学校という平和を提供された場所で、少年は毎日見つめているものがあった。
自分の教室から見える風景は、緑色の芝生と綺麗な中庭、そして向こう側にたたずむ建物。
今は夕暮れ時で、教室には誰もいない。
幼馴染のルルーシュや、クラスメイトであるリヴァルやシャーリーも、
この時間にはもういないはずだ。

スザクがここに残っているのは、どうしても会いたい人物がいたから。
この時間じゃないと会えない、名前も知らない少女…………。

向こう側の校舎に人の気配を感じ、スザクは窓に走り寄る。
18時を知らせる鐘が鳴るのと同時に、豊かな長い黒髪を弾ませて、少女が現れた。
いつもの時間ぴったりに…………。
スザクは目を見開いて、少女の姿を逃さないようにじっと見つめる。
黒髪の少女は、部屋の一角にあるグランドピアノに腰を下ろした。
鍵盤に白い手が添えられて、綺麗な音が奏でられ始める。

スザクの教室の向かいの校舎は音楽室になっている。
ここに来る少女を見つけたのは一週間前。
偶然この窓から彼女の姿を見て、そして音楽を聴き、一目で好きになった。
どこの誰なのかも分からない。声をかけたかった。名前を聞きたかった。
だけどこのまま音楽室に行って、声をかける勇気も持てていない。
第一スザクはイレブンだから、きっと彼女に口を聞いてもらえないと思っていた。
だから、せめてここから彼女の姿を見るだけでも…………。

最後の音が奏でられ、スザクは頬を緩めた。

「綺麗な音だな…………。
夕日の中でピアノを弾くあの子も、すごく綺麗だけど………。」

彼は小さく呟く。
ピアノを弾く少女の横顔は夕日に照らされて赤みを帯びていた。
もしもあの子に、「好きだ。」と言ったら、
きっとあの子は今以上に顔を赤くするんだろうなとスザクは思う。
そんな日は来るだろうか?
彼女と親しげに話をして、隣で笑いあって、そしてこの腕で抱きしめたい。
ほんの小さな幸せだけれど、スザクにしてみれば、それは大きな幸せ。

「好き………だよ……って言えたら………。」

スザクは小さく息をはく。
そんな時、ピアノを弾く少女が不意にスザクのほうを向く。

目が―――――――――合った。

ドキリとスザクの心臓が大きく音を立てる中、相手は柔らかく笑いかける。
それだけでスザクは幸せになり、彼もピアノを弾く少女にはにかんだ。

スザクがその少女と一緒に笑い合える日が来ることも、そう遠い未来ではない。
彼はまだそれを知らないのだ。








教室と音楽室