ブリタニア政庁内にある寄宿舎。
ここにはスザクやアーニャ、ジノが住んでいる。
スザクが一等兵の時の寄宿舎とは全く違い、ゴージャスなつくり。
部屋は広く、ベッドはふかふか。出窓とテラスつき。
そんな寄宿舎で、キッチンのほうからなにやら、カチャカチャと音が聞こえてくる。
コーヒーを飲みに来たスザクは、眉をひそめてキッチンに向かった。

そこにはあるはずのない姿があった。
その人物は、普段降ろされている長い髪を一つに結び、フリフリのエプロンをつけている。
頭にはなぜか猫耳がついていた。スザクは目を丸くしてその姿に声をかける。

………?」

カチャという音が止まり、彼女がゆっくり振り返る。
可愛い顔はいつもどおりの無表情のまま、じっとスザクを見つめていた。
スザクはに近づき、マグカップを持ったまま手元を覗き込む。

「何してるの?」

の手元には、ボールと泡だて器、そして生クリーム。
お菓子を作っている………というのはわかるのだが、なぜ彼女が?
それが分からない。はブリタニアでは最強の兵士で、サイボーグなのだ。
そんな彼女がお菓子作りだなんて。しかも、この寄宿舎で………。

「ケーキを作ってるの。」

単調にそれだけを言うと、また手を動かし始める。
生クリームはだんだんと形を変え、ふわふわのホイップとなっていく。
コーヒーを持ったまま、スザクはさらに驚いた。ケーキ?なんで?
は食べる必要がないのに………?
仮に食べると過程しても、なぜフリル全開のエプロンで猫耳なのか?
そんな疑問で頭がいっぱい。
スザクはゴクリと一口コーヒーを飲むと、更に尋ねる。

「な、なんで?は食べる必要ないでしょ?
それにそのエプロンと猫耳………。どうしたの?」

「ジノが…………これをつけて、俺のためにケーキを作ってって言ったの。」

「え、ジノが………?」

スザクは呆れる。
ケーキなんて、ジノの権威と財政力を使えば最高級のものが食べられるのに。
なんでわざわざに?……とそこまで考えて、スザクは「あ。」と声を上げる。
思い出した。そういえばさっき、ジノがにこやかに言った言葉。

『好きな子から手作りお菓子貰うっていうの、すっごい幸せだよな〜。』

そう言ったときのジノのあの笑顔。
なんだかスザクはジノにを取られた感じがして、ムスっとする。
胸の中に黒い感情が渦巻き、すぐにの手を掴んだ。

。そのエプロンと猫耳はずして、ケーキ作りはストップして。」

「………どうして?それにストップはできないし、これをはずしちゃいけないの。」

「なんで?」

スザクの眉間にしわがよる。彼女は顔色一つ変えず、あっさり答えた。

「ジノからの……ナイト・オブ・スリーからの命令だから。」

やんわりはスザクの手をはずすと、再び泡だて器を動かした。
このサイボーグは本当に命令に忠実だ。
サイボーグだから当たり前かとスザクは考えて、「じゃあ……」と言う。
はスザクを見て、首をかしげた。
彼女の仕草が可愛くて、スザクは一瞬顔を赤くさせるがゴホンと咳をし命令する。

、今すぐケーキ作りをストップするんだ。
これはナイト・オブ・セブン、枢木スザクからの命令だ。」

「スザク、その命令は聞けないの。」

「どうして!?」

がこれまで命令を聞けないなんて言ったことはない。
驚く彼に、がはっきりと答える。

「スザクの命令は聞くなって、ジノから命令されてるから。」

その瞬間、スザクの中でジノの勝ち誇った表情が浮かんだ。
なんだか……すごく悔しい。
キッとスザクはボールの中の生クリームと、冷ましてあるケーキのスポンジを睨んだ。
好きな女の子から手作りお菓子を貰う……確かにそれは、幸せなことで。
彼はマグカップを机の上に置くと、彼女の名前を呼んだ。

。」

「なに?」

手を止めて、綺麗な瞳がスザクを向く。分かっている。
この瞳が作りもので、体が機械で、人間じゃないってことぐらい。
でもスザクは、この人形を愛してしまった。心から………。
だから………

「僕にも………ケーキを作ってくれない?」

「それは命令?」

「いや、命令というよりは………お願いかな。
でもね、ジノと同じデコレーションのケーキはいやだよ?
だからさ、の考えたオリジナルのデコレーションのケーキを作って。」

ぎゅっと彼女の両肩を掴む。
小鳥がするように首をかしげて、「私が考えたデコレーション?」と呟く。
ロボットには難しい課題かもしれない。けれども、ならきっとできる。
彼女は疑問を持ち、答えをはじき出そうとするロボットなのだから。
普通のロボットとは違うロボット………。

しばらく沈黙が続いたが、がこくんと頷いた。
そこでスザクはホッとする。
机の上に置いたマグカップを手に取り、の頭を撫でたあと笑顔でキッチンを去る。
はしばらくスザクの背中を見ていたが、すぐにボールの中に視線を落とす。

「私が考えた……デコレーション。」

そう呟き、泡だったホイップを指ですくった。
口の中に指をいれ、舌でそれを舐め取る。特に意味はなかった。
ただあったとすれば、味までは分からない……ということを実感させられるくらいだった。







は完成したケーキを冷蔵庫に入れると、外へ出た。
時間は夜の7時ぐらいで、街へ出ればまだ店はあいているところが多い。
彼女は迷わず、かたっぱしからケーキ屋だのお菓子屋だのを訪れる。
何かデコレーションの参考になればと来たのだが、何も思い浮かばない。
時間だけが過ぎていき、閉店間際に駆け込んだ最後のケーキ屋で、
はあるケーキを見つけた。
それは小さい人形が上に乗ってるケーキだった。

(これは………なに?)

