もしも最後に一緒にいたのが天田だったら……なんていうIfの話。







さわさわと風に揺られるさんの髪。
ついこの間まで風は冷たかったのに、今日はどこか暖かい。
陽射しも柔らかくて、下手をすればこのまま眠ってしまいそう。
さんの穏やかな声が聞こえてきて、僕は俯き加減だった顔を上げた。

「もうすっかり春だね。」

「そう……ですね。この前まで、冬だと思っていたのに。」

そこでまた、柔らかい風が僕たちの間を吹き抜ける。
僕はそっと、さんの手に、自分の手を重ねた。

「あの、さん。僕、こんなふうにあなたと春を迎えられて嬉しいです。
初めてあなたと出会った時は、こんなふうにあなたを愛しいと思うようになるなんて、予想もしてませんでした。
僕はあなたの隣に居られて、すごく幸せです。」

そう言うと、彼女はにっこり笑った。

「私も、天田君が大好きだから、とっても幸せだよ。
天田君、私を好きになってくれて、ありがとう。」

さんは、僕の手を握った。
最初は手をつなぐことも恥ずかしかったけど、今はそんなことない。
彼女の手のぬくもりが、僕を好きでいてくれることを教えてくれるから。

「なんかその言葉、お別れみたいに聞こえて嫌です……。」

手を握り返しながら、僕はそう呟いた。
さんは「ごめん」と舌を出して謝る。そのまま僕に寄り添った。
しばらく沈黙の時間が流れ、さんがウトウトし始める。
こんなに気持ちのいい日だから、仕方ないよね。

さん、僕が膝枕をしますよ?」

彼女は小さく微笑んだ。
屋上のベンチでさんは横になり、僕の膝へ頭をのせる。
不思議な光景だった。
僕がさんの顔を見下ろすなんて……。
さんは横になったあと、手を伸ばして軽く僕の前髪に触れる。

「乾君、大好きだよ。」

僕はドキっとする。初めて名前で呼ばれた。
恥ずかしかったけど、嬉しさのほうが勝った。

さん、僕もです。あの時誓ったとおり、僕はずっとさんのそばにいますから……。」

そう言うと、さんの瞳から涙がこぼれ落ちた。光輝いて、綺麗な涙……。

「私も誓う。乾君、私宇宙のどこかで静かに眠っても、心はいつも、乾君と一緒にいるからね。」

そのままさんは、眠そうに目をこすった。
僕はさんの髪をすきながら促す。

さん、眠いなら寝てください。皆さんが来たら、僕起こしますから。」

その言葉を合図にするように、僕の彼女は静かに目を閉じた。
穏やかな表情の彼女に、僕は一つだけ、キスを贈った。









まどろむキミにそそぐ









(僕はその時、彼女が旅立ったなんて思わなかった。)