テレビの世界の中で突然俺たちの前に現れた少女は、と名乗った。 誰かに入れられたわけでもなく、かといって自分からここにきたわけでもないという。 じゃあどうしてここにいるんだ?と問えば、彼女は言った。 「わからない………」と。 の着ている制服は、八十神高校のものではなかった。 赤いリボンにブレザー。まるで都会の高校の制服のようだった。 「、お前どこの高校の生徒だ?稲羽……じゃあないよなぁ。 稲羽は八十神高校しかないしよ。もしかして、沖奈か? あそこなら、県立も私立もいくつか高校あるし……。」 陽介がに尋ねる。 それでも彼女は言った。「わからない………」と。 陽介が大きく目を開く。 「え、じゃあお父さんとかお母さんは? っていうか、ちゃんってどこに住んでるの?」 「………わからない。」 「ちゃん、名前以外に何か覚えてることは?」 「わか………らない。 でも覚えてることは………優しい風、海のにおい。それから、花の色。」 は頭を抱え、下を向く。 そんな彼女を見て、陽介が「マジかよ……」と呟いた。 そう。は多分、記憶喪失だ。 雪子も千枝もそのことに気付いたので、顔色を変える。 こんな何も覚えていない少女の身元を、どうやって探せばいいのだろうか? その前に、『テレビの中で徘徊しているところを拾いました』なんて言えない。 「まさかテレビの中で見つけました……なんていえないしな。 堂島さんに相談してみるか? 一応、お前の叔父さんだしさ、普通の警察よりはあてになるだろ?」 陽介がそう言ったので、は彼のほうを向いた。 「ああ………」と返事する彼は、どこか上の空だった。 それはのせい。彼女を見ていると、どこか懐かしく感じた。 その制服も、存在までも。まるでが、自分の半身のように思える。 なぜだろうか………? 千枝と雪子と陽介が3人で、ああだこうだ言っている時、は顔を上げた。 じっとを見ている。そして彼女は、ゆっくりに近づいていく。 「あなたを見てると、なんとなく懐かしい感じがするの。」 はそっと、の正面に立った。 「優しい風…………は?」 彼女の紡いだ言葉に、は自然と口を動かした。 「小さいころ、父さんや母さんと一緒によく行った丘で、そんな風が吹いていた。」 「海のにおいは?」 「母さんの実家は海沿いにあって、小学生の夏休みは毎年そこの海にもぐってた。」 「最後に…………花の色は?」 「ピンク色だった。高校の合格祝いに、母さんがピンクの花を買ってくれたんだ。」 の言われたフレーズ全てに、の記憶が当てはまった。 一瞬だけは目を大きく開く。 そしてそのまま、にっこり笑って言った。 「………なんだ、そういうことだったのか。私が何も覚えていない理由。 私があなたから、離れてしまったからだった。 私は何らかの力で、あなたと別れてしまった。 でももう、魔法が解ける。私は一瞬だけ、個人になれた。 あなたでなく、誰でもない、私自身に。 ちょっぴり嬉しかったけど、やっぱり私はあなたと共にありたいから。」 がそっと、の肩に触れた。 そのとたん、ズン………と体の重みを感じる。 彼は少しふらつき、下を向いた。 顔を上げるとそこには、の姿はなかった。代わりにカードだけが握られている。 「………ってことで、ジュネスに戻ったら、まずは堂島さんに相談だな! っておい!はどこだよ?さっきまでお前のそばにいただろ?」 話をまとめ終えた陽介が、キョロキョロしながら言った。 千枝も雪子も、の姿を探している様子だ。 は握っていたカードを裏返してみた。そこには走り書きがあった。 『あなたは私。私はあなた。 魔法はすぐ解け、私はあなた自身に戻る。私は、半身のあなた。』 |