エクソシズムを学び初めて間もないころ、父さんの仕事に同行したことがあった。
父さんは、危険な悪魔を片付けるだけの仕事さ……
なんて笑っていたけど、あの頃の僕にはすごく恐ろしく思えた。
暗い夜道を、父さんにくっついてひたすら進んだ。
ここには兄さんもいないし、父さんはこれから仕事。
しっかりしなくちゃと思いつつも、あの時僕はまだ子供だったから、恐怖に負けてしまっていた。

目的の場所にたどり着く。そこは工事現場だった。
けれどもその脇に、小さな祠があった。赤い鳥居も……。
ニヤリと笑う父さんを見上げた。

「雪男、よく見てるんだぞ。戦うだけがエクソシストじゃないんだ。」

大きな手が、僕の頭を撫でる。
僕から離れた父さんは、一人で祠に向かった。
祠から、まがまがしい妖気が沸き立つ。父さんが……危ない!!
走りだしたかったけど、僕の足は動かなかった。恐怖が背中を撫で、体をぞくぞくさせる。

「よぉ……。」

まるで人間に話かけるように片手をあげ、不敵に笑う父さんの前に、妖気を放っている正体が姿を現した。
真っ白な狐。赤い目を細め、いくつにも裂けたしっぽをピンと立たせながら父さんを睨んでいる。

「エクソシストなのに、妖怪をなんとかしなきゃならないなんてな。
やっぱ適当に陰陽師にでも任せときゃよかったかもな。」

グルルと敵意剥き出しの相手を見た父さんは、めんどくさそうに笑い、それでも真剣な眼差しを見せた。




***




「芽衣、ここにいたんだ……。」

暗がりの公園。寂しくついている街灯の下で、僕は少女に駆け寄った。
白くて細い体つきの少女。切れ長の目。瞳は赤い。

「雪男……。」

紅に染まった唇が、僕の名前を紡ぐ。彼女と肩を並べ、上がった息を整える。
彼女は黒川芽衣という。もちろんそれは偽名だが。
人間の姿をしているが、本当の正体は真っ白な狐だ。

「獅郎さんが死んだと知って、最初に思い浮かんだのがここだった。」

ある一角を見る芽衣。そこにはひっそりと、祠が立っていた。
僕が初めて、父さんの仕事に同行したあの時と同じように……。

「僕も、芽衣がいる場所はここだと思った。
僕たちが最初に出会った場所。そして父さんが、芽衣を説得した場所……。」

隣に立つ芽衣の手に、自分の手を伸ばす。
彼女の手は、びくんと少し反応したけれど、そのまま僕を受け入れた。

あの日、工事現場で父さんは、工事に怯えている芽衣に優しく語りかけた。

お前の家を壊すわけじゃない。
ここに、人間の子供達が遊ぶ場所……公園を作るんだ。
完成したら、公園で遊ぶ子供達を守ってやってほしい。

これは俺からのお願い……だ。

そう言って、父さんは芽衣に手を差し出した。

「あの日から、私は獅郎さんだけを頼ってきた。私は優しい獅朗さんが好きで仕方なかった。
たぶん、獅郎さんが雪男のお父さんであるように、私にとっても獅郎さんは、お父さんだったんだと思う。
獅郎さんのためなら、何でも協力しよう。そう誓っていたのに……。」

芽衣は空を見上げて呟く。
誓った相手がいなくなっちゃった……と。
僕は言葉を口にしていた。

「それならこれからは、父さんじゃなくて僕に誓ってくれたらいい。
僕は父さんよりも弱くて、エクソシストとしてはまだまだだけど、
必ず父さんのようなパラディンになってみせるからさ。」

彼女の手を引き寄せ、胸の前で包み込む。
心臓がバクバクいっていた。ねえ、芽衣。君は気づいてるかな?
僕の初恋は君なんだよ?

二回目に芽衣に会った時、君は人間の姿を見せてくれた。子供ながらに素直に綺麗だと思ったんだ。
君と会ううちに、純粋な芽衣に惹かれていった。
芽衣は人間じゃないけれど、そんなの僕にとっては関係ない。

「僕は強くなってみせる。だから、僕をずっと見ていてほしい。
一緒にいてほしいんだ。僕は君が好きだから。」

ためらわずに想いを口にする。

「雪男……ありがとう。」

芽衣は少し困った表情を浮かべていた。
その表情を見たくなかったから、彼女の体を引き寄せ力強く抱きしめた。
僕は、彼女の表情が何を意味するか知っている。

「……でもダメだよ、雪男。あなたは人間なんだから、私に想いを寄せちゃダメ。」

僕の肩に顔を埋め、芽衣が言った。
人間と妖怪の恋なんて、報われるはずないんだよ……と。

「人間だからとか、そんなの僕には関係ない。
相手が妖怪でも、この心は全部、芽衣自身の心へと向いているんだ。」

報われない恋なんかじゃない。
例え僕と君が違った存在だとしても、これから先、一緒にいることぐらいはできるから。
芽衣にたくさん、好きだよって言えるなら、僕はそれでもいいんだ。
君への想いを、なかったことになんてできない。

「忘れないで。僕はいつだって、芽衣を想ってるから……。」

そう言えば、温かい温もりが僕の背中を包み込んだ。









心は常に君想う



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