僕は機密情報局に所属していて、ルルーシュ・ランペルージの監視役をしている。 幼いころから人を殺す技術を学び、人を殺して生きてきた。 愛されたことなんて一度もない。 一度だって人を愛したこともない。 ルルーシュだって、僕のことを弟と思い込んでいるけれど、 心の底では本当の妹・ナナリーのことを忘れてはいない。 僕はいつもナナリーの代わり。 みんな「ロロ」なんて名前を呼んでいるけれど、本当は『僕』を『僕』として見ていないんだ。 その証拠に、僕がもらうものはいつだって女物………。 僕が生きている意味って………この世に存在するの? 今日も一日、つまらない授業を朝から受けている。 黒板に書かれてある数式は複雑なものだけど、理論さえ分かればすぐに理解できる。 数式でつまずいている学生を後ろから見つつ問題をすでに解き終えたロロは、 何気なく自分の目を外に向けた。 窓際に座る彼は、よく授業中に外を眺める癖がある。 外では運動場で体育の授業が行われていた。 学年の色からして、体育の授業を行っているのは同じ1年生。 となりのクラスだろうか………? 女子が笛の音とともに走りだし、並べられたハードルを飛び越えていく。 その中で、一人色白の肌を持つ少女に気付くロロ。 一生懸命走っているけれど、最下位だった。 はぁはぁと息を切らしながら走り終え、 友達から「あんたにしては頑張ったよ。」と声をかけられいた。 そのたびに嬉しそうに笑っている。 「あの子、走るの苦手なんだなぁ…………。」 頬杖をつきながら、ロロは誰にも聞こえないように呟いた。 「集合」という声が聞こえ、女子たちは集まっていく。 同時に授業終了のチャイムが鳴り、 数学担当の教師が「終わらなかった者は宿題な」と言って教室を出て行った。 ロロはこのことがあってから、1年の廊下を通るたびによく周りを見るようになった。 もしかしたら、廊下であの子とすれ違えるかもしれないと思うようになったから。 こんなにもあの子のことを気にしている。 たった一度見ただけなのに。どうしてだろう? 「ロロ。」 ふいに名前を呼ばれ、ロロは後ろを振り返る。 そこには黒髪を持つ自分の兄、ルルーシュ・ランペルージがいた。 彼の存在に気付いた女子生徒がザワっと騒ぐ。 ルルーシュはこの学園の人気者だった。かっこよくて頭のよい兄。 本当の兄ではないけれど、ロロはそれが嬉しかった。 たとえ自分がナナリーの代わりであっても。 ルルーシュを監視している立場にあっても、ロロにとって全てが初めての体験……。 学校に行くことも、兄を持つことも全てが。 「なぁに?兄さん。1年の教室にわざわざ来るなんて珍しいね。急用?」 「近くを通っただけだ。急用ではないんだが、放課後忙しくて図書館にいけそうにない。 代わりにお前が行って、この本を返してきて欲しいんだ。 あと、この本を返した後、別の本を借りてきて欲しい。ここに本のタイトルをメモしておいたから。」 そういって、ルルーシュは本と一緒に一枚のメモを渡す。 難しいタイトルで、一体何の本なのかロロには分からなかった。 「ふーん。つまり兄さんのおつかいね。いいよ、引き受けてあげる。 そのかわり兄さんは何してくれるの?」 イタズラっぽくロロが笑うと、ルルーシュは困ったように笑って見せた。 ロロは兄のこの顔が好きだった。 兄を困らせているのは自分なのだという確かな実感が得られるから。 ここに自分がいるという確認ができるから。 「しっかりしてるなロロ。そうだな………今度晩御飯でも奢ってやるよ。」 「本当!?約束だよ!?絶対だからねっ、兄さん!!!」 ぎゅっと本を握り締め、ロロは嬉しそうに叫んだ。 「ああ。」とルルーシュが言い、片手を上げてその場を去ろうとした時……… どんっ!!! 「きゃぁっ。」 鈍い音と少女の小さい悲鳴が重なった。 そのすぐあとに何かを落としたような音が響く。 ロロはどうしたのだろうと思い、兄の横にいた人物を見たとき、彼の心臓が跳ね上がる。 色白の少女。 さらりと流れる長い髪が特徴的。 その髪は、この前の体育で彼女が走るたびに揺れていた。 見つけた。 あの時の……………。 「す、すまない。」 「いえ。私もぼぅっとしていたものですから………。」 自分が落としたものを拾いつつ、彼女は苦笑した。 ルルーシュと彼女が話しているのを見て、ロロは何だか胸に黒いものを感じる。 それがどうしてか自分でも分からない。 呆然としながらこの光景を見る自分に腹がたつ。 いつものように軽く「大丈夫?うちの兄さんがごめんね。」と言えば彼女と話ができるのに、 それができない。 体が動かない。 少女とルルーシュは互いに軽く会釈をしつつ、離れていった。 そして少女はそのままロロを見ることなく、横をすり抜けていく。 その時香った彼女の甘いシャンプーの香りがロロの記憶に刻まれた。 