稲姫は真田との和議をなすため、真田昌幸の長男である真田信之へ嫁いだ。 彼には一人、弟がいた。 真田幸村……。 戦場で何度か刀を交えたことがある人物。 昔は敵同士であったが、今では義姉弟。 上田の城では、仲良く平和に暮らしていた。 そこに、もう一人増えた家族……。幸村にもついに、妻ができたのだ。 見合いを断り続けた幸村が、すぐに祝言を上げると決めた相手に、稲姫は興味があった。 どんな妹ができるのかと、ワクワクした気持ちで幸村の相手が上田城へ来るのを待ち侘びていた。 そして彼女はやってきた……。 (なんて綺麗な子……。) きちんとほどこされた化粧に、豊かな黒髪。 柔らかい眼差しと、優雅な振る舞い……。そして、噂通り聡明な少女であった。 「真田幸村の妻となりました、と申します。 ふつつか者ではございますが、お世話になります。義姉上(あねうえ)……。」 こんな美しい妹ができ、稲姫も悪い気はしなかった。 彼女はの手を取ると、優しく言った。 「妻同士、一緒に真田家を支えていきましょうね。」 「は、はいっ!!」 だが、運命の歯車はどこかで狂ってしまった。 秀吉が没し、天下が家康と三成の二人によって二分された時、 真田家もまた、二分されてしまったのだ。 家名を残すための、残酷すぎる手段だった。 信之と稲姫は家康へ。 昌幸・幸村・は三成へ……。 どちらかが負けても、どちらかは必ず残る……。 それは関ヶ原の戦いが証明した。信之は残り、幸村は追放された……。 そして……。大阪夏の陣……。 「幸村っ!!もうやめて!!あなたは家康殿を追い詰め、日本一のもののふとなった。 もういいでしょう!?命を捨てに行くなんて……。ねぇっ、妻ならば、幸村を止めて!!」 傷ついた体をやっとのことで起こし、目の前に立つ真田夫婦をみた。 二人は覚悟を決めた目をして稲姫を見ている。 幸村が口を開いた。 「義姉上……。私はまだ、生き様を示していません。 例え私一人になろうとも、私は私の生き様を世に示す……。 家康殿を倒すという、生き様を……。それで命果てるなら本望です。」 どうか、お健やかに……。 最後、幸村は稲姫の顔を見らずに言った。 救いを求めるように彼女はの顔を見る。 穏やかな表情を浮かべた彼の妻。 「……義姉上、私はあなたが私の義姉上であったこと、大変自慢でございました。 これまで色々とありがとうございました。」 ゆっくりと頭を下げ、パタパタと幸村の背中を追っていく義妹(いもうと)に、 稲姫は叫び声を上げることしかできなかった。 「、そなたは最後まで私についてきて下さいますか?」 歩きながら幸村が呟く。 は幸村の豆だらけの手を握り、にっこり笑って答えた。 「はい。もちろんでございます。私は最後まで、幸村様について行きます。」 その返事を聞き、幸村はの手を強く握り返すのだった。 |