抱きながら、家族と友人と平和に暮らすことが、にとって何よりの幸せで・・・。
アストリアの国民たちにも、この3年でずいぶん明るい笑顔が戻っていた。

(このままずっと、幸せが続けばいいのに・・・・。守りたい。この平和を・・・。)

そのためには・・・僕だけが汚いことをすればいい。ギアスを・・・・。

そう呟けば、いつでもU.U.が彼に寄り添った。

、僕たちは2人で1人だ。は僕と生きる。僕はと生きる。
そういう約束だ。が作る世界は、きっと僕たちが生き続けるのに価値のある世界になるよ。」

ふわりと笑ったU.U.の笑顔には、を安心させる効果があった。
どんなに不安でも、この先、死が訪れないと分かっていても、U.U.となら大丈夫だ。
不思議とそんな気がしていた。
大好きな母とリズの死に目にあっても、愛したエリーの最期に立ち会っても、
年をとって死に逝くロイを看取っても、の命はずっと続いていく。
ギアスを持った罰。人間を超えてしまった罰。
その罰を背負ってでも、世界を平和にしたかった。
願っていたはずだった。平和を・・・・。しかし・・・平和はついに、破られてしまった。

隣の国の軍隊がアストリアに攻め入ったのは、夜明け前だった。
燃え上がる街。女性の悲鳴と、子供の泣く声、男たちの戦う声。
何百と攻め入る敵兵に、アストリアは崩れていった。
とU.U.は前線に立ち、敵兵と戦った。
体が血で汚れる。仲間たちが死んでいく。けれども、2人は死ななかった。
はそのとき、自分が不老不死であることを深く実感する。
しかし、この足が動き続ける限り戦う。大切な人を守るため。民を、守るために・・・。

次第に仲間の兵士が減り始め、たちアストリア軍と国民たちは王宮に逃げていく。
もう領土の半分以上は、隣の国の軍隊が占拠してしまっていた。
体勢を立て直し、アストリアの国を奪還するため、は上から敵兵を睨んでいた。

(どうして平和に暮らそうとしないんだ!どうしてみんな、平和を奪っていくんだ!
どうして人を殺してまで、領土を手に入れようとするんだ・・・・!
国を豊かにするために、戦争をするというのか!
これでは父と・・・・アストリア皇帝と同じではないか!)

ギリッと唇をかみ締め、拳を握る。怒りで拳が震えた。
心の奥底で闇が・・・憎しみがふつふつと沸いてくる。
その瞬間、ちくりと片目がうずいた。頭がガンガンする。
遠くで敵兵の雄たけびが聞こえ、大地を駆ける馬のひずめの音が聞こえ始めた。
こちらに向かってきている。何百という、いや・・・何千にもなった敵軍が・・・。

(この王宮は最後の砦!ここを奪われてしまっては・・・・!
させるものか!アストリアは、僕たちアストリア国民が取り返すっ!
あんな野蛮な人間どもに、アストリアを渡すものか!世界を・・・作らせるものか!!)

は静かに剣を抜く。胸の奥に湧き上がった憎しみが、次第に膨れ上がってくる。
それと同時に、ドクドクと心臓が脈打ち、頭痛もひどくなる。
うずいていた片目からは、焼けるような熱さと痛みを感じた。
何かが・・・破裂しそうだった。

!敵軍が押し寄せてきた!ここを落とされては、アストリアはもう・・・っ!」

と同じように、鎧で体を覆ったU.U.がそばへとやってくる。
剣を携えたは、静かに振り返った。
その瞬間、U.U.はハッと息を呑む。何かを言いかけようとしたとき、は大きく叫んだ。

「みんな!王宮を守れ!!死ぬ気で戦え!!僕も死ぬ気で戦う!
アストリアは・・・・僕たちアストリアの人間で守り抜くんだっ!!!」

ワッという声が上がるのと、U.U.の顔が真っ青になるのとが重なった。
彼の「ダメだっ!」という声は、走り出した国民の声にかき消されていく。
の横を、国民たち全員が駆け抜けていった。
年寄りも、子供も、女性も、男性も、みんな手に武器を持って・・・・。
その異変に気づいたのは、戦闘力のない国民たちが敵兵とぶつかった瞬間だった。

「・・・・・ど、どうして国民たちがみんな、戦いに行くん、だ?
どうして女性や子供たちも戦いに行くんだ?
僕は・・・・そんな風に言ったつもりはないんだ・・・・。それなのに、どうして!?」

呆然とするの目の前で、弱者はみんな切り捨てられていく。
それでも彼らは、戦うことをやめようとしなかった。
その光景を辛そうに見つめていたU.U.は、の目の前に自分の剣を差し出して言った。