僕は彼女を………好きになっちゃったのかな? 人を愛したこともないこの僕が………? ロロは自分の気持ちがうまく理解できないまま、自分の教室へと向かった。 放課後、図書館にやってきたロロはカウンターで本を返す。 カウンター担当の人とは顔見知りで、「兄さんの代わりです。」と笑顔で言えば、 お兄さん大変そうだもんねと言葉を返された。 そのまま指定された本棚に向かい、借りてくるよう頼まれた本を探す。 指で辿りつつ、一つの隙間を見つけた。 作者別に並んでいて、ここにはルルーシュから頼まれた本があるはずなのに………。 「あれ?誰か借りちゃったのかな? こんな難しい本、兄さん以外に借りる人なんていないと思ってたのに。」 困ってしまったロロは小さく言葉と息をはく。 なかったなんて言ったら、きっと兄さんががっかりする。 そう思った時。 「あ、すいません。この本を探してるんですか?」 後ろから声がする。 綺麗な声だった。振り返ると、そこには昼間の少女がいて………。 手に握られているのは、ルルーシュがメモしたタイトルと同じもの。 「あっ。」とロロは声を出し、本を指差した。 「やっぱりそうでしたか。こんな本、借りる人なんていないと思ってたけど、いるんですね。」 笑いながら少女がロロに本を手渡した。 その際に軽くお互いの手が触れて、ロロは真っ赤になってしまう。 心臓がドキンドキンと大きく音を立てていた。 「あっ、有難う………。これで兄さんも喜ぶと思う。」 まともに顔が見れないまま、ロロがやっとの思いで声を絞り出すと、 少女は考えるように目線を空中に這わせる。 顎には手が添えられていた。 (か………可愛い……………。) その仕草が何か小動物を思わせる。 ロロはじっと、彼女を見ていた。 しばらくして少女は分かったように視線をロロに戻して笑顔で答えた。 「兄さん………あ、もしかしてロロ・ランペルージ君? そっか、ルルーシュ先輩のおつかいでこの本を借りに来たんだね。」 「そっかそっか〜」と一人で納得しつつ、彼女はうんうんと頷いた。 ロロはどうして目の前の少女が自分の名前を知っているのか気になった。 「う、うん。そうだけど………。でもどうして僕の名前を知ってるの? 僕ってそんなに有名?」 「有名っていうか、よく1年の女の子たちが噂してるよ。ランペルージ君は素敵だよねって。 ルルーシュ先輩もすごく人気だし………。 それにランペルージ君だって、生徒会に入ってるんだよね? 同じ学年なんだし、顔くらいみたことあるわ。」 抱えていた本を彼女は抱えなおし、にっこりと笑った。 ロロはその時、ずるいと思う。 向こうは自分のことを知っていて、こちらは彼女の名前さえ知らない。 ぎゅっとロロは拳を握り、「あのっ。」と声をかけた。 「あのっ………君の名前、なんていうの?」 「やだ!!!私ったら。名前も名乗らずに人のことをペラペラと………。 ごめんなさい。私、・っていうのよ。 ランペルージ君とは隣のクラス。」 ・。 何故か聞き覚えがあった。 一体どこで聞いたのだろう………。 そう考えて、ロロはひとつの記憶を引きずり出す。 あれはルルーシュが家で学校から借りてきた本を広げていた時のこと。 『まったく、・っていう生徒は凄いな。』 『どうしたの?兄さん。』 『いや………この・っていう学生だけど、 オレが借りる本のカードに必ずって言っていいほど名前が書いてあるんだよ。 こんな学生向けじゃない本、オレ以外に読む奴なんていないと思っていたんだけどな。』 そういって、自分の兄は本の貸し出しカードを見ながら苦笑していた。 アッシュフォードの図書館では、本の貸し出しはすべて電子化されているが、 一部古い本はまだ電子化されていない。 そのため、そういった本は昔ながらのカード記入式の貸し出しが行われていた。 「・…………さん?」 「ええそうよ。これでランペルージ君とは正式なお知り合いね。よろしく。」 太陽のような明るい表情を浮かべ、スッと右手を差し出す彼女。 握手を求められたのは初めてで、ロロは胸を高鳴らせつつの手を握った。 とろけるような温かさ。 彼女なら、自分を包み込んでくれるような気がして………。 (僕…………が好きなのかもしれない。ううん、"かも"じゃないんだ。 好き………なんだよ。) 一人ロロは心の中で思う。 そう、とはこれでお知り合い。 ここから彼女とだんだん近づいていくんだ。 これからと沢山話をして、沢山触れ合って、そして気持ちを伝える。 僕は生まれて初めて人を愛した。 僕は生まれて初めて人に愛されたいと思った。という少女に。 僕はね……… 「生きる意味、見つけたよ。」 「…………ランペルージ君?」 ロロは一人、納得したように微笑んだ。 が不思議そうな顔をしている目の前で。 つながった右手と左手。この手がいつか、自然とつながれる関係になれますように。 |