食い入るようにケーキを見つめる彼女を、片付けにきた店主が見つける。
ひょこっとガラスケースの上から顔を出し、に声をかけた。

「お譲ちゃん、何をそんなに見ているんだい?」

顔を上げると、不思議そうな顔の店主。
は指をさして、ケーキの上に乗る人形のことを尋ねた。

「これはなに?」

「これって………ああ、砂糖菓子で出来た人形のことかい。
よくできてるだろ?最近じゃいろんな色や形のものがあるんだよ。
かわいいだろ?これはネコだよ。他にも小鳥や犬の形があるんだ。」

店主の言葉を聞きながら、は再び砂糖菓子に目をやった。
その瞬間、ポッといいアイデアが浮かび、は顔を上げる。
そして深々と店主に頭を下げた。

「ありがとうございました。おかげで思いつきました。」

「えっ……?」

店主はわけがわからず可笑しな声を上げた。
はそのまま黙って、店をあとにする。
彼女の姿が見えなくなるまで、店主はを見つめていた。

彼女は一旦、自分の部屋まで戻り、
自分とパソコンを接続してインターネットの世界へ飛び込んだ。
そこで砂糖菓子の作り方と必要な材料を調べる。
それを自分のチップに記憶すると、回線を切断して、再び出かけた。

材料を買ってくると、寄宿舎のキッチンに立ち、同じ要領でケーキを作る。
ただ一つジノのときと違うのは、砂糖菓子も合わせて作ること。
カチャカチャという音が、再び寄宿舎のキッチンに響き渡った………。







次の日の夜、スザクは自分の執務室で仕事をこなしている。
今日はやけに目を通す書類が多いため、夜までかかっているのだ。
片付けた書類を机の端に追いやり、軽く目頭をつまんだ。
そんな時、コンコンとノック音。
「また仕事か?」とスザクはうんざりした顔をする。

「はい、どうぞ。」

そう声をかけると、部屋の中に少女が入ってきた。
昨日のフリル全開のエプロンと、猫耳をつけたまま………。

………その格好でここまできたの?もしかして……気に入ってる?」

「別に。ジノからこれをつけて、ケーキを持ってきてほしいって言われたから。」

は肩をすくめた。
スザクの顔が歪む。明日、ジノに文句を言おうと彼は誓った。
そんな彼に、ズイっと白い箱が差し出される。
無表情のと目が合った。彼女は一瞬だけ箱に視線を落として口を開く。

「これ、スザクにお願いされたケーキ。」

「え、本当に………?」

スザクの顔がほころぶ。白い箱を受け取り、じっと見つめたあとそれを机に置く。
をソファに座らせ、自分は紅茶のセットと皿を用意してソファについた。
手際よく紅茶を用意し、の顔を見つめてから静かに箱をあける。

「これは……………」

ケーキを見つめてスザクはますます頬を緩ませた。
シンプルなショートケーキの上に、スザクの顔をした砂糖菓子が乗せられている。
砂糖菓子の横に並ぶ苺は、真っ赤でおいしそう。
さりげなく乗せられたミントは、とてもおしゃれだった。

顔を上げてを見つめると、じっとスザクを見ている。
その瞳に吸い込まれそうで、スザクはドキドキした。
彼女のすぐ横に移動すると、を抱き寄せる。
チュっと頬に唇をよせ、耳元で「ありがとう」と言った。
こんなことをしても、は顔色一つ変えないし、恥ずかしがらない。
さすがサイボーグだなぁ……なんて思ったとき、が口を開いた。

「スザク、嬉しい?」

「うん、とっても嬉しいよ。が作ってくれると、幸せになれる。」

スザクは正直に答えた。
ジノと違う、のデコレーションしたケーキ。
こんなものをもらえて、誰が嬉しくないというのだろう。
彼がケーキに視線を向けた時、の声がした。

「スザク……幸せになってくれて、ありがとう。
スザクが幸せになるのなら………私、また作るね。」

顔を上げると、普段笑わないが優しく微笑んでいた。
あまり見ないその表情がとても素敵で、スザクの胸はより一層高まる。
スザクも優しい笑顔を浮かべ、返事をする。

「うん。、また作ってね。今度は僕を想いながら………。」

彼女の頬に手を寄せてそう言う。
はスザクの言葉が理解できなくて、「思う?」と疑問の声を上げている。
ロボットには少し難しかったかな………そう思いながら、彼はまたの頬にキスを贈った。












ケーキと僕と、砂糖菓子



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