。この剣で、自分の顔を見てごらん?」

U.U.に言われたとおり、は磨かれた剣に自分の顔を映した。
赤くなった片目に、はっきりとギアスのマークが映し出されている。
消えることのないそれは、自分を主張しているようにも見えた。

「これは・・・・どういうっ・・・・!?僕はギアスを使った覚えは・・・・!」

「よく聞いて、。これはギアスの暴走だ。
さっき、片目に違和感を感じなかったかい?」

「そういえばさっき、急に頭が痛くなって、片目が熱くなった。痛みもあった・・・。
ギアスの暴走って・・・・・」

片目を抑えるから視線をはずし、U.U.が小さく言葉を紡ぐ。

「ギアスの力を抑えることができなかった人間は、ギアスを暴走へと導き、
そのまま・・・・破滅へと向かってしまう。、君のギアスも暴走してしまったんだ。
君はさっき、ギアスを暴走させたままこう言った。
『みんな、王宮を守れ。死ぬ気で戦え』と。
君のギアスは、聴覚を介しての絶対遵守のギアス。つまり、君の言葉を聞いた彼らは・・・・」

U.U.の言葉を聞きながら、は大きく目を開く。
向こう側から、彼のよく知る人物が3人駆けてきた。
長い髪をなびかせ、険しい顔でかけるその女性たちの手には、不釣合いなほどの武器が握られている。
妖しく光るその武器から、は目を離せなかった。
彼とU.U.の横を、彼女たちが何も言わずに駆け抜けていく。

時間が・・・・止まったようだった。

はらりと一筋、の瞳から涙が零れ落ちる。
その瞬間、は瞬時に振り返り、3人の背中に向かって叫んだ。

「・・・・母さんっ!!リズっ!!エリーっ!!!
行くなっ!!!そっちに行っちゃだめだ!!!
行くなーーーー!!!行っちゃだめだーーーーーー!!」

とっさに走り出す。しかしU.U.がにしがみつき、行かせまいとする。

「離せU.U.!このままじゃ、母さんたちがっっっ!!」

「行っちゃダメだ!!君が捕まったら、アストリアは終わりなんだっ!!
君は死なない体だ!!それゆえに敵国は君を、実験台に使うだろう!!
それだけはダメだ!!!」

「僕が捕まらなくてももう、アストリアは終わりだ!!終わりなんだっ!!
みんな!行かないでくれっ!!!もう、十分だろっ!?
ギアス・・・!お前は僕から、全てを奪ったんだ!!!もう、満足だろっ!!!」

は必死に抵抗した。U.U.の拘束を解いた瞬間、視界の先のほうで赤く花が散る。
街は焼け、土煙が舞う広い荒野で倒れる女性たち。
その中で、妹のリズがをほうを向き、小さく口を動かした。

『おにい、さ、ま・・・・・』

声は聞こえなかった。
崩れ落ちる肢体。は目を離せなかった。いとしい人たちの死から・・・・。
音が聞こえなくなり、頭の中は真っ白だった。

「あ・・あ・・・あっ・・・・うわあああアアアアアアアアーーーーーーーっ!!!」

状況を理解した時は、獣のように大きく叫んだ。
その咆哮は、国民たちの散っていく命の音にかき消されていった。

どこで間違ったのか、分からなかった。
この世に生まれてしまった時点で、間違っていたのかもしれない。

ギアスは人を、孤独にする・・・・。

今ならその言葉がよく分かる。
力の抜けたその体に、暖かいものが触れる。
ゆっくり顔を向けたその先に、耳の聞こえない老人がいた。
彼はにっこり笑って、腕に抱えていた赤ん坊をに差し出した。
小さくぐずっているその子は、にそっくりなロイ。

、今は逃げるんだ!
エリーたちが残したその子は、君にしか守れない・・・。だから・・・・っ!」

は老人からロイを受け取ると、そっと額にキスをした。
ぐずっていたロイが表情を変え、ににっこり笑ってみせる。

っ!!!時間がないっ!!!」

顔を上げると、敵軍がすぐそこまで来ていた。

アストリアはもう終わった・・・。

だが、アストリアの血は・・・自分の血はまだ続いている。

ロイが生きている限り・・・。

どこかで間違ったかもしれない。人を超えた力を手に入れた罰かもしれない。
けれども、この腕の中で笑うわが子だけは守りたい。守ってみせたい・・・・!

は馬に飛び乗ると、アストリアの外へと駆け出した。
人間でなくとも、人間の親でありたいと思いながら・・・・。

・・・・これが自分の記憶。忘れていた・・・・・罪の記憶。







すべては沈んでしまう。私だけが残る。
(ホルツ)